日本のどこかにある神社、付喪神社。

そこにはなんでも恩返しをしたがる者達の人足が絶えないというではないか。

彼等は決まってこう告げる。

「先日助けて頂きました」―――と。

ネットのボケよろしく、なんでもかんでも恩返しに来る者達とのやり取り……是非とも見ていってはどうですか?



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先日助けて頂きました。

 日本の山奥のどこか。そこにひっそり佇んでいる神社があった。

 名を付喪神社(つくもじんじゃ)。なんでもここは、江戸時代より前の時代から続く由緒正しき神社であり、様々な精霊が集うとの噂もある。

 

 

 

 そうこう言っている内に、ほら、今日もまた来客が訪れたようだ。

 

 

 

「ニャー」

「おや、これは可愛いお客さんだ」

 

 落ち葉が風に吹かれて舞う中、参道を竹箒で掃除していた一人の男性が、茂みの奥より出てきた()()を出迎えた。

 これはなんとも可愛らしい来客だ。ふわふわとした毛並みはまるで新雪である。それでいてピンと立っている尻尾には、神主である男性の方が飛びつきなってしまう程だ。

 

 そう、現れたのは生後間もないであろう子猫。

 ぴょこぴょことたどたどしい足取りで近づいて来る子猫に対し、神主は竹箒を立てかけた後、喉元を掻くように撫でてみる。

 すると子猫は気持ちよさそうにコロコロと喉を鳴らす。

 このまま飼ってしまいたくなる可愛さであるが、そういう訳にもいかない。こんな山奥に飼い猫が迷い込む可能性などありはしない。となれば、この子猫は親猫とはぐれてしまって神社に迷いこんでしまったに違いないだろう。

 

 きっと親猫が心配している。この子猫を返してやらねば。

 神主が子猫を抱き上げ辺りを見渡すものの、どうにも親猫の姿は見当たらない。

 

「はて、困ったもんだ」

 

 そう呟くや否や、鳥居の方から大きな人影がやって来た。

 かなり大きい。偉丈夫という言葉が似合う体格と無精髭。ワイルドな雰囲気を漂わせている男は、のっしのっしと重い足音を響かせ、神主の下まで歩み寄って来た。

 

「どうも」

「おや、これはどうも」

「儂は先日助けて頂いた熊です。今回はそのお礼に上がりました」

「それはまた、わざわざご足労いただきありがとうございます」

 

 懇切丁寧に『熊』と名乗った男にお辞儀をする神主。

 子猫は目の前の男性を警戒しているのか、ふしゃー! と毛ほども怖くない威嚇をする。そんな子猫を宥めるように撫でる神主は、『ちょうどよかった』と熊にこう頼む。

 

「来てもらって早々申し訳ないのですが、この子猫の親猫を探してもらいたいのです」

「成程。では、それを恩返しとさせて頂きましょう」

 

 熊の嗅覚は、人間の100倍も嗅覚が鋭い犬よりも優れている。

 それほどまでに鋭敏な嗅覚があれば、子猫の親を探すなど簡単なこと。

 くんくんと子猫の臭いを嗅いだ熊は、先ほど子猫が現れた茂みを超えていき、鬱蒼と木々が生い茂る道なき道を進んでいく。

 すると、辿り着いた先にこれまた大きな茂みがある。視線で促された神主がちょいちょいと茂みを突けば、もぐらたたきよろしく子猫が茂みから飛び出て来たではないか。

 

「ここが猫たちの住処だったという訳ですか」

「いずれは親も帰って来るでしょう。……ほら、噂をすればちょうど」

 

 熊が顎で指し示す方向には、ちょうど帰ってきたと思しき親猫が、見慣れぬ男二人に対して毛を逆立てて威嚇していた。

 そんな親猫の威嚇を『おお怖い』と冗談めかして呟く二人は、子猫を勝手にじゃれていた他の子猫たちの輪に戻し、さっさと神社の方へと戻っていく。

 

 歩いて数分もかからぬ道。にゃーにゃーという声に若干後ろ髪を引かれるもののなんとか戻って来た二人は、一仕事終えたと言わんばかりにふぅと息を吐いた。

 

「これで安心ですね」

「お役に立てたでしょうか?」

「ええ、ありがとうございました」

「いいえ、儂は恩返しをしただけのこと」

 

