カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第4話 愚者の判断

 天から一条の閃光が走り、俺が自分の手を喰い千切ることで生まれた傷口を起点として、巨人の体が生成されていく。

 女型の巨人となった俺は空中で身を捻り、立体機動に利用した15メートル級の巨人の真上に着地する。

 肉と骨が潰れる音と感触。

 俺の真下で赤色がぶち撒けられ、周囲の人たちは巨人の血を浴びながらも、何が起きたのか分からず呆然としていた。

 

 まぁ、そうなるよな。

 彼らからしたら、空が光ったと同時に巨人が降ってきたようにしか見えないだろう。驚くなって方が無理な話だ。

 15メートル級のうなじを踏み潰してトドメを刺し、素早く立ち上がる。

 

 ひとまず巨人化は成功。

 さて、相手は反応すっかな?

 俺が視線を向ける先は巨人どもではなく、トロスト区……壁の中だ。

 俺が「口減らし」から逃げなかった理由その2。

 それは鎧の巨人と超大型巨人の2人が、奪われた女型の巨人が出現したのを見てどんな反応するか確認するため。

 

 ずっと不思議に思っていたことがある。

 それはこの世界にやってきた初日、俺がアニを食って人間に戻った時のことだ。

 あの時、なぜか『鎧』と『超大型』は『女型』を継承した俺を拘束せず、無視して内門の破壊を優先していた。

 いや、おかしいだろ。

 九つの巨人はマーレが有する最大の武器、地球で言うところの核兵器みたいなもんだぞ?

 貴重な7つのうちの1つを奪われて、放置するわけがねえ。

 マルセルの『顎』がユミルに奪われた時は、ライナーが動転して逃げ出した、っていう理由がある。

 けど俺の時は2回目。

 アニを食われたっていう衝撃はあったと思うが、流石にライナーがまた混乱したって事はないだろう。

 

 見逃された理由が分からなかった。

 その理由を知るために、俺はこうして派手に女型の巨人の姿を晒している。

 トロスト区の中でやってきた時とは違い、真昼間で、これだけ人が注意を向けている場所で巨人化したんだ。

 巨人化の際の光と音は、間違いなく奴らに聞こえていたはず。

 ……奴らがトロスト区にいれば、の話だが。

 

 『鎧』か『超大型』が今すぐ姿を現して、俺を狙ってくるならまだ分かる。

 俺が気を失っている間に何かあり、どうしても俺の回収より内門の破壊を優先しないといけない理由があったんだろう。

 理由の中身はやっぱ分かんねーままだが。

 けど、今回もまた姿を見せなかったしたら?

 その場合は「俺を見逃さないといけない理由」が生まれる訳だが、そんなもんがあるとは思えねえんだよ。

 

 ……しかし、出てこねえな。

 俺が巨人化してから10分は経ったが、2人とも現れる気配なし。

 もしかして、俺がその辺の巨人に食われて死ぬのを待ってんのか?

 でもその場合は俺を食った無垢の巨人が元の姿に戻るから、巨人の正体が人間って壁の中にバレる訳だが……。

 それは向こうからしたら避けたいことのはず。

 マルコを殺した時のリアクションから推測するに、自分たちの正体がバレるような不安要素は絶対に潰しに来ると思ったんだけどな。

 

 それとも、ここで俺と戦うリスクを恐れている?

 負ける可能性はもちろん、こんなにも人がいたら巨人化するのも一苦労だろう。巨人化の瞬間を見られる可能性は、かなり高い。

 それを恐れて出てこない、ってのは分からんでもないけど。

 それらのリスクを考慮しても、女型の巨人の力を見逃すか?

 原作じゃ、戦士長と決闘を演じてまでアニを助けようとしたくせに?

