Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
それは果たして本当に、誰にでもできることなのでしょうか。
Interlude
細氷を砕いた。
聖杯の眠る円蔵山地下大空洞。十度を下回っていた気温は進むごとになお下がり、肌を刺すその冷気に、内部の水分はほとんどすべて凍りついている。
「一本道で助かった。もしこれで迷ってたら探索どころじゃないもんね」
魔術で明かりを灯し、道の安全を確認しながら未央とセイバーは奥深くへと進んで行く。
長い年月のうちに風化し形が変わったと言えども、この洞窟は、元は魔術師が自分たちの手で作った大規模の魔術工房。魔術師、それも聖杯に用のある人間を拒むようにはできていない。二人の歩みは順調だった。
「ねえ、セイバー。アイドルがどんなものなのか、聞いてもいいかな」
だから、未央がつい余裕のうちに、そんなことを口走ってしまうだろうこともセイバーには予想がついていた。
「私がアイドルだって、まだ決まってもないのに?」
「いまさら隠し通せるって、本気で思ってる?」
「ぜんぜん。別に構わないよ。未央は聖杯戦争から降りたんだし、ここで真名を明かしても何も問題ないからね。ただまあ、一つだけ条件を付けたいんだけど」
小さな明かりの下、未央はセイバーの横顔を覗いた。
「卯月には、内緒にしといてもらえないかな」
「それまたなんで」
普通のサーヴァントとマスターでは、サーヴァントはマスターにだけ自分の真名を明かす。そこを他人には教えて、当のマスターである卯月本人だけに教えない理由。それが、未央にはどうにも理解できなかった。
「あんまりこれっていう理由はないよ。ただしいて言えば、私の大事な思い出のため、かな。それがないと、多分今の私はいないだろうし」
「へえ」
一人の人生を左右した思い出。そのために必要な条件なら、飲まないわけにはいかなかった。
「いいよ。絶対にしまむーには内緒にする。しまむーの為でもあるんだよね? それなら、どんな頼まれ方したって私は答えないよ」
「助かる。じゃあ改めて、私の名前は渋谷凛。未央の察しのとおり、アイドルやってるよ。ただし、未来で、だけど」
「アーチャーは、英霊は時に過去以外からも選ばれるって言ってた。セイバーはまさにその例外。未来の英霊、いやアイドルだったわけか」
「まあ、そういうこと。ただまあ、英霊なんてものに召し上げられるようなこと、私はまだした覚えないんだけど」
「その辺りも例外なんだと思う。たぶん状況がよく似てる茜ちんと、同じ理由があるんだろうね。ぱっと思いつくのは抑止力くらいだけど、いずれにしても、縁のあった今回の聖杯戦争にしかセイバー、渋谷さんは」
「しぶりんでいいよ」
「いやそこは凛じゃないの!? ……まあいいや、しぶりん……、は今回以外で召喚されることはまずないと思うよ」
サーヴァントにとって召喚されての現界とは、まずありえない二度目の生である。過去にやり残したこと、生前の後悔、その雪辱を果たすために聖杯に自身の受肉を望むサーヴァントも少なくない。
一方で、受肉の道を選ばない場合。それは二度目の生の終わり、つまり二度目の死、あるいは消滅を意味する。
セイバー、凛に卯月を守る以外の願いが本当になかったのか。未央にそれは分からない。ただ少なくとも、これから聖杯を破壊することを考えれば、受肉にしろそれ以外にしろ聖杯で願いは叶えられないことになる。そのことを承知した上で凛は未央に協力してくれている。
それが、自分を犠牲にしてでも卯月を守れる、一番確かな手段だと信じているからなのか。それは違う。未央にはそう思えた。
「あのさ」
そして、一つだけ思いついた。
「もしかしてだけどさ。しぶりんがしまむーを守りたいのは、もしかしたら、しまむーのためじゃ、ないんじゃないのかな」
凛の足が止まった。未央は言ってはいけないことを言ってしまったと思いながらも、恐る恐るその表情を伺う。しかし凛は怒っていなかった。うつろをつかれたように、口をぽかんと開けて固まっている。