 『それでは』と恩返しを済んだ熊は、またのっそのっそと鳥居を潜る。

 刹那、熊の姿はまるで霧の中にでも紛れるかのようにフェードアウトしたではないか。

 

 

 

 その光景を見届けた神主は、嬉しそうに、それでいて寂しそうに笑みを一つ零したのであった。

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

「ふぅ、最近は肌寒くなってきていけない」

 

 季節的には一足早いこたつに足を突っ込んでいる男性。彼こそが、この付喪神社九十九代目の神主である。

 何代続いている等の話はさておき、この付喪神社で神主を務めている者には不思議な力が宿るのだ。

 

 それは、助けたものが恩返しに来てくれるというもの。

 『鶴の恩返し』のように動物が恩返しに来ることもあれば、道具や道端にある石ころ、果てには得体の知れない物体まで……兎にも角にも神主に助けられたと判断されたものが、この付喪神社まで足を運んで来ては、彼等なりの恩返しをしてくれるというものだ。

 この神社に構えている鳥居は、彼等を迎え入れる為の出入り口。近所は勿論、数キロ離れた町や山、そして海まで繋がる摩訶不思議な鳥居には、神主に恩返しをしたいと願う者が自然と導かれては、人の(ナリ)となるというこれまた摩訶不思議な力が働く。

 

「おや?」

 

 不意にコンコンと響く玄関。

 客人かと神主が出迎えれば、そこには橙色の着物の上に銀色の羽織を着た妊婦が立っていた。

 なんとも見目麗しい女性だ。しかし、美しい女性を目の前にした神主の内心は滝の流れの如く急降下であった。

 

(そう言えばそんな時期か)

 

 表情には出さぬものの、神主は容易に想像できた相手の正体と、これから繰り広げられるであろう展開に身構えた。

 

「こんにちは。貴方はどちら様でしょうか」

「わたくし、先日助けて頂いた鮭です」

「これはこれは……」

 

 秋。それは鮭が産卵のために故郷の川を上る季節である。

 今年もまた、先日―――もとい、昨年助けた鮭の子供が恩返しにやって来る時期が訪れたという訳だ。

 

 一部の紳士であれば、見目麗しい妊婦を前に『げへへ、恩返しだって? だったらなにをしてもらおうかな』と考えるところだが、これから始まる展開は恐らく脳味噌真っピンクな紳士淑女でもドン引きのヴァイオレンスな展開になりかねない。

 

「早速ではありますが、人間の方々はいくらがお好きと聞きました」

「まあ、人によりますが」

 

 いくら。つまり鮭の魚卵である。

 現在目の前の女性―――鮭さんのお腹には、いくらがパンパンに詰まっているのだ。

 

「そこで、わたくしが産んだものをお召し上がりいただければと」

「やめてください」

「流れに逆らっている感があると産みやすいので、少し風呂場をお借りすることはよろしいでしょうか?」

「やめてください」

「あ、もしかして筋子の方がお好きで? であれば包丁を。一思いに腹を掻っ捌いて……」

「やめてください」

 

 目の前の鮭さんが命懸けで産んだいくらを食せなど、そんな残酷な真似が出来てたまるだろうか?

 

 本人が良くても、神主的にはNOである。

 因みに一般的に知られている鮭は、産卵した直後に死亡するという遺伝子情報が組み込まれている為、体力の有無に関係なく産んだら死ぬ。

 風呂場でいくらを生んで死亡する女。軽く……否、かなりホラーである。ちょっとした殺人現場よりもSAN値が減ること間違いなしだ。

 

「私にいくらを食べさせるよりも、無事に川でお子さんを産んでくれる方が私にとって恩返しですので」

「ああ、なんと慈悲深いお方なのでしょう。そこまで言うのであれば……」

 

 ほろりと目から涙を零す鮭さんは、神主の必死な説得を受けて帰った。

 しかし、こうして鮭さんを帰らせた結果として、来年この鮭さんが産んだ子供が再びやって来るというサイクルが生まれてしまっていることを、この神主はまだ知らない。

 

 このように、恩返しに来てくれる者達の中には、恩返しとは言い難い行為を試みようとする者も居る。

 大抵は神主が何とか説得して帰すものの、時には中々帰ってくれない場合も居た。

 

