Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
このお話は、最終的には圧倒的ハッピーエンドで終わります。
Interlude
郊外。深山町の西側に広がるその森は、異様なまでに濃密な魔力で満たされていた。
「未央、本当にここなの?」
頷く。寝室からいなくなっていた卯月を探してここまでやって来た。彼女と同じように部屋からなくなっていた、鏡台に飾られていたナズナの花。そこに込められたセイバーの魔力を丁寧にダウジングしてきたのだから、もうほとんど間違いない。
考えていた中では柳堂寺の次に最悪のパターン。この森は第一次聖杯戦争の時にアインツベルンが買い取った私有地で、その奥には一カ月前に突如再出したアインツベルン城が建っている。なら、卯月をさらったのはアインツベルンのマスター、イリヤスフィール。取り戻すなら、少なくとも一度はあのバーサーカーとやり合うことになる。
「まだ準備も完全じゃないってのに……」
「いいえ、ミオ。どうにも様子がおかしい」
そう言って、アーチャーが一歩、森と市道との境界線をまたぐ。
「待ってアーチャー。この森には結界が…………あれ?」
聞いた話では、侵入者はすぐアインツベルン側に知らされることになっている上に、無許可で入れば城主からの攻撃を食らうとのことだった。けれど、先に入ったアーチャーには、見えていた限り何かが起きた様子がない。
「アーチャー、本当に無事?」
「ええ、一時的に対魔力スキルを切っていましたが、この通りです」
「未央、どういうこと?」
「あ、ええっと。これはつまり結界が作用していないか、もしくは術者が留守にしてるっかってことだよね」
「はい。ですが、ウヅキ殿の反応も、そしてバーサーカーの気配もしっかり感じとれる」
「なら消去法で、結界自体が壊れてるんじゃない?」
「ううん、セイバー。それはないよ。ここの結界は、城が復活していなかった一年前も問題なく機能していたんだから。一日二日で動かなくなったりなんてしないはずだよ」
「いずれにしろ、厄介な事態に陥っているのは間違いないようですね」
アーチャーの総括にその場の全員が納得していた。そしてその厄介な事態に、卯月が巻き込まれている。ならもう、二人に立ち止まっている理由なんて無い。結界を無視して、三人は森の奥へと進んでいく。
「——————■■■■■■■■■ーーーー!!!」
その咆哮が三人の耳に届いた。
「っ、バーサーカー!」
「二人とも! こっちです!」
教え子の声が聞こえた先を敏感に感じ取り、アーチャーが先行する。その後ろをセイバーと、魔術で脚力を強化した未央が追う。
左右に流れていく木々を幾度も置き去りにして、小さな丘を一つ越えた。その先に広がる荒地の端にバーサーカーの姿を見つけた。
「■■■■ーーーーーー!!」
バーサーカーはその両腕で何かを殴り潰していた。一方でバーサーカーも無傷ではない。四肢のあちらこちらが腐りはて、朽ちかけたそれが再生する気配もない。もう、誰が見ても、バーサーカーは再起不能だった。
ギリシャの大英雄が、自らの十二の命を投げうってまで為した破壊。それが意味を失うように再生していく。
ただの肉塊。バーサーカーの体を貫く触手に触れるたび、それは形を取り戻した。腕が生え脚が生え、何かのおまけのように上半分が伸びて頭になる様は、子どもの粘土細工を連想させる。
そこから細部を整えるように。触手が触れるたびに腕の先からは手が、指が。脚の先は平らになって、手先の半分ほどの長さしかない指が。頭部にはぽっかりと穴が開き、それを口として目鼻が揃っていった。
「…………あ、ああ」
未央が、動揺を隠しきれずに声を上げた。形を得ていく肉塊とは反対に、失われていくバーサーカーの肉体を思ってではない。その肉塊が、その姿形が、あまりにも、知っている誰かに——————
————本田未央が誰よりも守りたかった女の子のそれに、瓜二つになっていってしまっていたから。
「あーちゃん、やっぱり、でも……!」
取り戻した長い栗色の髪、その下の柔らかそうな人相も、傷一つない身体も、全て全て、高森藍子以外の何物でもなかった。
触手は黒い薄布になって、彼女の柔肌を包む。栗色の髪は色を失くして白くなり、生気のない赤い瞳がどこかを捕らえた。動揺で動けないマスターに代わり、アーチャーはその視線を追う。
バーサーカーのマスター、イリヤスフィールが未央と同じようにうずくまっている。それを、探していた少女、島村卯月が必死に引っ張っていた。
二人の目と鼻の先、触手が迫っていた。
「卯月ーーー!!」
セイバーが走る。十分に守り切れる速さだとアーチャーは判断した。あれなら、間に分け入って、剣で触手を弾き返せるだろうと。
「ダメです! セイバーさん!!」
それも失敗に終わった。セイバーの体を襲う重圧。
「令呪……! 卯月、どうして!」
立ち止まるセイバーの目線の先で、イリヤをかばう卯月の背中に触手が深く突き刺さった。
「…………かはっ、……セ、イバー、さん」
「卯月! …………っ、手を!」
触手は釣り糸のように卯月を池へと引きずっていく。その手を取ろうとするセイバーに、卯月は、
「ごめん、なさい。でも、最後に、あなたの顔を見れ、て」
「そんなこと言わないでよ! 待ってて、今すぐ助けるから、だから」
すこしだけ、寂しそうな笑顔を向けた。
「…………さようなら、セイバーさん。……もう、一つだけ、令呪です。セイバーさん、イリヤちゃんを、連れて、逃げて、くだ、……さい」