「しぶりん? セイバー?」
「……未央」
「ん?」
ようやく動きが戻った。
「どういうことなのか、説明して」
「いや、別にそんなたいしたことじゃないんだけど」
「かまわない。早く」
強く急かす凛。その強い瞳に促されて、未央は思ったことを慎重に選んだ言葉で口にした。
「いや、なんていうか。しぶりんはさ、自分の、アイドルとしての在り方とか、生き方とか、そう言うモノ。それにしまむーが深く関わっていることを知っていて、しまむーがいなければ、アイドル渋谷凛が生まれなかったと思ってるんだよね。だったら、しぶりんがしまむーを守りたいのは」
「しぶりんをアイドルにした、しまむーとの出会いを守りたいんじゃないのかな」
氷を融かしていく水のように、未央のその指摘は凛の奥深くへすんなりと染み込んだ。
「そうか。そういう、ことだったんだ」
「しぶりん? 大丈夫?」
「平気。ううん、それどころか、大事なことに気づいた気がする。……照れ臭いんだけどさ、まあでも、一応言っとくよ。未央、ありがとう」
「いやそんな。本当にたいしたことじゃないって」
「そうだね、たいしたことじゃない。でもその、たいしたことじゃないことが、どれだけ深く人の心を救うのか。私はよく知ってるんだよ」
「突然何さ。…………それ、しまむーのこと?」
「まあ、ね」
凛は道の先を見る。風が強くなっていた。ゴールも、きっともうすぐだろう。
「……未央、そろそろ質問に答えるよ」
「質問? ごめん、何のことだっけ」
「忘れたの? ほんの数分前だよ?」
面目ないと返す未央。それを凛は気にしていなさげに流した。
「アイドルがどんなものかってやつ。それを聞くまでに、なんかずいぶん遠回りした気がするけど」
「だね。まあそれもこの際、気にしないことにする。それで? アイドルって、やっててどう? 楽しい?」
「うん。楽しい。アレは、そこに立つことでしか分からなかった」
「ずいぶん抽象的だね。まあでも、ちゃんと分かる。だって今のしぶりんの顔、いままでで一番輝いて見えたし」
「そう? まあ、そうなのかもしれないね。——————ただそれでも、未央がアイドルになろうっていうのなら、これは言っておかなくちゃいけないかな。
アイドルはさ、ずっと輝いていられるわけじゃないんだよ」
「…………」
「がんばり続けて、たくさんの傷を負って、それを笑顔で隠し続けて。本当に心の底から、笑えなくなってしまった子を、私は見てた。最後の時までその子は、私にだって隠し続けて、だれもに笑顔だけを向けて、一人で傷を抱えてた」
それが、おそらくは卯月のことを言っているのだろうと、未央は会話の流れから察していた。
その上で思う。これも、比べるべきではないのだろうと。魔術師として生きてきた六年間、それと、今の凛の話にあった女の子、おそらくは卯月の時間。どちらが苦しいかなんて、とても比べられるものじゃない。ただ少なくとも、その二つが、
「……そんなの、人間にできることじゃないよ」
そう、思えてしまった。
「はっきり言って異常だよ。だれの前でも、何をしていたって笑えるなんて、そんなの、正気の人間にできることじゃない。そんな笑顔を貼り付けたまま生きていくことが、アイドルの生き方だっていうのなら——————きっと私には、その道は重すぎるよ」
けれど、凛はそれを否定する。
「それは、違う。違うんだよ、未央。
笑顔なんて、笑うことなんて、だれにでもできる。ただ、そうあり続けることが、だれにだってできることじゃないだけなんだ」
だから、笑うことを忘れてしまった人にとって、その当たり前の輝きは人生を左右するほどの救いになる。凛だって、そんな卯月の笑顔に何度も守られていた。
卯月の笑顔があったから、凛はアイドルになろうと思えた。
卯月の笑顔があったから、プロデュサーは未央と正面から向き合えた。
——————島村卯月はこれからも頑張り続ける。
頑張らないように頑張ると言った彼女の言葉も、絶対に信頼できるわけじゃない。
笑顔で傷跡を隠し続けて、つらいのを押し殺して、ずっと自分を責め続けて。
