カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第41話 対応×日常×三つ巴

 調査兵団の中に裏切り者が潜んでいることを確信したリヴァイ兵長とハンジさんは、流石と言うべき対応の早さを見せた。

 

 まず、ハンジさんとモブリットさんの2人がエルヴィン団長の元へスパイの存在を報告。指示を仰ぐと共に、団長と同じく王都にいるヒストリアを連れて戻ってくる。

 

 続いてリヴァイ兵長は第3期リヴァイ班を解体。メンバーを兵長、エレン、ミカサ、アルミン、サシャ、コニー、ジャンの7人に切り替え、そこに俺、アリーセ、ユミルを含めた第4期リヴァイ班を設立した。

 何だこのメンツ。原作主要キャラをずらりと並べた挙句、ユミルと俺とエレンの巨人化能力者が3人も参戦。負ける気ねぇだろ。

 絶対にエレンとヒストリア(ついでに俺)を守り抜くという、兵長の意志がひしひしと伝わってくるような布陣だ。

 因みに新兵である104期生がリヴァイ班に抜擢された理由は、俺が刺された時間の前後に確固たるアリバイがあるから。皆揃ってエレンと一緒にいたとか。

 

 最後に、ミケ分隊長、ペトラさん、オルオさんを中心としたライナーの監視班。フォルカー、ナナバさん、ゲルガーさんといった元ダイナ監視班もここに含まれる。

 調査兵団の誇る熟練兵の大半が、ここに所属することになった。

 本当なら戦力をエレンとヒストリアの元に集めたいところだが、誰が敵か分からねぇ以上はこうするしかねぇ。

 ミケ分隊長や旧リヴァイ班といった、兵長が信頼を寄せてる相手までここに含まれているのは、この部隊が最も裏切り者が潜んでいる可能性が高いからだ。兵長がいない間に裏切り者が牙を剥いた時、それを制圧できるだけの確かな戦力が必要になるからな。

 それと、普通にライナーが脱獄した時に抑え込める戦力がいる――……

 

「ちょっとダイナさん、手ぇ止めないで動かしてくださいよ! もうすぐ兵長が帰ってきますよ!?」

 

「う、嘘!? もうそんな時間ですか!?」

 

 思考を遮ったエレンの声に、俺は慌てて窓の外へと視線を向けた。

 既に太陽は中天近くで輝いており、もう間も無く正午であることを示している。

 やばい、マジでやばい。

 確かウォールシーナに向かったハンジさんと一緒に、正午過ぎには帰ってくると言ってたから……

 

「もしかして後1時間もない!? エレン、掃除はどこが残ってましたっけ!?」

 

「この部屋と廊下が……隣の部屋は、アリーセさんがやってくれてます」

 

 残り3箇所……いや、まだいける。間に合う。

 この部屋はもうすぐ終わるし、アリーセなら隣の部屋もすぐに終わらせてくれる筈だ。廊下はそんなに広くないから、時間もそんなにかからない。

 

「エレン、この部屋の掃除は任せました! 私は廊下をやります!」

 

「了解!」

 

 返答と共にエレンが投げ渡してきた雑巾をキャッチし、俺は駆け足で廊下へ。まずは水拭きしようと雑巾を濡らしたその時、隠れ家の外から騒がしい声が聞こえてきた。

 

「サシャ、食料をつまみ食いでもしてみろ。リヴァイ兵長に食べやすい大きさに捌いてもらうからな」

 

「し、しませんよ!」

 

 声がした方を見れば、大荷物を担いだジャンとサシャの姿。その後ろにはアルミンとコニーがいた。

 どうやら街へ食料調達に出ていたメンバーが帰ってきたらしい。『原作』と違い俺とアリーセの2人が加わってるから、必要な食料も増えてる。おかげで本来なら留守番して掃除する筈のコニーまでが買い物に駆り出される始末だ。

 すまん、104期の皆。うちのアリーセが人並み以上に食べるから……。

 心の中で謝罪しつつ、同時に掃除する人手が増えたことにガッツポーズ。

 取り敢えずジャンには床の雑巾がけ、サシャには窓拭きをやってもらうべく2人に雑巾を渡そうとして、俺はある事に気づく。

 

 ………………おい。

 

「どうしたんスか?」

 

