昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
誰か助けて。
いや落ち着け立花幸也。まだ冷静さは保てている、クールになれ。
此処を乗り切ればまだ何とか……なる未来が全く見えないんだよなあ。ああ胃が痛い。
……特段、本当に嫌な出来事があったわけじゃない。むしろまあ、平和に進んだというか、うん。幸せというか、まとめきれないまま、それでも言葉としてまとめてしまえば、嬉しかった、に近いのだと思う。
葵ちゃんの手料理は美味しかったし、その後もリビングの方で乾課長ら夫妻と葵ちゃんを交えて談笑したり。途中葵ちゃんがロボ時代の話題を持ち出したお陰で酷い目に遭いそうになったり。
俺が課長に殴られそうになったり、葵ちゃんに2人の目の前でキスをせがまれたりと。……あれ、これ平和じゃなくね? 一周回って平和に思えてるだけじゃない? 気のせい、と思いたい。
それは置いておくとして、だ。
現在、乾家に居るのは葵ちゃんと、俺だけ。繰り返す。
葵ちゃんと、俺だけなのである!!
なんでこうなった。いや分かってる。桃華さんがたぶん計画したんだろう。途中から急に「そういえば今夜知り合いの家に呼ばれてるのよ。夫婦で行っちゃうから、留守をお願いしたいの。大丈夫?」と言い出したのだ。
乾課長の『えっ、初耳』と言いたげな顔が目に焼き付いてこそいたが、まあきっと言い忘れていただけなのだろうと思って、わかりましたと答えてしまった。
今更ながらな話ではあるのだけども。冷静に考えれば一応初対面の相手を家に上げておいて家主たちが家から居なくなってしまう、というのは流石にちょっと、と思う。俺だってそんな、人の家の物を盗んだりするつもりも一切ないけども。
何というか、その時の俺は葵ちゃんと話していたので、少し驚いてそこまで頭が回ってなかったというべきか。
ここまで露骨に外堀を埋めにかかるとは微塵も思ってなかったというか、ハイ。
今ではたら、ればに過ぎないわけだが。
だからまあ、出かける準備をして外に出てしまった乾夫妻を見送りつつどうしようかと少し考えた時には、もう若干どころでない、目を逸らしたくなるような手遅れ具合になってしまっていたのである。
「コーヤ!」
「ん、どうしたの葵ちゃん?」
現在夜の8時過ぎ。これかどうしようかとか、これたぶん帰ってくるまでは帰れないよなとか、何時に帰ってくるんだろうとか、JKと2人きりとか色々ごちゃごちゃ考えつつ葵ちゃんに顔を向ける。
そこには妙に顔をキラキラさせた葵ちゃんがいた。淡いグレーの薄手のパジャマらしい服。顔はシャワー上がりだからこその淡い赤みを帯びている。さっきシャワー浴びてくるって言ってたしね。
濡れそぼった、濡烏の髪というのはこういう物だろうかと思わず見惚れてしまう。……元ワンコの女の子(比喩抜き)にカラス、という表現はどうなのかと一瞬思ってしまったのだけども。
「私の部屋に行こ。ドライヤーかけて!」
「あ、ああ、うん」
冷静に考えてみると、わりと混乱していたのだろう。流石に付き合っている、とは言っても、女子高生の部屋に連れて行かれる、というのは流石に抵抗感がある。いつもなら『これ事案なのでは』と思い悩むところだった筈だ。
なので、仕方なかった。そう言えば卑怯だろうけども、仕方なかったんだ。
俺だってあんな事になるなんて思いもしてなかったからね!
部屋に入った時、目についたのは机の上を占領しているモニターとPC、マイク、カメラだった。そこ以外は、モノクロを基調としてファンシーな小物や人形なんかも置いてあって女の子らしい感じの部屋になっているのだけど。やはりというか、その一点の違和感が凄い。
やっぱり配信とか動画投稿って機材の面とか含めてお金も掛かりそうだよなあと思う。興味が無いわけじゃないけど、こうして現物を見ると大変そうという考えに比重が傾く。というかこれだけの機材をどうやって集めたんだろうか?