「アタシは先日助けてもらったカマキリだ。恩返しに来たぞ」

「これはどうも」

「っつー訳で、夜伽でもしてやる」

「それはちょっと」

 

 先日助けたカマキリさん(♀)が夜のお誘いをしてくるも、神主は断固として拒否をした。

 

 だって、カマキリだもの。終わった後、頭からバリボリ食べられてしまうのは頂けない。

 

 歴代の神主の中には、この恩返しの能力を用いて毎晩毎晩ハーレムを作るといったような性豪も居たとされるが、ある日行方知れずになったという事件があったらしい。

 恩返しをし易くする為に人の形にこそなってはいるが、根底にある本能は元の生物や物体に準拠する。

 カマキリのメスであれば、交尾後に栄養を摂る為に交尾していたオスを食べるという行為に出かねないという訳だ。いつ頭から貪られるか分からないスリル満点な夜伽になること間違いなしである。

 

 そんなカマキリさんには夜伽ではなく夕食の準備を手伝ってもらい帰ってもらった。当人は不完全燃焼気味に膨れていたが、命がかかっている。仕方がない。

 

 突然だが、やって来た者の恩返しにはある程度傾向がある。

 簡単なもので言えば、発情期や繁殖期に入った生き物―――特にメスである場合、男である神主と夜伽しようとするといったものだ。中にはオスも求めてくる。アーッ! な展開の可能性も否めない。

 

 さらにもう一つ、傾向を把握できている者達も居る。

 

「先日助けて頂いた蜂蜜です」

「蜂蜜」

「恩返しに私の甘い蜜をどうぞ」

「やめてください卑猥に聞こえますから」

 

 どうやって助けたかが疑問の食べ物たちだ。

 食べられることこそが本懐の彼等は、総じて恩返しに食べられたがる。

 とは言うものの、恩返しに当たって人の形となっている訳であって、そのまま食べればカニバリズム不可避だ。

 つまり、彼等の言う『食べる』は漏れなく性的な意味となってしまう。おかしいね。

 

「先日助けて頂いた甘エビです」

「去年も来ましたね。っていうか、なんか見た目変わってません?」

「甘エビは5歳くらいになるとメスになるんです。ぷりぷりです。食べごろですよ」

「食べませんから」

 

「先日助けて頂いた甘栗っす」

「随分トゲトゲでパンキーなファッションしてますね」

「今はこんな服着てるっすけど、剥いちゃってくれて……いいんすよ?」

「遠慮しておきます」

 

「先日助けてもらったところてんだ。どうか俺を食っちまってく―――」

「助けてませんので。それでは」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 最後まで言わせてくれよおおお!! 賞味期限が切れちまうんだよおおお!! 誰もスーパーで買ってくれないんだよおおお!!」

 

 ところてんのプルンプルンとした慟哭を軽く流す神主。

 このように助けた食べ物が神社にやって来ることは珍しくない。

 一方で、食べ物ではない者がやって来る場合がどうなのかと言えば、大方予想は付くかもしれないだろう。

 

「先日助けて頂いた脚立です」

「助ける要素ありますか?」

「さあ、上りたい場所があればどうか某を踏んで高みへ! さあ!! さあっ!!!」

「ありませんから」

 

 このように、本来の用途で役に立ちたがる。

 脚立であれば今のように高い場所へ上る為の足場として。ただし見た目は、そこそこ中年なサラリーマン風の男性である。

 見た目が人になるだけで、道具というのはこうも使いづらくなるものなのか。世の中にはあえてそういったデザインにした商品も存在するが、それと似たような―――否、それ以上に忌避感を覚える。

 

「先日助けて頂いたトイレットペーパーです」

「はあ……」

「さあ、私の身に纏うこのトイレットペーパーの衣を用い、不浄の穴に纏わりついた汚物を拭って!」

「この場で自分の服をビリビリ引き裂かないでください」

 

「先日助けて頂いたスリッパです」

「スリッパ」

「是非とも履いてください」

「履く」

「もしくは何かを叩く為に使ってください」

「叩く」

 

「先日助けて頂いたCDプレイヤーです」

「何か音楽でも流してくれるんですか?」

「お望みとあれば……―――ふぇに~すも~んじゃ~♪」

「生声で歌うんですね」

 