 両手に濡らした雑巾を持ったまま硬直する俺に、怪訝な表情で問いかけてくる馬面、もといジャン・キルシュタイン。

 同じようにサシャ、アルミン、コニーが俺に視線を向け、掃除に熱中していたエレンもこちらに顔を向けた。そして、我らが主人公も俺と同じように体を硬直させる。

 俺とエレンの視線は床。それも、今まさに隠れ家へ帰還した104期たちの足元だ。

 

「お前ら、出かける前に言ったよな!? 入ってくる時はちゃんと埃や泥を落としてこいって!」

 

「あ、ああ、せっかく綺麗にしたのに……」

 

 ジャンに箒を突きつけて叫ぶエレンを横目に、俺はその場に座り込む。

 泥だらけじゃねぇかよぉ。

 日本とは違って靴を履いたまま部屋に入るのが常識であるが故に、多少は汚れるだろうとは思ってたぜ? だが、これは酷い。

 入り口、廊下、そしてこの部屋まで泥の足跡がくっきり。磨き上げたテーブルは、買ってきた食料を山積みしたことで埃だらけに戻っている。

 

 くそっ、床とテーブルは一からやり直しか。もう雑巾も箒も投げ捨ててアリーセと格闘術の訓練でもしたいところだが、兵長の怒りに触れたくないならやるしかねぇ。

 まずは床の泥から掃除しよう。ちょうど雑巾持ってるし。

 

「どうすんだよコレ! お前ら、リヴァイ兵長に頭蓋骨を蹴り砕かれたいのか!? 今朝だって、俺がお前のベッドを直してなかったらなぁ……」

 

「うるせぇな、お前は俺の母ちゃんか!?」

 

 泥を拭き取る後ろで更にヒートアップするエレンとジャン。

 どうでも良いから掃除してくれ、いやマジでホント。

 兵長、いくらでも傷が治る巨人化能力者に対しては容赦なく暴力を振るうからな。しかも俺は完全な仲間じゃないから、場合によってはエレンよりも酷い目に遭う。

 一応は女という事で、顔面だけは殴られない辺りが唯一の救いか。

 

「……お帰り」

 

「おいおい、こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 

 と、そこで外にいたミカサ、ユミル、ヒストリアの女子3人組が入ってくる。

 当然のように泥を落とさず、今しがた俺が綺麗にした場所に泥の足跡をつけて。四つん這いになっていた俺には気づいてすらいない。

 もういいや、アリーセの所へ行こう。

 

「ああ、ミカサ。薪割りご苦労様。エレンとジャンもその辺で……サシャ、今バッグに何か入れなかった?」

 

「パンのような物は、何も」

 

「てめぇ芋女、あれほど言っただろうが!」

 

「おい、返せよそれ」

 

「それより兵長が帰ってくる前に掃除を……」

 

 アリーセのいる部屋に入るなりバタンと扉を閉めて、大騒ぎを始める104期に背を向ける。

 断じてそんな場合じゃねぇのに、主要キャラたちのバカ騒ぎを見れて不覚にもちょっと感動しそうになった。

 何より、あの中にユミルがいるというのが心にくるな。

 

「ダイナさん? どうして涙目になってるんですか?」

 

「心を許せる友人というのは、やはり素晴らしいと思いまして」

 

「……? そうですね……?」

 

 可愛らしく小首を傾げるアリーセ。

 そんな彼女の頭を優しく撫で、俺もまた自分の友人のために頑張ろうと思い、俺は掃除を再開する。

 そのまま2人で黙々と掃除をしていると、104期たちと大騒ぎがピタリと止んだ。それだけで全てを察した俺は、ジャンが帰ってきた辺りで嫌な予感がして用意しておいた傷薬と包帯をポケットから出す。

 

「時間は十分にあった筈だが……」

 

 大声でもないのに、廊下と扉を貫通してここまで聞こえてくる兵長の言葉。そこに込められた感情は不快5、呆れ3、怒り2といったところか。

 掃除が間に合わなかった程度ならまだしも、逆に汚してしまったのだ。まず無事では済まないだろう。

 案の定、人が人を殴打するゴッ、ゴッ、ゴッという鈍い音が連続する。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 人里離れた森の中に用意された、調査兵団の隠れ家。

 その付近にある巨大な洞窟の前で、巨人と化したエレンは硬質化能力を発動させようと奮闘していた。

 その様子を崖の上から眺めていると、同じく隣でエレンを見ていた兵長が話しかけてくる。

 

「ダイナ、他に何かないのか? エレンが硬質化を扱えるようになる方法は」

 

「と、言われましても……」

 

