カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第6話 対鎧の巨人撤退作戦

 ちくしょうが……!

 鎧の巨人の手の中で必死にもがくが、人間の力でどうこうできる訳がない。

 両腕を上から押さえられる形で握られてるせいで、自分の手を食い千切って巨人化するのも無理だ。

 隣では俺と一緒に捕まったアリーセが超硬質ブレードで指を斬りつけているが、反対に刃の方が折れちまってる。やっぱり、鎧の巨人に兵士の装備は効かねぇよな。

 

 くそっ。

 鎧のやつ、俺が人間に戻るのを待ってやがったのか。

 トロスト区の前で俺が姿を現した時、『鎧』も『超大型』も出てこなかった理由が今やっと分かった。

 俺が少しでも消耗するのを待ってたって訳だ。

 これ以上は絶対に負けられない戦士組からすれば、危険な賭けには出られない。大勢の人間と無垢の巨人が周囲にいたあの状況は、リスクが高すぎると判断したってことか。

 だから様子見に徹して、最も勝機が高いタイミングを見計らっていた。

 

 なら、そのタイミングはいつだ?

 決まっている。

 人間に戻った瞬間を狙うのが、最も有利だろう。

 バカ正直に相手が巨人化してる時に狙う必要はない。巨人化能力者が最も隙を晒すのは、人間に戻った直後だ。

 

 だが、1人で反省会している暇はない。

 こうしている今でも、鎧の巨人はウォールマリアの方へと走り続けている。もうウォールローゼが見えない。つーか、捕まってからどのくらい経った? それすら分かんねえ。

 ふざけんな。

 このままマーレに連れていかれてたまるか。

 『超大型』まで出てきたら俺の勝機は完全に消える。それより早く、鎧の巨人を倒さねえと……!

 

「アリーセ、そのブレードでどこでも良いから私を斬ってください!」

 

 両腕を押さえつけられてる俺と違って、アリーセは手が動かせるらしい。

 ならアリーセに傷を作ってもらえれば、その傷で巨人化できる。

 連続で巨人化するのはキツイが、あと1回戦うくらいの体力は残ってる。

 そう考えて頼んだんだが、

 

「こんな時に何言ってるんですか!? そんな簡単に生きるのを諦めるなんて……」

 

 見事に伝わらなかった。

 まぁ、この状況でそんなことを言えば、食われるくらいなら自刃したいって言ってるようにしか聞こえんわな。

 

「そうじゃなくて! 巨人化するのに傷が必要なんですよ! 自傷が巨人化のトリガーです!」

 

「……!」

 

 慌てて詳細を説明すると、アリーセが息を呑む。

 そして超硬質ブレードと俺を見て、本当にやって良いのかと迷ってるようだ。

 アリーセが躊躇している間に、鎧の巨人が動く。

 俺たちを握りしめている手とは反対の手が近づいてくる。

 巨人化を防ぐためにブレードを奪う気か!?

 ならいっそのこと、舌を噛み切ってでも……!

 そう思って舌を出したところで、アリーセが俺の胸元あたりにブレードの切っ先を触れさせた。

 

「本当にやりますからね!?」

 

「頼む!」

 

 アリーセの最終確認に即答する。

 そこでようやく決心したアリーセが、俺の肌を浅く切り裂いた。

 

 天から光が落ち、再び俺の巨人体が生成されていく。

 巨人化の衝撃で鎧の巨人の手と一緒に吹き飛ばされそうになったアリーセを生成されたばかりの両手で優しく握りしめ、俺はバックステップで鎧の巨人から距離を取った。

 ひとまず拘束を逃れた俺は、アリーセを頭の上に乗せる。

 

「すごい、本当に……!」

 

 驚愕してるとこ悪いけど、そんな暇はない。

 地面を踏み砕くほどの踏み込みと共に、鎧の巨人の拳が放たれた。

 咄嗟に両腕を交差し、硬質化まで加えて防御する。だが、鎧の巨人は俺の防御をものともせずにぶち抜いた。

 両腕の骨が折れる鈍い音と共に、俺は後ろへ10メートル以上も吹き飛ばされてしまう。

 なんつー威力だよ。

 硬質化した俺の腕の骨を折るとか、どんなパワーしてやがんだ。

 

