読了後に、宜しければご確認ください。
頭上で輝く月と満天の星を見上げて、俺は大きく伸びをしながら立ち上がった。
丸一日ぶっ続けで寝てたから少し体は怠いが、その代わり巨人の力は完全に回復している。前回よりも多少は距離が短いし、巨人化能力の練度も高い。
これならシガンシナ区に辿り着く前に力尽きる事はなさそうだ。
「そろそろ出発ですか?」
「頃合いだと思う。日が出たら巨人がまた活性化するから、夜の間にシガンシナ区に辿り着きたい」
「分かりました。支度するので、ちょっと待ってて下さい」
そう言うとアリーセは立ち上がり、出発の準備を始めた。
立体機動装置を装備する彼女を横目に、俺も軽く準備運動を行う。体を動かすたびにバキバキ音が鳴って気持ちいい。
特に腰な。
上体を後ろに反らしていると、ふとアリーセが俺の方を凝視していることに気づく。
「アリーセ……?」
「いえ、何を食べたらそんなに大きくなるのかなぁと」
ああ、胸の話か。
原作だと出番が少なかったから見てもいなかったけど、ダイナは意外と胸が大きい。
カルラさんの方も大きかったっけ? 小さくは無かった気がするが……。
エレンパパよ、貴様さては大きい方が好きだな?
俺は大きさなんぞ気にしねーがな。小さいのも十分に個性だ。
なので嫉妬の視線を向けてくるアリーセをフォローすべく、俺は口を開く、
「ほら、貧乳はステータスっていう男性もいますし。そんなに気にしなくても……」
「すてーたす、という言葉は初めて聞きましたが、何となく意味は察せられます。それを踏まえた上でそのセリフを言った男性に、こう言い返してやりたいですね。お前は女性に哀れみの視線と共に「短小はステータスだ」と言われて嬉しいか? と」
なんて恐ろしいこと言うんだこの子。
大きさにコンプレックスを抱いてる奴がそんなセリフを哀れみの視線と共に美少女に叩きつけられたら、ガラスメンタルでなくても心が砕けるぞ。
俺なら確実に女性恐怖症になる自信がある。もう2度と人前で下着を脱げなくなるの確定だ。銭湯とかお泊りイベントが地獄に早変わりすること間違いなしだろう。
貧乳はステータスなんて言葉、もう2度と女性に向かって言うまい。
この言葉はフォローにならん。男版に言い換えてみればよく分かる。ただの追撃だ。
アリーセの返しに戦々恐々としているうちに、彼女は出発の準備を整えていた。
立体機動装置と調査兵団の深緑のマントを身に付けた彼女の姿に、俺もさっきのアホな会話を忘れて気を引き締める。
いくら無垢の巨人の活動が鈍くなる夜中でも、壁外は壁外。危険なのは間違いないのだから。
ちょっと油断したら死ぬ。忘れるな、ここはそんな世界だ。
「それじゃあ、お願いします」
「了解」
アリーセから超硬質ブレードを借りて軽く指先を切ると、俺は木の枝から飛び降りる。直後にやめとけば良かったと思った。
ああ、クッソ怖え!! 80メートル舐めてた!
