崩れゆく世界の片隅で   作:mikimiki

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 いつも近接戦しか書かないから戦闘描写難しいです
 誤字脱字は不治の病なのでご指摘して頂けると幸いです


3、死んで終わりじゃないぴょん

 染まる。

 染まっていく。

 青い海が、濁っていく。

 赤が、(あか)が、(あか)が、人の身を模した体から滴り落ちるそのどろりとした体液が、混ざり合い、溶けあい、染めていく。

 

 痛い。苦しい。死にたくない。

 助けて。殺して。置いてかないで。

 声が、喚きが、叫びが、辺りに響き渡り、耳にこびりついて離れようとしてくれない。それを叫ぶ音には自分の姉妹の色も混じっている。それが精神を蝕み、挙句の果てには体の自由さえ奪っていく。

 

 動けなくなった(まと)など、殺してくれと叫んでいるようなもの。ただ蹂躙し奪うことだけに特化した攻撃が、偶然助かるなどというまぐれをつくり出すはずもなく、初めての実戦に怯えて動けない者、仲間の声で固まった者をこれ幸いと骸へと変えていく。

 そこは既に戦場だ。いや、ここを戦場と呼ぶのは真の意味で戦っている者に対して失礼にあたるかもしれない。しかしそのただの“殲滅”は、彼女たちにとっては紛れもない初陣であることに変わりは無いし、自分たちが本来果たすべきだった責務を彼女たちに思い出させるのには十分すぎるものだった。

 

「何で、何でまだ墜ちないのよ!」

「やめて……。来ないで下さいぃ」

「嘘、待って、嫌、やめて……こんなのって」

「あははははははははは」

 

 技術が足りない者、火力が足りない者、立ち向かう勇気を持てない者、逃げ惑う者、姉妹を亡くして戦意を失った者、壊れてしまった者。

 違う司令官のところにいれば自分もあんな風になっていたのだろうか。卯月は自分に向かってくる艦載機を墜としながらそんなことを考えていた。

 肉を持つ前の艦艇(からだ)は最終的に空からの攻撃から身を守るのに特化していた。そのために彼女は機銃の扱いには慣れていた。まるで初めから自分の物だったかのように動かせるそれを見て、卯月は何とも複雑な気持ちになった。

 

「卯月、無事?」

「うーちゃんと呼ぶぴょん」

「そんな口が叩けるなら大丈夫そうね」

 

 卯月が声をした方を向けば、満潮が足場を探しながら自分の方へ近づいていていた。二人は逃げようとする子たちに巻き込まれて離れてしまっていたのだ。

 ぱっと見る限り、満潮はそこまで大きな傷は負っているというわけでもなさそうだ。卯月に至っては未だかすり傷一つすら受けていない。近くで被弾した子の水柱と血を浴びて、服と髪が汚れてしまったのが大きな変化だろうか。

 

 卯月は敵の第一波目が終わったことを確信すると、手に持っていた機銃を手放した。もう残弾が少なく、使い物にならないと判断したのだろう。そしてそう遠くない位置に浮いている機銃を拾い上げ、艤装として固定する。

 卯月のその行為に、突っかかって来る者がいた。

 

「あんた、仲間の艤装を奪うなんて、何してんの? 信じらんない!」

「ここは戦場ぴょん。満足に働けずに主人と沈むよりかは、使ってもらえた方がこの装備たちも喜ぶはずぴょん」

「睦月はあなたの姉でしょう? 姉妹を弔う心は無いの?」

 

 黒髪を揺らす少女はいくらか被弾しているようだ。髪留めは弾けたのか髪の毛が行き場を失くしてだらしなく下がっているし、服もところどころ破けて血を流しているようだ。その状態で卯月に苦言を申そうというのだから、なかなかタフな艦である。

 

 卯月はその言葉に取り合うことなく、自身の姉の亡骸を再び探す。機銃を持っているのは最低値建造艦の中では彼女の姉である睦月とあまり関わりの無かった秋雲のみ。特徴もわからない子を探すよりかは、濃い関わりがあってもう既に何度もその姿を見ている睦月を探した方が手っ取り早い。

 空襲が一回で終わるなどとは到底思っていないし、予備の機銃も用意しておいた方がいい。いつ次が来るかわからないというのに、足を止めている時間などないのだ。

 

「ちょっと」

 

 腕を掴んで無理やり動きを制しようとした少女に、卯月は厳しい視線を向けた。

 それに怯んでいる間にその手を振り払い、卯月は屈んで、見つけた姉の亡骸から機銃を拾い上げた。

 

「気持ちは分からなくもないぴょん。死者は弔うべきだし、いたずらに亡骸を弄ぶのはうーちゃんもやりたくないぴょん」

「だったら!」

「――でも死んで終わりじゃないぴょん」

 

 そう言い放つ卯月の目に、少女はそれ以上の言葉を紡げない。

 その眼には確かな覚悟があった。背負っていくつもりだと言外に示していた。

 もとより卯月は睦月型、第三十駆逐隊の看板を背負ってきた艦艇(ふね)である。背負うことならば慣れている。

 

