カルラ・イーターに憑依しました(凍結)   作:緋月 弥生

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第7話 サバイバル生活の前夜

 知らない誰かの声が聞こえる。

 知らないどこかの景色が見える。

 

「この世の全てを敵に回したって良い」

 

 男の声。

 親しい人の声。

 

「この世の全てからお前が恨まれることになっても」

 

 知らない誰かが俺を抱きしめて涙を流している。

 いいや、俺はこの人を知っている。

 この人は、

 

「父さんだけはお前の味方だ。だから約束してくれ」

 

 (わたし)のお父さん――

 

「帰ってくるって……!」

 

 そして場面が切り替わった。

 燃える街。響く悲鳴。地響きのような足音。充満する死臭。舞い散る鮮血。

 朦朧とする意識の中、巨大な口が迫ってくる。

 不気味な笑みを浮かべた金髪の巨人の口が、閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「……っづ、あッ!!?」

 

「あ痛っ!?」

 

 凄まじい頭痛に叩き起こされて、俺は勢いよく上体を起こす。

 すると今度は頭の内側からではなく外側からの痛みに襲われて、俺は額を押さえて蹲る。

 うああああぁぁぁ……!

 頭の内と外の両方が痛えぇ。

 しばらく痛みに悶絶した後、涙目で周囲の様子を確認する。

 すると、俺のすぐ近くで同じように頭を抱えて蹲っているアリーセの姿があった。

 どうやら俺が上体を起こした際に、お互いの額がぶつかってしまったらしい。

 

「うぅ……ダイナさんって意外と頭が硬いんですね……。赤くなってるかも……」

 

 アリーセもかなり頭が硬かった気がするけどな。

 そんな感想は口には出さず、俺は改めて辺りを見渡す。

 ここは、アレか。

 目に飛び込んできた景色は初めて見るものだが、俺はこの場所を知っている。要するに、アニメで見た場所ってことだ。

 樹高80メートルを超える巨木が並び立つ、鬱蒼とした森の中。

 本来なら女型の巨人の捕獲作戦に使われる予定だった場所――巨大樹の森。

 俺とアリーセは、そこにある巨木の上にいた。

 

 気を失う直前の状況から推測するに、気を失った俺をアリーセが立体機動装置でここまで運んでくれたってことか。

 運が良かった、以外の感想が思い浮かばねえ。

 鎧の巨人の両足首から下を破壊したとはいえ、あの程度の損傷なら数分で回復できるはずだ。すぐに追跡が始まるだろう。加えて壁外なので無垢の巨人の脅威もある。

 そんな中で気を失った人間を抱えて安全地帯まで辿り着けるなんて、本当に奇跡としか言いようがない。

 かなり近くに巨大樹の森があったんだろうな。

 

「随分と魘されてましたけど、大丈夫ですか?」

 

 そんな事を考えながら巨大樹の森の景色に見入っていると、アリーセが労わるような声音で話しかけてきてくれた。

 

「え? ……ああ、もう大丈夫かな」

 

「無理しないでくださいね? 巨人化能力のことはさっぱり分からないですけど、気を失うまで頑張ったんですから。体に負荷が掛かっていてもおかしくありません」

 

「確かに無理はしたけど、アレくらいしないと鎧の巨人の不意はつけないから」

 

 それに魘されてたのは、巨人化能力の酷使が原因じゃない。

 アニから継承した『記憶』が原因だ。

 最近は眠るたびに夢の中で断片的な記憶を見せつけられる。人の記憶を無理やり見せられる時点でいい気分はしねーが、今回のは特に酷かった。

 あれは恐らく、俺に食べられる時の……死ぬ直前の記憶だろう。

 食われる直前のアニの感情が流れ込んできて……これ以上、思い出すのは良くねえな。

 軽く首を振って、気を取り直す。

 

「……まだ気分が優れないなら、膝枕でもしましょうか? さっきみたいに」

 

「さっきみたいに……? ああ、だから起き上がった時に頭をぶつけたのか…………膝枕!?」

 

「そんなに驚くことですか?」

 

 俺が気を失っている間にそんな男の理想みたいなシチュエーションがあったのかよ。

 もう一回やってくれって言うのも何かカッコ悪いし、勿体ないことしたな。

 

