カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第44話 覚醒

 ――混乱して、怖くて、痛くて、苦しくて、辛くて、そして何より孤独で寂しかったのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ――『進撃の巨人』

 強大な力を持つ人類の天敵を相手に非力な人間が立ち向かうという王道的なストーリーでありながら、数多くの謎と伏線を用意することで先の展開を予想させず想定外の展開の連鎖で読者を翻弄する、ダークファンタジー界における屈指の名作。

 立体機動装置という特徴的な武具に、巨人という敵としては理想的で神秘的な存在。主要キャラですらあっさり死ぬ残酷さ。

 

 俺もまた、そんな要素に魅了された読者の1人であった。

 アニメは何度も何度も見返したし、単行本も伏線を見破ってやろうとボロボロになるほど読み込んだ。

 敵も味方も強い意思を持っていて、嫌いなキャラなど数えるほどしかいなかったと思う。

 旧リヴァイ班が殺された時は本気で女型の巨人に殺意が湧いたが、アニの心の内を知れば憎めなくなった。

 

 『進撃の巨人』が好きだった。

 他にも好きなアニメ漫画はあったが、最も見たのはこの作品だと断言できる。

 心の底から好きだった(・・・)と。

 

 転生した。

 もしくは憑依した。

 

 『俺』の本当の体がどうなったのかは知らないが、とにかく『俺』は進撃世界に入ってしまったのだ。

 それも、あろう事か人類の敵である巨人として。

 

 持ち前の楽観的な性格と勢いで動く性格、そして原作知識を総動員して生存だけに全てを注いだ。

 思えば、アニを喰い殺したのも巨人体の暴走などではなく俺の意思だったのかもな。あの局面で、俺の理性と本能は彼女を殺して巨人の力を奪うことが最善手だと判断した。その際に俺の意思は置いてきぼりにされたから、結果的に体が勝手に動いたように思えたのだろうか。

 

 ともあれ、事実は1つ。

 『俺』はダイナ・フリッツとなったということ。

 

 トロスト区に逃げ込んで、ひとまず命の危機から脱した後は、凄まじい寂寥感に襲われた。

 開拓民として暮らしていた1年は、孤独に潰されるかと思ったほどだ。性別が変わり、分からない事だらけで何度もパニックになった。

 何せ「九つの巨人」の継承者であり、戦士から力を奪った簒奪者でもある。壁の内と外の、両方から敵として認定されてしまう。それに加えてダイナ・フリッツという超重要人物的な立ち位置。

 もう物語に巻き込まれない方がおかしかった。

 

 周りの人間は全て敵。

 味方はゼロ。

 いつ巨人だとバレて中世の魔女裁判のように吊るし上げられて殺されるのかと、戦々恐々と生きていた。

 

 好きだったキャラ達も今や自分の命を狙う殺人鬼へと変わり。

 圧倒された人が次々と死ぬ展開も恐怖以外の何物でもなく。

 魅了された謎と伏線も実際にこの世界にいると煩わしいと思ってしまう。

 

 そうだ。

 ――混乱して、怖くて、痛くて、苦しくて、辛くて、そして何より孤独で寂しかったのだ。

 いっそ自殺してしまえば、元の世界に戻れるのではと考えていた事もある。

 というか、普通に自殺していただろう。

 アリーセ・エレオノーラという少女が、俺の前に現れていなければ。

 

 救われた。

 助けられた。

 手を掴んでくれた。

 笑顔を向けてくれた。

 そして俺が巨人だと知っても、変わらない友情を築いてくれた。

 俺がどれほど彼女に救われたのか、それはきっと俺にしか分からないだろう。

 

 断言する。

 転生者、憑依者という如何にも主人公的な立場にある『俺』だが、『俺』は決して主人公にはなれない。英雄には届かない。エレンにも、リヴァイ兵長にも届かない。

 少し成功すると調子に乗って油断し、思慮は浅く何度も間違って失敗する。未だに「死」に直面すると体が竦むし、無垢の巨人が相手でも恐怖を感じる。

 俺は隣にアリーセがいなければ、何も出来ないモブなのだ。

 

