「これはハッピーエンドなのでしょうか……?」
「タヌキチちゃん、ハッピーエンドに決まっているでしょう」
ラフタリアの問いにメリエルは胸を張って答える。
「確かに波も波の尖兵もいなくなりましたし、そもそも原因であったメディアさんとか性格が思いっきり変わりましたし……」
ラフタリアの言葉にメリエルはうんうんと頷いてみせる。
「他の僭称していた連中は、それぞれの出身世界も含めて根こそぎ潰されたみたいですし……」
むしろ可哀相になるくらいの感じだったらしいが、ラフタリアもメリエルから教えてもらっただけなので詳しくは知らない。
「グラスさんと絆さんは……本当に良かったんですか、あれ」
「良かったのよ。死に別れるっていうのは辛いからね。まあ、いつか気が向いたらこっちにまた来てくれるでしょう。お礼参りかもしれないけど」
グラスと絆はメディアが元の世界に帰したのだが、メリエルはお別れ会で2人に不老不死の薬を呑ませていた。
一気一気と煽って酒に混入して呑ませた後に明かしたもので、グラスには微妙な顔をされた。
絆は信じていないようで笑っていたが、数十年もすれば効果は分かるだろう。
「そういえば三勇者の皆さんも結局こっちに残るみたいですね」
「こっちの方が色々と美味しい思いができるから当然じゃないの」
メリエルのあんまりな言葉にラフタリアはくすりと笑ってしまう。
そんな彼女にメリエルは告げる。
「何よりも怒り狂ったタヌキチちゃんをはじめとして、ヴィオラとかアトラとかにちゃんと埋め合わせしたじゃないのよ」
むーっとラフタリアは頬を膨らませる。
「何でもっと早く手を出してくれなかったんですか!?」
「いやだってね……そもそもあなた、買った当時は10歳くらいのチビダヌキだったじゃないのよ。いくら見た目が急成長したってそりゃね……」
それを言われるとさすがにラフタリアも反論できないが、何とか言葉を絞り出す。
「非常識が服を着て歩いてるような存在なのに、そういうところは常識的なんですね」
「偶には常識的なこともやっておかないといけない」
そう言いながら、メリエルはラフタリアを抱き寄せる。
それに逆らうことなく彼女はメリエルの腕の中に収まった。
「ま、いいじゃないのよ。こういう関係になったんだし」
「色々と自重するのもやめましたよね……この変態大魔王」
ラフタリアはそう言い返しながらも、メリエルの胸に顔を埋めた。
メディアとの戦いが終わって1ヶ月が経っており、世界は平和そのものであった。
ミレリアは忙しかった。
あの戦いでメリエルが放り込んだ多数の特大爆弾――情報的な意味で――は各国において、衝撃をもって受け止められた。
まさかそこまでの存在だとは思わなかった、というのが各国の偉い人達の共通した感想だった。
ミレリアだって予想はしていたが、本当だとは思わなかったくらいだ。
とはいえ、メルロマルクとして、世界としては極めて順調だ。
それはメリエルの尽力が大きく、彼女はその力を使って経済的・物質的、そして人的な支援を行った。
メリエルはまたとんでもないことを仕出かしてくれていた。
「ミレリア様、こちらの書類の決裁を」
ミレリアの執務室へと訪ねてくるのは見目麗しい金髪の女性。
しかし、人間ではなく、この世界にはいない種族――エルフの女性だ。
メリエルが作った種族の一つで、エルフだけでなくダークエルフにアマゾネス、サキュバスなど欲望を形にしたようなものをたくさん作っている。
戦いが終わったこの1ヶ月の間に作ったというのだから驚きだ。
ミレリアは書類に目を通し、肩を竦めてしまう。
そこらの文官よりもよほどに人的支援として送られてきた人材は優秀だった。
メリエル曰く、そういう設定にしているとか何とかだが、ミレリアは造物主の如き所業にどう反応していいか分からなかった。
ミレリアが書類にサインをして渡すと、エルフの女性は優雅に頭を下げて執務室から出ていった。
「まさか本当にメディアにこの世界の守護をさせるなんてね……」
あの戦いの直後、メリエルはメディア(本体ではなく分身体)と一緒に戻ってきて各国首脳達との協議の場で言ったのだ。