「死んだら、沈んだらそれで終わり? 違うぴょん。現にうーちゃんたちは戻ってきたぴょん。だったら戻ってきた皆に謝ればいい話だぴょん。それでチャラにしちゃえばいいぴょん。次の私は覚えていないかもしれないから、いまここにいるうーちゃんが謝らなきゃいけないぴょん。だからうーちゃんは生きるために、沈まないために、どんなことだってするぴょん。たとえそれが誰かの心に反することでも、うーちゃんはやってみせるぴょん」

「そういうことよ。まあ、精々沈まないように頑張りなさい。綺麗事だけで英雄になれるなんて思わないことね」

 

 満潮が少女に対してそう言いながら、卯月に近付く。満潮は艤装に乗せられる限りの機銃を積んでいた。それに卯月が少しばかり目を丸くする。

 これは使えそう、これはもう弾切れが近い。これはそもそも破損している。

 選別を終えてみれば、自分たちに装備できる分と予備を含めても少しばかりお釣りが出た。だからといって持って行くのは回避行動や咄嗟の動きに支障が出る可能性がある。

 そう考えた二人は、立ち尽す少女に目を向けた。

 

「私たちはもう持てないから、あなたが使って。あの絨毯爆撃に対しては焼け石に水かもしれないけど、無いよりはマシなはずよ」

「うーちゃんたちは戦いやすい場所に移動するぴょん」

 

 そう言いながら、二人が移動をはじめようとした時、あのエンジン音がまた耳に届いた。

 卯月と満潮は機銃を構え、警戒態勢を取りながら移動していく。

 

 少女は二人から渡された機銃を取ることができなかった。彼女の心がそれを許してくれない。仲間は尊いもの。その死を穢してはならない。墓荒らしのような真似は出来ない。

 そして生きるためにそれを取るか、感情を優先して置いておくか考えているうちに、目の前に爆撃機が迫っていた。

 

「きゃあ!」

 

 背後から聞こえて来た悲鳴に、二人は見向きもせずに空を見やる。

 満潮の訓練で培われた対空射撃技術は相当なものだった。「私の力不足で仲間が沈むところなんて、見たくないもの」という言の通り、血が滲むほどの努力をしたのだろう。

 その努力も、いまの死屍累々の戦場を見てしまえば霞んでしまうのかもしれないが。

 

「きっついわね。でも、あの地獄よりは、マシ。だから卯月、あんたは置いてかないで」

「わかってるぴょん。うーちゃんも置いてかれるのは好きじゃないぴょん」

 

 ぷっぷくぷーと頬を張る姿に、満潮はクスリと笑ってしまう。だが、その表情は激しくなってきた攻撃に対応してすぐに真剣なものに変化している。

 まだ二人とも被弾せずに辺りを動き回り、まだ足元を確認して動く余裕もある。

 

「近海でこれだと、しれーかんがちょっと心配ぴょん」

「確かに、鎮守府の方にも空襲が行っている可能性はあるわね。でも、さすがに帰されてるんじゃない?」

「そうかなぁ。何だか胸騒ぎがするっぴょん」

 

 そんなことを言いながら対空射撃で敵の爆撃機を撃墜する卯月のことを、満潮はじっと見つめていた。

 その桃色の髪が激しい動きと共に靡く姿を見る度に、満潮は背中がぞわっとなるのを感じていた。彼女の動きを見れば見るほど満潮は自分の意識が研ぎ澄まされていき、彼女を守らなければ、とその射撃の精度も上がって行く。

 

 そして飛んでいる飛行機のエンジン音の中に、明らかに異質な音が混じったのを満潮は感じ取る。

 それは魚雷の音だ。しかし、艦上攻撃機から落とされた魚雷の音ではない、別の魚雷の音が混じっているのを聞き分けた。

 ――大きい。ということはつまり、

 

「卯月、逃げるわよ!」

「ふえ?」

「水雷戦隊が近づいてる! この地帯でやり合うのは危険よ!」

 

 その言葉に目を丸くし、卯月は撃ち尽くすかのような勢いで機銃を掃射する。かつての戦場の勘なのか、それだけで一帯の敵機の半分ほどが落ちて行った。

 卯月は本当に打ち切ったのであろう機銃を放り投げ、ネームシップの子の持つ魚雷を回収しに走る。

 満潮はすぐにそれを追おうとするが、敵の爆撃機に邪魔をされる。

 

「ウザいのよ! ったく、卯月、気を付けて!」

「大丈夫だぴょーん。うーちゃん、爆撃じゃ沈まないから!」

 

 そう言いながら、卯月は屈んで魚雷を拝借しながら見もせずに左の手にある機銃で近付いて来る爆撃機を撃ち落としていた。

 それを見て呆れながら、満潮も一番上の姉の亡骸から魚雷を回収する。

 

「使わせてもらうわね。また助けられなくて、ごめんなさい」

 

 そう言い置き、満潮を卯月の方へと向かっていく。

 そして二人は南へ進み、空襲地帯を離脱した。

 




 次回は鎮守府に居残りしたしれーかん回。一応主人公ですし活躍の機会を上げなければ

 今後の更新は毎週土曜日になります
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