 ……いや、あれは『女型』よりアニを回収したかったのか。

 主にベルトルトが。戦ったのはライナーの方だけどな。

 

 あー、くそ。

 もうどうせ原作は木っ端微塵だから、ここで鎧か超大型を仕留めてやろうと思ったのに。

 やっぱりそんな簡単にいかねぇか。

 

 なら、プラン変更。

 他の巨人化能力者の撃滅は諦め、この場の避難民が少しでも生き残れるように動こう。

 もしかしたら、アルミンのお爺ちゃんを助けられるかもしれん。

 

 真後ろから伸びてきた8メートル級の腕を避け、顔面に蹴りをお返ししてやる。8メートル級の顔面が陥没し、頭部が吹き飛んだ。

 まずは近くの巨人を倒しながら、巨人の群れを脱出。

 その後は「叫び」の能力で避難民から引き剥がして、俺の方へと引き付ければいい。

 あとは頃合いを見て、習得した硬質化で壁を越える。

 よし、完璧だ。

 ……完璧だと、いいなぁ。俺ってそんなに頭良くないから、想定通りに物事が進むほうが珍しいんだよな。何か不足の事態が起きるかもって身構えてるほうが良いかも。

 

「オオッ!」

 

 っと。

 奇声を発しながら飛び上がり、上から襲ってくる10メートル級をアッパーで迎撃。そのまま流れるように次の動作へと入り、今まさに女性兵士を食い殺そうとした13メートル級を殴り倒す。

 そして、硬質化。

 意識を硬質化したい部位に集中し、力を込める。

 俺の足首から膝までが硬質化し、青白く輝く結晶のように変化した。

 

「――シィッ!」

 

 息を吐き、硬質化した右足で薙ぎ払うような蹴りを繰り出す。

 蹴りの軌道上にいた巨人たちがまとめて両断され、上半身と下半身に分裂して地面に沈む。

 お、おお、凄え。

 想像以上の破壊力なんですけど。

 別に格闘技の経験者でもない俺の蹴りでもこの威力なら、アニの蹴りはどのくらいの強さだったのか。

 ……この口減らしを生き延びたら、アリーセに対人格闘術でも習おうかな。痴漢や強姦魔から自衛するためとか言えば、喜んで教えてくれそうだ。

 

 そんな思考をするくらい余裕がある。

 硬質化がもたらした戦闘力の向上は、そのくらい凄い。

 普通の状態で全力の拳を放つと、俺の拳まで骨が折れたりするんだよ。

 そうなると当然、再生が必要になる。再生するということは、余分な体力を使うということ。体力を使うということは、巨人化を維持できる時間が減るということ。

 こんな感じで悪循環が始まる。

 それを解決してくれる硬質化は本当にありがたい。

 確かに硬質化も体力を消費するが、傷の再生と比べたら圧倒的にコスパが良いんだよ。

 

 また一体、巨人を仕留める。

 さて、どこまで上手くいくものか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 トリガーを引いてワイヤーを射出。

 アンカーが目標の立体物に突き刺さったのを確認して、ガスを噴出。

 前方へと高速移動しながらトリガーを引いてワイヤーを回収し、横回転しながら空中で姿勢を制御。素早く次にアンカーを突き刺す場所を決めると、私はトリガーを引いた。

 

 ダイナさんが、ウォールマリア奪還作戦に参加した。

 

 私がそれに気づいたのは、奪還作戦が開始してから10分以上も経過した後だった。

 昨日のうちに、ダイナさんには逃走経路を教えていた。

 私はその逃走経路で待っていたけれど、いつまで経ってもダイナさんは姿を見せない。

 そして壁の外で大きな音と光がした瞬間に、私はようやく、ダイナさんが作戦に参加してしまったのだと気づいた。

 

 そこから先は、もう無意識に動いていたと思う。

 兵装が保管されている倉庫から無断で立体機動装置を持ち出し、休暇中にもかかわらず兵士の制服を纏い、壁を乗り越える。

 その先で見たのは、地獄だった。

 抵抗することもできずに、巨人に捕食されていく避難民たち。

 私たち調査兵団が多くの犠牲者を出しながらも守った命が、徒に減っていく。

 