 骨折して両腕が使えなくなった俺を見て、鎧の巨人が追撃の体勢に入る。

 ボッ! と。

 鎧の巨人が、烈風を纏うほどの速さでタックルを繰り出した。

 ウォールマリアの内門を破るほどの威力を秘めたそれをまともに受ければ、一撃で戦闘不能になるのは必至。

 どう避ける……!?

 

「ダイナさん! 身を屈めて足払いして下さい!」

 

「――オォッ!」

 

 考えるより早く、体が動いた。

 言われた通りにしゃがみこみ、地面に手をつけて鎧の巨人の足を狙って硬質化した右足で蹴りを放つ。

 確かな手応え。いや、足応えか?

 鎧の巨人の脛を守っていた硬質化した皮膚が砕け散り。脚部に痛打を受けた鎧の巨人が転倒する。

 格闘技経験者でない俺ですら分かる、明確な好機。

 

 左腕の再生は止めて、右腕に再生力を集中。一気に右腕の骨折を再生する。

 そして前のめりに倒れてくる鎧の巨人の頭に狙いを定め、硬質化した拳でアッパーを放つ。鎧の巨人は咄嗟に腕を差し込んで俺の拳を防ぐが、今度は俺がガードを強引に打ち抜いた。

 前のめりに倒れていた鎧の巨人が、俺の拳を受けて後ろへ仰け反る。

 

「腹部に蹴りです!」

 

 再び頭の上のアリーセから指示が来た。

 迷うことなく指示に従い、蹴りを放つ。今度は足払いの時のような足の甲で薙ぎ払うタイプではなく、足の裏で蹴りつけるタイプ。

 鎧の巨人の腹部がひび割れ、そこから血を吹き出しながら後ろへと吹っ飛んでいく。

 凄え、まともに入った。

 

「油断しないでください。膝を軽く曲げて、腰を落とすんです。……起き上がりましたよ。パワーでは負けてますが、速度ならダイナさんの勝ちみたいです。避けとカウンターに徹しましょう」

 

 今の僅かな攻防で、女型の巨人と鎧の巨人の性能差を見抜いたってのか?

 だとしたら凄え観察眼だ。

 感心しつつアリーセに言われた通りに腰を落として身構えたのと同時、鎧の巨人が口から蒸気を吐き出して起き上がった。

 ……が、今度はすぐに攻めてくる気配がない。

 拳を構えた状態のまま、俺の隙を伺うかのようにじっとこちらを睨みつけている。

 

 膠着状態に入ったならちょうど良い。

 生まれた猶予時間、こちらも存分に使わせてもらうまでだ。

 鎧の巨人には気づかれないように、こっそり本体の上半身のみを巨人体から分離する。

 

「……アリーセ」

 

「……っ!?」

 

 小声で呼びかけると、アリーセがビクッと肩を震わせて振り返った。そしてうなじから上半身だけを出した俺をみて、微妙な表情をする。

 

「そんな事まで出来るんですね……」

 

「鎧の巨人から目を逸らさないで。本体を露出させてるのが相手にバレます」

 

 そう言うと、アリーセは小さく頷いて鎧の巨人へと視線を戻す。

 背中を向けたアリーセに、俺は出来る限り早口で即興で立てた作戦の説明を始めた。

 

「このまま真正面から鎧の巨人を倒すのは難しいので、隙を見て逃げます。協力してください」

 

 再び、アリーセは背を向けたまま小さく頷く。

 

「まずは――」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺が説明を終えるのと、鎧の巨人が動くのは同時だった。