 っと、そんな事を考えてる場合じゃねぇか。

 いくら安全な高所にいるっつっても、ここは壁外。しかも力を使い切った直後で、今の俺は巨人化することが出来ねえ状態だ。

 襲われたら抵抗すらできない。

 頼れるのはアリーセの力だけだが……

 

「アリーセ、ガスと刃はどのくらい残ってる?」

 

「それなんですが……実は、ガスが完全に切れました。本当にギリギリ、巨大樹の森に入れた感じです」

 

 マジかよ。

 そう言い、不安な表情を浮かべて俯くアリーセ。

 これは本格的に移動手段がない。

 俺が回復するまでの間、木の上で過ごすしかないってことか。

 

「しばらくは壁内に戻れないだろうし、食料を調達しないと……」

 

 希望的観測で、10日間はサバイバル生活ってところか。

 この巨大樹の森から、どうやって10日分の食料を調達したもんかな。

 下手すりゃ食料になるものがなくて餓死だ。

 

「この森に食料になりそうなものとかない? 10日分は欲しいんだけど……」

 

「ダイナさんがもう一度巨人化するのに、10日も……。いえ、あれだけの力ですし、そのくらいの休息期間はむしろ妥当……」

 

 ん?

 何か勘違いされてねぇか?

 

「巨人化能力は明日にでも使えると思うよ。一晩ぐっすり眠れば、力は大体回復するし。後はこの森に食料があるかどうか……」

 

「たった一晩で回復できるんですか!?」

 

「た、多分。しっかり休息が取れたらの話だけど」

 

 凄い勢いで詰め寄ってきたアリーセに少し怯みながら、引き気味に返答する。

 俺の言葉に一瞬だけ難しい表情になったアリーセだが、すぐに笑顔になってパンッと両手を合わせた。

 

「それなら10日もここで待たなくても、明日にはダイナさんの力で壁内に戻れるんじゃ……」

 

「あー、それは無理かな」

 

 喜んでるところに水を差すようで悪いけど、そんな簡単にはいきそうにないんだ。

 一瞬で表情を曇らせたアリーセの頭を撫でながら、俺は口を開く。

 

「鎧の巨人がそう簡単に諦めるとは思えない。向こうからしたら、私が壁外にいる今が捕獲する絶好の機会。必ず私たちが壁の中に戻ろうとした時を狙って、襲撃してくる。今の私じゃ、悔しいけど鎧の巨人は倒せないし……」

 

「そんな……。いくら鎧の巨人でも、待ち伏せなんて知性は……」

 

 そこまで言いかけて、アリーセは何かに気づいたように口を閉じた。

 察しのいい彼女なら、わざわざ俺が明言しなくても分かるだろう。

 

「鎧の巨人も、ダイナさんと同じ……巨人の体を纏った人間なんですか……?」

 

 震える声で発せられた彼女の問いに、俺は無言で頷いて肯定を示す。

 しばらくアリーセは何も言わず、無言の時間が続く。

 先に静寂を破ったのは、俺の方だった。

 

「聞きたいことは色々あると思うけど、まずは生き延びることを考えてみない……?」

 

「……そう、ですね。しばらくはダイナさんと2人きりでサバイバル生活ですし、情報を聞き出す機会は幾らでもありますよね」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 そう言って僅かに笑顔が戻ったアリーセに、俺も苦笑を返す。

 その笑顔が空元気によるものでも構わない。

 今はまず、餓死しないことを考えるべきだろう。お話タイムは、生き延びる手段を確立してからだ。

 

「まずは食料ですが、巨大樹の森で調達するのは難しいと思います。食べられる野草や果実が分かりませんから。下手に毒物を食べてしまったら最悪ですね。そういった知識がある人がいるなら別ですが……」

 

 そこで言葉を区切ってこちらを見てきたので、俺は首を振る。

 この世界の植物や果実なんてさっぱりだ。

 サバイバル知識なんて持ち合わせていない。

 

「それなら、近くの廃村などを回るしかありませんね。ウォールマリア陥落は本当に突然のことでしたから、食料を持って逃げることは難しかったと思います。なら、まだ食料が残ってる可能性があります」

