カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第45話 敗北×代償×すれ違い

 目を開くと、知らない天井が視界に映った。

 ……?

 ダメだ、意識を失う前の記憶が完全にねぇ。というか全体的に記憶が曖昧になってやがる。

 何がどうなって俺はぶっ倒れたんだっけ……?

 

 何はともあれ、まずは現状を把握しないと。

 脱力していた体に力を入れ、倦怠感に包まれた上体を無理やりに起こす――

 

「……っ、は、ぁ……っ」

 

 痛覚が爆発した。

 体が内側からぶっ壊れたかと思うほどの激痛。

 再び途切れそうになる意識を気合と感情で必死に繋ぎとめ、声にならない悲鳴を上げる。

 つーか、悲鳴すら出ねぇ。

 声の代わりに喉から出てきたのは大量の血塊だ。咄嗟に首を動かして横を向き、血液が気管を塞いで窒息しないようにする。

 

「――! 兵長、ダイナさんが!」

 

 全身を駆け巡る痛みに耐えながら咳き込んでいると、近くにいたらしい誰かが、俺が目覚めたことに気づいて声を上げた。

 そのままバタバタとどこかへ走っていく。聞こえた声から察するに、アルミンがリヴァイ兵長に俺が起きたことを報告しに行ったのだろう。

 程なくして、俺の視界に2人分の足が映る。

 片方は兵長だろうが、もう片方は誰か分からねぇな。

 

「やっと起きたか。随分と寝坊したな、ダイナ」

 

「……兵長」

 

「テメェが寝た後の話は今からする。とにかく体を動かすな。死ぬぞ」

 

 ほんのちょっと動くだけで命に関わるとか、どんだけヤバい状態なんだよ俺。

 また何か無茶しちまったのか?

 マズいな、またアリーセに怒られる。普段はほわほわしてるのに、怒ると凄え怖いからな。早く言い訳を考えとかないと――

 そう言えば、アリーセはどこだ?

 真っ先に駆け寄って来てくれると思ったんだが、近くに彼女の姿はない。目だけを動かして視界を動かして兵長の後ろにいる人物を見れば、アリーセではなくアルミンだった。

 

「――兵長、アリーセは……?」

 

「エレンとヒストリアと共に連れ去られた。俺たちは負けた」

 

 ……あ?

 連れ去られた? 誰が? アリーセ? 誰に? 何で? いつ? エレンとヒストリアも? 人類の希望と王家の末裔が奪われた? 誰に負けた?

 思考が弾ける。

 与えられた情報の衝撃で記憶が蘇る。

 

 そうだ、負けた。後一歩届かなかった。

 ケニー・アッカーマンに。

 

「あ、あ、あ、あああああああああ!?」

 

「――落ち着け! まだ何も終わってねぇだろうが!」

 

 兵長に胸ぐらを掴まれ怒鳴られるが、敗北という事実に心が割れる。

 最悪だ。最悪以上だ。

 エレンとヒストリアはすぐには殺されない。その未来は分かる。『原作知識』による保証がある。

 しかし、アリーセには『原作知識』による未来の保証がない。連れ去られた理由も分からない。

 もしかしたら、もう既に……

 

「おい、ダイナ。一人で勝手に絶望して諦めてんじゃねぇ。エレンも、ヒストリアも、アリーセも、まだ取り戻せる可能性は十分ある。お前が今やるべきことは、ガキみてぇに泣き叫ぶことか? いや、違う。戦うことだ」

 

「……っ」

 

 エレンやヒストリアと違って、アリーセには身の安全を保証されるだけの理由がない。彼女は俺と同じ、本来ならとっくに原作から退場しちまう筈だったモブに過ぎない。

 この世界は残酷だ。

 モブの命など、それこそ虫ケラと同じくらいあっさりと潰えてしまう。

 

 ああ、これが『原作知識』の外側か。

 これがこの世界に生きるエレンが、ミカサが、アルミンが、兵長が、ハンジさんが、ジャンが、コニーが、サシャが、ライナーが、ベルトルトが、原作キャラたちがいる場所か。

 冗談じゃねぇよ。怖すぎるだろ。

 

