出会ったころのうーちゃんとしれーかんのお話です
ふわり、体が宙を舞う感覚。風を感じて、息が詰まりそうになる。
直後、バシャンという音と共に背中に圧力を感じ、服が水に濡れて重くなる。
頭までどっぷりと水に浸かっているのに気付くと、卯月は慌てて水面へと急いだ。沈んでしまうのかと思ったが、案外あっさりと水面に近付いて行ける。まだ深海からの手に引かれはしないようである。
ぷはぁ、と大きく卯月が空気を吸い込めば、そこには心配そうな顔をしてボートの上から覗き込んで来る彼の顔があった。
「良かった。上がって来なかったら着衣泳か脱ぐか迷ってたんだ。すぐ上がってきてくれて助かった」
「普通に心配したでいい。そんな風に心に距離を作られてるのは心外」
卯月は鬱陶しいとでも言わんばかりの表情で彼を見やる。鎮守府にも勤めず、ただ自分といるというだけで給金をもらっているその男のことが、卯月は好きではなかった。
だが、これから召集の無い限りは一つ屋根の下で暮らしていかなければならないわけで。
「卯月はあなたのことを信用する。あなたも私のことを信用する。それでいいでしょう?」
「ああ、そうですね。あいや、そうだね。それで良いと思う」
彼のはっきりしない態度が卯月の苛立ちを募らせる。その彼の態度に対する苛立ちに、弱く姉妹を守れなかった自分に対する悔しさと怒りを上乗せして八つ当たり気味になっている自分にも気付いてしまい、卯月は一層機嫌を悪くした。
彼はどこか他人行儀で、口調は意識して治してはいるようだが、それが逆に壁を感じる。
自分も近寄りがたい空気を纏ってしまっているのは理解していたが、どうすることもできなかった。
「じゃあとりあえず、今日はここまでにしようか」
「もう?」
「うん、日も暮れて来たしね」
月月火水木金金。そんなことを謳った日本海軍に所属していた卯月としては、昼から数時間しか訓練せず、そして夜という駆逐艦が最も輝く時間に訓練をしないという彼の愚行に首を傾げざるを得なかった。
家に戻ってもテレビを見たり漫画を読んだりするだけで、特段やることがある訳ではない。
時間がもったいないからもっと訓練をと卯月は申し出たが、彼は首を横に振った。騒音についての問題は無いだろうが、それでも砲撃の音を聞いた誰かが大騒ぎをしないとも限らない。
そう言われて卯月は昨日一昨日と彼が頭を下げていたのを思い返す。自分には関係の無いことだとあまり話を聞いていなかったが、もしかしたら自分の砲撃音や走行音がいらぬ誤解を生んでいたのかもしれない。昼にあれならば夜ならどうなるか。考えるまでもない。また彼が謝り倒す羽目になるだけの話だ。
そこでようやく卯月は現代と戦時中の文化の違いを理解する。ここは自分が戦っていた時代よりずっと平和で、砲撃音や爆発音が日常茶飯事ではない。それは「異常」な事態だと捉えられてしまうのだということを、卯月はようやく解した。
だからといってその変化にすぐ順応できるかと言えば、それは否である。
朝早くから起きてしまうのは治せないし、食事も味わわずに急いで食べてしまう。
それを見た彼は、彼女をいろいろな所に連れて行き、彼女に「楽しい」という感情を植え付けようと努力した。遊園地に連れて行く、博物館へ連れて行く、水族館、動物園、映画館。卯月は年相応の女の子のように目を丸くし、しかし心の底からは楽しめてはいないようだった。
卯月は心を開かなかった。開きたくとも開けなかった。どこかで自分たちの仲間が戦っているのに、自分だけが平和を享受し、のうのうと生きているのが許せなかった。
彼もそれを言葉にされずとも気が付いていたが、いかんせん
「どうすればいい?」
自分の冠している名を持つ生物、その握り潰せば壊れてしまいそうな小さな体に初めて触れた卯月は、白い一匹を抱き上げながら何ともなしにそんなことを呟いていた。
そう問うても卯月を見つめ返すのは意思を読み取れない小動物の瞳だけ。
何をしているんだろうと冷静になり、ふっと苦笑が零れる。それを意に介さないとでもいうようにこちらに視線を向けてくる小動物に、今度はふわりとした笑みが漏れた。