メディアを守護女神として、まだどこかにいるかもしれない神を僭称する連中から守護してもらう、と。
メリエルがいるから必要ない、とは誰も言えなかった。
彼女を怒らせたら怖いからだ。
それにメディアがまるで恋する乙女みたいな目でメリエルを見ていたことにより、毒気を抜かれたのも確かだ。
「オルトクレイも色々と反省してくれましたし……」
あの映像は牢屋にも現れていた。
世界の至るところ――それこそトイレの中にまで現れたくらいなので不思議ではなかったが、それを目撃してオルトクレイは色々と吹っ切れたらしい。
だが、ミレリアは牢からは出したものの彼に権力を与えてはいない。
一民間人として、各地の発展に尽力してもらっている。
色々と考えることがあるが、それは全て女王としての立場によるもの。
女としてのミレリアの素直な気持ちはさっさとメルティに女王の座を譲り、メリエルの下でのんびりしたいというものだった。
既に不老不死の薬をメリエルから提供され、それを飲んでいるので寿命の心配はない。
これまで色々と苦労させられた分、今度はこっちが振り回してやろうという魂胆もあった。
「もう戦いは勘弁願いたいものです。何かあったら、メリエル様に丸投げしましょう」
国同士のいざこざをミレリアはメリエルに丸投げすることに決めた。
調停役としては最適だ。
金や土地では彼女の食指は動かない。
その食指が動くときは女の尻を追いかけるときくらいなので、非常に平和的だった。
「三勇者達も考えて行動してくれるようになったし……色々あったけど、丸く収まって良かった」
ミレリアの呟きは虚空に消える。
そして、争いのない平穏な時間は瞬く間に過ぎ去っていく。
プラド砂漠と数百年前に呼ばれていたところは完全に緑に覆われ、都市や街、村が各地に形成されていた。
エルフやダークエルフなど元々この世界にいなかった種族が多く闊歩し、人間や獣人の割合は他国と比べると少ないほうだ。
天使であり盾の勇者でもあるメリエルが建国したプラドリエルは繁栄していた。
その首都デア・エクス・マキナはメリエルによって名付けられた。
最初はメディア・ピデス・マーキナーにしようとしたのだが、メディア本人が恥ずかしがり、ラフタリア達もさすがにそれは、と止めた為にメリエルは第二案として提出したものだ。
デウス・エクス・マキナではなく、デア・エクス・マキナであるのは女神であった場合は最初のデウスがデアとなる為だ。
勿論、元となった人物はメディアのことであり、メリエルはそれを伝えて彼女を喜ばせた。
そんな経緯がある首都の一角にはメリエルの広大な屋敷がある。
彼女は用事がないときは基本的にそこで爛れた生活を送っていた。
仕事がある者は休みの時や仕事終わりにやってくるくらいだが、仕事をしていない者は基本的にこの屋敷に住んでいる形だ。
女王を引退したミレリアや継承権を放棄したマルティ、メディアの分身が仕事をしていない居候している連中だ。
エリーをはじめとしたメイド達も住み込みであるが、彼女達はメリエルの世話以外にも屋敷の清掃や炊事、洗濯に買い出しなどの純粋なメイドとしての仕事があった。
メディアの顔つきはマルティに似ているので、実質親子丼の姉妹丼というメリエルは大変美味しい状況を毎日楽しんでいた。
逆に言えばこの3人以外の――メディアは分身が多数いるので例外ではあるが――メリエルと深い関係にある者達は皆仕事をしていた。
不老不死の薬によって寿命の制限を取っ払ってあるのに、働かざる者食うべからずの精神を彼女達は体現していた。
メリエルの女達は彼女が天使であることから使徒とも呼ばれたりもするが、メリエルは気に入った子がいると簡単に不老不死にしちゃう為、有り難みはあんまりなかった。
籍を入れている者は割合でみれば少数で、大多数は妾という間柄に落ち着いている。
そんな中、メリエルの屋敷を訪ねてきた者がいた。
金髪碧眼のお嬢様ということで、メリエルはほいほいと面会を承諾してしまう。
「メリエル様! 私を覚えていらっしゃいますか!?」
