Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
デウスエクスマキナさんが酷使無双されておられるので、あらかじめご了承の上、お読みください。
暗闇の中を歩いている。
一本道。分岐もしなければ、他に道もない。なら進むしか選択肢はない。
『引き返せ』
そんなことはできない。また一歩、もう一歩と前へ。
『引き返せ。お前では、あーちゃんを救えない』
それも違う。確かに、魔術師本田未央に、彼女を救うことはできない。けどもうその自分は置いてきた。ここにはただ一人の人間として立っている。
『それでもお前は魔術師だ。今だって、魔術を使い
ちがう。もう聖杯なんて欲しくない。あーちゃんを傷つけたモノなんて、たとえ万能の願望器だと言われたって受け取れない。そんなもの、これからこの手で壊しに行く。
『なら、話は早い。今すぐに引き返せ』
——————だから、いいかげん。何を言って!
『今からでも遅くはない。すぐに引き返して、あーちゃんごと、この醜悪な闇を消し飛ばせ』
…………。そんなこと。
「そんなこと、できないよ」
私はまた、星の見えない夜道のような暗がりの先を目指す。もう何を言われたって無視を決め込むつもりで、意固地になって、走れもしない足場を踏みしめた。
『——————そんなにも、大切か』
そのどこから聞こえているとも知れない声に、驚きが垣間見えた。ついさっき自分で決めたことも忘れて、足を止めないまでもつい聞き入ってしまう。
『魔術師としての未来と、家族の信頼を裏切ってまで。そんなことをしてまで助けるだけの価値が、あーちゃんのどこにある』
「ないよ。初めからこの気持ちに価値なんて、求めてもいない」
『なら、どうして』
「決まってる。——————ただ自分が、後悔したくないだけなんだ」
キャスターをおびき出そうと新都に出かけたあの日。その午後、あーちゃんと夕暮れの散歩道を歩いた。
幸せだった。守りたいと願った笑顔が確かにそこにあって、これからもずっと輝いていくのだと信じられた。これでもう、なんの心残りもなくこの先を魔術師として、あーちゃんとは別の道を歩いて行ける。
……すこしだけ、寂しいと感じた。けどこれは、この気持ちは、凛姉言うところの心の贅肉で、魔術師には不要なものだ。持っていても仕方がない。だからもう、これであーちゃんと会うのは最後にしようって。
——————そう、思っていたのに。
『未央ちゃんは、……私のこと。ずっと見ていてくれますか?』
「無理だ」って、答えられなかった。また私は、肝心なことをはぐらかした。ごまかした。
だからこれは、その報いだ。私は世界で一番見たくない、あーちゃんの泣き顔を見てしまった。
笑っていてほしかった。
ずっと枯れないでいてほしかった。
その永遠があるから、私は頑張れたのに。
魔術師本田未央がもうどこにもいないというのなら、あの時にはとうに死んでいた。
そのくらい、死ぬほど後悔した。
一度死んだ自分を拾い集めて、もうこれ以上何も失わないようにと意地を張って。それなのにまた、自分は取り返しのつかないことをしていた。いや、あまりに何もしてこなさ過ぎたのだと後悔して、さらにもう一度、今度は魔術師じゃない私まで死んだ。
私が何もしなかったから。魔術師であることを隠そうと、あーちゃんと関わり合うことを中途半端にためらったりなんかしていたから。
もしも私がもっと早く、あーちゃんのことを思いやって、無理にでも止めるなり、何らかの魔術的措置の十や百でもすれば、きっとこうはならなかった。しまむーがしぶりんやイリヤスフィールをかばって傷つくことも、あーちゃんが泣くことも、なかったのに。
「もう二度と、ゴメンなんだよ。あんな思いをするのは、二回で十分だ」
しぶりんの言ってた通りだった。私はとんでもないヘタレで、今更すべてを思い通りに動かそうなんて思いこんでいる大馬鹿者だ。神様が一番に見捨てるとしたら、きっと私みたいなヤツからだろう。
——————それでも。
「それでも、今だけは」
救わなくてもいい、ただ試すくらいはしてほしい。
自分がどこまで行けるのか。魔術師ではない、しぶりんや茜ちん、あーちゃんのようなアイドルでもない、ただの一人の少女である本田未央は、果たして自分自身の願い、あーちゃんとの未来が欲しいという祈りのために、どこまで行けるのか。
それだけ、それだけさえ分かれば。きっとこの先何があったとしても、後悔だけはせずに生きていける気がするから。
「…………ごめん。お母さん、お父さん。それにお兄ちゃん。未央はとんだ親不孝者です。……けど、でもやっぱり私は、この道を行くよ」
ひたすらに、この先の春を思って叫んだ。
「二度と躊躇ったりなんてしない! 一緒にいたいと一度思ったからには、どんな不安だって見逃さない! だって、もう、あーちゃんのいる未来以外、どんな未来だっていらないから!! だから神様、どうか、見守っていて!」
——————その叫びに、答える神(理性蒸発D)が一柱。
「残念ですけど! 神様ほど自分勝手で天邪鬼な生き物もいませんよ!!