 本当に――

 

 リヴァイ兵長に『原作知識』は当然ない。

 つまり、兵長も俺と同じく絶対に守らないといけない相手が敵の手に落ちてしまっているのに。

 俺を睨みつける兵長の目、僅かたりとも揺らがない。

 俺と同じだけの絶望と、悔しさと、恐怖と、喪失感を味わっている筈なのに、一瞬たりとも立ち止まらない。振り返らない。

 ひたすら仲間が生きていると信じて、突き進んでいく。

 

 本当に敵わない。

 文字通り俺とは格が違う。

 戦闘力がどうとかの次元ではなく、その精神力が桁外れだ。

 これが、人類最強にして調査兵団兵士長……英雄リヴァイ・アッカーマンか。

 

 ……確かに、兵長の言う通りだ。

 いつまでも敗北を嘆いている暇はない。

 アリーセが連れ去られた理由は、おそらく彼女から俺の持つ情報を引き出すため。巨人化能力者は拷問できないから、俺と最も近いアリーセを狙った。全ての情報を記した『手記』は日本語で書いてあるから心配ないとしても、アリーセ自身が拷問にかけられたら情報が漏れる――いや、彼女なら死んでも口を開かないだろう。

 だからこそ、早く助けないといけない。

 

「すいません、取り乱しました。兵長、私が気を失った後の説明をお願いします」

 

「……ああ。アルミン、俺がダイナと話している間に全員をここに集めろ。エレン達3人の救出作戦を立てる」

 

「了解です!」

 

 慌ただしく走っていくアルミンの後ろ姿を見送ると、兵長は俺の上体を抱えて起こしてくれる。

 ……ここ、俺とジャンがリーブス会長達に拉致されたあの倉庫の中だったのか。

 

「一人で起きられるか?」

 

「全力で巨人の力を再生に回してますが、それでも辛いですね……」

 

「ならこのまま俺が支える。お前は現状の把握に努めろ」

 

「分かりました」

 

 そんな訳で、兵長にもたれかかる態勢のまま情報共有を開始。

 まず俺とケニーの戦いだが、これは俺の自滅で負けた。あの殺人鬼の腹を斬り裂いたところまでは良かったんだが、そこで最後の切り札を解放した反動に襲われた訳だ。

 限界以上に体を酷使した代償として内臓はスクランブル、骨はバキバキ、体中の筋肉が断裂と、兵長曰く巨人化能力者でなければ間違いなく死んでいたらしい。

 これはまぁ、本来の使用法を無視した俺が悪い。命があるだけマシだと考えよう。

 俺とケニーとの一騎討ちについての詳細は後に回す。

 

「一応言っておくが、後でテメェがケニーと戦った時に見せた力についても説明してもらう」

 

「り、了解」

 

 何事もなく次の話題に行こうとしたら、ガッチリと釘を刺された。まぁ、誤魔化せる訳ないか。

 これも仕方ねぇな。

 

 続いて被害報告。

 これは拐われた3人以外になし。

 調査兵団側に死傷者はなく、反対に対人立体機動部隊はその半数近くを無力化できたらしい。

 人数だけで見れば、今回の戦いは調査兵団の圧勝とも言えるだろう。重要人物はまとめて抑えられたから、敗北に変わりはないが。

 歩兵、飛車、角、金銀が生きていても、王将が取られたんじゃ負けだ。

 

「それにしても、対人戦闘に特化した敵を相手によく死者が出ませんでしたね」

 

「お前がケニーに与えた傷が存外に深かったらしい。お前が倒れた後、トドメを刺す余裕もなく奴は部隊と共に撤退。調査兵団が追撃側になることが出来た」

 

「なるほど……」

 

 中央憲兵達が傷を負ったケニーを庇いながら撤退しないといけないのに対して、こっちは全力全開の兵長を軸に追撃できたからか。

 ……それでもアリーセ達も助け出せなかったのは、十中八九俺のせいだ。

 くそっ、完全に足を引っ張った……っ。

 

「反省は後だ。まずはエレン達も助ける事を第一に考えろ」

 

「……はい」

 