そうやって何度も、卯月はサイズの合わないガラスの靴を履いて、痛みとともに笑顔で踊り続ける。
誰もが言うはずだ。
もうやめにすればいい。
もう休めばいい。
もう頑張らなくていい。
もう、無理に笑うなんてしなくていい。
それでも卯月は、きっと何度だって星を目指して歩いていく。その歩みを、いつか本当に歩けなくなってしまうその日まで、卯月は止めたりはしないだろう。
卯月自身がきっとそう望んでいるから。
そして何より、凛自身がその在り方を、綺麗だと感じていたから。
「——————だから、守らないと」
いつかまた、魔法がとける日が来るかもしれない。一人では立ち上がれずに、二度と笑えなくなるかもしれない。その時には、今度は二人で、三人で、みんなで、肩を組んで歩いて行けるように。
「私、渋谷凛は、卯月の笑った顔が大好きなんだから」
また一つ、細氷を砕いて奥へと進む。
「そっか。しぶりんは、自分たちが歩いていく未来を守るために戦うんだね」
未央は一人で納得して、誰にも聞こえない声で自分ただ一人だけに向けて呟いた。
Interlude out
しぶりんは未来のために戦うらしい。では、私の戦う理由はなんだろう。
この円蔵山には昔、龍が住んでいたという伝説が残っている。それに沿うようにして長い一本道を抜けてきた。なら当然、珠である聖杯があるのはその手元だ。
一際細い横穴の先に大きな空間が広がっていた。その中央に、黒く染まった魔力が渦を為して巨大なエネルギーの塊をなしている、超抜級の魔力炉心を見つけた。
「あれが、大聖杯」
術式なんて見えなかった。それでも分かる。確かにあそこにある莫大なまでの魔力なら、なんだってできる。まぎれもなく万能の願望器、聖杯そのもの。その不良品。
そして、私がこれまでの六年間、戦ってきた理由。
この魔術刻印のために大勢が犠牲になってきた。それがいまさらどれだけ増えたって、変わりはしない。結果的に世界が滅んだって、私は受け入れるだろう。
——————それでも、そこにあーちゃんが入っていることだけは、我慢できない。
「未央」
「分かってる。覚悟は、決めてきたから」
聖杯は、あーちゃんは、神秘の秘匿を犯す魔術師の敵。
大好きな家族が私の人生を天秤にかけてまで、捨てきれなかった魔術。それをこれからも私が選び続けるのなら、今この瞬間、高森藍子は本田未央が倒すべき悪だ。きっと魔術師としての理由では、どうやったってあーちゃんを救えない。
だからここからは、それ以外の理由が要る。
魔術師本田未央ではなく、アイドル本田未央でもない。何者でもないただ一人の私が、心の奥底からそうしたいと叫び出せる、ただ自分一人のためだけの理由が。
そのために、この六年間の全てを、魔術刻印に刻まれた数百年を無に帰す。
「いいの? それは、未央だけじゃない。貴女までつないできた家の歴史、それに捧げられてきた人たちの犠牲を、全部なかったことにするのと同じだよ?」
隣に立つしぶりんの声と、内にまだ残っている魔術師としての声が重なった。
「かまわない。あの時取れなかった手を取れるなら。抱きしめられなかったその肩に、もう一度触れられるのなら。失くしてしまったあの眩しい笑顔を、もう一度咲かせることができるなら。もう、あーちゃん以外のなんだっていらない!」
「そう、いいよ。行こう、未央」
「うん。行くよ、しぶりん」
「——————刻印、全封印解除」
「五停心感正常機能。対象、観測終了。使用範囲、二人、確定。詠唱開始」
これこそ本田の家が求めた究極の精神感応。
「
肉体から魂の概念を一時的に分離。
「
純粋な情報体に分解、変換。
「
サイズ、フォルムの概念を
「
数値を聖杯内部に代入。
「
心象空間の深部領域に到達後、精神体として再構成。
「偽・万色悠滞」
私の知らない未来、私の知らない誰かが、
それを私は、今日までの歴史全てを踏みにじって、自分が助けたい物のためだけに使わせてもらう————!
「
『そこを退け。お前がいたままだと、卯月/あーちゃんが笑えない』