ええ、そう言うことなので! 天邪鬼を愛し、天邪鬼に愛された女!! 『ツンデレ』『ツンギレ』『純情』、全ての素直になれない気持ちの産みの親であるところの、このわたし!! ボルケーノ日野茜は!!! 本田未央さんと高森藍子さんを応援するのです!!!!!!
さあ!! 遠慮せずに受け取ってください!!!! これがわたし、日野茜が全力全開全身全霊全力疾走で送る生涯最高のエール!!!! まあ、生涯最高は日々更新し続けるのであまりあてにはならないのですが!!
ですけど!!! 今できる全力を、あなた達の未来に向けて。いつか、また!! 同じステージで歌えますように!!!!!
『
太陽だった。
長い夜の終わりを告げる太陽が、高々と昇った。サーヴァントの霊基限界をはるかに超えた神霊級の極炎に、聖杯の闇がどんどん晴れていく。
「道は開けました!! さあ未央ちゃん! 早く!!!」
「茜ちん…………! うん、分かったよ!」
足場は思っていたよりも平坦で、しっかりとしていた。これなら、満足に走っていける。
「見えた!」
いまだ晴れない暗闇の淵、探知のルーンが指し示す
「手を!! 伸ばして!!!!」
言われるがままに、手を伸ばした。すると闇の奥から、同じように一本の腕が力なくも懸命に伸ばされた。それが空を切って、また闇の中に戻る。——————その前に。
「あーちゃん!!!」
その手を、私の手が、ようやく。掴んで。
「……みお、ちゃん…………!」
暗闇からあーちゃんを引っ張り出す。
「未央ちゃん……。ほんとうの、ほんとうに、未央ちゃん、…………あなた、なんですよね?」
「うん。私だよ、あーちゃんの未央だよ」
「………………よかった、……ほんとうに。もう一度、私……、あなたに会って」
あーちゃんの膝は細かく震えていた。今にも砕けてしまいそうに白い肩を揺らして、幾筋もの涙を流している。あーちゃんを壊してしまわないように、けれどもう、躊躇わないと誓ったから、できるだけ強くこの胸に抱き締めた。
「もう、泣かないで。笑ってよ、あーちゃん。私、あーちゃんの笑った顔が好きなんだ。
——————だから、私が守る。どんなことがあっても、あーちゃんがあーちゃん自身を諦めたって——————私が、あーちゃんを守るよ。
約束する。私は——————」
「——————私は、あーちゃんだけの魔術使いになる」
もう二度と他の誰にも、自分のためにだって、魔術なんて使ってやったりなんかしない。
でももしあーちゃんが、人に言えないことを抱えて、そのせいで傷つくことがあったりしたら、その時にはもう、躊躇ったりなんかしない。利用できるものはなんでも使って、あーちゃんを放っておいたりなんかしない。
そのためなら、これまでの六年間もきっと報われるはずだから。
「ああ…………。それならもう、安心ですね」
「?! あーちゃん!!」
「藍子ちゃん!」
とつぜん崩れ落ちるみたいにあーちゃんの全身から力が抜けて、私にその全体重がかかった。みたい、なんかじゃなかった。足先から、本当にゆっくりだけど、それでも現実にあーちゃんの肉体が朽ちかけてる。
「何が……、起きて。あーちゃん! 起きてよ、あーちゃん!!」
あーちゃんは目覚めない。
もう、私には何も視えなかった。魔術刻印を失って魔術師じゃなくなった私にはもう、あーちゃんに何が起きているのか分からない。
「茜ちん……! どうしよう!?」
「…………すみません。さっきので、サーヴァントとしての力は、全部使い切ってしまって…………。もうお二人を、ここから連れ出すだけの余力しか」
「——————やっぱり、こうなったのね」
背後から鈴を鳴らしたような声がして振り向いた。
「イリヤスフィール」
白銀の髪に紅い瞳。柳堂寺の山門に置き去りにしてきた彼女は、白い
その姿、まるでキリストの聖母のような神々しさに一瞬言葉を失う。けれどすぐに現状の深刻さを思い出して、聞き返した。
