五千隻の駆逐艦は、大まかに五部隊に分けられ、連携や隊列の訓練などをすることなく出撃させられた。そのため、部隊はかなり横広がりになり、敵艦隊に発見されるリスクが上がっていた。
そんな事実から目を背けるかのように、周りの駆逐艦たちは自分たちの不安や緊張を紛らわすように近くにいる仲間と声を掛け合っている、というよりかは無駄話をしていた。
「てーとくさんは夕立と一緒に遊んでくれてたっぽい! 遊園地にも連れて行ってくれてたっぽい!」
「そっか。いいね、うらやましい」
「時雨のところはどうだったっぽい?」
「僕のところは、うん、あんまりいい人ではなかったかな。その、夜の相手とか、さ。させられてて」
「……………………」
「僕のところは逆にいい人だったよ。本当だよ。優しくは無かったけど、いい人だった。間違いないよ」
確か白露型の姉妹だったか、と卯月は近くで話している四人組を見た。
一人は楽しそうに話す夕立。一人は苦い記憶を噛み殺している時雨。喋ろうともせずにただそこにいるだけの酷い顔をした夕立と、どこか張りつけたような笑みを浮かべる時雨。
同じ艦娘が二組、一つ所にいるというのにその表情には大きな差がある。同じ艦娘でも過ごした場所が違えば性格も表情も変わってくるのだ。
そんな現場を見て自分ではない“卯月”に会った時、相手の“卯月”はどんな顔をしているのだろうと想像して、すぐに首を振った。まだ会敵していないとはいえ、ここは戦場なのだ。そんなことに現を抜かしている暇などない。
「怖いなぁ。ねえ綾波、どうなっちゃうのかな、私たち」
「わかりません。でも力を合わせれば、生き残れると思いますよ」
「そうですよ! 頑張りましょう!」
「さすがに楽観し過ぎなんじゃないの? とてもじゃないけど生きて帰れるとは思わないけど」
「叢雲、そんなんじゃダメよ! もっと前向きに行くわよ! 私がいるじゃない!」
「あわわ……。電はきっと大丈夫だと信じてるのです」
特型駆逐艦たちもそれなりの人数で動いているようだ。こちらは不安を口に出すことで霧散させようとしているのだろう。あるいは、形だけでも「大丈夫」だという言葉が欲しいのか。
どちらにせよ何の解決にもならない。そう断じて卯月は隊の中を同族を探しながら進んでいた。
さすがにこの人数なのだ。自分と同じように多少の訓練をしていた子がいてもおかしくは無いはずだ。そう考えて言の葉を全て拾わんとばかりに耳を澄ませて見るが、それを示唆するような話をしている者はない。
しばらくして耳で探すことは諦め、卯月はその立ち振る舞いに中止することにした。皆艤装を展開することに慣れておらず、どこかその動きはぎこちない。慣れているような動きをしている子を見つければ、背中を預けるぐらいはできるかもしれない。
そう思い至って、卯月は彼から聞かされた艦娘としての自身の性能の話を思い出す。圧倒的火力不足。駆逐艦の中で最弱。それが自分の評価なのかと思うと悲しくなり、そしてその性能差が共闘に臨む足を引っ張る可能性に気が付いたのだ。
「君、弱いでしょ」
「お前を使うんだったらもっと性能のいいやつを使うに決まってるだろ」
「はあ、珍しい子ってあなただったのね。確かに珍しいけど、いらないなぁ」
そんなことを提督に言われることを想像し、卯月の顔色は青く変色した。
あまりにも鮮明でリアルなその言葉たちは自分の妄想だろうか。あるいは誰か、自分ならざる“卯月”の記憶なのか。何が正しいのか、断ずる知識を卯月は持たない。
一旦暗い考えに辿り着いた頭は、引き摺りこむように深い暗闇へ自らを導こうとする。目の前が黒に浸食され、自分を捨てるような言葉が、期待外れだと言わんばかりの言葉ばかりが脳内に響き渡る。
「笑いなよ。そんな顔はうーちゃんには
卯月はハッとして顔を上げた。いつかの彼の言葉が、重くなる足の硬直を揉み解し、卯月の止まっていた思考を動かし始める。
