Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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今回の聖杯戦争、それから、彼女の敵について。


8/再演

 まさか一週間の短いうちに、知らない天井の下で二度も目覚めることになるなんて、思いもしませんでしたよ。

 未央ちゃんの家の物と比べても、また一段と豪華な天蓋付きのベットに寝かされているみたいです。なので正確には、今見ている物は天井ではないのでしょう。

 ふかふかの寝心地、もっと眠っていたいところですが、今がそれどころではないのだということは分かっていました。分かっていたので、もぞもぞと毛布の下から両腕を出して、頬を一叩き。また眠気が襲ってくる前に、床に足をつけました。

「良かった。服は昨日のままみたい」

 昨晩、話があると聞いていたので、最低限動ける服装に着替えていました。しわが気になりますが、今は無視して辺りを見渡します。

 そこは、昔話に出てくるような、きらびやかな一室でした。先ほどのベット、暖炉といった大きなものから、ドアノブなんかの細かな部分まで、様々な装飾で彩られています。同様に施された西洋窓の外を覗くと、そこには黒々とした森が広がっていました。何者も寄せ付けない重たい空気をまとった霧のその奥に、小さく家々の屋根が見えます。

 住宅街、深山町の奥にある樹海、そのまた奥にあるもの。

「でも、それは確か……」

「そう。もう十年以上も前に原因不明の山火事で燃えて、今は廃墟になっているはずの建物。ここはそのお城で間違いないよ」

 ぎいいと古めかしい音を立てて、白いドアが開きました。そこにはわたしをここに連れてきた張本人、イリヤちゃんが立っていました。

「ちゃんと眠れた? 催眠術が効かなかったから、ちょっと荒っぽい方法を使っちゃったけど」

 

 

 昨晩のことです。借りている客間の一室で、寝る準備を整えていたわたしのスマホに、知らない番号から電話がかかってきました。初めに、間違い電話の可能性を考えました。その場合相手にしっかりと伝えないといけません。受け取りボタンを押そうとして、その前に、イタズラ電話の可能性に気づきました。

「ど、どうしよう」

 普段なら、こうして考えている間に切れています。ですが、今回ばかりは着信音は鳴りやまず、このままだと隣の部屋で寝ているセイバーさんを起こしてしまうかもしれません。

「(いっそ、セイバーさんに相談しようかな。その時には、切れているかもしれないし)」

 夜風の吹き込む窓辺に寄り掛かって考えます。けれどなかなかいい案は思いつかず、その間にも着信音は鳴りやみません。

「やっぱり、セイバーさんに」

 とようやく決心がついて、その前に窓を閉めていこうとした時でした。

 窓の外、お向かいさんとの間の道路に、夜闇の中でも目立つ銀色の髪を見つけました。これまで出会った中で、その色の髪を持つ人は一人だけ。

「イリヤ、ちゃん……?」

 ほとんど呟く程度の大きさのそれが聞こえていたのか、イリヤちゃんはこっちに気づいて右手を振ってきました。そのもう一方、左手の先には何か白い四角形の物が握られていて、それをイリヤちゃんは耳にあてていました。