 体は借り物。

 力は盗品。

 世界のどこにも居場所がなく。

 この身は全て贋作で、ただ1つ本物があるとすれば『心』だけ。

 その『心』の支えである親友を、相棒を、片割れを、アリーセを俺から奪うというのなら。

 

 目を開く。

 行方を阻むように、両手に銃を携えた大量殺人鬼が立っている。不敵に嗤うその男は、あのリヴァイ兵長と渡り合う真性の怪物だ。

 まともに戦ったなら、数秒で俺の首は飛ぶだろう。

 だが、退かない。

 

「道を譲れ、殺人鬼」

 

 相対するだけで本能が危機を叫ぶアッカーマンを相手に、俺は宣戦布告する。

 

 ケニー・アッカーマン。

 お前に初めての敗北を与えたウーリ・レイスの血縁のこの体で、俺が2度目の敗北をくれてやる。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「野郎……」

 

 ケニーとの凄絶な立体機動戦の果てに酒場へと飛び込み、カウンターに身を潜めていたリヴァイは悪態をつきながら立ち上がる。

 酒場にあった銃を片手に殺人鬼を待ち構えていた彼だが、数分経っても酒場内に仇敵が現れないのだ。

 ならば、考えられる可能性は1つ。

 ケニーはリヴァイよりも優先して殺害(もしくは捕獲)する相手を発見し、そちらの方へと狙いを変えたのだろう。

 銃撃を警戒して頭を下げながら窓の外を覗けば、酒場の周辺には敵兵の影が全くない事が分かる。

 

「チッ、邪魔したな爺さん」

 

 立体機動装置を用いてダイナミック入店した人類最強に怯えて縮こまっている店主に銃を投げ返し、リヴァイは店の外へ。

 念のために椅子を先に放り出してみるが、やはり銃撃はされない。

 トリガーを引いて付近の立体物にアンカーを打ち込み、まずは現状を把握すべくガスを吹かして高度を上げてトロスト区を上から見下ろす。

 戦場の中心はすぐに分かった。

 

 民家の屋根上で向かい合う殺人鬼と黄金の美女。

 その2人を囲うようにして、中央憲兵と調査兵達が睨み合うといった構図になっている。

 そして、ケニーに庇われながら誰かを抱えて戦場の離脱を試みる憲兵が1人。その憲兵の腕の中にいるのがアリーセ・エレオノーラだと気づいた瞬間、リヴァイは何が起きたのかを完全に理解する。

 即ち、あの殺人鬼は『女型』の逆鱗に触れてしまったのだと。

 

 ダイナが爆発するのは時間の問題だ。

 激昂したダイナが『女型』と化して全力でケニーへ攻撃すれば、トロスト区など僅か数分で壊滅してしまう。

 この街の住民がどうなるか、そんなものは考える必要すらない。

 

(どうする……?)

 

 ケニーとダイナの間に割り込んで、ダイナが動くより早くケニーを仕留めるか。もしくはアリーセの救助を優先して、五体満足の彼女をダイナに見せて落ち着かせるか。

 どちらが正解だ?

 どちらが仲間と市民の命を守れる?

 前者を選ぶと、自分とほぼ互角の力を持つケニーを短時間で仕留めなければいけないという無理難題が。後者を選ぶと、短時間ながら『女型』が出現してしまう。

 前者を選んで失敗すれば、自分は殺されて結局『女型』が出てくる。後者を選んで失敗すれば、トロスト区とその住民は潰える。

 前者を選んで成功しても、アリーセは連れ去られる可能性が高い。後者を選んで成功しても、トロスト区に少なくない被害が出るだろう。

 

 刹那、かつての仲間の顔がリヴァイの目に浮んだ。

 信頼の眼差しと屈託のない笑みを自分に向ける、イサベル・マグノリアとファーラン・チャーチが、かつて自分が発した事のある言葉を紡ぐ。

 

『悔いなき選択を――』

 

「――! ニファ、部隊の半数を率いて付近の住民を避難させろ! もう半数はエレンとヒストリアの護衛につけ! 俺はアリーセを追う!」

 

「兵長!? り、了解です!」

 