「大丈夫? 痛くない? 熱くない?」
「大丈夫。気持ちいいよ」
他人の髪に、ましてや歳下の女の子にドライヤーをかけてあげる日が来るとは夢にも思ってなかった。タオルを片手に頭頂から乾かして、次いで徐々に下がって毛先を乾かしていく。
本当なら、タオルを被せたりするとか色々とやり方があるらしいのだけど、いきなり挑戦してみても付け焼き刃感が否めないし、葵ちゃんが普段やってるやり方と違っても嫌だったら申し訳ないし(と言ってもこのやり方がいつも通りかもわからないのだけども)取り敢えずロボの頃によくやっていたやり方を選んだのは正解だったみたいだ。
10分ほどで、乾かし終わった髪はサラサラと指を流れて、どうにもその感触が楽しくて少し触ってしまった。葵ちゃんは凄い笑顔で喜んでくれていたんだけども。なんというか、相手の許可なく勝手に触っていたことに微妙に罪悪感があるわけで。
まあ、そうしたらそもそも髪を乾かすのを俺に任せてくれた時点でオッケーだったのかもしれないけど。
「……えっとね、コーヤ」
「どうしたの、葵ちゃん?」
「お母さんから渡されたんだけど、使い方が分からなくて。あっ、でもね! コーヤ以外には絶対見せちゃダメって言ってたの! あとこれ、お母さんから」
そう言ってポケットに手を入れて中から物を取り出そうとする葵ちゃん。出てきたものは、『0.01と書かれた正方形の薄い形のパッケージのような物』が10枚程と、綺麗に畳まれたメモ書きだった。
…………………………。
目眩がしたが、どうにか立ち直って、嫌な予感から目を背けたいと思いつつ、ノロノロと渡されたメモ書きに目を通す。
あとで詳しく聞かせてね!⭐︎
お義母さんより』
え、ちょ、はい? えぇ……。
公開処刑か何かかなあ? しかもこの顔文字タイミングちょっと違くないカーチャン……?
いやね、俺自身そういうつもりは一切、本当に一切無かったんだ。初めてお邪魔する家、ましてや付き合っている子の家で早々って……。ええ……?
「コーヤ」
「ひゃい!あっいや、はい……」
テンパりまくって沸騰しかけていた所に声を掛けられて、思わず変な声が出た。いやだってこれは流石に誰だって変な声も出るでしょうよ。
此処まで御膳立てされた挙句にあんなブツまで渡されるなんて誰が予想できるのかと問いただしたい。深く問いただしたい。というかちょっと許容限界超えてて少し泣きそうになってる。しかしそこはグッと堪えて……。
「えっと、ね。優しくしてね?」
「ごめん、せめてシャワー借りても良いかな」
もう色々と限界だった。事案だとか、歳の差だとか、外堀だとか、色んな事柄をかなぐり捨てて、ただ、好きな子と一緒になりたい、そういう欲が優ってしまった。是非もないよね。
あの一言が出たのは、歯止めも何もなくなった頭で辛うじて絞り出したせめてもの理性だったに違いない。
その日の晩、俺と葵ちゃんは一線を超えた。いやねその、ハイ。女の子って、強いね。
10枚あった筈だったのに、気がついたら半分になってしまっていた。命の危機を抱いたのは、生まれてこの方今日が初めてかもしれない。というかそれ以上に葵ちゃんの体力どうなってるの……? 俺もう最後なんて、葵ちゃんに完全に襲われてる絵面になってたし。
取り敢えず、寝てしまった葵ちゃんをベッドに降ろして、最低限の片付けをして後は明日で良いかと霞んだ頭で結論付けて、葵ちゃんを抱きすくめて寝てしまうことにした。
まあ、色々あったけど。
大好きだよ、葵ちゃん。
【次回、(一応)最終回!】