 もしかしてと思います。改めてスマホの受け取りボタンを押して、受話口からの音に耳を澄ませます。

「……もしもし」

『おっそーい!!』

 耳がキーンとなりました。すぐ近くでベルをめいいっぱいに鳴らされた気分です。くらくらする頭を何とか落ち着かせてから、もう一度スマホを耳元に戻します。

『さっきから鳴らしてたのに、どうして出ないの!?』

「ああ、ごめんなさいイリヤちゃん。知らない番号だったから、戸惑ってしまって」

 ふーん。とイリヤちゃんはご機嫌斜めな声を出していました。

「それで、こんな夜遅くにどうしたんですか?」

 と、そこまで聞いて、大変なことを忘れていたのだと気づきます。

『バーサーカーならいないよ』

「……そんなに分かりやすかったですか?」

『あれだけしつこく窓の外を見渡してたら、嫌でも分かる』

 それもそうだと思いました。

『お話がしたいの。ちょっと出てきてくれないかしら?』

「分かりました。着替えていくので少し待っていてください」

 深い考えもなしに頷いて通話を切りました。話をすると言われましたが、それがどれだけの話なのかを聞きそびれていました。

「(すぐそこで少しだけ話して終わりなら、上着を羽織っておしまいだけど)」

 ですが、長くなる可能性もあります。その場合近くの公園まで歩いて話はそこで、となるかもしれません。なら、散歩ができるくらいの服装がいいでしょう。

 結局着ていたパジャマを脱いで、重くならない程度のパンツルックにコートを羽織っていくことにしました。

「(それと一応、これも持って行っておこうかな)」

 鏡台の脇、そこに飾っていたセイバーさんからもらったナズナの花を一輪、花瓶から取り出します。

『ナズナは冬でも葉を広げる強い生命力があって、そこから魔除けなんかの意味で、北陸の方では武士の家紋なんかにも使われたりしていたらしいよ。純粋に栄養価も高いから、春の七草って意味でも病魔を退けていた実績があるしね。それ、私の魔力を通してあるから。とりあえずこの聖杯戦争が終わるまでは枯れないし、ちゃんと魔除けとしても働くから、出歩くときは持っておいて』

 電子レンジさえあれば、すぐ押し花にして持ち運べるようにするんだけど。そう言って未央ちゃんの方を見ていたセイバーさんの横顔を思い出しました。

『しょうがないじゃんか。家具備えつけって聞いてたのに置いてなかったんだから。文句なら前にここで暮らしてたらしい遠坂の現当主に言ってよ』

『なら買いにいこうよ』

『え、嫌だよ。魔術で事足りるし』

『……それでよく魔術が汚いとか言えたね』

 茎の先から水分を拭き取って、コートの内ポケットに挿し入れました。

 客間を出て廊下を渡り階段を下ります。それからまた長い廊下を抜けて、ようやく玄関から出たと思えば、向かいの道路までお庭が広がっていて、改めて屋敷の広さを実感します。

 先日未央ちゃんに聞いた『来るもの拒み、出るもの逃がさず』という、この家にもともと張られていた結界のことを改めて実感します。なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいです。これを知られたくなくて、未央ちゃんはわたしに暗示をかけていたのでしょうか。

 それから、当然気づいていたはずの藍子ちゃんは、これをどう感じていたのでしょう。

 想像もつきません。ですが少なくとも、わたしがこの結界に向ける印象をさほど未央ちゃんに重ねていないように、藍子ちゃんもそのはずだと。きっとそうであったらいいのにと思います。

「さて、とりあえず敷地からは出ましたが、どこで話すんでしょう」

「大丈夫。いまから連れて行くから」

 驚いて、振り返る間もなく口元に布を押し当てられました。不思議な香りが鼻の奥を脳まで通り抜けて、意識が白く染まっていきます。体に力が入らず、きっと倒れているはずなのに地面の冷たさを感じません。

「おやすみ。お姉ちゃん」

 

 