 上にリヴァイがいた事に気付かなかったのだろう。突如として頭上から命令されたニファは困惑の表情を浮かべるが、すぐに命令受諾の意を示すと、周囲の兵士を率いて行動を開始する。

 散開する調査兵達。それに合わせて対人立体機動部隊も行動を再開し、停滞していた戦線が動き出す。

 調査兵と憲兵の双方が身に付けている立体機動装置が特有の金属音をかき鳴らし、そこに銃撃音が入り混じった。

 

 敵味方が入り乱れる乱戦の渦中、戦場の中央に立つダイナが静かに刃を己の肌へと突き立てる。

 美しい純白の肌が裂け、そこから鮮やかな紅色の花が咲く。そしてダイナの周囲を舞う鮮血に引き寄せられるように、天空から一条の雷がダイナへと降り注いだ。

 戦場を眩く照らすソレは、既にリヴァイも幾度と目にした巨人化の光。巨人の肉体がダイナの意思に従って目に見えぬ『道』を通り、烈風を巻き起こして顕現する――

 

「――……っ!」

 

 ――刹那、リヴァイはまるで全身に電撃が走ったかのような感覚に襲われて動きを止めた。

 まるで自分の体が目に見えぬ何かによって、得体の知れないモノと繋がってしまったかのような強烈な違和感。遅れて、その接続先が渦巻く光と烈風の中心、すなわちダイナであるということを本能的に理解する。

 加えて、その瞬間に違和感を感じたのはリヴァイ1人だけではない。

 ダイナの正面に立つケニーと、戦場から少し離れた位置でエレンとヒストリアの護衛任務に当たっていたミカサが、それぞれ雷光を纏うダイナに意識を引かれて動きを止めていた。

 

 奇しくもリヴァイ、ケニー、ミカサ、3人が全く同時に全く同じ思考をする。

 そう、今の感覚はまさに、初めてアッカーマンの『本能』と『力』が覚醒した瞬間に、酷似していたと。

 

 3人のアッカーマンが冷や汗を流して見守る中、遂にトロスト区を照らしていた光が消えた。

 充満する蒸気の中に、巨大な人影――すなわち女型の巨人の姿はない。蒸気が晴れた先にいたのは、人の姿を保ったままのダイナ・フリッツだ。

 

(不発……? いや、違う)

 

 反射的に脳内に浮かんだその答えを、リヴァイは即座に否定する。

 ダイナ・フリッツはリヴァイの知る限り最も巨人の力に精通した人物だ。そんな彼女が、この局面で巨人化失敗などという安易なミスをするわけが無い。

 であるならば、導き出される結論は1つ。

 

 巨人化とは異なる、ダイナの新たな切り札――!

 

「「……ッ!?」」

 

 反応できたのは、リヴァイとケニーの2人だけだった。

 その他の兵士は何が起きたのか分からず、戦闘すらも中断してダイナを凝視する。

 正しくは、突如として姿を消したダイナが一瞬前まで立っていた場所を。

 

「テメェの一族の血と力に裏切られて、死ね」

 

 端的な殺害宣言と共に、何の脈絡もなくケニーの背後へと姿を現したダイナがその手に握る剣を一閃する。

 放たれた刃の狙いはケニーの首だ。

 確実に命を刈り取らんとする死の剣線に、しかし殺人鬼は超人的な反射神経を以って反応。即座に首と剣の合間に散弾銃を差し込み、間一髪でダイナの凶撃を防ぎ切った。

 

「冗談じゃねぇ……ッ」

 

「悠長に感想を言う時間がお前にあるとでも?」

 

 目前まで迫った死にケニーが驚愕の言葉を紡げば、たったの一言も喋らせないとばかりにダイナが追撃を放つ。

 剣と銃の鍔迫り合いが途切れ、黄金の美女が密着した状態からハイキックを繰り出した。ケニーはこれを腰を落とすことで回避し、体を反転させると銃口をダイナの胸元へと突きつける。だが、引き金を引くよりダイナの方が速い。左の剣が真下から銃を穿ち、銃口は上を向いて、放たれた鉛玉は空を撃ち抜いて終わる。

 