 

「もう一年も経ってるし、肉も野菜も腐ってない?」

 

「保存食なら一年経っていても大丈夫なはずです。村によっては、冬を越すための食料を倉庫に保存していたところもあるでしょう」

 

「なるほど……」

 

 干し肉とかなら食べても大丈夫そうだ。

 不安なら火で炙れば良いだろう。

 飲み物も、酒ならまだ飲めるものもあるかもしれねえ。枯れてない井戸が残ってれば、それが最善だが。

 それと、もう一つ問題がある。

 

「この巨大樹の森の近くに、村ってどのくらいあるか分かる?」

 

「私はカラネス区出身なので、ウォールマリアの地形はあまり詳しくなくて……。実際に走り回って、村を探すしかないかと」

 

 うへぇ。

 下手したら近くには村が1つもありません、って可能性もあるわけか。運良く村を見つけても、そこには食料がない場合もあるだろうし。

 これは、マジで厳しいな。

 場所が明確に分かっていて、食料がある可能性が比較的に高いところ。

 そんな都合のいい場所なんて流石に……ある。

 

「……シガンシナ区だ」

 

「さ、流石に遠すぎませんか? 確かに食料の備蓄はかなりありそうですが、辿り着くまでの危険が大き過ぎると思いますけど」

 

「ギリギリだったけど、シガンシナ区からトロスト区までは走れたから。今回は巨大樹の森からのスタートだから、前回よりも余裕があると思うし」

 

「やった事あるんですか!? ……あ! もしかして、初めて会った時にダイナさんが突然倒れたのって……」

 

「今回みたいな巨人化能力の酷使が原因」

 

 そう言うとアリーセは微妙な表情でため息をついて、腕を組んで考え込み始めた。

 彼女はしばらくその姿のまま硬直していたが、やがて決心したように顔を上げる。

 

「村を探して歩き回るにしても、シガンシナ区に向かうにしても、危険なのは同じです。それなら、確実性の高いシガンシナ区の方が良いかもしれません。……行きましょう」

 

 決まりだな。

 あのクッソしんどいマラソンをやるのは嫌だが、生きる為には仕方ねぇし。

 鎧の巨人と超大型巨人が揃って待ち構えている可能性が高いウォールローゼに向かうよりは、幾らかマシだと思うべきだ。

 

「じゃあ、出発は明日の夜。日没と同時に動こう」

 

「昼の方が良いんじゃないですか? 夜だと巨人の接近に気付くのが遅れますし、道に迷う可能性もありますよ?」

 

「道に迷う可能性については否定しないけど、巨人の方は大丈夫。基本的に巨人は夜になると活動が鈍るから」

 

「道順の方も大丈夫だと言って欲しかったですけど……」

 

 前回は本当に死に物狂いだったから、ぼんやりとしか憶えてねぇんだよな。

 まあ、ひたすら南に向かって走り続ければ必ず辿り着けるし、方角は太陽の光で分かる。恐らく大丈夫だろう。

 夜中に走り出すから出発の時は方角が確認できないが、日が出ている今のうちに南がどっちか確認していれば良い。

 幸い、俺とアリーセがいる枝の上は日光がよく届いてるし。

 

 方角を確認したら、後は寝るだけだ。

 俺が今やらないといけないのは、しっかりと休んで出来る限り体力を回復させること。

 途中で体力切れになったら、その時はアリーセまで道連れにしちまうからな。それだけは絶対に避けないといけない。

 ただでさえ鎧の巨人との戦いでは借りを作りまくったんだから、ここで少しでも返しとく必要がある。

 

「帰ったら、エルヴィン団長にダイナさんのことなんて説明しようかな……」

 

「え!? お……私が巨人化能力者って報告するの!?」

 

「当たり前じゃないですか。ダイナさんが調査兵団に協力してくれたら、私たち人類は一気に前へ進めるんですよ? 調査兵団が命を賭して求めた「巨人の情報」に、どんな大砲や武器よりも強力な「巨人の力」。逃がすわけありません」

 

