カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第39話 ダイナ・フリッツ殺害事件

 窓から差し込む朝日を顔に浴びて、俺はゆっくりと目を開けた。

 全身が未だに痛ぇ、昨夜はちょっと無理し過ぎたか。

 だけどこれから始まる人対巨人ではなく人対人の戦いを生き抜くには、ようやく獲得した新しい能力を少しでも早く使いこなす必要がある。

 今のところこちら側にはリヴァイ兵長という怪物がいるが、憲兵側にも人類最強と互角の戦闘能力を持つケニー・アッカーマンがいるからな。切り裂きケニーとかち合ったら、俺は1分足らずで殺されちまう。

 ……まぁ、本気で危なくなれば巨人化するけど。

 

 せっかくエルヴィン団長に俺という存在を世間や王政から隠してもらってるんだから、それを自分で台無しにはしたくない。俺の存在の隠蔽って、絶対に人類憲章に抵触してるだろうし。

 バレたらエルヴィン団長は確実に首吊りだ。

 調査兵団が大きな手柄を立てた今なら、もしかすると処刑は免れるかもしれねぇが……いや、無理か。

 壁外出身、巨人化能力持ち、ウォール教より「壁の秘密」に詳しく、王政が記憶改竄までして秘匿していた情報と、レイス家の正体を調査兵団に漏らしたダイナ・フリッツ。そして壁の秘密を知ってしまった調査兵団。

 完全に中央憲兵団の出陣案件じゃねぇか。

 壁内での保身を図るために「マーレの情報」を渡したのが、巡り巡って跳ね返ってきやがった。

 調査兵団VS中央憲兵が、『原作』の何倍も激しくなるかもしれん。

 

「兵長、ガンバ」

 

 俺は今もまだライナーに尋問を行なっているだろう兵長に小声でエールを送って、ベッドに横たえていた上体を起こす。

 珍しくアリーセに起こされるより早く目が覚めたし、街にでも出掛けるか。

 最近は自傷し過ぎで護身用ナイフの切れ味が落ちてきてたから、新しいのを買いに行こう。切れ味の悪いナイフで自傷すると、めっちゃ痛いからな。

 

 顔を洗い、歯を磨き、寝巻きを脱ぎ捨て、クローゼットの中にある服を見繕う。

 白のドレスワンピースでいいか。一番楽だし。

 朝は少し肌寒いのでショールを肩にかけ、金髪を櫛で梳いてポニーテールに。後はアリーセから贈られた星のペンダントをつければ、身支度は終わりだ。

 自室の扉を開けて、廊下へと出る。

 

「あ、おはようございます」

 

 ちょうど俺の部屋の前を通り過ぎようとしていたらしいイケメン優男アベルが、会釈と共に挨拶をしてきた。

 またラウラのお見舞いか。

 

「おはようございます、アベル。今日はリーナと一緒じゃないんですね」

 

「彼女は……ほら、アリーセさんと顔を合わせると弾けちゃうので。鉢合わせしないように、僕が少し遅く来るように言ったんです」

 

「ああ、納得です」

 

 確かに、相方が毎日のようにアリーセに飛び掛かるとアベルも疲れるだろう。

 まぁ、リーナから見ればアリーセは自分の友人を植物状態にした相手だからな。仕方ねぇんだろうけど、それは間接的な話であって、恨むのなら直接的な原因になったベルトルトとライナーを恨んで欲しい。

 片方は城の地下で尋問中、もう片方は逃げられたから、一番身近にいるアリーセにやり場のない怒りが向けられてしまうんだろう。

 例え、ラウラが自分の意思でアリーセを庇ったのだと分かっていても。

 

「ダイナさんはお出かけですか?」

 

「ええ、少し買い物に。兵長には昨日のうちに出掛けると報告しているので、ご心配なく。……それに何も言わずに出掛けても、24時間体制で私を監視している誰かしらが尾行してくるでしょうし」

 

「対象に気づかれてる時点で、尾行と言えない気もしますが……」

 

「私から隠れる気ありませんよ、彼ら。どちらかと言うと、常に見張ってるから変な真似するなという牽制の意味合いの方が強いでしょう」

 

「なるほど……。では、僕はこの辺で」

 

 再び会釈してラウラの部屋へ向かっていくアベルの背中を見送り、俺も城の外へと歩き出す。

 途中でアリーセの部屋の前を通ったが今回はスルーだ。

 第58回壁外調査で体も心もまだ疲れているだろうし、俺の都合で朝早くに起こすのは彼女に悪い。休める時にしっかり休んでもらわないとな。

 

 庭に出て白い毛並みの愛馬に跨り、手綱を握ると横腹を軽く足で蹴って走り出すよう指示を送る。

 チラッと後ろを確認。

 今日は……5人か?

