Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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誰にでもできる当たり前のこと。それをただ当然のように続けること。
それは果たして本当に、誰にでもできることなのでしょうか。


12/Never say never(2)/Spring Screming(1)

Interlude

 

 細氷を砕いた。

 聖杯の眠る円蔵山地下大空洞。十度を下回っていた気温は進むごとになお下がり、肌を刺すその冷気に、内部の水分はほとんどすべて凍りついている。

「一本道で助かった。もしこれで迷ってたら探索どころじゃないもんね」

 魔術で明かりを灯し、道の安全を確認しながら未央とセイバーは奥深くへと進んで行く。

 長い年月のうちに風化し形が変わったと言えども、この洞窟は、元は魔術師が自分たちの手で作った大規模の魔術工房。魔術師、それも聖杯に用のある人間を拒むようにはできていない。二人の歩みは順調だった。

「ねえ、セイバー。アイドルがどんなものなのか、聞いてもいいかな」

 だから、未央がつい余裕のうちに、そんなことを口走ってしまうだろうこともセイバーには予想がついていた。

「私がアイドルだって、まだ決まってもないのに?」

「いまさら隠し通せるって、本気で思ってる?」

「ぜんぜん。別に構わないよ。未央は聖杯戦争から降りたんだし、ここで真名を明かしても何も問題ないからね。ただまあ、一つだけ条件を付けたいんだけど」

 小さな明かりの下、未央はセイバーの横顔を覗いた。

「卯月には、内緒にしといてもらえないかな」

「それまたなんで」

 普通のサーヴァントとマスターでは、サーヴァントはマスターにだけ自分の真名を明かす。そこを他人には教えて、当のマスターである卯月本人だけに教えない理由。それが、未央にはどうにも理解できなかった。

「あんまりこれっていう理由はないよ。ただしいて言えば、私の大事な思い出のため、かな。それがないと、多分今の私はいないだろうし」

「へえ」

 一人の人生を左右した思い出。そのために必要な条件なら、飲まないわけにはいかなかった。

「いいよ。絶対にしまむーには内緒にする。しまむーの為でもあるんだよね? それなら、どんな頼まれ方したって私は答えないよ」

「助かる。じゃあ改めて、私の名前は渋谷凛。未央の察しのとおり、アイドルやってるよ。ただし、未来で、だけど」

「アーチャーは、英霊は時に過去以外からも選ばれるって言ってた。セイバーはまさにその例外。未来の英霊、いやアイドルだったわけか」

「まあ、そういうこと。ただまあ、英霊なんてものに召し上げられるようなこと、私はまだした覚えないんだけど」

「その辺りも例外なんだと思う。たぶん状況がよく似てる茜ちんと、同じ理由があるんだろうね。ぱっと思いつくのは抑止力くらいだけど、いずれにしても、縁のあった今回の聖杯戦争にしかセイバー、渋谷さんは」

「しぶりんでいいよ」

「いやそこは凛じゃないの!? ……まあいいや、しぶりん……、は今回以外で召喚されることはまずないと思うよ」

 サーヴァントにとって召喚されての現界とは、まずありえない二度目の生である。過去にやり残したこと、生前の後悔、その雪辱を果たすために聖杯に自身の受肉を望むサーヴァントも少なくない。

 一方で、受肉の道を選ばない場合。それは二度目の生の終わり、つまり二度目の死、あるいは消滅を意味する。

 セイバー、凛に卯月を守る以外の願いが本当になかったのか。未央にそれは分からない。ただ少なくとも、これから聖杯を破壊することを考えれば、受肉にしろそれ以外にしろ聖杯で願いは叶えられないことになる。そのことを承知した上で凛は未央に協力してくれている。

 それが、自分を犠牲にしてでも卯月を守れる、一番確かな手段だと信じているからなのか。それは違う。未央にはそう思えた。

「あのさ」

 そして、一つだけ思いついた。

「もしかしてだけどさ。しぶりんがしまむーを守りたいのは、もしかしたら、しまむーのためじゃ、ないんじゃないのかな」

 凛の足が止まった。未央は言ってはいけないことを言ってしまったと思いながらも、恐る恐るその表情を伺う。しかし凛は怒っていなかった。うつろをつかれたように、口をぽかんと開けて固まっている。