「やっぱりって、イリヤスフィールは何か知ってるの? 今、あーちゃんに何が起きているのか」
「知っているというか、考えてみればこの結果は当然予想できたことなのよ、ミオ。たとえ時間の流れを自由に操れて、精神や魂への影響をおさえられても、もとから聖杯を宿すことを想定していない肉体に一年は長すぎた。だからもう、藍子のその体は、聖杯の外では生きられないわ」
「……そん、な…………。それじゃあ、もうあーちゃんは、助からないってことじゃないか……!」
せっかくここまで来たのに。しぶりんに茜ちんに、アーチャーに、助けれらて、やっとあーちゃんの手を取れたのに。また、私は、あーちゃんを失うのか。
もう二度と、彼女の笑った顔を見られないっていうのか。
「大丈夫。そんな運命、わたしが許さないから」
「…………え、イリヤスフィール?」
「イリヤ、さん?」
「すこし、アイコを借りるわ。ミオ」
戸惑いながらも、あーちゃんを引き寄せていた腕から離して、代わりにその両腕で抱えて、あるかどうかあやふやな足場に横たえた。
まるで浮いているみたいに見えた。生気が感じられず、ほとんど息もしていないから、願いの代償に神様があーちゃんを連れて行ってしまうんじゃないかと、ありもしない不安に駆られたほどだ。
「未央ちゃん。手は、離さないでいてあげましょう」
「そうだね。……ありがとう、茜ちん」
茜ちんは私に不安が伝わらないようにと、明るく振舞っているように見えた。なによりその行動こそが、茜ちんの優しさと不安を同時に伝えてくる。彼女までもが不安に負けてしまったら、もう私はあーちゃんの生存を信じられなくなってしまう。それを知ってのことなのかは分からなかったが、私はその提案に頷いて、同じように茜ちんとも手をつないだ。茜ちんの温かな体温が、今はどんなものよりも心強かった。
私たちがそうやって三人それぞれの体温を確かめ合っていた間に、イリヤスフィールは一通りあーちゃんの崩れかけの肉体を観察して、一段落、ほっと息をついた。
「よかった。まだ魂も、精神も負けてない。これなら、助けられる」
助けられる。
イリヤスフィールの口から確たる自信とともに出たその言葉に、沈んでいた心が弾み上がった。けれど、今もまだ崩壊を止めず、すでにくるぶしから先が灰になっていたあーちゃんの体を見ると、とてもそうとは思えない。
「でも、イリヤスフィール。ここから修復する治療魔術なんて、一流の術士が万全の準備で行って初めて成功するような奇跡で。それにもしそんなことが今できたとしても、崩壊を止めることは、魔術には…………」
「ええ。魔術では無理よ。だから、魔法を使うの」
「——————!」
「とは言っても、ただの真似事。なりそこない。魔法一歩手前の魔術どまりではあるけどね。ミオの魔術刻印と一緒」
魔術ではなく、魔法。現代文明では不可能な奇跡。世界に七つしかなく、使い手も指で数えられるだけ。
そして、アインツベルンの魔法と言えば。
「
「そう。本来魂は永劫普遍の物。肉体の枷に縛られたそれを一時的に物質化して、自由にする。聖杯戦争の大元を為す魔法。使い手は当の昔に死んだわ。けれど、聖杯の中に今も息づいている。そして、私たちアインツベルンにも。
見なさい。これがその証左よ」
それは、紛れもなく奇跡そのものだった。
崩れ果てる肉体に引きずられて死を待つだけだったあーちゃんの魂は解放され、イリヤスフィールの両腕に優しく抱きかかえられた。やがてしっかりと存在を維持し始めたあーちゃんの魂を、真絹の布で包み、イリヤスフィールは私に手渡した。
「はい、終わり。この肉体は私が看取るわ。代わりの肉体を聖杯の外に用意してあるから、あとはここから出て、外の人に託しなさい。精神は魂から生まれるもの。肉体と魂が揃えば、おのずと目覚めるから」
「…………」
正直に言って、状況について行けなかった。