 それが、昨晩の記憶の最後でした。

「それじゃあお話、しよっか」

 ドアを開けて、そのまま部屋にあったテーブルにイリヤちゃんは腰かけました。

「その前にいろいろ聞いておきたいんですけど」

 確認の意味を込めて言ったそれに、イリヤちゃんは頷きます。許可も得たので、一つ一つ訪ねていくことにしました。

「どうしてわたしを攫ったりなんかしたんですか?」

「さらってないもん。ちゃんと連れて行くって言った」

「あれ間違いなく睡眠薬だったような気がするんですが……」

「だってしょうがないじゃない。本当は催眠術使うつもりだったのにきれいに弾かれちゃって、どうしたらいいのか分からなくなっちゃったんだから」

 だからって睡眠薬を使う必要はないような。そもそも、催眠術で誘拐という発想が初めからある時点で怖いのですが。

「なら、どうしてわたしをここに連れて来たんですか? 話すだけなら、近所の公園でもできたはずですけど」

「それなら答えられるよ。ミオに聞かせたくなかったの」

「未央ちゃんに? それはどうして」

 その疑問にイリヤちゃんは、

「それはまだ内緒」

 と言って答えてくれません。

「とにかく、それ以外に質問はない? ないなら、早く本題に入りたいんだけど」

 当然、聞きたいことはまだまだたくさんありました。けれど、イリヤちゃんはどこか焦っているように見えます。

 話を急ぐ理由が何かあるのでしょうか。ならここは、一通り話を聞いてから質問をするべきだと思います。

 口の中の疑念を一度飲み込んで胸の内に残しつつ、首を縦に振りました。

「ありがとう、ウヅキ。それじゃあ始めるね。まず、ウヅキは前の聖杯戦争がどんなだったか、知ってる?」

「前の? 聖杯戦争はこれが初めてじゃないんですか!?」

「ああ、そこからなんだ。そうだよ。一番昔の第一次聖杯戦争がいまから二百年前、まあこの時には戦争なんてするつもりなくて、『聖杯戦争』っていう言葉もなかったんだけど」

「聖杯戦争が、聖杯戦争じゃなかった?」

「その辺りは省くわ。それから数十年間隔で繰り返されてすでに五回。その間に聖杯が本当の意味で使われたことは、一度もないの」

「じゃあ、聖杯戦争は」

「ええ、六度目(・・・)よ。さしずめ今回のこれが、第六次聖杯戦争ってところ——————」

 

「——————だったら、どんなに良かったんでしょうね」

 

 憮然と吐き捨てられたイリヤちゃんの声音には、隠しきれない怒気が含まれていました。

「違うんですか?」

「ちがうわ。そうじゃなくちゃ、私がここにいるはずないもん。

 私ね、前の聖杯戦争で他のサーヴァントに殺されてるの。その最後の瞬間だって覚えてる。それに、教会の神父、言峰綺礼だってキャスターに殺されてた。私たちは呼び戻された、いえ再現されてしまったのよ。この第五次聖杯戦争によく似た何かをひらいた、聖杯の中にある『この世全ての悪(アンリマユ)』に」

「聖杯の中に、あるもの…………」

「アレについて話すのはイヤだから、あとでミオのアーチャーにでも聞いておいて。とりあえず、人の業が生み出した最悪の呪い、くらいの理解で十分よ。それの意志が、今回の聖杯戦争を起こした。たりない役者をそろえて、それでもたりない分は外部からおぎなって、そろったらサーヴァントを呼び出して、殺し合わせる。

 殺されたサーヴァントの魂は聖杯に送られて、聖杯戦争が終わるまで一時的に貯蔵されるの。純度の高いサーヴァントの魂は聖杯によってエネルギーに変換される。それをアレは集めている」

 何のために、という問いがわたしの口から出るのが分かっていたのでしょう。声にならない声が形になる前に、イリヤちゃんは答えていました。

「生まれるためよ。この世界にいる人間、その全てを呪う宝具を持った最悪のサーヴァントとして受肉するのが、アレの目的」

 呪うのではなくて、ただ単純に生まれていることだけを望んでいると、イリヤちゃんは繰り返しました。けれど、そこにさしたる違いがあるとはわたしには思えません。

 この世のすべてを呪える存在。海も山も越えて、国の壁すらもないように、ただ人を不幸にしていくだけの何か。それは、——————まるで、わたしの夢(アイドル)とは正反対の存在であるように聞こえます。そんなものが生まれようとしてる。

