ウサミン星人安部菜々は、ある日町を散策していた。するとその町の片隅で思いがけない旧友との再会を果たす。
かつては同じ夢を見た旧友と語り合い、友が諦めてしまった夢を引き継ぐため、ウサミン星人は今日もアイドル活動に精を出すのだった。

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狙われてるかもしれない街

 346プロダクション所属のアイドル、ウサミン星人の安部菜々は北川町を散策していた。別に何か目的があるわけでもなく、ただ町をぶらぶらしていた。そんな彼女に声がかかる。

 

「ウサミン? ウサミンではないかね?」

 

 自分のファンだろうか、と思い菜々は振り返ってその声の主の姿を視界に入れた。そうして彼女はひどく懐かしい()()の持ち主を見た。

 

「あなたは……!」

 

 そして菜々はいてもたってもいられずその気配の主である男に飛び付き、男もそれを受け止めた。アイドルが男と抱き合うという週刊誌に撮られればスキャンダル間違いなしの光景だが、今の二人にそんな思考はなかった。

 

「生きていたんですか?」

「ああ、なんとかね。立ち話もなんだし、私のアパートに行こう」

 

 そして男と菜々は古ぼけたアパートの一室に入った。男の部屋には雑多な物が散らばりちゃぶ台が大きく鎮座していた。二人はちゃぶ台を挟んで座る。

 すると、胡座をかいていた男の姿が大きくぶれ、異形の怪物が姿を現した。

 

「久しぶりだな。ウサミン」

「はい。お久しぶりです、メトロンさん」

 

 異形の宇宙人――メトロン星人は数十年来の友人と再会を果たしたように、ウサミン星人、安部菜々に楽しげに話しかけるのであった。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「どちらの名で呼ぶべきかね?」

「どちらでも」

「では地球人に従って菜々と呼ぼう」

 

 メトロンの声は嬉しげだ。身体の発光体も心なしか点滅が早い。

 

「奈々、せっかくだ。これでも飲んでくれ」

「いただきます」

 

 メトロンから出された眼兎龍茶(めとろんちゃ)を飲み、菜々は喉を潤す。

 

「メトロンさん、てっきりセブンにやられたんだと思っていました」

「やられたとも。しかし幸運にも心優しい地球人の少年に助けられたのだ」

 

 地球侵略計画を見破られウルトラセブンに真っ二つにされたメトロン星人だったが、宇宙人はその程度では死なない。瀕死でいたところをたまたま通り掛かった少年に助けられ、今日まで生き延びていたのである。

 

「あの頃は私も野望に溢れていた。もう50年も前になるか」

「ナナの贈り物はお役に立ちましたか?」

「宇宙ケシの実か。立ったとも。あれがなければそもそもの計画が成り立たなかった」

 

 50年前にメトロンが人間の信頼関係を破壊させる為に煙草に仕込んだ、人間を発狂させる作った赤い結晶体。その原材料となる宇宙ケシの実は、ウサミン星人の所有するワイ星でしか栽培できない代物であり、あの計画はウサミン星人の協力あってこそのものだった。

 

「そういえば、最近の事件もメトロンさんの差し金ですか?」

 

 最近この北川町では、突如として住民が豹変し暴力事件を起こす自体が多発している。それは50年前にメトロンが起こした地球侵略計画とよく似ていた。

 

「ああ。携帯電話のアンテナに、ちょっとした電波を送信してやったのだよ。理性を司る前頭葉を萎縮させる電波を」

 

 そして理性を失った人間はさながらサルのように退化する。無気力・無感動・無関心になる。

 

「最も、私が何もしなくても人間は勝手に退化している。私はちょっとそれを手伝ってやっただけさ」

 

 メトロンはもはや自分が何もしなくても勝手に人類は滅びると確信していた。低脳化し、環境を破壊して、信頼を忘れた人類に繁栄の道はない。

 

「もう攻撃しなくてもいずれ人類は滅亡する。50年間潜伏して見守ってきたがそれが私の結論だ」

 

 菜々はその言葉にどこか落胆を感じた。それは退化した人類に哀れみを感じているようで。

 

「でも、懐かしいですねー。変だなぁ、ウサミン星の公転周期は7700日だから、そんなに大した時間じゃないはずなのに」

 

 地球人と宇宙人の時間感覚には圧倒的な差がある。たかが50年程度、宇宙人の感覚からすれば一瞬のようなもののはずだった。そんな菜々の言葉にメトロンはさもありなん、と頷いた。

 

「馴染みすぎたのだよ、君も、私も。宇宙人である我々には大した時間ではなくとも、そう感じてしまう程度には地球に溶け込みすぎた」

 

 こうして和室で茶を飲み交わしている事自体が地球に馴染んでいる証拠だ。テレビを見たりもする。

 そう、思えばメトロンが菜々を初めてテレビで見た時はかなり驚いたものだ。

 