 先頭は最近ストーカー化してるフォルカー、後ろにゲルガーさん、ナナバさん、フリード、ルイス。

 男女比率ェ……ナナバさん可愛そうに。まともな男ゲルガーさんだけじゃねぇか。残り3人まとめて変態だ。

 フォルカーは言わずもがな。単独でも監視を言い訳に寝室や浴室に現れたりと変態度合いに磨きがかかってやがるが、フリードとルイスと絡むとウザさが10倍になる。

 あの馬鹿トリオ本当に成人してるのは疑うレベルの知能だ。戦闘に入ると優秀なんだが、日常パートではマジで行動が巨人以下になっちまう。

 例えるなら修学旅行でテンションが上がって女子風呂を覗こうとする男子高校生。

 

 ……ナナバさんとゲルガーさんには、おみやげを買っとくか。

 ゲルガーさんにはお酒で良いとして、ナナバさんには何を買えば良いんだ?

 女性へのプレゼントとか全く分からんぞ、助けてアリーセ。やっぱ付いてきて貰えば良かった。

 

 そんなことを考えているうちに街に到着。

 適当な場所に馬をつないで、さっそく財布を片手に数多の出店が並ぶ大通りへと向かう。

 軍資金に問題はなし。

 鎧の巨人ことライナーを捕獲した功績で、調査兵団に凄い額の資金が転がり込んできたからな。連鎖的に俺の財布も潤っている。

 

 目についた店を冷やかしながら大通りを進んでいると、程なくして目的地である刃物店を発見。さっそく中へ。

 やたらと威勢のいい店主のおっさんに頼んで、ナイフを選んでもらう。

 

「これなんてどうですかい?」

 

「握ってみても?」

 

「勿論、どうぞ」

 

 刃渡り10センチほどのナイフを店主から受け取り、軽く手の中で弄ぶ。

 悪くない。悪くないが、ちょっとゴツすぎるな。

 いざという時に素早く取り出せるナイフが理想的であって、殺傷力はあまり必要ない。どんな小傷でも巨人化のトリガーになるし。

 

「もう少し軽い――」

 

 ナイフを、という俺の言葉は店の外から聞こえてきた重低音によって掻き消された。何度も連続して鳴り響くその音。

 窓がビリビリと震え、店内にいた他の客たちが思わず耳を塞いでしまうような轟音だ。

 ……かなり近い。

 壁上固定砲の砲撃音にしてはやや軽くて、しかし憲兵の使うような銃声と比べれば重すぎる。

 

「兵士様が砲弾でも取り落としたのか? ったく、傍迷惑な。それでお客さん、何か言いかけてやしたよね?」

 

「ええ。刃渡りは同じくらいで、これよりもう少し軽いナイフはありますか?」

 

「これなんてどうでしょう? 今のやつよりは少し高くなりますが、扱い易さと斬れ味は保証しやす。そして何より、お客さんのようなご婦人にも扱える軽さが売りですぜ」

 

 そんな売り文句と共に渡されたのは、先ほどの物よりシャープな印象のナイフ。刃にうっすらと花の紋様が刻まれていて、柄の部分にも妨げにならない程度の装飾が施されていた。

 くるりと、そのナイフを手の中で一回転させる。

 心地いい風切り音と共に、刃の光が円形の軌跡を残す。

 

「これにします」

 

「へい、まいどありぃ!」

 

 即決。

 このナイフ、めっちゃ手に馴染む。

 店主の人がおまけとしてくれた鞘に新しいナイフを納め、代金を払った俺はご機嫌で店を後にした。

 ……刃物買ってテンション上がるとか、側から見たら俺ってかなりヤベー奴に見られるんじゃね? 見た目が金髪美人のダイナだから、何というか余計に……アレだ。

 適当な言葉が見つからなかった。

 

「〜♪」

 

 良い買い物をして、気分が高揚していたのが悪かったのかもしれない。それとも、早朝でまだ朝食も食べていなかったから頭が回ってなかったのか。

 もっと根本的に、鎧の巨人と超大型巨人という分かりやすい脅威を排除した直後で気を緩んでいたのが原因だったのかも。

 

 何にせよ、その時の俺はあまりにも警戒心がなさ過ぎた。

 

「――へ?」

 

 左胸を襲った軽い衝撃。

 喉から溢れ出た間抜けな自分の声。

 ぐらりと揺れる視界。

 一気に力が抜けていく体。

 

 気がつくと俺は崩れ落ちていて、地面に横たわっていた。

 異常事態の原因と思われる軽い衝撃を受けた左胸へと、脱力した右手を強引に持っていく。

 すると、右手のひらに生暖かくぬめりとした感触が伝わる。

 それが自分の左胸から流れ出た鮮血の感触だということは、今までの経験からすぐに分かった。

 当たり前だろう。

 この世界に来てから流血した回数なんて数え切れないくらいだし、巨人化やとある能力を会得する為の修行でナイフが駄目になるほど、自傷を繰り返していたのだから。

 

 刺された。心臓を一突き。致命傷。

 理解した瞬間、激痛に襲われた。

 しかし喉からは悲鳴は出ず、代わりに血塊を吐き出して石畳の地面を紅に染め上げる。

 

「あ、がっ、ぐ…………っ!!??」

 

 意味のない掠れ声を出しながら必死で思考を回す。

 目を開けろ、絶対に閉じるな。

 巨人の力を心臓部分に集中させ全力で止血、再生を行え。

 

「オ…………んと……ったのか?」

「……実に……臓を刺し…………即死……ず……」

「……急げ…………次は…………セ・エ…………ラだ」

「……な。その前に脈を…………」

 

 チィッ、よく聞こえねぇ……っ。

 せめて襲撃者の数と顔くらいは確認しとかないと、割りに合わねぇぞ……!