金髪のお嬢様に会うなりそう言われて、メリエルは困惑する。
彼女が誰かというよりも、彼女の豊満な胸にメリエルの視線が向いてしまう。
とにもかくにも、メリエルは問いかけた。
「誰?」
「大昔にあなたに殺してもらったタクトですわ! 今はタリアと名乗っていますの!」
「うわ、マジで転生してきやがった」
メリエルの本音が漏れたが、タクトことタリアは全く気にしない。
メリエルは問いかける。
「それで?」
「実は私、こことは別の異世界に転生しまして、そこである方に出会いました」
「誰よ?」
「アインズ・ウール・ゴウン様です。メリエル様にはモモンガと伝えれば分かるとのこと」
「あいつ何やってんの!?」
メリエルは叫んだ。
叫びを聞いて、エリーがすぐさま応接室へと入ってきたが、何でもないと言ってメリエルは彼女を部屋から出した。
気を取り直し、メリエルは問いかける。
「それでモモンガは何をやっているの?」
「アインズ・ウール・ゴウン魔導国を建国し、世界を征服されました」
「……あいつ、本当に何やってんの……?」
そういう性格だったっけ、とメリエルは不思議で仕方がない。
「私は魔導王陛下にお目通りする機会があり、そこでメリエル様のことをお話したら……こうなりました」
「あいつが送り込んできたのね?」
「はい、凄まじい魔法でした。まさしく至高なる御方ですわ!」
「はぁ……それで用件は?」
「一度、こちらに来て欲しいとのことです。アレを使えばたぶん来れるとのこと」
「分かった。1週間以内には用意して行くわ……で、あなたはどうするのよ?」
メリエルの問いにタリアは頬を赤らめ、何かを期待するかのような視線を送る。
「その、私も不老不死の存在となりましたので時間はたっぷりありますし……死に際のお約束も果たしているので……後天的な両性具有ですけど……あ、まだ未経験ですから……」
タリアの言葉にメリエルは鷹揚に頷いた。
「あなたの転生から今に至るまで、ベッドの上でじっくりと聞かせてもらおうじゃないのよ」
メリエルの言葉にタリアは満面の笑みとなり、メリエルに飛びついたのだった。
結局、メリエルが出発したのは2週間後のことだった。
彼女についていくのはタリアだけではない。
世界間の行き来を容易にするべくモモンガのいる世界の座標をメディアに探知してもらう為、彼女の分身体も一緒だ。
そこへラフタリアやヴィオラ、フィーロにティア、ミレリアやマルティ、フィトリアなども当然とばかりにくっついてきた。
そして、ナザリック地下大墳墓第10階層・玉座の間にて遂に両者は再会を果たす。
「「あんた何やってんの!?」」
互いが互いを指差して、全く同じ言葉を叫んだのだった。
どことも知れぬ空間でローブを纏った彼――アークはいた。
神狩りである彼はメディアのような連中を1人で狩っていたのだが、あるときを境にそういった神を僭称する連中が一気に消えた。
それも彼らの出身世界ごと。
砂漠のような大地となった世界はまだマシな方で、何もない暗黒空間となっていたり、果ては膨大な犬らしきものに食い尽くされた世界もあった。
アークは原因を探り、やがて一つの世界に辿り着いたのだ。
誰が原因かはすぐに分かったが、彼は接触することはせず、そのまま見守った。
神を狩ることに特化している為、それ以外は全然ダメであるが、気配をうまく隠蔽するくらいはできる。
分かりやすい程に大魔王、明確な悪、欲望一直線でありながら、神を僭称する連中とは何だか感じが違う。
まるで喜劇に出てくる悪役そのもので、彼女のぶっ飛んだ行動にアークは大爆笑してしまった。
いやいやそうはしないだろ、とツッコミを入れてしまったことも少なくない。
さすがに厳重な要塞――ナザリックというらしい――みたいなところへは入ってはいけなかったが、メリエルの性格から、どういうやり取りが行われるかは簡単に予想できる。
「こうして、盾の勇者兼大魔王は旧友と再会を果たしましたとさ。めでたしめでたし……なのかなぁ、これ」
そう言ってアークは苦笑したのだった。
これにて完結です。
お疲れ様でした。