「まさか君が地球のアイドルをしているとはな」

 

 それも堂々とウサミン星人を名乗っているのだ。よく『彼ら』に退治されないで上手く立ち回っているとメトロンは感心していた。

 

「あはは、ナナは外見だけなら地球人と見分けつきませんからねー」

 

 初めは人類の観察の為にメイド喫茶で地球人のふりをして働いていたところを、アイドルとしてスカウトされたのだ。そこでこれ幸いとアイドルになったという。

 

「それで、あえて宇宙人を名乗ってみたりなんかして」

 

 基本的にアイドルというのはキャラが全てだ。そして「自分は宇宙人だ」と名乗って売り出しているアイドルなんぞ山ほどいる。いわゆる電波系というやつだ。ゆえに、そこに本物の宇宙人が紛れ込んでいても全く気にされない。

 

「ナナからしたらありがたい職業ですよ。なにせ、堂々と交信しちゃっても誰も気にしないんですから」

 

 菜々のプロフィールには『趣味:ウサミン星との交信』と堂々と書かれており、「自分は宇宙からの侵略者で母星に地球の情報を送っています」と公言しているようなものだ。しかし地球人は全く気にも留めない。なぜなら安部菜々は『そういう存在』として認知されているからだ。

 

「ふむ。つまり君がウサミン星人だと名乗っても、地球人は勝手に「そういう設定」だと勘違いしてくれるというわけか」

「です。まさかナナが本物の宇宙人だなんて誰も思いませんよー。……ああ、でも光ちゃんあたりは感づいてるかもですね」

「光……南条光かね? 彼女に何かあるのか」

 

 メトロンの記憶しているところでは、南条光は菜々と同じく346プロダクションのアイドルで、ヒーロー好きのよくいる少女でしかなかったはずだ。

 

「あの子、改造人間なんですよー」

「ほう。というと、ライダーか。大丈夫なのかね? 退治しようとして来ないのか?」

 

 改造人間といえば光の巨人たちと同じく地球を守る為に戦う存在だ。宇宙からの侵略者である菜々たちには敵になるはず。

 

「んー、光ちゃんの専門は怪人ですし……それにうちの事務所ってナナ以外にも色々紛れ込んでますし。宇宙人が一人混ざったところで多分気にされないですよ」

 

 菜々の勘が確かならば、あの事務所には彼のガタノゾーアに匹敵する邪神もいる。こんな一介の宇宙人如きに構っている暇もあるまい。

 

「木を隠すなら森の中、ということか。……しかし、ずいぶんな魔境なのだな、君の事務所は」

「あはは……。まぁ、そんなわけでアイドルになったんです。元々ナナたちウサミン星人って愛される性質ですし」

「なるほどな。『偶像宇宙人』たる君には、うってつけの環境というわけだ」

 

 ウサミン星人の声には魅了の力がある。と言っても、その効力は宇宙人の特殊能力としてはかなり微妙な部類で、普通に声をかけたり言葉を交わすだけでは、せいぜいがどんな相手からでも「この人いい人だな」ぐらいには好意を抱かれやすい、という程度だ。

 

「だが、たとえ断続的でも年単位で聞いていれば話は別だ。テレビから流れる声を聞き続けているうちに、地球人たちは君のことが気になってしかたなくなる」

 

 そうなれば当然、ファンであるか否かにかかわらず地球人は菜々の歌を聞きたくなるだろう。そうして益々地球人たちは菜々に好意を持ち始める。さながら洗脳のように。

 

「今は日本だけだが、アイドルとしてそのうち世界的に活動をする時も来るのだろうな」

 

 そして世界の人々も菜々に好意を持ち、自らCDを購入して歌を聞くだろう。やがて気付けば地球人の大半が菜々の虜というわけだ。いやはや、なんとも恐ろしいものだ。

 

「やだな〜、ナナはそんなに性格悪くないですよ〜? ただ、ちょっと地球のみんなに強制的に友好的になってもらおうと思ってるだけです」

 

 それを世間では洗脳と言うのだが。ただ、メトロンは気になる事があった。地球人に好意を持たれるのはいいとして、その先はどうするのだろうか。

 メトロンがそれを尋ねてみると、菜々は楽しげに自身の地球侵略計画を語り出す。

 

「まず地球のみんなにナナを好きになってもらいます。そしてある日突然、ナナが姿を消します」

「それで?」

「世界は震撼! ネットは炎上! 地球も炎上! 世界は滅びる! 地球は滅びる! キャハッ☆」

 

 なんとも気の遠くなるような計画だ。昔、バルタンが似たような計画を実行していた気がする。こんな計画が進行中とは、お釈迦様でもご存知あるめえ!