「…………それを止めたくて、わたしと話がしたかったんですか?」

「ええ。私は聖杯に心臓を握られているようなものだから、私じゃ聖杯、アレを止めることはできない。だけどもし、聖杯の息が私たちほどかかっていない、通常のマスターか、そのサーヴァントの手で破壊出来たら。そうしたら、とりあえず今回はしのげる。それでいいの。今回さえしのげば、第四次の時にキリツ……セイバーのマスターが仕掛けた術式が起動して、聖杯の術式を『この世全ての悪』ごと破戒できる」

「なら、なおさらです。どうして未央ちゃんじゃなくて、わたしにその話をしたんですか?」

 その方が、成功する可能性は高いはずです。マスターとしての力量も、魔術師としての覚悟も、アーチャーさんに教えてもらうまで魔術のまの字も知らかったわたしなんかより、ずっと未央ちゃんの方が上です。協力者として選ぶなら、絶対に、未央ちゃんの方が頼れるはずです。

 なのに、イリヤちゃんは首を横に振って。

「ダメよ。他の聖杯ならどうかは分からないけど、今回の聖杯だけは、ミオには殺せない」

「そんな、……どうし」

 それ以上の会話は許されませんでした。警報なんかで遮られたわけではありません。ただ、怒りを噛みしめることはあってもそれ以上歪むことの無かったイリヤちゃんの表情が、何か信じられないものを感知したように恐怖と驚きに染まっていたのを見て、これ以上話している場合ではないのだと直感しただけです。

「…………そう。たった数日で、そこまで成っていたのね」

「イリヤちゃん!」

 立ち上がり、彼女の手を取ります。

「城から脱出するわ!」

 彼女を抱えて、ドアを押し開けます。幸運にもそこは廊下でした。未央ちゃんの家のものと比べても劣ることの無い、それどころか向こうの方が劣って見えるほどの長さです。ですが、廊下である以上は出口につながっているはずです。

 けれどどうやら、この選択は誤りだったようです。

「バカ! 向こうは正面玄関から入って来たんだよ!? 逃げるのに、こっちから向かっていってどうするのよ!」

「す、すみません!」

 走りながらの会話でした。さっきまでいた部屋はすでに廊下の向こうに消えています。戻った場合の方が時間がかかりそうです。

「そこ! 左の部屋! 外側に面したベランダがあるから、そこから出る!」

「分かりました!」

 急ブレーキをかけて、指定された部屋のドアの前でイリヤちゃんを下ろします。

解錠(Entsperren)。ウヅキ! 早く!」

「はい!」

 イリヤちゃんに続いて部屋へと入ります。後はこの部屋のベランダから——————

 

「何、ですか。……あれ」

 

 ドアを閉める直前、カメラの三脚のような何かが、廊下の奥に立っているのが見えました。

 五日前のあの日、ランサーを見たときと同じ、ですが、根本で絶対にそれとは違うと確信できる、まったく別の感覚を覚えました。見られただけで殺されると直感したあの時と違って、今はただ、殺意だけしか伝わってきません。

 死ね、と、それは自分を見ているわたしに、ただそれだけしか言ってこない。

 あんなモノをわたしは知りません。知らないはず、なんです。なのに、どうして、この世のナニモノにも似つかないそれを。わたしはどうして、見慣れているだなんて、思ってしまったのでしょう。

 どうして、よく見知っている何かに例えることができたんでしょう。

「———一番から五番(Erster bis fünfter,)同時突撃(gleichzeitig angreifen)!!」

 イリヤちゃんの魔術でしょうか。白い糸でできた剣が五本、一斉にあの黒い何かに飛んでいきます。目で追えないそれらが、確実に突き刺さったと思える直前です。その瞬間に、剣は全部まとめてあの影と一緒に消えました。