「そんな、止めてよ! 卯月ーーーー!!!!」
令呪に逆らえず、セイバーは気を失ったイリヤとともに戦場から消える。邪魔がなくなったのをいいことに、触手はより早く卯月を巻き上げる。
「あああああああああ!!」
させまいとルーンを刻んだ石を未央は触手の根元、藍子の足元へと投げた。着弾、同時に爆発。けれど触手も、藍子の体さえも未央の魔術は傷つけられない。それは藍子だけには魔術を絶対に使わない。そう決めた未央が狂乱の末に放った一撃。それも、ただ
「ミオ!」
事ここにいたって、正常な判断ができていたのはアーチャーだけ。とはいえ撤退以上の上策などない。マスターを抱えて、来た道を引き返す。だがどこまで持つか。これは十二の命を持つ教え子がすでに通り、その十二の命全てをもってすら失敗した道だ。この身一つで、いったいどこまでいけるか。
変貌した藍子を背にして走り出してから、数分間。常に周囲の気配を感じ取りながら森の中を進む。足音の一つでもあれば、遭遇前に感知して進路を変える。限りなく、最上に近い撤退策。もしも穴があるとするのなら、それは相手がアサシンの気配遮断と同様のことができる場合、そしてもう一つ。
瞬間移動といった、魔法一歩手前の技術を相手が有していた場合。
「懸念事項は現実となる。マーフィーの法則と言いましたか。ええ、それは正しい。古くは神代から、そして今もそれは的中している」
木々のざわめき一つすらも聞き逃さなかった自信がある。けれど、気づいた時には目前にいて、視認と同時に進路変更をよぎなくされる。それをすでに十数度繰り返していた。今辿っているこれで、導き出した退路は最後だ。もしもこの先にすら立ちはだかられていたら、もはや打倒するしか手はない。
それが不可能に近いことをアーチャーは理解していた。その上で有事の際にはそれしかないと覚悟もしていた。
すでに一度、古い教え子をこの聖杯戦争中に失っていた。これ以上は教師の沽券と誇りに関わる。教師の業を守るために、アーチャーは多くの約束を違え、多くの裏切りを為した。それを無駄にしないためにも、ここで未央を、最後の教え子を死なせるわけにはいかない。
「なので、初撃から本気で行かせていただきます」
魔力の装填を開始。日は沈みかけ、空にはうっすらとではあっても星が瞬いている。
せめて、あの夕日が落ちるまで。それまでは逃げ切る。逃げ切って、今宵最大の一撃をアレに見舞う。効果があるのかは分からなかった。それでもやるしかない。
日の短い冬。太陽は早々に落ちた。ただでさえ暗い森はより黒く染められる。アーチャーの鷹の目はその闇の先、百メートルと少し先にいた標的を捕らえた。未央を速やかに木の根に横たえ、一対一でアレと向かい会う。
距離、九十メートル丁度。向こうもこちらに気づいたらしい。触手が這うその音よりも早く、アーチャーはその一撃を——————
『
ギリシャ神話にその名を残す半人半馬の狩人、ケイローンはその死後、星座として天に祀り上げられた。射手座。常にその弓に矢をつがえ続けるその姿こそが、ケイローンのもう一つの肉体。
彼の
ゆえに、例えこの一撃で葬り去ることはできずとも、ただ敵の触手が自身に触れるより先に当てるだけならば、アーチャーに絶対の利がある。そのはずだった。
魔力の充填も十分。敵の触手到達まで残り5秒弱。宝具射出までは1秒以下。それなのに。遠く届かない位置にあるはずの触手が、目と鼻の先にあった。
「(やはり瞬間移動、……いや、違う。この感触、ないはずのタイムラグを強制的に作られた…………! 瞬間移動ではない。これは)」
射出まで0.5秒。けれど、この距離ならばそれよりも早く触手に触れてしまう。
それでも問題はない、既に矢を放つことは決定している。たとえこの後自分が死んだところで、矢が射出されることに変わりは。
——————何かが、アーチャーの目の前を通り過ぎていった。
「(……岩?)」
直径一メートルほどのそれが、音速以上の速さで触手を押しのけていた。おかげでアーチャーはギリギリのところで触手を躱し、宝具も不発に終わった。
「無事ですか! アーチャー!」
「貴女は」
ライダーが立っていた。なるほど彼女のバーサーカーと正面から殴り合える怪力があれば、岩を弾丸のように投げることもできるだろう。だが、それでも腑に落ちないことはある。
「貴女がなぜここにいるのです、ライダー」
「マスター命令です。アレの相手は私がします! その間にあなたは未央ちゃんを!」
なぜか、素直に頷くことがアーチャーにはできなかった。常に理で物事を考えるアーチャー。普段の彼なら、この場をライダーに任せて撤退することを迷いなんてしない。けれど、彼女を放っておけないと、心のどこかで思ってしまう。
それをライダーは見抜いていたらしい。たった一言だけ、自分の奥底に住む別の
「アーチャー。貴方に彼女たちを託します。頼みましたからね?」
そうローブの下に厳しくも華やかな表情を作って、すぐ森の中に消えていってしまった。数百メートル先にあるその背中を視認するアーチャーの目には、確かにその顔が見えていた。
「…………ええ、承知しました。他ならぬ貴女の言葉です。このケイローン、この身全てに変えても守りぬきましょう」
気絶した未央を抱え、アーチャーはライダーの向かった方向とは逆。夜の深山町へと駆けていく。一人の懐かしい名前を噛みしめながら。
「貴女にまた会えてよかった。——————フィオレ」
その行く先に、影の触手が現れることは無かった。
Interlude out