あのあーちゃんの体はもう助からない。だからイリヤスフィールは、第三魔法、本人曰くその真似事で、魂を別の聖杯の影響のない健康な肉体に移すことを考えた。
すべて、私の想像をはるかに超えた奇跡、その連続で、ただ一つの重要なこと。つまりはあーちゃんが助かるのかどうかすらうまく確信できない。
「どうしたの、ミオ? アイコは助かるのよ? もしかして、嬉しくない?」
だから、その一言がどんなに嬉しかったか。けれども同時に、全てがうまくいきすぎている気もする。いや、そうなるようにみんなが、イリヤスフィールまでもが私の知らないところで動いていてくれていたのだ。
「なんで」
それが分からなかった。私は、私の自分勝手な願いのために、もう二度と後悔しないようにと決めただけなのに。どうしてこうまで。しぶりんもアーチャーも茜ちんにイリヤスフィールも、みんなみんな、私に手を貸してくれるのか。
「分からない?」
「分かりませんか?」
茜ちんとイリヤスフィールが同時に答えていた。
「わたしはこの聖杯戦争の間中ずっと、同じ気持ちで動いていました!! わたしの大好きなみんなを守りたい。卯月ちゃんを守りたい。凛さんを手伝いたい。藍子ちゃんを助けたい。藍子ちゃんを救うと誓った、未央ちゃん、あなたの決意を一緒に押し通したい!!!! 全部、わたしがやりたいことです!! わたしたちはみんな、当たり前に、あなたの背中を後押ししていただけなんです!! それが紛れもなく、自分がやって損のない、やりがいに満ちた道だと思えましたから!!!」
「茜ちん……」
「みんながみんな、アカネみたいに熱くはないとは思うけどね。でも、そうね。わたしもそうなのかも。
——————あなた達が教えてくれたことよ。大切だと思ったものは何があっても守り通す。それは、誰にとっても当たり前のことなんでしょう?」
そう口にするイリヤスフィールの顔は、ここにいない誰かを思ってのもの。誰かが選べなかった道、誰かが選んだ道。そして、今も、誰かが目指す道。それを否定したくなかった。だからここにいるのだと。
彼女の紅い瞳がそう、強く訴えているように見えた。
「そうだね。うん。それは、当たり前のことだ。きっとどんなことがあったって、その願いは間違ってなんかいないよ」
私が口にした言葉を気に入ったらしい、イリヤスフィールは本当に嬉しそうに笑った。
「——————ああ、安心した。……聖杯を閉じるわ。あなた達とはここでお別れ。さあ、帰りなさい。あなた達を待っている、また別の夜に」
「はい!! 本当に! 何から何まで! ありがとうございました!!! イリヤさん!!!!」
「私からも、ありがとう。あーちゃんを助けてくれて。元魔術師として、何も返せるものがなくて、本当に申し訳ないけど」
「え、そんなことないよ?」
その声音はウソでもお世辞でもなんでもなくて、ただの正直な気持ちを言っているだけのように聞こえた。
「わたしはもう十分に、あなた達からいろんなものをもらえている。会いたかった人にも、会えたもの。
自信を持っていいわ、未央。わたしはね、あなたが二番目に救った女の子、つまりはあなたのファン第二号なの。大丈夫。貴女はきっと、すてきな
「——————そっか。なら、がんばらなきゃだ」
「未央ちゃん!! こっちです!!!」
「今行くよ! それじゃあ、イリヤスフィール、ううん。イリヤ」
「ええ、ミオ。元気でね。アイコのこと、粗末に扱ったら許さないんだから」
「あはは……。肝に銘じとくよ」
会話はそこまでだった。尻切れトンボにもほどがある。私たちはイリヤに背を向けて三人で元来た道を引き返した。
その途中、こんな声を聴いた気がした。
『モウ、テバナシテハイケマセンカラネ』
桜の花びらを幻視する。もしもそれがこの一年、あーちゃんとともにあった誰かの声だとしたら。そんな確かめようのないことを考えているうちに、いつの間にか、もといた大空洞に戻っていた。