「……の……に。……の、何の、為に!」

 

 気づけば、私は絞り出すような声で叫んでいた。

 思い出すのは、ウォールマリアが陥落した日のこと。

 仲の良かった同期の皆は、避難してきた人たちを守って次々と死んでいった。

 今でも仲間たちの断末魔が、死の間際の恐怖に歪んだ表情が、脳裏にこびりついて離れない。

 私も巨人の血と仲間の血で真っ赤になりながら、ガスと刃が切れるまで必死に戦い続けた。

 私がガス切れで撤退するのと、住民の避難が終わったのは同じくらいだったと思う。あまりに必死に戦っていたから、その時の記憶があやふやでちょっと自信がないけれど。

 

 結局、私たちが助けた避難民の大多数がこうして巨人に食い殺されるなら。私の友達は、仲間たちは、どうして死ななければいけなかったのだろう。

 あの時に人類に捧げた彼らの心臓は、本当に無駄じゃなかったのかな。

 

 そんな時に出会った……というか、見つけたのがダイナさん。

 疲れでフラフラになりながらも、未だに混乱状態の避難民の人たちを誘導している途中。いきなり道のど真ん中で倒れ込んだのが、彼女だった。

 どうしてか上の服は着てないし、下着もつけていない。胸元に布を巻きつけただけの姿は、はっきり言って危うかった。

 だって、ダイナさんは凄い美人だもの。

 あんな綺麗な女性が胸に布を巻きつけた状態で倒れてたら、男達に何をされるか分かったものじゃない。

 慌てて担ぎ上げて避難所まで運び、上着を着せて寝かせた。

 幸いにして彼女はすぐに目を覚まして、私はすごくホッとしたのを覚えている。

 ああ、命を救えた。兵士としての役目を果たしたって。

 

 その時は少し会話しただけで終わったけど、避難民に食料の配給をしていた私は、その後もよくダイナさんと出会った。

 口数の少ない彼女は常にぼーっとしているように見えて、実は色々なことを考えている……らしい。

 何度か会話をしていると自然と打ち解けて、私は暇さえあれば彼女に会いにいくようになった。その時の私は多くの友達と仲間も一度に失ったから、とにかく話し相手が欲しかったのかもしれない。

 経緯はともあれ、ダイナさんは私にとってかけがえのない友人になったのは事実だ。

 

 そんな彼女が、この地獄にいる。

 また友人を失うかもしれないという恐怖で、全身の震えが止まらない。

 次々と食べられていく避難民の姿を見て、すでにダイナさんも食べられた後かもしれない、なんて嫌な想像が浮かぶ。

 早く、早く、ダイナさんを見つけないと。

 食べられてしまう前に。殺されてしまう前に。

 そう思えば思うほど、どんどん焦る。

 だから、こんな簡単なミスをしてしまったのかな。

 

 アンカーが建物に刺さらず、弾かれた。

 空中で大きくバランスを崩してしまい、速度がガクンと落ちる。

 こんな巨人だらけの場所で、動きが鈍れば。

 

「オオオオオオッ!」

 

 口から涎を溢れさせながら、13メートル級が私に襲いかかってくる。

 視界いっぱいに広がる、巨人の口内。

 今までの経験から分かる。これはもう、助からないやつだ。

 ワイヤーの射出も、ガスの噴出も間に合わない。

 というか、巨人の口内は私の進行方向から迫ってきてる感じだから、まずは体を反転させる必要がある。

 そんな余裕は、ない。

 

 もしかしたら、罰なのかもしれないなぁと漠然と思う。

 人類に心臓を捧げた兵士でありながら個人の感情を優先させて、たった1人の市民の命を救うために、兵士としての規則を破って勝手な行動をした罪への。

 少しずつ巨人の口が閉じられていく。

 先に死んでいった仲間たちの姿が浮かぶ。

 私も、今そっちに行くから――

 