「え、きえ」

「ウヅキ! 早くドアを閉めて!!」

 言われるがままに閉めます。ですが、何かを挟んでしまったように最後まで閉まりません。

 一体何が。

「——————いやぁぁぁぁぁあ!」

 腕でした。一瞬人のモノに見えましたが、それは違うはずです。それは薄い布のような形をしていて、風もないのに蠢いています。

 恐怖でドアノブを離してしまいます。

「触らないでね。もしそうなったら、さっきの魔術剣と同じように消えちゃうから」

 言われなくてもでした。自分からアレに捕まろうとするだなんて、死んでも嫌だと言えます。

「行こう、ウヅキ。ひとまず、ミオのところまで逃げよ」

 へたり込んでしまったわたしに、イリヤちゃんは手を差し伸べます。その姿にセイバーさんが重なりました。本当に一瞬だけでした。まだ一日しか経っていません。なのに、一刻も早くセイバーさんに会いたいと心の底から思います。

 そのためには、アレから逃げなくてはいけません。恐怖を抱えながら逃げる理由としてそれ以上何も要りませんでした。

 イリヤちゃんの手に頼らず、立ち上がって、ベランダに出ました。後ろから嫌な音が聞こえてきます。その音を打ち消すように、

「バーサーカーー!!!」

 イリヤちゃんが、自分のサーヴァントの名を呼びます。最初からまるでそこにいたように、巌の巨人は膝を折って、わたしたちを同じ目線の高さで見つめていました。その瞳に、あの夜のような狂暴さはなく、静かにイリヤちゃんの言葉を待っていました。

「ここからはバーサーカーにのっていこ」

 先に肩に座っていたイリヤちゃん。その手を取って、その大きな肩にのせて貰いました。あの日ただ怖かっただけのそれが、どこか頼もしく思えます。

「ウヅキ、私の手をしっかり握っていてね。行って、バーサーカー!」

「■■■■ーーー!!!!!」

 雄たけびを上げ、バーサーカーは猛然と跳躍します。黒い森へと落ちていく。強い力で上にとり残されそうになる私を、イリヤちゃんの手が強くバーサーカーの方へと引き寄せています。おかげで、無事に着地まで耐えきれました。

 ですが、今度はこの森を抜けていかなくてはいけません。速さが優先される状況です。なら、当然バーサーカーでの移動は続くのでしょう。

「……あの、魔術って、瞬間移動とかは」

 移動しながら尋ねました。

「できないよ。そこまで行くとほとんど魔法だもん。私の令呪でバーサーカーを飛ばせば、つかまってる私たちごと飛べるかもしれないけど、ただものすごい速さで動いてるだけだから。ただの人間でしかない卯月は風圧でぺちゃんこだよ。それでもやる?」

「や、止めときます」

 そう言って遠慮する一方で、イリヤちゃんの言っていたことが頭の片隅に引っかかっていました。

 今イリヤちゃんは、瞬間移動はできない、と言いました。いえ、厳密には、それをするためには魔法のような技術がいるのでしたか。

 魔術と魔法の違いは、アーチャーさんから聞いていました。魔術が、現代技術で代用できる奇跡を行使するのに対して、魔法はその逆、現在の科学技術ではどうやっても届かない奇跡を起こすことらしいです。そのことと、イリヤちゃんが示した可能性を合わせて考えれば、瞬間移動が魔法一歩手前というのも頷けます。

 確かに純粋な瞬間移動をすることは不可能です。ですが、瞬間移動に限りなく近いほどの高速移動なら、令呪と言う魔術で代用できる。けれどその令呪だって、三回までしか使えない有限の奇跡です。

 改めて頭の中で繰り返します。瞬間移動はそう簡単に起こせる奇跡ではない。

 では、アレは何だったのか。

 よく分からないあの黒いモノがいたのは、廊下の相当奥の方だったと思います。実際目で追えない速度で飛んで行ったイリヤちゃんの魔術が着弾するまでにも、少なくとも、アレが消えてからドアを閉めるまで以上の時間がかかっていたのですから。