大空洞はひどく静まり返っていた。大きく渦巻いていた魔力は鳴りを潜め、刻まれた術式だけが残っている。その近くに、一人の女の人、それと何か大きな箱。
「ああ、貴女が本田未央ちゃん?」
「え、はい。そうですけど。……あなたは?」
「私? 私はただの配達人。それじゃあ印鑑、はないか。まあなくていいわ。荷物、ちゃんと受け取ってね」
そう言って大きな箱の封を開ける。中には——————
「え!? 藍子ちゃんがいます!!? もう一人藍子ちゃん藍子ちゃん藍子ちゃん……」
「落ち着いて茜ちん!! ストップストップ! 何が見えてるか知んないけど、あーちゃんは世界にたった一人だけだから!!」
「あら、のろけ?」
「そんな……ことなくもないですけど………………じゃなくって! これ、もしかして人形? でもこんな精巧な、ホンモノの人体と全然見分けのつかない。まさか、あなたは」
「はいそこまで。ただの配達人に名前は不要よ。それで、どうする? 空の肉体が一つ、ここに有って、そっちにはなぜか独立している魂がやっぱり一つ。そして、この肉体の所有権は貴女の物。今の私は機嫌がいいの。何せ想定以上のものを見れたわけだし。だから今なら、その魂のこの肉体への完全な収容工程までおまけでつけちゃう。
——————さあ、お膳立てはここまで。答えを聞かせてちょうだいな」
「それはもちろん」
茜ちんの目を見て、最後に、あーちゃんの魂を胸に引き寄せてから。それから答えた。
「あーちゃんのこと、どうかよろしくお願いします!」
「よろしい。引き受けた——————だが」
赤い髪の女の人。
「その前に、あちらさんが先だ。我々はここから早々に退散し、安全な場所で確実に施術を成功させるとしよう」
大空洞の小空間、その入り口を指さした。
「! 未央ちゃん!! 誰かいます!」
茜ちんの感知能力はサーヴァントでなくなっても人間の域を超えていたらしい。暗すぎて私には全く見えないそこを、燈子さんと同じく見据えている。視力強化を使うわけにもいかず、ただ何が起きてもいいようにルーンストーンだけ構える。
はたして、私としぶりんが通ってきた大聖杯への一本道の先から、その人影は泰然とした足取りで現れた。年は二十半ばだろうか、童顔ぎみで全体的に若く見える、赤銅色の髪をした男の人。
「すまないな。場所を譲ってもらって」
「かまわないさ。我々は我々の為すべき仕事を片付けるだけ。君もそうなのだろう?」
男の人の感謝に燈子さんが答えた。彼と燈子さんは顔見知りらしく、遠慮の感じられない声音で男の人は燈子さんに返事を返した。
「ああ、そうだ。だけど少し事情が変わってな、悪いが余力を残すつもりなんてない。帰るなら、早めに頼む」
「分かっている。行くぞ」
「え、はい」
燈子さんの後を追って、私たちも出口に向かう。肉体は茜ちんが背負ってくれるらしい。その代わり、私には絶対にあーちゃんの魂を離さないようにとのことだった。当然、言われるまでもなく、絶対に離すつもりもここで死ぬつもりもなかった。
脚力強化に保護のルーン、今できるすべての準備が終わって出口に手をかけた時。
「ありがとな。イリヤと一緒にいてくれて」
その声が聞こえて、振り向いた。
そこに男の姿は無かった。
Interlude
「イリヤに、もう二度と会えないと思っていた家族に、託されちまったからな。
——————だから、遠坂には悪いがこの仕事。
どこからか舞い上がった砂塵の向こうに、男、
「
「——————
マテリアルが公開されました。
(読み飛ばし可)
・本田未央
・本作のもう一人の主人公。HFルートにおける凛、士郎枠。
・変質魔術刻印『五停心観』
・本田家が精神感応の一つの究極として研究していた、真言立川詠天流の修法より派生した技術。対象の精神構造・魔術特性を視覚的に読み取り、効果的な魔力の通し方を理解するまでが未央(と言うより、電脳空間でない実世界)の限界だが、本来は精神の淀みや乱れを測定し物理的に摘出することで精神を安定させる医療術式。遠い月の裏では、これを使って女の子の秘密(SG)をハートキャッチ(物理)する輩がいたそうな。