30メートルでもオフィスビルの7、8階の高さだっつーの。80メートルって、その理論から考えたらビルの20階以上の高さじゃねぇか。
怖いに決まってるだろバカヤロー。三重の壁より高いわ。
勢いで飛び降りたことを後悔しながら、死にたくないの一心で巨人化能力を発動させた。
天から雷光が降り注ぎ、爆音と共に骨肉が生成されていく。
俺は完成したばかりの巨人体を操作し、軽く膝を曲げて地面に着地するとアリーセに向かって合図を出した。
程なくして、ワイヤーを駆使してアリーセが降りてくる。
ガスがなくても、ワイヤーの射出も巻き取りだけである程度は移動出来るらしい。
アリーセが俺の左肩に飛び乗ったのを確認すると同時に、南に向かって走り出す。
さぁ、始まりの地に向かおうか。
◆◇◆◇◆
「ダイナさん、見えました! ウォールマリアです!」
左肩の上で歓喜の声を上げるアリーセに、俺も頷いて答える。
結論から言うと、何事もなく辿り着くことが出来た。
夜中に出発したのは正解だったらしく、ただの一度も無垢の巨人に襲撃されなかったし。
あまりに呆気なくて、肩透かしを食らった気さえする。
いや、何事もないのが一番なんだが。
指先と足先を硬化して壁をよじ登り、ウォールマリアの上で巨人化を解除。
本体をうなじから引き抜いて、深く息をする。
何事もなかったとは言え、壁から壁まで走るのは流石に疲れるな。気を失った前回と比べれば、幾分マシだが。
傷の再生で無駄に体力を消費しなくて済んだのが大きいのだろう。
「お疲れ様でした、ダイナさん」
そんな分析をしていると、アリーセがどこからともなくハンカチを取り出して、額の汗を拭いてくれる。
良い子すぎるわ。結婚しよ。
未亡人で子持ちの同性だけどお嫁にもらってください。もしくは嫁に来てください。
なんて俺のチョロイン思考は、アリーセのお腹から聞こえてきた「ぐぅー」という音によって遮られた。みるみるうちにアリーセの顔が赤く染まる。
まぁ、昨日から飲まず食わずだもんな。
腹が鳴るのは仕方ない。
かく言う俺もかなり腹減ってるし、ハードな運動を終えたばかりだからめっちゃ喉が渇いた。
水が飲みたい。
「え、えっと、それじゃあ最初に枯れてない井戸を探しましょう! まずは水を確保する必要があると思います!」
「そ、そうですね。けどその前に立体機動装置にガスを補給しないと。巨人が跋扈するシガンシナ区の中を、まさか徒歩で移動する訳にはいかないですから」
照れ隠しなのか早口で捲し立てるアリーセをジェスチャーで宥めながら、俺はそう提案する。
まだ夜明けまでには少し時間がある筈だ。
巨人が不活性化している夜のうちにガスの補給を済ませとかないと、後々が面倒になるだろう。
そんな訳でアリーセと2人で談笑しながら壁の上を歩き、シガンシナ区を見下ろして補給拠点っぽい建物を探す。
幸い、拠点らしき建物はすぐに見つかった。
巨人の襲撃で一部が損壊しているが、中の方は無事だろうと思われる。遠目に見てるだけなので、確信は持てないが。
「アリーセ、ガスなしでもあの建物まで移動できる?」
「……これだけ立体物が多いなら、ワイヤーの巻き取りによる前進だけでもいけると思います。もちろん速度は出ませんから、襲われた時は高確率で巨人に捕まってしまいますが……」
「じゃあ、尚更急ぎましょう。夜の今が絶好の機会です」
「ですね。ダイナさん、しっかり掴まってて下さい。速度は出ませんが、不安定なのは変わりありません」
そう言われて、俺は慌ててアリーセの背中にしがみつく。
と、同時にアリーセが壁から飛び降りた。
もの凄い浮遊感を目を閉じて堪え、情けない悲鳴を上げそうになる口を無理やり閉じる。年下の少女の背中で悲鳴を上げるとか、僅かに残っている男のプライドが許さない。
僅かにしか残ってない理由?