「(たぶんそれが、今感じている違和感の正体だ)」

 同じ距離を、目で追えない速さ以上の速度で動いていた。そう、それこそまるで——————

 ——————まるで、瞬間移動でもしていたみたいに。

「■■ーーーッ!」

「え、バーサーカー?」

 それが最後でした。引きはがされないよう必死にしがみついていたのに、わたしたち二人はずいぶんあっさりと、宙に放り投げだされたんです。空と地面と木々の黒とが何度も入れ替わって見えます。人間は飛べません、なら落ちているのだと思います。

「きゃあああああーーーー!!」

「口を閉じて! 舌を噛むわよ!」

 入れ替わりに見えていた空の中で、イリヤちゃんが自分の髪を数本ちぎっているのが見えました。次に視界に移った時にはそれがクモの巣のように地面へと伸びていって、地面にぶつかるはずだったわたしたちを受け止めていました。

 それから降りて、二人して森を進みます。

「バーサーカー! バーサーカー!」

 その間中、イリヤちゃんはずっとバーサーカーの名前を呼んでいました。彼女の案内で進んでいるので、きっと近づいているはずですが、それで不安が消えるわけではないみたいです。

 なおも呼び続けるイリヤちゃんと並んで、枝葉の間を抜けていきました。その内に広いところに出ました。ぽっかりと穴が開いたように草木が生えずに荒れた地面が表に出た、これ以上ない荒地。

 

 その中央で、まとわりつく触手を振り払えずに、最強の英雄(バーサーカー)が膝を屈していました。

 

「そんな、ストックも、もう残ってない」

 最初の夜、バーサーカーを最強たらしめていた不死の宝具。その十二の命が、目の前で尽きようとしていました。

「うそ。バーサーカー、バーサーカー!」

 イリヤちゃんはひどく狼狽えているように見えました。当然です。最強だと信頼していたサーヴァントが、わけのわからないモノに一方的に殺される。もしもそこに立っているのがセイバーさんだったら、想像するだけで、この場に倒れてしまいそうになります。

 けれど、この場にはわたしとイリヤちゃんしかいません。わたしたちは無事に、未央ちゃんの家にたどり着かなくてはいけないんです。

 ここでわたしが倒れては、イリヤちゃんを守れません。なら無理やりにでも引っ張って、逃げることを考えないと。

「イリヤちゃん」

 できるだけ優しく呼びかけました。

「いや」

 さし出した手を弾かれます。

「イリヤちゃん!」

 少し強めに名前を呼びます。

「いや!」

 同じように、強く拒絶されました。

「イリヤちゃん! 早く逃げないと!」

「いや!! いやよ。バーサーカーは誰にも負けない」

 そうして彼女は絞り出すように、その鈴の音を誰もに聞こえるくらいにかき鳴らして。

「バーサーカーは、世界で一番強いんだから!!!」

 自分のサーヴァントへ、最後の命令(わがまま)を叫びました。それが、意味通りに届いていたのかはわたしには分かりません。ですが確かに、もう二度と目覚めるはずのないバーサーカーは、荒野の真ん中で剣を手に立ち上がっていました。

 最後の力で拘束を破り捨て、バーサーカーは地面を蹴りつけます。その足元からもう一度バーサーカーを捕まえようと触手が迫りますが、それを紙一重で躱し続けて、またバーサーカーは荒地を踏みしめました。

「(何かを、探している?)」

 その動きは敵に自分の何もかもが敵わないことを、十分に理解した上でのものでした。自分からは攻めず、ただ敵の攻め手を見極め続ける。一歩でも間違いがあればすぐに終わってしまう。それは奇しくも、あの夜バーサーカーを相手にしていたセイバーさんと同じ状況。その無限にも等しく続くような長い時間、針の穴に糸を通す以上の精密さを要求される戦闘。それを、あの英雄は理性を奪われながらもやってのけている。