・偽・万色悠滞
・変質魔術刻印『五停心観』を使いつぶすことで、たった一度だけ、周囲にいる任意の精神を別の体内に侵入させ、交信・感応する。
・現実が苦しく思えるほどの多幸感と安心感を使用者に与える、人類をダメにする術式。安全に使用(した上で生還)するためには、相応の意志の強さが要求されるため、回数制限云々以前に多用厳禁。
・大聖杯にとらわれ、精神の大部分を汚染された藍子と卯月の体から、『この世全ての悪』を切除するために使用。精神を通路として互いの魂同士を交信させる。結果、アンリ・マユにより歪められた自己から生じた自責を踏破しながら、凛と未央は進むことになった。
・藍子のことをきれいな子だと認識している。彼女の取る写真が好きで、そうやって切り取られた風景、(自分が失った人としての)日常の中にある些細なことを面白いと感じる感性。それらをきれいだと思っていて、同時に、そこに魔術の存在が入って藍子が汚れるのを恐れていた。凛が戦う理由として卯月の笑顔を守りたいと願ったのに対して、未央は藍子を泣かせたくないがためにごまかすことを選んだ。動機の根本が似ている(同時に正反対でもある)ため、基本的に未央が藍子のことを相談する相手はたいていの場合、凛だったりする。
「イリヤ、私やったよ。一番星に、なれたよ」
・高森藍子
・未央のクラスメイト。一年ほど前からアイドルをしている、穂村原学園中等部三年生。
・HFルート桜枠。ただし桜が加害者を兼ねていたのに対し、こちらは(サーヴァントを除き)死傷者は出していない。
・ゆるふわしているが、下記の理由があり、表に出す分のパッション抑え目な敬語。
・精神上アンリマユと同居していたような状態で一年を過ごしており、自分の命がそう長くないことを、少なくとも本編開始の半年前には悟っていた。
・↑の一年の中、藍子にとって未央は簡潔に言って救いだった。自分が自分に戻れる場所。その場所が、未央の笑顔があるのなら、どんなことにだって耐えられた。
・聖杯戦争終了後、この世全ての悪に汚染された肉体から蒼﨑燈子作の人形に魂を移される。魂由来の魔術回路は以前と同じだけあるものの、新しい肉体の維持に必要な量にはわずかに魔力が足りず、その分を補うため未央から魔力供給(宝石or意味深)を受けている。
・アルターエゴ/日野茜
・HFルート、ライダー枠。ただし藍子への好意は完全に友情であり、それ以上の存在しない(というか必要としない)気安い関係。現在みほあかorふみあか、ないしその他かでお相手は検討中。
・主人公力(ぢから)EXの運命(Fate)に対するチートサーヴァント。登場すれば何が何でもハッピーエンドにしたくなる。Fateの法則が乱れまくってしまいかねないので、メインキャラに据えなくて本当に良かったと、企画段階の自分を作者は褒めたい。
・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
・夢を見たの。
涙が出るくらい優しくて、自分の目玉をつぶしてしまいたくなるくらいに残酷な夢。
おとーさん(キリツグ)もママ(お母様)も、たまにしか帰ってこないけど、それでも二人とも私のことが大好きで、私も、二人のことが大好きだった。家には二人のメイド、リズはだらだら、セラはママ(お母様)よりもお母さんしてて、ガミガミうるさくて、でも、彼女の作るごはんはお兄ちゃん(シロウ)に負けないくらいにおいしくて。それから、二人の両親よりも大好きなお兄ちゃん(シロウ)に、親友の■■に妹の■■も。
ずるい。ずるいずるいずるい。ずるい。
あれもわたしと同じイリヤなのに、どうしてそんなに幸せなの? どうしてそんなに普通なの? どうしてそんなに、簡単に笑えるの?