 そもそも『進撃』は硬質化能力を持ち合わせてないのだから、方法も何もねぇんだよなぁ。いや、もしかしたら本当にエレンが『進撃』の力を引き出せてないだけで、『進撃』が硬質化能力を備えている可能性はゼロではないが。

 一応、俺が硬質化能力を使う時の感覚はエレンに伝えている。

 硬質化させたい部位に意識を集中させて、皮膚が硬くなるイメージと共に巨人の力を収束するのだ。

 しかし、巨人化したエレンがどれだけ力んでも、硬質化能力が発動する兆しはない。

 

 エレンが短期間で硬質化能力を扱えるようになる方法は2つ。

 まずは、『原作』通りレイス家が隠し持っている「ヨロイ・ブラウン」の薬を経口摂取する方法。

 そしてもう1つは、ライナーを食って『鎧』の力を得ることだ。

 いや、ライナー食うのは無しかな。

 『鎧』の力を得たところで、俺や『戦鎚』みたいに硬質化物質の壁を作るのは無理そうだし。出来たとしても、せいぜいアニの『女型』が使ったのような部位硬質化だけだろう。

 ……いや、でも、鎧を纏った『進撃』とは凄えカッコ良さそうだな。ちょっと見てみたいかもしれん。

 

 俺がウォールマリアの壁を塞いでも良いのだが、ハンジさんと兵長は俺に頼るのを良しとしなかった。

 最終的に俺とも敵対する可能性がある以上、結局エレンには硬質化を習得してもらう必要があるとのこと。

 まぁ、当然か。

 調査兵団からすれば今のエレンが俺に勝てるとは思わないだろうし、少しでも人類の希望の力は高めたいと思うのは不思議ではない。

 実際のところ、俺とエレンが戦うと現時点でもエレンが勝つのだが。

 だってエレン、始祖の巨人持ってるしな。

 互いに巨人化して殴り合った(接触した)時点でエレンは覚醒、俺は『座標』の力でボコられるのだから。

 下手したら俺の『女型』も『座標』で乗っ取られるかもしれん。

 

 ……やはりエレンと戦う時は立体機動で仕留めるか、巨人化能力者の仲間を作ってソイツに任せるしかない。

 強力な切り札である「王家の血脈」が、エレン相手だと完全に邪魔になっちまうな。

 

 まぁ、それは置いといて。

 エレンが硬質化能力を使うには、やはり薬によるドーピングが最も良いだろう。

 

「エレン、立てええええええ! 人類の明日が、君に懸かっているんだぞ!? 立ってくれええええ!」

 

 考え事をしている間に、エレンに限界が訪れたらしい。

 ハンジさんの絶叫も虚しく、進撃の巨人は地面に倒れ込んだ。

 もはや巨人体は10メートル程度しか生成されず、本体がうなじから露出してしまっている。強引に巨人体から引き剥がされたエレンの顔や腕が凄い事になっているのを見て、近くにいたユミルが顔を強張らせた。

 

「おい、まさか私まで、あんなになるまで力を使わされるんじゃないだろうな?」

 

「実験の指揮を執るのがハンジさんなので、私たちも何かしらやらされますよ。覚悟はしておいた方が良いかと」

 

 茜色に染まる空を仰ぎながら俺がそう言うと、ユミルも諦めたように空を仰ぐ。

 そこへ、興奮から頬を赤く染めたハンジさんが凄くいい笑顔で走ってきた。

 

「ダイナあああああああッ! 君の『叫びの力』でエレンの巨人体に命令を出せば、強引に硬質化を使える可能性があると思ったんだけど……どうかな!?」

 

 無茶言うなこの人。

 これ以上エレンは巨人化できないだろうし、それだとまた俺の力を借りることになるが良いのだろうか。

 そんな心の声を何とか封殺して、俺はハンジさんに落ち着くように説得するが失敗。強引に実験場へと引きずりこまれてしまう。

 

 結局、ハンジさんの暴走は兵長とモブリットさんが強引に止めるまで続いた。

 意識を失ったエレンがミカサに担がれて撤収していくのを見送りながら、どこか暗い顔をする兵長に話しかける。

 

「兵長、1つ取り引きしませんか?」

 

「……聞こう」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 星が見え始めた空の下、リヴァイとダイナの拳が交差した。