 第2ラウンド開始だ。

 すぐさま本体を巨人体の中へと戻し、アリーセが頭の上から立体機動で移動したのを確認して、俺も鎧の巨人へと向かって走り出す。

 鎧の巨人が間合いに入ったのを確認して、渾身の蹴り。

 脇腹を狙う俺の一撃は、しかし鎧の巨人の両腕でガッチリと防がれてしまう。右足全体に走る、硬いものを蹴りつけた際のジーンとした痺れ。

 それがなくなるより早く、鎧の巨人からカウンターが飛んできた。

 俺の顔面を狙ったエルボー。咄嗟に首を捻って躱し、掌底打ちを胸元に叩き込んでやる。

 が、鎧の巨人は後ろに下がって見事に俺の掌底打ちの威力を受け流した。この辺りでも、素人と格闘技経験者の差が出てきやがる。

 後ろに飛んで殴られた威力を受け流すとか、俺はそんなの出来ねーぞ。

 

 明確な実力差に奥歯を噛み締めながらも、すぐに次の攻防へ。

 後ろへ下がった鎧の巨人へと追いすがり、硬質化した足先で脛を狙う。

 が、鎧の巨人は半身になって簡単に俺の蹴りを躱した。

 直後、返礼として放たれた砲弾と見紛うほどの拳が迫り来る。

 慌てて上体を横へ動かすが、僅かに間に合わずに掠った俺の頬から血が噴き出した。

 ……その代わりに、鎧の巨人の腕を掴むことに成功。

 渾身の力で腕を引っ張り、俺は自分ごと鎧の巨人と共に後ろへと倒れこむ。そうなると当然、鎧の巨人が俺の上に乗る形となり、マウントポジションが相手に奪われる。

 俺のミスに、鎧の巨人が僅かに笑ったような気がした。そのままご自慢のパワーで俺を抑え込み、俺のうなじを食い千切ろうと大口を開ける。

 なので、俺も嗤い返してやった。

 

 お前のミスは3つ。

 1つ目は、勝ったと思って気を抜いてしまったこと。

 2つ目に、俺と1対1(タイマン)で戦っているつもりになっていたこと。

 そして3つ目、人類の叡智の結晶と、調査兵の力を侮っていたことだ。アリーセが持つ超硬質ブレードが『鎧』で弾けたから、自分には兵士の攻撃は効かないと思い込んで警戒すらしていなかっただろ。

 

 巨人化能力者の俺が言えたことじゃねーけどよ。

 人間の力、あんまり舐めんな。

 

「らあああああああっ!!」

 

 独特の金属音と、ガスの噴出音。

 雄叫びを上げながら、白刃を煌めかせてアリーセが空を舞う。

 第2ラウンド開始の直後から近くの木へと移動していた彼女は、ずっと俺が鎧の巨人の動きを止めることを信じて奇襲の機会を窺っていた。

 独楽のように回転した彼女が、鎧の巨人の膝裏の筋を見事に削ぎ落とす。

 

 ハンジさん曰く、人間の構造上『鎧』で覆えない部分がいくつかある。

 例えば関節部位。関節をガチガチに固めたら、動くことが出来ねえからな。

 俺がアリーセに頼んだのは、原作のミカサのように、鎧の巨人の膝裏の筋を削ぎ落とすことだ。脚を動かす上で重要な筋を削がれた鎧の巨人は一気に動きが鈍くなり、パワーも落ちる。

 

 今度はテメェが下になれやァ!

 

「オオオオオオオオオオオオッ!」

 

 両腕で鎧の巨人の首をキメ、そのまま裏投げ気味に放り投げた。

 鎧の巨人を背中から地面に叩きつけ、マウントを奪い返すことに成功する。と、同時にアリーセに合図。

 そして硬質化した両拳を握りしめ、鎧の巨人の顔面を殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 ひたすら目元の部分を狙って拳を振り下ろし続け、ひときわ強く殴った後に巨人体に命令を残して離脱し、女型の巨人が指先で右目をえぐり取ったところで、鎧の巨人が反撃に転じた。

 