……色々あったんだ。本当に。
だが数分すると浮遊感にも慣れ、目を開けられるようになった。
ワイヤーの巻き取りだけで進んでいるはずなのに、思ったより速い。
それに、よく咄嗟にアンカーを刺す場所を決められるよな。
俺なら次にアンカーを刺す場所を即座に決められず、毎回立ち止まる事になりそうだ。
……戦闘開始5秒で巨人の胃の中に入るのは間違いなしだろ。俺に立体機動装置を扱う素質はないと確信した。
「窓ガラスを割って中に飛び込みます。衝撃に備えて下さい!」
「へっ!?」
思わず変な声が出た。
ちょっ、待って待って待って。
そんなトロスト区決戦時のジャンみたいな事しなくても、普通に入れば良いだr
ガッシャアアアアンッ! と。
俺がパニックになっている事など知らないアリーセは、躊躇なく窓に飛び込んだ。心の準備をする前に衝撃がくる。
飛び散ったガラス片が当たって地味に痛い……。
いや、巨人の力で小さな傷なんて一瞬で治るから良いんだけどさ。
そんな文句を心の内に抑え込んで、立ち上がって周囲を見渡す。
視界に飛び込んできたのは、原作漫画やアニメにもあった巨大なガスボンベ? みたいなのが並ぶガスの補給場所。
どうやら、本当に補給拠点だったらしい。
周囲に巨人の姿もないし、これなら問題なく補給できるだろ。
つーか、アリーセはもう補給してるし。
手際よくガスの補給を終えたアリーセはすぐには俺の所へ戻って来ずに、何かを探すかのように辺りを歩き回っている。数分して、ようやくお目当ての物が見つかったのか、何かを抱えたアリーセが戻ってきた。
「えーっと、それは?」
「ダイナさんの立体機動装置です。ダイナさんには巨人化能力がありますが、壁外で活動するなら立体機動装置はやっぱりあった方が良いと思いますよ」
いや、無理だろ。
あんな超人的な動き、俺には出来っこねぇよ。
確かに使えたら生存率は跳ね上がるだろうが、俺には練習中に高速で建物にぶつかって大怪我する未来しか見えん。
下手したら巨人じゃなくて、立体機動装置の操作ミスで死ぬ可能性すらある。
なので遠慮しようと思ったが、あっさりと言いくるめられてアリーセから立体機動装置の訓練を受けることが決定した。
どうしてこうなったんだ。
その後。
取り敢えず俺は壁の上に戻って待機することになり、アリーセは夜の間に井戸を探すと再びシガンシナ区へと入って行った。
待っている間はやる事もないので、リアル立体機動装置を弄って遊ぶしかない。
色々と触っている間に、だいたい操作方法が分かってきた。
このトリガーはワイヤーの射出で、下のトリガーの方が巻き取りか。こっちは確か、ガスの噴出だったな。
「お待たせしました。飲み水、ありましたよ」
そんな感じで10分ほど待っていると、アリーセが戻ってきた。
井戸は案外すぐに見つかったらしく、たっぷりと水の入った桶を抱えてのご帰還だ。
差し出された桶に入った水を一気に飲み干す。
自分の想像以上に喉が渇いていたらしく、あっという間に全部飲んでしまった。
「……あ。ごめん、アリーセの分まで飲んでしまって……」
「私は井戸の所で飲みましたから、気にしないでください。元から全部ダイナさんの分ですよ」
だから良い子すぎる。
親友の優しさにほっこりしていた俺だが、直後にアリーセは優しいだけでないと思い知る事になった。
「喉も潤ったことですし、早速立体機動装置の練習を始めましょうか」
……嘘だろ?
今さっきシガンシナ区に到着したところなんだが?
愕然としている俺に、アリーセが何か手渡してくる。
見てみれば、進撃世界の兵士の制服だ。
井戸だけじゃなくて、こんなものまで見つけてきたのか……。
「まずは着替えて下さい。その後に、立体機動装置の装備の仕方を教えますね」
そして、アリーセ先生によるスパルタ教育が始まった。
◆◇◆◇◆
アリーセと相談した結果、立体機動装置は夜に行うことになった。
夜の方が危険だと思うかもしれないが、昼間にやると高確率で巨人に襲われるからな。
暗くて建物が見えづらく、衝突する危険性が高かったとしても、巨人に襲われるよりマシだろう。
それに今の俺の技量だと、明るいも暗いも関係ない。どっちにせよ建物に激突するのだから。