「オオオオオオオオオオオオッ!」

 

「――ッ!?」

 

 体の芯まで揺さぶるような、凄まじい雄叫び。

 それと同時に、今まさに私を食い殺そうとしていた10メートル級の巨人が吹き飛んだ。

 巨人が、飛んだ。

 10メートルの巨体が。

 実際に目の当たりにしても、その光景が信じられなくて私は唖然とするばかり。

 何とか正気に戻ったのは、地面に落ちる直前だった。

 

 慌ててトリガーを引いてワイヤーを射出し、この辺りで一番高い建物……時計塔の上へと着地する。

 そして一体何が10メートル級の巨人を吹き飛ばしたのかと視線を走らせて、見つけた。

 

 15メートル級。

 ほとんどが男の人のような体つきの巨人にしては珍しく、女性のような体つき。女型の巨人、とでも名付けたら良いのかな。肩まで伸びる金髪を揺らすその巨人は、拳を振り抜いた姿で止まっている。

 月白色に輝く瞳は一瞬だけ私を見て、そしてすぐ興味がなくなったように別の方向を向いた。

 

 こんなにも近い距離なのに、人間(わたし)に反応しない……?

 それに私の見間違いじゃなかったら、あの巨人はさっき、他の巨人を殴り飛ばしたことになる。

 巨人を攻撃する巨人なんて、聞いたことがない。

 ゾワッと。

 全身の血が騒ぐ。

 あの巨人は普通の巨人とは違う。

 奇行種。

 それも、今までの巨人とは根本的に異なる行動原理を持った。

 

 あの巨人が「他の巨人を攻撃する」という特性を持ってるなら、利用できるんじゃないかな。

 10メートル級を空高く吹き飛ばすほどの膂力。

 あの力で他の巨人を掃討してくれたら、ダイナさんの生存確率も……!

 

 その時、女型の巨人が大きく動いた。

 右足を軽く持ち上げ、片足立ちのような姿勢で静止。

 すると女型の巨人の右足の一部が、青白い何かに覆われていく。

 それが何なのかと私が疑問を持つよりも早く、烈風すら纏った強烈な蹴りが放たれた。

 薙ぎ払うかのような軌道のそれは、近くに立っていた巨人を5体もまとめて両断してしまう。

 

 なに、あれ……!?

 運動性能が今まで見てきた巨人とは違いすぎる!

 確かに巨人は運動性能やその他のスペックに個体差があるけど、あんなに飛び抜けた個体は見たことがない。

 明らかな規格外――

 

「ッッオオオオオオオーーーッッ!!」

 

 女型の巨人が再び雄叫びを上げた。

 でも、先ほどのものとは音量が桁違い。

 体の芯どころか脳まで揺さぶられて、視界も揺れる。

 

 けれど私を本当に驚かせたのは、次の瞬間に起きたこと。

 避難民の人たちを捕食していた巨人たちが、一斉に女型の巨人の方へと向かって行った。捕食を中断してまで。

 信じられない。

 巨人が人間の捕食より優先することがあったなんて、今までの常識が丸ごと覆る。

 

 この場の殆どの巨人を引き連れたまま、女型の巨人が走り出した。

 

「……あ!」

 

 咄嗟に女型の巨人を追いかけようとした私は、トリガーを引く直前に思い出す。

 自分がどうしてここにいるのかを。

 

 ダイナさんは……!?

 

 兵士としては、女型の巨人を追いかけるべきだ。

 あの巨人は放置できない。

 人間より強く巨人を引き寄せる特性に、人間より他の巨人を攻撃する特性。

 うまく利用できれば、信じられないほど有益な武器になってくれる。

 

 けど私個人としては、ダイナさんの安否を確認したい。

 今すぐ彼女の無事を確認して、力一杯抱きつきたい。

 

 私は。

 アリーセ・エレオノーラは、どうすれば良いの……?


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