 鎧の巨人は両腕の肘を地面につけて体を固定し、ブリッジするように体を跳ね上げて、上に乗っていた女型の巨人は体が浮いた衝撃で地に手をつける。

 その瞬間を逃さずに鎧の巨人が相手の両腰を掴んで押し上げ、ブリッジした両足を引き抜き、曲げたその足を自分と相手との間に入れると、ドロップキックのように相手の体を吹き飛ばす。

 吹き飛んでいく女型の巨人。

 鎧の巨人はその腕を掴むと自分の方に引き寄せ、そのうなじを食い千切った。飛び散る鮮血の雨の中で、鎧の巨人はうなじの中から飛び出した俺を捕獲しようとして、ようやく気づく。

 

 俺が、女型の巨人の中に入っていないことに。

 

 辺りで最も背が高い木にアンカーを突き刺し、立体機動装置で限界の高さまで飛び上がっていたアリーセ。

 俺は彼女の腕の中にいた。

 マウントポジションを取ると同時に俺はアリーセに合図を送り、ひたすら目元を殴ることで鎧の巨人の視界を妨害して、アリーセの再接近がバレないようにする。

 次に合図を見たアリーセが立体起動装置で俺の下へ来てくれたタイミングを見計らい、最後に巨人体に鎧の巨人を押さえつけるよう命令を残して、本体(おれ)自身は離脱。アリーセに抱えてもらって、この高所まで運んでもらったってわけだ。

 

 どれだけアリーセの支援があったところで、素人の俺が格闘技の訓練を積んだ『戦士』が動かす鎧の巨人に、真正面から打ち勝てるわけがない。

 なまじケンカ慣れしてる方だからこそ分かる。

 素人と訓練を積んだ格闘技経験者の差は、圧倒的だ。

 逆立ちしても、マウントポジションを取っても勝てない。

 

 つーか、素人が格闘技経験者を相手にマウントポジションを維持できる訳がねえ。

 空手などの格闘技経験者は、マウントポジションから抜け出す術を知っているそうだ。素人が格闘技経験者を押さえつけることなんて出来ないんだよ。絶対に。

 この世界に空手はねぇだろうが、そこは戦士の一員。そのくらいの格闘技術は持ってるだろう。

 だから、俺はせっかく取ったマウントポジションをすぐに捨てた。維持できないのは分かっていたから。

 

 結果、今まさに見せつけられた通りだ。

 さっきの鎧の巨人の動き、マジでやべえ。

 俺本体が入ってなかったとは言え、女型の巨人は最後に俺が残した「抑えつけろ」って命令に従って力を入れていた。

 なのに、一瞬で抜け出しちまった。

 あのまま離脱してなかったら、今ごろ鎧の巨人の口の中だっただろう。

 

「けど、勝つのはこっちだ。アリーセ、お願い」

 

 後ろから俺の体を抱きしめて飛んでいるアリーセに、3度目の合図を出す。

 彼女は頷くと、俺を鎧の巨人に向かって全力で投げつけた。

 

「ダイナさん、いっけええええええええええっ!」

 

「おう!」

 

 アリーセの声援に短く答え、俺は鎧の巨人に向かって落下しながら自分の手を噛みちぎる。

 3回目の巨人化。

 鎧の巨人が巨人化の光と音でようやく俺の居場所に気づくが、もう遅い。アリーセに筋を斬られたその足じゃ、回避は間に合わねえ!

 

 空中で巨人化した俺は、残された力の全てを右脚に注ぎ込む。

 今現在、俺ができる最高硬度の硬質化。

 それを施した右脚で、落下の勢いをも加えた全力の蹴りを放った。狙いは当然、鎧の巨人の両足。

 動きの鈍った鎧の巨人は予想通り回避できず、俺の蹴りは見事に足首に直撃した。鎧の巨人の足首から下が切断され、移動能力を完全に奪うことに成功する。

 

 そこで、俺も限界が訪れた。

 力を使い果たし、巨人の体が瞬く間に消えていく。

 気を失う直前に見た最後の光景は、巨人体から強引に俺を引き抜くアリーセの姿だった。


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