「しぶりん? セイバー?」

「……未央」

「ん?」

 ようやく動きが戻った。

「どういうことなのか、説明して」

「いや、別にそんなたいしたことじゃないんだけど」

「かまわない。早く」

 強く急かす凛。その強い瞳に促されて、未央は思ったことを慎重に選んだ言葉で口にした。

「いや、なんていうか。しぶりんはさ、自分の、アイドルとしての在り方とか、生き方とか、そう言うモノ。それにしまむーが深く関わっていることを知っていて、しまむーがいなければ、アイドル渋谷凛が生まれなかったと思ってるんだよね。だったら、しぶりんがしまむーを守りたいのは」

 

「しぶりんをアイドルにした、しまむーとの出会いを守りたいんじゃないのかな」

 

 氷を融かしていく水のように、未央のその指摘は凛の奥深くへすんなりと染み込んだ。

「そうか。そういう、ことだったんだ」

「しぶりん? 大丈夫?」

「平気。ううん、それどころか、大事なことに気づいた気がする。……照れ臭いんだけどさ、まあでも、一応言っとくよ。未央、ありがとう」

「いやそんな。本当にたいしたことじゃないって」

「そうだね、たいしたことじゃない。でもその、たいしたことじゃないことが、どれだけ深く人の心を救うのか。私はよく知ってるんだよ」

「突然何さ。…………それ、しまむーのこと?」

「まあ、ね」

 凛は道の先を見る。風が強くなっていた。ゴールも、きっともうすぐだろう。 

「……未央、そろそろ質問に答えるよ」

「質問? ごめん、何のことだっけ」

「忘れたの? ほんの数分前だよ?」

 面目ないと返す未央。それを凛は気にしていなさげに流した。

「アイドルがどんなものかってやつ。それを聞くまでに、なんかずいぶん遠回りした気がするけど」

「だね。まあそれもこの際、気にしないことにする。それで? アイドルって、やっててどう? 楽しい?」

「うん。楽しい。アレは、そこに立つことでしか分からなかった」

「ずいぶん抽象的だね。まあでも、ちゃんと分かる。だって今のしぶりんの顔、いままでで一番輝いて見えたし」

「そう? まあ、そうなのかもしれないね。——————ただそれでも、未央がアイドルになろうっていうのなら、これは言っておかなくちゃいけないかな。

 アイドルはさ、ずっと輝いていられるわけじゃないんだよ」

「…………」

「がんばり続けて、たくさんの傷を負って、それを笑顔で隠し続けて。本当に心の底から、笑えなくなってしまった子を、私は見てた。最後の時までその子は、私にだって隠し続けて、だれもに笑顔だけを向けて、一人で傷を抱えてた」

 それが、おそらくは卯月のことを言っているのだろうと、未央は会話の流れから察していた。

 その上で思う。これも、比べるべきではないのだろうと。魔術師として生きてきた六年間、それと、今の凛の話にあった女の子、おそらくは卯月の時間。どちらが苦しいかなんて、とても比べられるものじゃない。ただ少なくとも、その二つが、

「……そんなの、人間にできることじゃないよ」

 そう、思えてしまった。

「はっきり言って異常だよ。だれの前でも、何をしていたって笑えるなんて、そんなの、正気の人間にできることじゃない。そんな笑顔を貼り付けたまま生きていくことが、アイドルの生き方だっていうのなら——————きっと私には、その道は重すぎるよ」

 けれど、凛はそれを否定する。

 

「それは、違う。違うんだよ、未央。

 笑顔なんて、笑うことなんて、だれにでもできる。ただ、そうあり続けることが、だれにだってできることじゃないだけなんだ」

 

 だから、笑うことを忘れてしまった人にとって、その当たり前の輝きは人生を左右するほどの救いになる。凛だって、そんな卯月の笑顔に何度も守られていた。

 卯月の笑顔があったから、凛はアイドルになろうと思えた。

 卯月の笑顔があったから、プロデュサーは未央と正面から向き合えた。

 

 ——————島村卯月はこれからも頑張り続ける。

 頑張らないように頑張ると言った彼女の言葉も、絶対に信頼できるわけじゃない。

 笑顔で傷跡を隠し続けて、つらいのを押し殺して、ずっと自分を責め続けて。

 そうやって何度も、卯月はサイズの合わないガラスの靴を履いて、痛みとともに笑顔で踊り続ける。

 誰もが言うはずだ。

 もうやめにすればいい。

 もう休めばいい。

 もう頑張らなくていい。

 もう、無理に笑うなんてしなくていい。

 それでも卯月は、きっと何度だって星を目指して歩いていく。その歩みを、いつか本当に歩けなくなってしまうその日まで、卯月は止めたりはしないだろう。

 卯月自身がきっとそう望んでいるから。

 そして何より、凛自身がその在り方を、綺麗だと感じていたから。

 