 と、そこでアルミンが104期の面々と二ファを始めとするハンジさんの部下達を引き連れて戻って来た。

 アルミン達はそこらの木箱を椅子にすると、円を描くように座る。

 『原作』で言うなら、アルミンが初めての殺人で、ジャンが敵を殺すことを躊躇してアルミンの手を汚させてしまった事を悔いるシーンだ。

 尤も、俺が気を失っている間にその一連のやり取りは終わってしまったらしいが。

 

「早速エレン達の救出作戦の立案……といきたいところだが、テメェにはその前に喋ってもらうことがある」

 

 『原作』を思い返していると、兵長の矛先がいきなり俺に向いた。連動して、この場にいる全員が俺を見る。

 

「まず始めに、あのケニーに深手を与えたあの力は何だ?」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ――アッカーマン一族。

 それは旧エルディア帝国時代に行われた巨人研究の過程で誕生した存在だ。

 人の姿を保ったまま巨人の力を一部行使できるだけでなく、脳のリミッターを意図的に解除することで身体能力を爆発的に高められる力を持ち、更には『道』を通じて歴代のアッカーマンの戦闘経験すらも獲得、使用できる、超戦闘特化型種族。

 フリッツ王を守る為の武家として設計された一面を持ち、それ故に遺伝的に受け継がれる『アッカーマンの力』は、守るべき主を得ることをトリガーに解放される。

 

 自分と親友の命を守れるだけの『力』を渇望する世界の異分子ダイナ・フリッツは、このアッカーマン一族に目をつけた。

 

 さて、この遺伝的に継承される力を、一族以外の人間が手にするにはどうすれば良い?

 アッカーマンと交わって子を残すのでは、目的は達成できない。

 自分の子ではなく、自分自身がアッカーマンになる必要がある。

 なら、残る方法はただ一つ。

 もう一度、ゼロからアッカーマンを作り出すのだ。かつて旧エルディア帝国がしたように、徹底的にユミルの『道』に干渉して。

 

 そんないっそ狂気的とも言えるその試みを、ダイナ・フリッツという人物は実現してしまった。

 護身用ナイフでひたすら自分の体を斬り裂いて、激痛と流血を対価に『道』へと手を伸ばす。ただひたすらにそれを繰り返し、無数に流れる『道』からアッカーマンの血脈を掴み取る。

 理論など知らない。方法など分からない。けれど可能性を信じて愚直に手を伸ばせ。

 科学者やそれに類する人物が聞けば、思わず嘲笑してしまうような稚拙な根性論。まるで砂漠の中から一粒の金を見つけ出すような、無謀で成功確率などゼロに等しい試み。

 失敗以外の結末などあり得ない。――あり得ない、筈だった。

 

 他の巨人化能力者の追随を許さない、王家の末裔だからこそ持つ、『道』への最高アクセス権限。

 ほぼ無制限に体を再生できる巨人化能力者だからこその、膨大な試行回数。

 彼女が持つその2つ力が、天文学的確率を引き当てる。

 

 かくしてダイナ・フリッツは『道』を通じてアッカーマン達の持つ戦闘経験を獲得し、同時に人の姿を保ったまま巨人の力を引き出すことを可能とした。

 しかも彼女が引き出す巨人の力は、彼女がその身に宿す『九つの巨人』が一角、『女型』のもの。故に身体強化の出力は、リヴァイ兵長ですらも上回る。

 彼女はほんの一瞬だけだが、紛れもなく人類最強となれるのだ。

 

 ……だが。

 

(ダメです、ダイナさん――っ)

 

 アリーセ・エレオノーラは中央憲兵によってトロスト区の戦場から引き剥がされる直前に見た落雷を思い返し、心の中で無二の親友に向けて叫ぶ。

 見間違える訳がない。アレはもう幾度となく見た巨人化の光だ。

 しかしその後に巨人の咆哮がなかったという事は、ダイナは使ってしまったのだろう。

 ――そう、アッカーマンの力を。

 

(言ってたじゃないですか……! その能力の本来の使い方は、()()()()()()()()()()()()()だって!)