 そう思った時、霞む視界に男の顔が映った。

 男の手がこちらへ伸びてくる。

 それが事切れる前の、最期の映像。

 

 

 

 

 

「……脈がない。この女、ダイナは完全に死んだ。任務完了。次の標的はアリーセ・エレオノーラだったな」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 時間はほんの少し巻き戻る。

 ダイナ・フリッツが切れ味の落ちた護身用ナイフの代わりを求め、刃物店に入って行った直後。

 その様子を店の近くの裏路地から顔を出していたフォルカーは、拳を握り締めて呟いた。

 

「良い……! やっぱり女の髪型は動くたびにうなじが見える、後ろでのひとつ結びが正義……!」

 

 感極まれりといった様子のフォルカーに、残る面々がそれぞれ別のリアクションをする。

 具体的に言えば今回のダイナ監視班の紅一点であるナナバはゴミを見るような視線を向け、ゲルガーは呆れたようにため息をついて酒を飲み、フリードとルイスが信じられないとばかりに叫ぶ。

 

「ふッざけんなフォルカーてめェ! いいか、理想の髪型は二つ結びだァ!」

 

「いいや違うね! 女性の髪の毛は結ばないのが正解……!」

 

 ツインテールを推奨する前者が、坊主頭にメガネの変態その1であるフリード。ストレートを推奨する後者が、金髪を肩まで伸ばした変態その2のルイス。

 ダイナには知能レベルが巨人並みとまで言われ、調査兵団に所属する全ての女性兵士から害虫とまで言われる問題児である。

 フォルカーが変態と化したのも、ダイナ監視班に配属されたこの2人の影響を受けたせいだ。

 ダイナ曰く、フリードとルイスが牢屋にぶち込まれてないのは調査兵団七不思議の一つだとか。

 

「そもそも、うなじが良いとか言ってる時点で論外なんだなァ。 頭がおかしいなァ! 普通そこは太ももだろォ!?」

 

「断じて否! 圧倒的に二の腕だね!」

 

「頼むからお前ら早く巨人に食われて死んでくれ」

 

 お互いに胸ぐらを掴み合うフリードとルイスに、望遠鏡まで使って店内のダイナを見ようとしているフォルカーの姿に、ナナバは真顔で言う。

 だが変態達には届かず、彼らの議論はヒートアップするばかりだ。

 

「……ゲルガー。酒を飲んでないで、アイツらを止めてくれると嬉しいんだけど」

 

「冗談言うな」

 

 ナナバに断固拒否の姿勢を示すと、再び酒を流し込むゲルガー。

 そんな騒がしい5人組の後ろに、音もなく人影が現れた。

 

「「――ッ」」

 

 どれほど頭の悪い会話をしていようとも、この場にいるのは人類最強たるリヴァイが有事の際には『女型』という規格外とやり合えると判断した精鋭達だ。

 敵意を感じ取った彼らは即座に路地から飛び出すと、マントの下に隠してあった立体機動装置を用いてその場から離脱する。

 その速度は、過酷な戦場を生き延びてきた調査兵の猛者として相応しいものだった。

 

 だが。

 それでも。

 

 重低音が鳴り響く。

 火薬の力を借りて、凄まじい速度で撒き散らされる無数の弾丸。放たれた鉛玉が、ルイスの顔面を吹き飛ばしていた。

 紅色の花が咲き乱れ、肉片が飛び散り、残りの4人に生命の源である赤色が大量に降りかかる。

 

 それは、フォルカー達が装備しているものとは形状が違う鉄の翼だった。

 両手に握るのは剣ではなく散弾銃。ガスを入れるボンベとワイヤー巻き取り装置を背に背負い、アンカーの射出口は散弾銃の持ち手の下。両足の太ももには散弾銃の弾。

 それは巨人を殺すものではない。

 それは人間を殺すものである。

 それの名は「対人用立体機動装置」。

 もう1人の『最強』憲兵殺しケニー・アッカーマンが率いる、中央第一憲兵団の主武装。

 殺人兵器を装備するのは、一角獣(ユニコーン)の紋章が刻まれた兵服を纏う3人の兵士だ。

 

 驚愕は刹那。対応は一瞬。

 

「総員、戦闘態勢!」

 

護衛(・・)は残り4人だ。速やかに片付けろ」

 

 フォルカーと3人のうち中央に立つ憲兵が、同時に仲間へと指示を出した。

 2つの立体機動装置が唸りを上げ、剣先と銃口が敵対者へと向けられる。

 

 そして、人間同士が殺し合う。


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