卯月たちが戦闘を繰り広げる中、彼がいまどうしているかと言えば、夕食を摂っていたというほかない。
自分の艦娘が戦っている時に呑気に、と言えば反感を買ってしまうかもしれないが、実際のところの空気は剣呑だった。
「被害はどうだ?」
「おそらく、囮部隊の提督の8割は即死かと」
「即死ならまだマシだろう。生存者は?」
「五体満足なのはおそらくそこにいる五名のみだと思われます。外にも運よく無傷の方もいるかもしれませんが、望み薄ですね」
「そうか。鎮守府側の犠牲者は?」
「見送りの提督たちを止めていた者たちは全滅。警邏部と憲兵隊も直撃により全員死亡の確認が取れています」
「よりにもよってそこか。防衛にあたっている艦娘はどうだ?」
「潜水艦部隊と重巡部隊と音信不通です。重巡部隊は戦艦棲姫改と交戦していたため、被弾による通信機の故障かと」
「イムヤたちの方は?」
「後期型駆逐、そしてツの黄色個体が複数確認されていますので、恐らく……」
そんな遣り取りを聞きながら、スティック状の栄養補給食を口に放り込む。ぱさぱさして水が欲しくなっている彼のところに、隣からペットボトルが差し出される。
「口付けてるが非常時だ。それに、男同士で気にすることもねぇだろ」
「どうも」
彼はそれだけお礼を言うと、一口だけ水を口に含んで辺りを見渡した。
辺りは瓦礫と死体だらけ。あのお調子者を装った自分の艦娘も会場で同じような景色を見ているのだろうかと彼はふと考える。だがすぐに頭を振って、現状を打破する方策に頭を巡らす。
鎮守府への襲撃。予期されていたことであり、防衛線も引いていた。だが、それでもここまで被害を受けているのは、さすがに一つの鎮守府に対してそこまでの労力をかけることは無いだろうと判断した結果だった。
しかし、それでも空母合計10隻、戦艦7隻、重巡12隻、軽巡4隻、駆逐艦20隻、潜水艦10隻、その他の艦艇も20隻とかなりの防衛戦力を割いたはずなのである。主力部隊に一歩劣る艦娘ばかりだが、それでも決して力不足ということはあり得ない。ただ単純に敵の数が多すぎたのだ。いくら質が優秀だろうと、数の暴力に勝ることは難しい。
先程までは聞こえていた戦闘の音も気付けば聞こえなくなっていて、かと思えば突然轟音が鳴り響く。
夜戦が始まったのだ。音を断ち、肉薄して至近距離からの攻撃。相手が鬼や姫の名を冠していようとも、こちらの夜戦での火力は十分に通用することは今までの戦いの中で判明している。小回りの利く小型艦艇が多いこちらの戦力としては、わざわざ真っ向から勝負するよりこちらの方が勝率もいいと判断してのことだろう。
「この戦い、どう見るよ?」
先程ペットボトルを渡してきた青年が、彼に対してそんな言葉を投げかける。
彼はと言えばちらりとその青年を一瞥し、そして瓦礫の影から顔を出してその目に惨状を焼き付け、一つ息を吐いた。
「ここまでぐちゃぐちゃにできる戦力が全ての基地に来ているとなれば、結構な数が落とされるでしょう。一、二を争う鎮守府でこのザマなんです。他のところの被害は相当だと思います」
「確かに。新興した小規模の鎮守府や基地は危ういかもしれねぇな」
「まあ、こことその他数か所だけ気合を入れているだけという可能性もありますが、この状況だとさすがに民間地域にも被害が出てしまうでしょうね」
「すでに避難の指示は出たってさっきあの人たちが話してたぞ」
そう言いながら、青年は二人の男を指差す。一人は彼も見たことのある、昼に皆の前で話していた男だ。もう一人は小柄で眼鏡をかけた、いかにも参謀という雰囲気の男である。
深海棲艦との戦争初期こそ民間への被害は出ていた。避難指示が月に両手で数えられないほどに出ていた時期もあった。
だが、対策が講じられてその手段が確立されてからは防衛線を越えられることは無かった。それに甘んじていた時期が長かった分、突然の避難指示に皆驚いていることだろう。
地震や津波、大雨とは一線を画している、確実な“悪意を持った攻撃”からの逃避。ようやく