「いいねぇ、自由で」
そう言いながらウサギを下ろし、卯月の手から解放されたそのウサギは落ちつきもなく辺りを走り始める。それを見て卯月は一層笑みを深める。
ふと横を見てみれば、彼がそこに立っていた。とても優しい目で、卯月を見ている。
「自由な環境にいなかった君は、自由に慣れていないだけなんだ。ずっと人の手で動かされていて、終わったと思ったらまた人の都合で舞い戻らされる。そんな理不尽ことは、僕だったら耐えられない」
「もともと人のために生まれて来た。だからそれが不自由だなんて思ったことは無い」
「そうかい」
彼は一つ息を吐いた。そして、どこか遠くを見るように視線を投げる。
その横顔を見上げながら、卯月は続く言葉を待っている。
「僕はさ、父親を失くしてるんだ。軍人じゃないよ。沿岸部に暮らしてて、まだ情報統制が行われてたような時期。ちょうど初めて陸の近辺まで攻め入られて、民間に初めて被害を出したあのときにさ、相手の砲弾が不運にも直撃して、死んだ。即死だった」
「それは、かわいそうに」
「だから僕は提督になろうと思った。適性があると聞いたとき、仇を取れって言われてるんだと本気で思った。でも、建造で出たのは君だ。正直がっかりした。軽巡を出さなきゃ、着任はできないと知らされていたから。でも、それでよかったんだと思う」
彼は言葉を切った。卯月はなにも言わなかった。ただ、待つ。彼が次の言の葉を紡ぐのを。
「君は本来建造では出ないはずの艦らしい。突然出て、それ以降は撃破による浄化でしか姿を見れないそうだ。だから、これは運命なんだよ」
「何が?」
「君と出会ったことが」
「どうして」
「だって、まるで僕に戦うなとでも言っているようじゃないか」
「…………」
「でも、諦めないよ。もしその機会が来たら、君と共に仇を討つ。それまでに君を強くする。君が最弱だと揶揄されるような艦だとしても、僕は君をそこへ連れて行く。輝かせる。絶対に」
「それで?」
「だから、笑いなよ」
意味が分からなかった。どうしてそう繋がるのか分からない。
卯月はため息を吐く。話にならないと言わんばかりに。戦うなと天に言われているのに、そんな機会など訪れないのに。仮に訪れたとしてもそれはおそらく使い捨ての駒としてのもので、活躍などできるはずもないのに。
「どうして?」
卯月は問う。自分が笑わなければいけない理由が見当たらない。
自分は背負うべきなのだ。睦月型駆逐艦という看板を。第三十駆逐隊という看板を。それを背負うのなら、笑ってられる時間などないというのに。
「そんな顔はうーちゃんには
そう言われて、何かが溶けた。自分の中で固い塊となっていたものが、熱を持ってどろりと動き始めた。
頬を伝う生温かい滴が、何のために零れているのか、彼女の頭では理解が及ばない。駆逐艦卯月という存在を閉じ込めるにはその小さな心身はあまりにも小さく、脆いものだが、生まれたばかりの少女を詰めるには少しばかり大きすぎて、感情のコントロールなどできるはずもない。
そんな卯月が涙するのを、彼は労うように抱きしめた。
ここでもし彼がその勢いのまま彼女のことを女として扱っていたならば、二人は恋人や依存被依存の関係になっていたのかもしれない。もし彼が彼女に何もせずに放っていたのなら、二人の関係はもう少したどたどしいものになっていたのかもしれない。
優しく包み込むような抱擁があったからこそ、二人の関係は決定付けられた。信頼と親愛、どうにもできない感情を抱えた二人だからこそ、わかりあうことができたのだ。
そして、話は冒頭へ舞い戻る。
――卯月は砲弾に弾き飛ばされて、宙を舞っていた。
うーちゃんはきっと最初からあんなかわいさ爆発はして無かったと思うんです(経歴が経歴ですし)
うーちゃんがぴょんぴょん言う話はしれーかんの回想の方でたぶん書きます
勢いで書いたから何書いたかわかってないよ。文句があったら言って下さい。書き直すと思います。誤字脱字も病気だのでお薬という名の指摘をください。待ってます。