少し考えればわかる話だ。そもそも一般的に言われている性能は、いままでにその艦娘が達した最高能力の平均値なのだ。個体差が存在していて、その性能より遥かに高い能力値を持つ個体もいれば、それよりも全ての能力が低水準に収まってしまう所謂“不良品”もいる。どこまでいけば自分の限界なのかなど、達してみなければわからないのである。
ならばなぜその平均値が重要視されているかと言えば、育てる時間と労力が馬鹿にならないからである。博打のように平均値が低い子を育てるよりかは、元からそれなりの高性能な子を育ててしまった方が良いに決まっている。安全で、かつほぼ確実に戦力になるから。
卯月は自分が優秀な固体だと声高に叫ぶつもりなど毛頭ない。だが、自分はまだ一つ目の改造も終えていないわけで、ここにいる周りの駆逐艦たちとそう変わらない性能をしている。訓練をしていて練度がある分、もしかすれば彼女の方が周りより性能は上かもしれない。
自分が現状で否定されるいわれは無い。そう判断したところで、卯月は捜索を続ける。
そして、見つけた。
周りが会話に興じる中、ただ一人で周囲の警戒をしている、ツインテールの艦娘を。
警戒のためにバッと身を翻す度に舞う杏子色の髪に、卯月は一目で心を奪われた。その不完全で未成熟な凛々しさに、心がぐいぐいと引っ張られていくのを感じた。
頬が紅潮する。動悸が激しくなる。ここが戦場であることすら忘れるほどに、卯月はその
卯月が近づいていることに、彼女はまだ気づいていない。ただひたすらに水面と上空を見つめ、警戒している。
周りが気の抜けた会話をしている中でそれをし続けているのは、はっきり言って異常だった。周りは何をやっているんだろうと言わんばかりの目で彼女を見ている。
そして卯月は――
「わっ!!」
「きゃっ! 何? 何なの?」
「あははー、良い反応だぴょん」
――後ろから脅かして声をかけた。
それに対してひどく驚いて振り返った彼女に対し、これでもかというほどの満面の笑みを返して見せる。その笑顔にムッとしたように、彼女は声を荒らげる。
「何するのよ! ここが戦場だってわかってる? 甘っちょろいのよ、あんたも、みんなも」
「そっちはもうちょっと肩の力を抜いた方が良いぴょん。いまからそんな状態だと疲れちゃうぴょーん」
「何か怒る気も失せてくるわね。その気の抜けた語尾は素なの? キャラ付けなの?」
「もちろん素でっす!」
「普通になってるじゃない……」
呆れ顔をする彼女に、卯月はにこっと笑って見せる。どうやら目論見通り、彼女を柔らかくすることはできたようだ。
自分より少しだけ高い目線を見上げながら、卯月はその顔をまじまじと見つめる。
その視線から逃げるように彼女は顔を逸らし、手を差し出した。
「朝潮型駆逐艦3番艦、満潮よ。よろしく」
「睦月型駆逐艦4番艦、卯月だぴょん。こちらこそよろしくぴょん」
その手を取ると、満潮が卯月の動きを見て目を丸くする。
「その動き、あなたも訓練してたのね?」
「ドが付きそうな田舎だったからねぇ。河川敷で射撃訓練と、しれーかんの作った模擬魚雷で魚雷訓練、あとは司令官の投げたペイント弾をかわす回避訓練とかはできたぴょん」
「私も似たようなものね。魚雷訓練はしていないけど、ラジコンをペイント弾で塗りかえる謎の対空砲火訓練はさせられたわ」
それはつまり、対空砲火の精度に期待して良いということだろうか。どうやら、お互い良い司令官に出会えていたようで、自然と笑みがこぼれる。
二人は周りとは似ても似つかない会話を始める。訓練の射撃精度はどうだったか、どんな訓練の仕方をしていたか、なら連携はこうするべきではないか、空虚な励まし合いとは違う、有意義な情報交換の場がそこにはあった。
そしてしばらくすれば、卯月の耳へ
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