 このように、人の形になったばかりに本来の性能を引き出せず、何とも言えない恩返しをして去っていく者もちらほらと居る。気持ちはありがたいものの、ツッコミどころは満載だ。

 

「本当に、気持ちだけはありがたいんですが……」

 

 『一日一善』と『一期一会』の文字が書かれた掛け軸を飾っている部屋に掃除機をかける神主は、誰に言う訳でもなく呟いた。

 生来のお人よしである彼は、困っている人を見かけたら見過ごせない。困っている生き物も、それこそ無造作に捨てられている食べ物や道具でさえ―――。

 

 生き物は勿論、『八百万の神』といった言葉があるようにこの世の神羅万象には神が宿っている。

 神に仕える彼が、そんな神たちを見捨てられるだろうか? いや、できない。

 

「たのもー!」

「おや?」

 

 昼下がり。そろそろ干していた布団からお日様の香りが漂ってきた中、わんぱくそうな声が響き渡って来た。

 何事かと声の方へ振り向けば、そこにはいかにも天真爛漫そうな猫目の幼女が佇んでいるではないか。

 

「みゃーは、このまえたすけてもらったねこなの!」

「ああ、あの時の」

「だから、おんがえしにきたの! えらいでしょ!」

 

 えっへんと胸を張る幼女―――もとい、この前助けた子猫ちゃん。

 たどたどしい言葉遣いながらも立派に恩返しに来てくれた子猫ちゃんへ、神主は『偉いねー』とベタ褒めする。

 しかし、本題はここからだ。用件を思い出したかのように子猫ちゃんはハッとする。

 

「ねえねえ、なにすればいいの? なにかすることある?」

「うーん、そうだなあ……」

 

 こんなに小さな子猫ちゃんだ。できることは数える程しかないだろう。

 

「じゃあ、このお布団を取り込むのを手伝ってくれますか?」

「おふとん? このふわふわ?」

「そうですよ」

「はぁーい!」

 

 神主に頼まれた子猫ちゃんは、『んしょ、んしょ』と一生懸命布団を回収して家の中へと運び込もうとする。

 しかし、子猫ちゃんの小さな体では布団一枚取り込むのも一苦労だ。

 そこで神主さんは、少しでも子猫ちゃんの負担が少なくなるようにと、彼女が抱えている布団の反対側を持ち上げた。

 一気に重量が軽くなる。というより、完全に手を添えるだけになってしまった子猫ちゃん。

 ぷるぷると手を掲げつつ、布団はあっという間に室内へ。

 ボフッと空気が吹けば、子猫ちゃんの前髪がふわりと舞い上がる。

 

「んみゃ」

 

 一仕事終えた子猫ちゃんの視線は、次なる布団―――ではなく、たった今室内に取り込んだ布団へと向けられている。野生の生活では触れたこともないふわふわで、それでいてぽかぽかな物体。

 子猫ちゃんは既に釘付けであった。

 目の前にある布団はにゃんこホイホイと化している。

 本能がまだ小さな子猫ちゃんの体を突き動かす。母とも違うふわふわぽかぽかな物体へ、まるで吸い込まれていくように……。

 

「……あらら」

 

 神主さんが次なる布団に手をかけた時、子猫ちゃんは既に布団に埋もれていた。

 

「ふにゃあ……♡」

 

 なんとも幸せそうな顔をして寝ているものだ。

 この間僅か数秒。子供の眠りに落ちる速度を侮ってはいけない。

 

 幸せそうに眠っている子猫ちゃんに近寄り、プニプニとしたほっぺたを突くものの反応はない。

 

「……仕方ない……ですね」

 

 フッと笑みを零す神主は、音を立てないよう細心の注意を払い布団の取り込みを再開する。

 

 この神社で神主をしていると、こうした些細な幸せに出会うこともあるという訳だ。

 

 見返りを求めて助けるのではない。

 恩返しが人を喜ばせる訳でもない。

 ただ、誰かの為になりたいという純粋な想いこそ、誰かを幸せにし得る力を有しているのではないだろうか。

 

 日本のどこかに存在する付喪神社。

 今日も今日とて、恩返しをしたがる者達が足を運んでくる。

 

 前口上は決まってこう。

 

 

 

「―――先日助けて頂きました」

 

 

 

 善因善果。今日から善いこと始めてみませんか?



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