 左足で大地を蹴り、その華奢な体を宙に浮かすと腰の捻りで高速で横回転するダイナ。遠心力を味方につけた右足の蹴りが弧を描き、リヴァイの側頭部を狙って放たれる。

 常人なら認知することすら出来ずに意識を刈り取られるだろうその蹴撃を、しかし人類最強は僅かに首を動かすだけで容易く躱す。

 そして蹴りを放った直後で体勢が安定しないダイナに向けて、反撃の拳撃。大の男が吹き飛ぶほどの威力を孕んだ一撃が腹部を狙い、だが命中の寸前でダイナは腕を差し込んで防御に成功。

 そこで両者共に後ろに跳び、距離を開けて仕切り直しとなる。

 

「凄え……あのリヴァイ兵長とやり合ってるぞ」

 

「うん。僕なんて、2人の動きが殆ど見えないよ」

 

 一連の攻防に、興味本位で見物していたコニーとアルミンは驚嘆の表情を浮かべたまま感想を言い合う。その2人の隣では、他の104期も信じられないモノを見る目を向けていた。

 主に、ダイナの方へ。

 

「まだ動きに無駄が多い。それと、相手が隙を見せた時以外は蹴りで頭部を狙うな。今みたいに、防がれるとカウンターを貰うぞ」

 

「はい!」

 

「分かったなら次だ。同じことを2度指摘させるなよ」

 

 リヴァイの言葉に頷いたダイナは、今度は低い姿勢で人類最強へと踏み込んだ。リヴァイの目の前で地面に手をつき、足元を払うような軌道の蹴り。脚部にダメージを与えて敵の動きの阻害を狙うそれは、リヴァイが跳躍したことで不発に終わる。

 上を取られたダイナは即座に離脱を試みるが、それより早く真上から肘打ちが落ちてきた。回避を諦め、咄嗟に両腕を交差させて防御。

 何とか防いだものの、踏ん張りが利かず地面に叩きつけられてしまう。後頭部と背中を打ち付けたことでダイナの視界が明滅し、そこへリヴァイの追撃が叩き込まれる。

 冗談ではなく、人体が3メートルは浮いた。

 仰向けに倒れ込んだダイナを、リヴァイがつま先で掬い上げるように蹴り飛ばしたのだ。

 

「化け物だ……」

 

 そう呟いたコニーを誰も否定しない。

 いくら女性とは言え、片足の筋肉だけで人を隠れ家の屋根より高く吹き飛ばす存在を、化け物と言わず何と言う。

 

 完全に脱力して落ちて来たダイナを受け止めて、リヴァイは腕の中の女性に容赦なく言った。

 

「次だ」

 

「……もう少し、ハンデを増やしてもらって良いですか?」

 

 そう、アッカーマンという規格外と僅かにでも戦えていたのはリヴァイがハンデをつけていたからだ。ここまでの攻防で、リヴァイは一度も左腕を使っていない。足と右腕だけである。

 

「でも私、あの条件でも兵長と戦える自信ありませんよ」

 

「安心しろ、俺もだ」

 

 次は右足をも封印したリヴァイに突っ込んでいくダイナを見て、サシャとジャンが首を振る。

 それを聞いたアルミンが、別の方向を指差して苦笑した。

 

「僕はミカサにそのハンデをつけてもらっても戦える気しないな……」

 

 リヴァイとダイナペアとは少し離れた位置でぶつかり合うのは、牙を剥いた猛獣の如くぶつかり合うミカサとアリーセペア。

 そこに、クールにエレンを見守る幼馴染も、柔らかな笑みを浮かべる天使もいない。

 ともすると、リヴァイとダイナペアよりもハイレベルな格闘戦が繰り広げられている。

 ミカサはリヴァイほど人外の領域におらず、アリーセはダイナを凌駕する実力者だ。互いの実力が近いため、ハンデも手加減も必要ない。

 故に本気の潰し合いが繰り広げられる。

 

 これがリヴァイとダイナの取り引き。

 ダイナが提示したのは、エレンが硬質化能力を使えるようになる薬をレイス家が所有している可能性があるという情報。そして、もしその薬を奪うのなら助力するという意思。

 対してリヴァイが提示したのは、ミカサと共にダイナとアリーセに格闘術の訓練相手となること。そして、レイス家から奪取した薬の一部をダイナに譲渡することだ。

 

 エレン、ヒストリア、ダイナ、アリーセを狙う中央憲兵とレイス家。

 「サイキョウノキョジン」のラベルが貼られた巨人化薬を狙うダイナ。

 スパイを炙り出し、降りかかる火の粉を払ってウォールマリア奪還を目指す調査兵団。

 

 3つの陣営が今、共に動き出す。


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