昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
今回はそこまでなイベントは起きてません。
『すまないな、立花君。葵には後でキツく言っておくから、今日だけは泊めてやってはくれないか』
「は、はい。わかりました。では……」
あまりに突然な事態だったので乾課長に連絡を入れてみたところ、夫婦水入らずで小旅行に行っているとのことだった。
その時に葵ちゃんは友達の家に泊めてもらうと課長に説明したそうなのだが、友達の家に泊まるというのは嘘で、俺の家、もといアパートに泊まりに来るつもりだったらしい。だけども、それをよりにもよって俺本人に伝え忘れていたというのが、今回の顛末で。
乾課長ら夫婦は既に家を発ってしまっているし、明日の昼には帰ってくるからと葵ちゃんも葵ちゃんで鍵を持ち歩いていなかった、と。
というか冷静に考えてみたら葵ちゃんがリュックサック背負ってる時点で何か言うべきだったんだよなって今更ながらに後悔が募る。いやまあ、集合した時間と同時刻には既に家を出てしまっていたようなので、完全に後の祭りといえばそうなのだけども。
「葵ちゃん、流石にオジサンも少し怒るよ?」
「ご、ゴメンねコーヤ。私伝えたとばっかり思ってて」
ここは俺の借りてるアパートにほど近い、いつものファミレス。
珍しく葵ちゃんが向かいの席に座って、慌てた顔をして両手を合わせて頭を下げている。俺はそれを見て、微妙にいたたまれなさを感じていた。まあ、実際そこまで本気で怒ってるわけでもないしね。
いやまあ、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)も大事なのだけど。それが抜けてただけで怒るほど心が狭くなった覚えもない。
兎にも角にも、葵ちゃんの今後にも関わってくることなので、しっかり言っておかないと。
「俺が怒ってるのは、まあそのこともあるのだけど。でも、理由はそっちじゃないんだ」
「え、違うの?」
「葵ちゃんが、お父さんやお母さんに嘘をついたことを、怒ってるんだよ」
嘘はよくない。ちょっとしたことから始まって、やがて嘘を嘘で塗り固めるようになると、もうダメだ。
少しのことで四方八方から非難が飛んでくるし、仕事だって任せてもらえない。その先に待ってるのは孤立っていう、最悪の事態が待っている。いやまあ日本が手厳しすぎるっていう部分も確実にあるんだろうけどね。他国じゃ就活、面接の時に嘘ついて資格持ってます! とかザラらしいし。
それ言い出すと日本も求人表に嘘書いてたりとかもザラなので会社側、今の社会の形にも問題があるような気がしてくるけども。
「嘘は、ついちゃダメだよ? もし葵ちゃんが嘘吐きになったら、俺葵ちゃんのこと嫌いになるからね?」
まあ、ここまで言えば多少は聞いてくれるだろうと思って、彼女の思いを利用するようなことを言ったけど。
これで反省してくれたら嬉しいなと思っていた。我ながら相手の好意を利用するクソ最低な男の鑑なのではと自画自賛しそうになった。いや自画自賛しちゃいけないな、これは。
そうしたら、なんだ。今にもガチ泣きしそうな顔した葵ちゃんが目の前にいるではありませんか。ヒェッ。えっ、ちょ。
「ご、ごめ、ごめんなさい。も、う、しないから、嘘なんてつかないから、嫌いにならないでよ……私の側から、居なくならないで……」
ぐすっ、くすんっ、と泣き声を発して、今にも溢れそうな涙を湛えた瞳を俺に向けた葵ちゃんの顔を見て、俺は動揺を隠しきれなかった。あ、え、ここまで効果てきめんとはオジサンも想定外と申しますか、これって女の子を泣かせたアラサーなる事案なのでは?