 

 一見すると非常に強力な切り札であるが、その実は使うだけで生死の境を彷徨うことになる自滅能力なのだ。

 リヴァイ兵長やミカサを見れば分かる通り、2人はそれぞれ身長と性別に合わない体重を持っている。これは規格外の身体能力を発揮しても体が壊れないように、骨密度が常人と比べて高くなっているためだ。

 だが、ダイナの体はアッカーマンの力に適応していない。アッカーマンの力を解放すれば最後、身の丈に合わない力を使った代償として、ほんの数分で体が内側から崩壊する。

 というか、まともな人間なら体が内側から破壊される痛みに耐え切れず能力を使った瞬間に気を失ってしまうだろう。

 それでもダイナが動けたのは、彼女の意地と根性が痛みを上回るほど強かったからだ。

 

(私のせいで、まだダイナさんに無茶をさせてしまった)

 

 家具一つない部屋のど真ん中。

 そこのポツンと置かれた椅子に縛り付けられているアリーセは、心の中で憤怒の炎を燃やす。

 その怒りの矛先は自分を誘拐してこの場所に拘束した中央憲兵でも、その後ろにいるレイス家でもない。

 どこまでも無力で足手まといの、自分自身に向けられている。

 

(あの時アッカーマンの力を使わず『女型』になっていれば、巨人を殺せる装備を持たないケニー・アッカーマンに勝てたかもしれない。少なくとも、能力の反動で傷つく事はなかった。それでも無茶をしたのは、私のせいだ)

 

 良く言えば優しい。悪く言えば甘い。

 それがアリーセ・エレオノーラだ。

 どこまでも甘っちょろいアリーセは、自分が助けられた時に無関係の多くの人々が犠牲になっていれば、自分が足手まといのせいでと嘆くだろう。

 ダイナはそれすら認めなかった。だから切り札を使ったのだ。

 そうすれば傷つくのはダイナ一人だけで、周囲への被害は殆ど出ないから。

 

(迷惑かけて、守ってもらって、助けてもらって、私はダイナさんに何も返せていない。ダイナさんに甘えてばかりで、微塵も彼女の役に立てていない!)

 

 怒る、呪う、どこまでも無力で惨めで情けのないアリーセ・エレオノーラを。

 

(もう守られるのは嫌だ。ダイナさんが傷つくのは嫌だ。私が死んでも、世界が滅びても、ダイナさんだけは生きてて欲しい)

 

 目を開く。

 乱暴に扉を開けて入ってきた中央憲兵の男2人を睨みつける。

 この場所がどこか分からないが、どうやら自分はエレンやヒストリアと同じ建物にいるらしい。

 少なくとも、ヒストリアはすぐ隣の部屋で実の父親と感動の再会を果たしている事だろう。

 

 これから自分はこの2人に拷問される。

 狙いは恐らく、自分が持つ『ダイナの情報』。

 巨人化能力者は拷問できない。傷つければ最後、巨人と化して強烈な報復を受けるからだ。

 

 猿轡のせいで言葉を発する事が出来ないので、アリーセは視線で拷問器具を見せてくる憲兵に伝えてやる。

 

(そう簡単に、私から情報を聞き出せると思うなよ)

 

 これ以上ダイナに迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシだ。死んだ方がマシなのだが、死ぬ訳にはいかない。

 奪われた『注射』と『手記』を取り返し、機会があればエレンの『進撃』と『始祖』をレイス家から奪い取る。

 そして巨人化能力者というダイナと肩を並べる力を得て、最後は『座標』を本来の継承者であるダイナへと返すのだ。

 

 『九つの巨人』全てを手に入れる事が出来れば、ダイナはユミルの呪いを打ち破れる。

 

 『手記』の内容は全て暗記した。

 ダイナの『ゲンサクチシキ』があれば、この先に起きる未来すらも予知できる。

 『進撃』と『ゲンサクチシキ』の2つがあれば、自分も主人公(ダイナ)になれる。

 

(待ってて下さいダイナさん、必ず全てを手に入れますから。そして、私は貴女だけの主人公(ヒーロー)になる。――弱くて甘いアリーセ・エレオノーラは、もう要らない)


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