 まさしく、彼にしかできない十三番目の難行。神話がわたしのすぐ目の前で再現されていました。

 この神話をもってして、バーサーカーは一体何を探し求めているのでしょう。

 少し考えてみて、真っ先に思いついたのはアレの弱点でした。ですが、それがあるのかどうかすら、わたしには分かりません。そもそもアレが何なのかすらわたしは知らないのですから。

「イリヤちゃん。アレが、あの影のようなモノが何なのか、イリヤちゃんは知っていますか?」

 彼女はまっすぐに自分のサーヴァントの闘いを見守っていました。あまりの真剣さに聞こえていたのかすら怪しいです。けれど、その予想に反してイリヤちゃんはしっかりと聞いていたみたいです。

「ウヅキが言ったように影よ、アレは。『この世全ての悪』が依り代に自分のすがたを投射して映してできた、意味通りの影なの。まだ完全に受肉できていない『この世全ての悪』が、聖杯の外で動くために用意したんでしょうね」

 まさか無意識の内にしていた呼び方が、実際の意味でもあっていたとは思いませんでした。

「つまり、その依り代をどうにかできれば、あの影は消えるんですね?」

「ええ。『この世全ての悪』も元はサーヴァントだから、マスター(依り代)が必要なの。どこで手に入れたか知らないけど、マスターである以上は魔術師。サーヴァントの敵じゃない」

 なら、バーサーカーはマスターを探しているのでしょうか。その人を見つけて、おそらくは殺して、『この世全ての悪』を遠ざけるのがバーサーカーの目的。

 ……わたしはまだ、マスターを殺すことを覚悟できていません。目の前で死なれることもきっと嫌なはずです。

「イリヤちゃん。わたしたちの方でもマスターを探しませんか?」

 バーサーカーよりも先に見つければ、説得の道もあると思っての提案でした。それにイリヤちゃんは首を振ります。

「ううん。そんな必要ない。もう見つけたから」

 どこにと、聞くヒマもありませんでした。大きな音を立ててバーサーカーが止まりました。斧剣を握る右腕を弓のように引き絞って、ただ一点を睨みつけています。当然させまいと、影の触手が迫りますが、バーサーカーの動きの方が確実に早く動いていました。それはまるで本当に、あの夜の焼き直し。自分が斬られるよりも先に敵の心臓を射貫くアーチャーさんの射撃。あれ以上の剛さによって投げ放たれた斧剣は、弾丸のように飛んでいきます。

 それは寸分の狂いもなく、目標を射貫いていたようです。バーサーカーの周りに群がっていた影の触手が次々に消えていきます。

 それはつまり、マスターが一人わたしの手で見殺しになったことを意味します。

「……これで、良かったんでしょうか」

 殺さなければ、死んでいたのはこちらだった。これが戦争である以上、当たり前のことだと神父さんは言っていました。ですが、わたしは何の覚悟もなくその当たり前を見すごしてしまった。考えていた中で一番悪い結果でした。

 だから、できれば、万が一にでも。まだ生きていてほしい。

 そう思ってしまったのが間違いだったのでしょうか。

「——————■■■■■■■■■ーーーー!!!」

 バーサーカーが吠えました。もう終わったはずなのに、まだ終わっていないと森を駆けていきます。それに答えるように影がまた現れていて、バーサーカーの行方をふさいでいます。

 思わず、その行き先を見つめていました。

 『この世全ての悪』のマスターは、思ったよりも近くにいたみたいです。魔術も何も使わず、ただの普通の女の子でしかないわたしが、はっきり顔まで認識できるほどの、それだけの距離しか離れていない森の池。その中央でその人は、いえ、人だったはずの肉塊が蠢いていてました。

 まるで、生まれなおしているみたいだ、なんて。咄嗟に思いついたその表現が的を得ていたのだと気づくのに、そう時間はいりませんでした。

 肉塊は成長するように再生していました。やがて、ようやく人らしい面影が出てきたころ、その面影に、よく知っている人物が重なりだして。わたしは必死にそれを否定しようと、頭からその考えを飛ばしてしまおうと、何度も、