「ご、ごめんね。言葉の綾だよ。でも、それだけ嘘はついちゃダメってことさ。嘘が必要な場面もあるけどね。わかったかい?」
「うん……」
くしくしと裾で涙を拭う葵ちゃんの姿を見て、こりゃ後で乾課長に土下座しなきゃなあと腹をくくる。空手有段者の正拳突き真正面から受け止める流れになりそうだけど、さて。
ちょうど葵ちゃんが目元を拭い終えたところで、「ハンバーグセットAになります。セットBもすぐにお持ちしますね」と店員さんがテーブルに葵ちゃんの注文したハンバーグとライス、スープのセットを置いていった。
そこから僅かに間を置いて俺の注文したハンバーグとパン、スープのセットも届いた。
「さ、ささ、食べよっか。冷めたら美味しいものも不味くなっちゃうしね」
「うん……」
あの後。ファミレスを出た俺たちはどこか行きたい場所があったわけでもないので、そのままアパートに向かうことにした。の、だけれども。大問題が一つ。
なんというか、葵ちゃんが滅茶苦茶暗い顔をしていることだ。伏し目にしてどことなくどんよりとした、彼女の真上にだけ暗雲が立ち込めてるんじゃないかと言わんばかりに真っ暗になってしまっている。何となく、既視感があった。
どうにも、あの嫌いになるよ発言が相当に効いたらしい。効きすぎである。オジサンとしても女の子にこんなダメージを与えるつもりは一切なかったので割とブーメラン的にダメージを受けてる。ただの自業自得だなこれは。
ど、どうにかして元気づけねば。
でも、葵ちゃんの元気になりそうなことって、どんなことだろうか。そう言えば明確にそういうことを考えてみたことがなかった。
どうしようか。名前を呼ぶ? いやでも普段から名前で呼んでるし、ああ、でも待てよ。最初、初めて会った時は、自分の名前を呼ばせることに固執していた気がする。物は試しか。おぼろげながら、既視感の理由も掴めてきたような気がするし。
「あー、あ、その、ロボ?」
「!?」
ばっと、驚いた顔をした葵ちゃんの顔が俺を見た。これで良かったらしい。ぽんぽんと、頭に手のひらを軽く乗せ、優しく撫でる。比例して、キラキラと輝きを取り戻していく彼女の顔に、安堵した。
「ごめんね。言いすぎた。帰ったら、いっぱい遊ぼうな?」
「うん! 絶対だからねコーヤ!」
既視感の正体。割と単純なことだった。昔、家の家具に傷を付けて母さんにロボが叱られたとき、こんな風な雰囲気をまとっていたんだ。その時の雰囲気、仕草がそのままだった、それだけの話だったんだ。
やっぱり、ロボなんだなとしみじみ実感する。
その後、無事アパートにたどり着いた。1階に住んでいるので、階段を昇り降りしなくていいのが楽だ。
「さっ、着いたよ。ここが俺の家、というか、住んでるアパートだ」
「ここが、コーヤのおうち……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします?」
「うーん、気が早いかな。お邪魔します、で良いんだよ」
玄関を入ると、殺風景なリビングに目が行った。やっぱり、物置いた方がいいかな。
ソファ一つにテレビとその置台、ちょうどその間にカーペットとテーブル一つがある以外、小物すら無いリビングというのは、一人でいる分には特に何も感じなかったのだけど、こうして人を招くとやはり寂しく感じるものがある。
「わぁー、コーヤの匂いがいっぱいだー! あ、コーヤ! ソファー座って!」
「はは、やっぱり葵ちゃんは元気な方が似合うね」
靴を脱ぐや否や我が物顔でリビングに突撃していく葵ちゃんを見て本当に警戒されてないなーと軽く実感する。というか怖いもの知らずなのだろうか。
「はやくすわってー!」と急かす葵ちゃんの言葉を「はいはい」と笑って、ソファーに腰を下ろす。
先に言っておこう。後悔というか、地獄を見た。天国でもいいだろう。
「えへへ、私も座る!」
「えちょ、葵ちゃん!?」
ソファーに座った俺の上に、リュックを下ろした葵ちゃんが座ってきた。おまけに自分を抱え込ませるように、俺の腕を引っ張ってくるではないか。
形だけ見れば、俺が葵ちゃんを後ろから抱きしめている形に見えなくもないだろう。
さて、何が地獄なのか、何が天国なのか。簡単に言えば、色々といい匂いがするし柔らかいしで理性がガリガリ削れるような感覚に襲われていたわけだ。ヤメロォ! ここで襲ったら事案だぞ事案! 豚箱はヤダァ! と現実逃避をかましていたわけだけども。
「コーヤは、遊んでくれるって言ったもんね! でもね、こうやって抱きしめてもらえたり、撫でてもらえれば、私嬉しいよ!」
「参ったなあ……」
いや本当に、参ったなあ。俺、犯罪者にならずに済むだろうか。そんなことを思った午後2時の出来事だった。