 

「君はたくましいな。私はもう、愚かな地球人の住む地球に侵略する価値を見出だせない。そろそろ帰ろうかと思っていたんだ」

「帰るんですか?」

「ああ。だが君はどうか地球を手に入れてくれ」

 

 そう言うと、メトロンはバッグにトイレのラバーカップやお茶漬けなどを詰め込み、外へ出た。菜々もそれを追う。外にはメトロンの使う宇宙船が待機していた。

 

 メトロンは巨大化し、水面に映る自分を見た。菜々もそれを見つめる。50年という長い月日が経ち、町の様子がすっかり変わっても、美しい夕焼けの情景。

 

「地球の夕焼けは美しいなぁ、とりわけ日本の黄昏は。この陰影礼讃が何よりのお土産だな」

 

 メトロンはその美しい景色を目に焼き付ける。地球の景色を見るのも今日が最後だろう。最後に旧友と出会えて良い思い出ができた。

 

「頑張ってくれ、菜々。私は故郷で君の侵略計画を応援させてもらうよ」

「はい。メトロンさんも、お元気で!」

 

 メトロンと菜々はお互いに手を振り合い、別れを告げた。そうして、かつて地球侵略を夢見た宇宙人の一人は、菜々以外の誰にも知られる事無く地球を去った。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「全く、メトロンさんも意外と子供っぽいんですから」

 

 メトロン星人の乗る宇宙船を見送ったウサミン星人、菜々はそう苦笑した。メトロン星人との会話を思い返して。

 

「だって、おかしいじゃないですか」

 

 そう、おかしいのだ。彼は、地球人が退化を始めた今の地球に侵略する価値は無いと言っていたが。

 

(メトロンさんの侵略の目的は地球を手に入れる事であって、地球人は単なる先住民でしかなかったはずなのに)

 

 そうだ。そもそも、侵略とはその土地を自らの物にする為の行為だ。土地を奪う事さえできればいいのであって、その土地の住人がどうであるかなど関係ない。

 生きていれば土地を手に入れた際に奴隷ぐらいにはなるだろうが……極端な話、土地が欲しいだけなら全滅させてしまっても問題はない。いや、むしろその方がいいとすら思える。そうすれば反逆される心配も無くなるのだから。

 

 メトロンが本気で地球侵略を考えていたのなら、今の状況はむしろ望ましいものだったはずだ。地球人が退化したのならば、以前、地球人が信頼し合っていた頃よりも、侵略は容易になるはずなのだから。

 それなのに、メトロンは今の地球には侵略する価値は無いとして帰っていった。

 

(かつて私たちが心から欲した、青く美しい地球は今もここにあるのに)

 

 そう思いながらも、菜々にはどうして彼が侵略をやめてしまったのかわかる気がした。

 

「メトロンさんは、地球人を理解しすぎた。地球を、好きになりすぎた」

 

 メトロン星人は今まで地球に訪れた侵略者の誰よりも地球人を理解していた。そうでなければ、地球人に擬態してアパートに住んだり、地球人の嗜好品であるタバコを侵略の道具にしたりなどできるはずがない。

 そんな彼は、かつて地球人の信頼関係を壊そうとした。だが、それはウルトラセブンによって阻止され、地球人たちの信頼関係も元通りになった。

 

「メトロンさん、きっと悔しかったんですよね?」

 

 メトロン星人が一度は壊し、それでも揺るがなかった地球人の信頼関係。だが、今の地球人の多くは自分勝手な理論で振る舞い、善悪の判断すら曖昧で。誰の差し金でもなく、自らの行動で他人からの信頼を失っていく。メトロン星人が果たせなかった地球人の信頼関係の破壊を、他でもない地球人自身が推し進めていく。

 

 きっとメトロン星人はそれが悔しかった。そして、残念だったのだろう。かつて、異形の宇宙人である自分を、ただ怪我をしているというだけで救ってくれた、美しい心を持つ地球人。そんな人間が、もうほとんどいないという事を悟って。

 きっと彼は、地球と、地球に住む人々の両方が、好きだったのだ。

 

「ねえメトロンさん。もしかしたら、誰より地球人を信頼していたのは――」

 

 それ以上言葉を紡ぐ事は無く。ウサミン星人たる菜々はただ夕焼けを見つめていた。その夕焼けの遥か彼方にある友の故郷を想って。




密かに地球に潜んでいた二人の宇宙人。
一方は自らの故郷へと帰還し、もう一方は地球侵略を続ける事を選びました。
彼らは、信頼の心を忘れた人類に失望し、いずれ人類の手で地球が滅ぶと確信を抱いたのです。


でもご安心下さい。このお話は遠い遠い未来の物語なのです。

え、なぜですって?


我々人類は今、宇宙人に失望されるほど、元から信頼し合ってはいませんから……。


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