「——————だから、守らないと」

 

 いつかまた、魔法がとける日が来るかもしれない。一人では立ち上がれずに、二度と笑えなくなるかもしれない。その時には、今度は二人で、三人で、みんなで、肩を組んで歩いて行けるように。

 

「私、渋谷凛は、卯月の笑った顔が大好きなんだから」

 

 また一つ、細氷を砕いて奥へと進む。

「そっか。しぶりんは、自分たちが歩いていく未来を守るために戦うんだね」

 未央は一人で納得して、誰にも聞こえない声で自分ただ一人だけに向けて呟いた。

 

Interlude out

 

 

 しぶりんは未来のために戦うらしい。では、私の戦う理由はなんだろう。

 この円蔵山には昔、龍が住んでいたという伝説が残っている。それに沿うようにして長い一本道を抜けてきた。なら当然、珠である聖杯があるのはその手元だ。

 一際細い横穴の先に大きな空間が広がっていた。その中央に、黒く染まった魔力が渦を為して巨大なエネルギーの塊をなしている、超抜級の魔力炉心を見つけた。

「あれが、大聖杯」

 術式なんて見えなかった。それでも分かる。確かにあそこにある莫大なまでの魔力なら、なんだってできる。まぎれもなく万能の願望器、聖杯そのもの。その不良品。

 そして、私がこれまでの六年間、戦ってきた理由。

 この世全ての悪(アレ)を前にしてまで私は、この六年間が間違っていたとは思えなかった。何かを為すためには別の何かを損なう必要がある。それは当たり前のこと。

 この魔術刻印のために大勢が犠牲になってきた。それがいまさらどれだけ増えたって、変わりはしない。結果的に世界が滅んだって、私は受け入れるだろう。

 

 ——————それでも、そこにあーちゃんが入っていることだけは、我慢できない。

 

「未央」

「分かってる。覚悟は、決めてきたから」

 聖杯は、あーちゃんは、神秘の秘匿を犯す魔術師の敵。

 大好きな家族が私の人生を天秤にかけてまで、捨てきれなかった魔術。それをこれからも私が選び続けるのなら、今この瞬間、高森藍子は本田未央が倒すべき悪だ。きっと魔術師としての理由では、どうやったってあーちゃんを救えない。

 だからここからは、それ以外の理由が要る。

 魔術師本田未央ではなく、アイドル本田未央でもない。何者でもないただ一人の私が、心の奥底からそうしたいと叫び出せる、ただ自分一人のためだけの理由が。

 

 そのために、この六年間の全てを、魔術刻印に刻まれた数百年を無に帰す。

 

「いいの? それは、未央だけじゃない。貴女までつないできた家の歴史、それに捧げられてきた人たちの犠牲を、全部なかったことにするのと同じだよ?」

 隣に立つしぶりんの声と、内にまだ残っている魔術師としての声が重なった。

「かまわない。あの時取れなかった手を取れるなら。抱きしめられなかったその肩に、もう一度触れられるのなら。失くしてしまったあの眩しい笑顔を、もう一度咲かせることができるなら。もう、あーちゃん以外のなんだっていらない!」

「そう、いいよ。行こう、未央」

「うん。行くよ、しぶりん」

 

「——————刻印、全封印解除」

 

「五停心感正常機能。対象、観測終了。使用範囲、二人、確定。詠唱開始」

 これこそ本田の家が求めた究極の精神感応。

法雲(ホウウン)善想(ゼンソウ)

 肉体から魂の概念を一時的に分離。

不動(フドウ)遠行(オンギョウ)

 純粋な情報体に分解、変換。

現前(ゲンゼン)難勝(ナンショウ)

 サイズ、フォルムの概念を霊子境界線(ボーダー)に固定。

(エン)明地(ミョウチ)

 数値を聖杯内部に代入。

離垢(リク)歓喜(カンギ)——————」

 心象空間の深部領域に到達後、精神体として再構成。

 

「偽・万色悠滞」

 

 私の知らない未来、私の知らない誰かが、この世全ての人(自分一人だけ)の救いを願って組み上げた、人類を文字通りダメにする術式。外法も外法、最奥のそのさらに奥、本来この身一つではどうやったって届くことの無い禁術。

 それを私は、今日までの歴史全てを踏みにじって、自分が助けたい物のためだけに使わせてもらう————!

 

深層落下(スパイラル)開始(スタート)!!」

 

 










『そこを退け。お前がいたままだと、卯月/あーちゃんが笑えない』





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