「敵主力も、一というわけではないでしょうね」
「全艦娘が全力で挑んで痛み分け。そんな結末なんじゃねぇの」
「完全な掃討、撃滅はできない、か」
二人は考え込むようにして黙りこむ。
そんな風にこの戦いの行く末を案じているところに、男が近づいてきた。
さっき見た二人組の男の一人、昼間見た方の男である。恐らくこの鎮守府の責任者なのだろう、この場にいる誰よりも勲章の数が多い男が、二人の方へ近づいてきた。
「動けるのは、お前ら二人ぐらいか」
「ん? ああ、あの様子じゃあ無理じゃねぇの?」
突然話しかけられたにもかかわらず、青年は青白い顔をして震える三人組を見ながらそう返す。
彼と青年の他に生き残った囮部隊の提督たちは、あまりの光景に戦意どころか生気まで喪失しそうな勢いだ。提督候補でありながら平和を享受するだけの生活をしてきた者たちにとって、死と隣り合わせの現状は受け入れ難い事象なのだろう。
「何か私たちに命令でしょうか」
「ああ、君たちには少し走ってもらう。命の保証は無いが、良いかね?」
「ここにいても砲弾の直撃一発で死ぬだけだろ。変わんねぇよ」
「君は?」
「まあ、概ね同意見です。この状況では、この施設にいる以上リスクは避けて通れないでしょう。敵空母の攻撃で全滅する可能性を考えるなら、散り散りになっていた方が無難かと」
ぶっきらぼうに言い放つ青年と、おとなしく冷静に返す彼。どちらもこの状況に不思議と適応している。
その理由が分からなかったのか、男は二人へと問う。
「なぜそんなに冷静になっていられる」
「ボランティアで少々、地獄を見て来たもので」
「地震のときか」
「ええ」
「俺は単純にこの状況が楽しいだけだよ。サイコパスってよく言われるしな」
彼は隣でそんなことを宣う青年に向かって白い目を向けると、呆れたように息を吐く。
青年の方はと言えば、値踏みするような目で彼と男の方へ視線を向けている。
「それで、どこに向かえばいいのですか?」
「ああ、戦場だよ」
「ここで言う戦場というのは、海ということでしょうか」
「そうだ」
その情報を伝えられ、彼は少しばかり頭を巡らせる。
いまこの状況で海に出るということは、艦娘の被害の確認をするということだろう。視界が悪いこともあって昼にやるよりかは死ぬリスクが少ないが、やはり生身の人間がやることではない。自分たちにやらせるよりかは負傷して戻ってきた艦娘に無理を言って出てもらった方がまだ無難な気がするレベルの話である。
それができないということはすなわち、いまだ誰ひとりの負傷した子も帰還していないということを示唆している。いや、戻ってきてはいるが力尽きたという可能性もないではない。
ともかく、思っているより状況は悪いのではないかという結論に彼は至った。
「わかりました。行ってみましょう。ボートはありますか?」
「おいおい、見つかったら一瞬じゃねぇか。他にいいのはねえのかい、提督さんよォ」
二人の要望に対し、男はある物を提示する。
それぞれの反応は正反対で、一方は難色を示し、もう一方は悪くないと笑みを零した。
しばらく話し合いが為されたが、一方が折れ、それを用いて艦娘の被害状況の確認をすることになる。
二人が海に出て行ったのを見て、この鎮守府の主たる男はふっと瞼を閉じる。
申し訳ない。そう言外に語っているかのような男に向かって、小柄な眼鏡の男が近づいて行く。
「後悔しておりますか」
「ああ。ここが落とされる以上、彼女たちは戦に勝ったとて、戻る場所がないんだ。そんなのはあまりにも悲しすぎる」
「それでも、やらねばならなかった、と?」
「そういうことだ。迷惑をかける」
「いまに始まったことではないでしょうに」
「…………そうだな。状況は?」
二人の男は瓦礫の裏で密談を続ける。
そこに敵空母の夜間攻撃が向かっていくのを、いままさに海に出んとしていた二人の青年が目撃していた。
誤字脱字は不治の病。寝ぼけ眼で書いてるので報せてくれると嬉しいです
次回もまた一週間後