じゃあ昼は何やるんだって話だが、こっちは壁の上でアリーセに対人格闘術を教えてもらうことになった。
巨人化能力者同士の戦いは、スケールを大きくしただけで、要するに素手での殴り合いだ。当然ながら、喧嘩の強い方が勝つ。
厳しい格闘技の訓練を積んだ「戦士」が操る鎧の巨人や獣の巨人に勝つためには、俺も格闘技を学ぶ必要がある。
鎧の巨人と2回やりあったことで、現在の実力差は痛感させられた。
以上の理由から、今は対人格闘術の時間だ。
立体機動装置の装備方法を教えてもらってる間に夜が明けたからな。
「それじゃあ、どこからでも殴りかかってきて下さい。まずは今のダイナさんの実力を確認しますから」
そう言って、少し離れた場所から手招きするアリーセ。
女の子に向かって殴りかかるのは元男としてどうかと思うが、まず間違いなく向こうの方が強いだろうし。
ここは胸を借りるつもりで、本気で行くか。
大きく息を吐いて、拳を握りしめる。
そして真正面からアリーセに向かって突っ込んだ。彼女の直前で右足を踏み込み、腹を狙って本気の拳撃。
しかし俺の渾身の一撃は簡単にアリーセに受け止められ、直後に足払いされてみっともなく転倒。即座に立ち上がろうとするも、腕を掴まれて関節をキメられた。
「はい、私の勝ちです」
「……手も足もでねえ…………」
「動きが単調過ぎて、どう攻撃するのか丸わかりですね。まずは拳を大ぶりに振るわないようにしましょうか。では、もう一度」
アリーセに促され、第2ラウンド。
先ほどと同じように勢いよく走り出し、今度は右足の膝を狙っての蹴り上げ。アリーセは軽く後ろに下がって俺の蹴りを避けると、お返しとばかりに俺の顔を狙って上段蹴りを繰り出してくる。
ハイキックとかマジかよ……!?
咄嗟に両腕で蹴りを受け止めるも、あまりの威力に大きく後ろに仰け反ってしまう。
その隙を見事に突かれて、再び足払い。
頭から地面に倒れこむ。
「痛ったぁ……っ!」
「うーん……反応は悪くないんですけど、体が追いついてない感じがしますね。基礎的な体力作りから始めた方が良いかもです」
アリーセは倒れ込んだ俺の手を引いて立ち上がらせながら、笑顔で言い放った。
「手始めに各種柔軟運動と、腕立て伏せ100回、腹筋100回。その後はシガンシナ区を一周するように、壁の上を走り込みましょう。これを1セットとして、日没までに休憩を挟みながら毎日3セット。頑張りましょうね」
それどこのワンパンマン?
しかし、この残酷な世界において身体能力が必須なのもまた事実。
立体機動装置を扱うにしても、対人格闘術の修練を積むにしても、基盤となる身体能力がなければお話にならないだろう。
少しでも生き延びる確率を高くしたいのなら、やるしかない。
俺は涙目になりながら、アリーセを上に乗せた状態での腕立て伏せを始めた。
……アリーセが軽くて本当に助かったな。
ダイナさんボディ、非力すぎる。腕が折れるかと思った。
特に書くこともないので、オリキャラであるアリーセの設定を載せておきます。
名前 アリーセ・エレオノーラ
性別 女
年齢 18歳
所属 調査兵団
【備考】
茶色の髪に榛色の瞳をした美女(美少女)。
実は壁外調査を5回以上も生きて延びている実力者。
何せこの時代はまだキース教官が調査兵団の団長だったので、長距離索敵陣形がない。なのに関わらず5回以上も生き残っているところから、その能力の高さが伺える。
訓練兵団は2位で卒業。
立体機動に優れ、対人格闘術でも高い成績を修めた。
他者に命令を下すなど、指揮を執る能力はあまり高くない。
しかし支援やサポートとなると本領を発揮し、討伐補佐の記録は調査兵団でもトップクラス。
壁の外に憧れる幼馴染に感化されて調査兵団に入ったが、その幼馴染は入団して1回目の壁外調査で死亡してしまっている。
その他の友人達も殆どがウォールマリア陥落時に死んでしまったので、今現在の友人と呼べる存在はダイナ(偽)だけ。
実は鎧の巨人撤退作戦の時にライナー殺される予定で、それをキッカケに主人公がマーレに対する憎悪を持ち、エレン達と協力して戦っていく、というストーリーだったが、感想欄でハッピーエンドを求める声が多かったので、生存決定。
アリーセを救ったのは感想を書いてくれた読者様と、その感想にgoodを入れた方々です。