 うぅ、そりゃそうだよな。

 俺も調査兵団に味方するのは良いんだが、その前に軍法会議にかけられて処刑される気がするんだよ。

 いや、俺は兵士じゃないから軍法会議ではないか。

 何にせよ、不利な状況から裁判にかけられるのはエレンの例からして間違いねぇ。

 アリーセは擁護してくれると思うが、彼女1人がどれだけ俺を庇ってもあまり意味がないだろう。それどころか、アリーセまで俺の仲間だと疑われてまとめて処刑されるかもしれねえ。

 本当に処刑を逃れたかったら、ハンジさんやエルヴィン団長の協力を勝ち取る必要がある。

 その為にはどうすれば良い?

 

 ……トロスト区での決戦だ。

 あそこでエレンと同じく人類の勝利に大きく貢献出来れば、エルヴィン団長が「使える」と判断してくれるだろう。

 岩を運ぶエレンの援護でもするか。

 もしくは、叫びの力で巨人を引き寄せて壁の外へと誘導するとか。

 

 そんな事を考えていると、アリーセが硬い表情で話しかけてきた。

 

「……ダイナさんが巨人化能力者だと知っているのは、今のところ私だけです。ここで私を置き去りにするなり、殺すなりすれば、口封じできますよ?」

 

 まぁ、確かに一理ある。

 ここでアリーセを殺して口封じすれば、俺が巨人化能力者だとバレる事はなくなるだろう。

 少しでも自分の保身を考えるのなら、それが最善手。

 ……だが。

 俺は手を伸ばし、アリーセの頬を軽く引っ張る。

 

「い、いひゃい。いひゃいです、ダイナひゃん」

 

「口封じする気なら、いくらでも殺す機会はありました。なのに殺してない時点で、私があなたを裏切る気はないと分かるでしょうが」

 

「で、でも、私が裏切る可能性もありますよ? やっぱり巨人化できるダイナさんは危険だから、殺そうとか」

 

「それなら鎧の巨人と戦いで、私を援護しなかったら良かったでしょう。アリーセが私を援護しなければ、私はあのまま鎧の巨人に負けて連れ去られていました。さらに付け加えるなら、気を失った私をあの場に放置すれば良かったんです」

 

「それは、アレです。拷問して情報を聞き出して殺すつもりだとか」

 

「本当にそうなら、そんな事は言いません。あと巨人化能力者に拷問はお勧めしません。わざわざ傷つけてあげるなんて、巨人化してくれと言っているようなものです」

 

 俺が片っ端から返答していくと、やがてアリーセはネタが無くなったのか「あー」とか「うー」とか考え込み始めた。

 そんな彼女を額にデコピンを叩き込んで、涙目になった彼女に俺は微笑を浮かべる。

 

「私が巨人化能力者だと知った瞬間に殺そうとしなかった時点で、私はアリーセを信用しています。今さら裏切りませんよ。親友ですから」

 

 エレンにとってのアルミンやミカサが、俺にとってのアリーセだ。

 巨人化能力者を見た時のこの世界の住人の反応は、子鹿隊長や初期のリヴァイ班の様子でよく分かる。

 それだけ、壁内の人間にとって巨人は怖い。

 なのにアリーセは前と同じように接してくれているし、命まで救ってもらった。

 俺が彼女を信用する理由としては十分だ。

 

 なぜか顔を赤くして硬直しているアリーセを置いて、俺は木の幹に背中を預けて寝る体勢を取る。

 今から明日の夜まで、24時間ぶっ続けで睡眠だ。シガンシナ区まで走る体力も十分に回復するだろう。

 腕を組んで目を閉じると、アリーセが俺の隣に密着して座り込んだ。そして調査兵団のマントを広げると、俺にもかけてくれる。

 

「……夜は冷えます。この方が暖まるでしょう」

 

 女になってて良かった。

 この密着度はやばい。

 絶対に反応してた。

 だって右半身にめっちゃ柔らかい感触が伝わってくるんだぞ? 何か良い匂いもするし。

 眠れねえよ。

 つーか、アリーセ寝るの早くね?

 もう寝息が聞こえてきたんだが。

 

 結局俺が眠れたのは、そこから2時間以上も経った後だった。


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