「違う。そんなはずない」

 何度も何度も、何度も、呪文のようにつぶやいていました。けれど、それで現実が実際に変わってしまうような魔術を、この場の誰も使えませんでした。

 なので、胸の奥で肯定と否定を交互に繰り返されるその想像は、目の前で着実に形を得ていって。

 そして、最後。ついに形を取り戻したソレ、彼女を見て、わたしはイリヤちゃんが言っていたことの本当の意味を理解しました。

 はい。アレは、あの子だけは確かに——————

 

 ——————絶対に、未央ちゃんには殺せません。

 

 




マテリアルが更新されました
(読み飛ばし可)

・再演された聖杯戦争について
 ・本編の十年ほど前に行われた第五次聖杯戦争の最後(UBWトゥルーエンドルート)、セイバーのサーヴァントの宝具により聖杯は破壊される。しかし、宝具で破壊できたのは表に出ていた三分の二だけ。地下に残った三分の一はまだ生きており、『この世全ての悪』も健在。そのままでも衛宮切嗣が施した術式により第五時終了の十年から二十年先、つまり本編の一年から二年後、早くて年内には完全に破壊されるはずだった。それに危機感を抱いた『この世全ての悪』が生まれ出る最後のチャンスとして実施したのが、今回の再演された聖杯戦争。
 ・本編開始の一年前。聖杯(の意志を乗っ取った『この世全ての悪』)はまず、儀式における重要度の高さから御三家を呼び出そうとする。死に体のマキリが真っ先にコレに応えマスターを用意。アインツベルンからの返答はなく、しかたなく廃墟になっていた城ごと孔からイリヤの魂を呼び戻して、地下に保管されていた予備のホムンクルスの肉体に憑依させた(この時点で予備のホムンクルスは、内外ともに『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』になっている)。遠坂は、現当主(遠坂凛)がこれを拒否。生きているため魂の呼び戻しもできず(そもそも聖杯の魔力でも負担が大きいので二度やるつもりもなかった)、外部からマスターを用意した。セイバーのマスターについても遠坂と同様の処理が行われた。前回の聖杯戦争にてアサシンのマスターとなっていたキャスタ―を、自分をマスターにしてアサシンともども召喚。キャスターのマスターは儀式上重要性が聖杯にとってほとんど無かったので呼ばなかった。最後に監督役の言峰を蘇生(第五次の折、燃えていたアインツベルン城から回収した肉体が残っており、それも聖杯によって生きながらえていた体だったため、蘇生にそれほど手間はかからなかった)。
 ・こうして2015年1月31日。七騎すべてのサーヴァントとマスターが揃い、第五次聖杯戦争が再演された。
 ・聖杯に呼びかけられたオリジナルの第五次聖杯戦争におけるアーチャーとセイバーのマスター、つまり遠坂凛と衛宮士郎は、これによって聖杯が再び起動しかかっていることを知り、ロード・エルメロイ二世とともに冬木を訪れた。しかし聖杯の意志により弾かれ、少なくとも聖杯戦争中は中に入れなくなる。忸怩たる思いで再演された聖杯戦争が終わるのを待つ中、二世は■■■■に連絡。自分たちの代わりに中の偵察を依頼し、(二世の予想とは裏腹に)これを面白半分で受理した■■は縁のあった■■■■■である■■■を護衛にして冬木の地に足を踏み入れた。
 ・ほとんど出来レースに近い形であり、『この世全ての悪』が顕現する可能性が極めて高いとして抑止力は人理焼却時に回収した■■■と渋谷凛の魂をサーヴァントとして派遣。この時、マスターとして参加していた島村卯月と本田未央が縁となっているため、二騎のサーヴァントそれぞれにマスターがつくことになった。前例(帝都ライダー)同様、抑止力の目的までは本人たちに伝わっておらず、基本的には他サーヴァントたちと変わらない。
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