「チィ……ッ!」

 

 銃を弾かれた衝撃で仰け反ってしまったケニーはそのまま勢いに任せて後ろへと倒れこみ、上下反転した世界でアンカーを射出。一気にガスを吹かしながらワイヤーを巻き取り、ダイナから距離を取ろうと試みる。

 しかし、ダイナも銃を持った相手に、距離というアドバンテージを易々と渡さない。立体機動装置を全力稼働させ、ケニーへと追いすがる。

 両者の速度は既に調査兵すらも視認できない領域へと達し、宙に残るガスの白い線だけが、ダイナとケニーの動きを表していた。

 

「年寄り相手に容赦ねぇな!」

 

 距離を詰めてくるダイナに向けて、ケニーが悪態と共に再射撃。鉄の弾が撒き散らされ、音にも迫る速度でダイナを肉片に変えようと襲い掛かる。

 

「ふ……っ!」

 

 対して、ダイナはワイヤーを回収して体を横に。その状態でガスを吹かすことで急速に軌道を変え、銃撃を回避した。

 それだけでダイナの動きは終わらない。左右のワイヤーを交互に射出と巻き取りを行い、そこにガスによる加速を合わせることでジグザグ軌道を描く。

 自らの体にかかる負荷を一切顧みない立体機動に、アッカーマン3人が息を呑んだ。

 リヴァイやケニーといった人外の領域の速度を保ちながら強引に左右に動くなど、いつ制御を失って墜落してもおかしくない。それ以前に、常人ならば体の両側から凄まじいGがかかって意識を失うだろう。

 

 だが、ダイナ・フリッツは止まらない。

 口から血を吐き、目から血涙を流し、限界を超える負荷で筋断裂が起こり、全身の骨格が軋み、体が内側から崩壊し始めても、強引に殺人鬼へと突っ込んでいく。

 

 瞬間、目を見開いたのはリヴァイだった。

 驚愕の原因は、雄叫びを上げながらさらに速度を上げたダイナの姿にある。

 くるりと、右手に握る刃を手の中で回転させ、逆手で持ったのだ。その独特の剣の握り方は他ならぬリヴァイのもの。加速するダイナに自分の姿が重なったのを、リヴァイは確かに()()

 

 稲妻型から直進へと軌道を変え、ダイナは宙空で前方に一転。回転による遠心力を乗せて、ケニーに向けてブレードを投擲する。相手が常人ならば視認すら許さずに命を絶つその一撃。だが、人外の怪物たる殺人鬼には通じない。

 正確無比に喉笛を狙うソレをケニーは銃身で弾くと、流れるような動作で散弾銃をリロード。超高速の立体機動を行いながら全く淀むことのない再装填は、いっそ曲芸のようですらあった。

 

「チェックメイト」

 

 刃を投擲した直後では、次の銃撃はアッカーマンにも匹敵する身体能力を見せた今のダイナでも躱せない。

 あの稲妻型の軌道を描くには、体勢を立て直すのに最低でも1秒以上のロスが生まれるだろう。

 己の勝利を確信したケニーが銃口をダイナに向けて、そして気づいた。

 

「な――」

 

「ああ、これでチェックメイトだ」

 

 ダイナ・フリッツの声が、ほぼゼロ距離から聞こえたことに。

 刃の投擲による攻撃は目くらまし。黄金の美女は回転してブレードを投げると同時に、ケニーに向けて突貫していたのだ。

 ケニーが縦回転する刃を弾くため、ダイナから目を逸らしたその一瞬の隙を突いて。

 

「アリーセを……返せぇッ!」

 

 咆哮し、投擲しなかった方――逆手に握る右の剣が振り抜かれた。迸る剣撃がケニーの腹を切り裂き、空中で鮮血がばら撒かれる。

 最後の攻防を終えた黄金の美女と大量殺人鬼はもつれ合うようにして建物の屋根に落ち、そして片方だけが立ち上がった。

 立ち上がった片方は倒れたまま動けないもう片方を見下ろし、静かに呟く。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 調査兵団と中央憲兵団。

 クーデターの幕開けとなる初戦が、今ここに決着した。


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