卑怯よ。差別だわ。横着よ。狡猾すぎる。姑息だわ。卑劣。小賢しい。あざとい。羨ましい。妬ましい。狡い。やっぱり、ずるい。ずるすぎるわよ。
————————————。
——————だからね、わたし、あなたには正直同情していたの。ミオ。
同じように普通のことに嫉妬して、それでももう普通には生きられない。だから、まあ無理なんだろうなとは思っていたけど、それでも結局最後には、あなたはアイコを殺そうとするんだって思ってた。
でも、あなたはその道を選ばなかった。
他の誰もが、あなたがこの道を歩むと信じて疑わなかった。
そもそも、あなたがわたしと同じだって考えていたことが、初めから間違いだったのよ。だってわたし、あのわたしのこと何度殺してやろうと思ったか、もう数えてもいないもの。なのにあなたは、一通り嫉妬して、それからは守ろうとしていた。信じられなかった。考えもしなかった。
最善の手段じゃない。それでも、自分にないものを守ろうと思えること。それがどんなに、わたしには眩しく見えたか。
そしてもし、わたしにも同じことができたなら。
——————だからこれは、わたしが精いっぱいにやりぬいたこと。
最後になってしまったけど。
シロウ。
あなたにもう一度会えて。ほんとうに良かった。
・蒼崎燈子
・封印指定解除済み、冠位人形師。型月で一番怖い眼鏡。眼鏡をかけるかけないで人格を意図的に切り替える、作為的な二重人格者。
・ロード・エルメロイ二世に頼まれ、再演された聖杯戦争をシエルとともに視察していた。
・イリヤに「第三魔法の真似事を見せる」ことを交換条件にして、藍子の体の複製を依頼される。「ただ本人として生きていけることだけが保証された、急造の出来損ないで良ければ」と受諾。一晩で調整したそれを、大空洞外の安全な場所で未央に提供した。
・↑で出来損ないと言ってはいるものの、元は用意していた自分用のスペアのうち一つを改造しただけなので、燃費が燈子(並の魔術師と同程度)基準で藍子にとってさほどよくないことを除けば、二百年保証付き最高スペックの超高級品。普通に購入すればそれで日本の借金返せんじゃないのってくらいする。なんでそんなのを藍子、もとい未央にあげたかって? 理由なんてない。早めの結婚祝いだいいから黙って受け取れ本田ァ!
・大聖杯内で行われた第三魔法を観測するために、大聖杯に身投げしている。その後スペアの自分に藍子の体を運ばせた。なので未央たちが会っていたのも彼女のスペアだったりする。まあ、何体目のスペアなのかは燈子自身しか覚えていない(あるいは本人も忘れている)だろうが。
・「第三だけでなく、本田の特異な魔術刻印が起こす奇跡さえも見れたのだから、人形一つくらい安いものよ」と一見ご機嫌だがその眼鏡の奥では、もし未央が魔術刻印を手放していなければ、蒐集して協会地下に幽閉する腹積もりだったらしい。
・遠坂凛
・十年前に起きた第五次聖杯戦争の生存者。時計塔の魔術師。遠坂の現当主。
・再演された聖杯戦争終盤、大聖杯解体のために衛宮士郎、エルメロイ二世とともに冬木を訪れる。未央からことの顛末を聞き、数日後、問題なく解体が終わったことを伝え、時計塔に戻っていった。
・九歳まで一般人として育てられていた未央とは、親戚付き合いで顔見知り。互いに『未央』『凛姉』と呼び合う仲。ただし、本田家が聖杯戦争に参加することが決まり、未央も魔術を習いだした九歳の時点で、その交流も途切れていた。当然未央に士郎のことを教えてもいない(そもそも機会がなかった)。
・他者への魔力の浸透を得意とする未央に、宝石魔術を教える。術式を組み込んで魔術装置にするまではいかなかったが、単純な魔力の保管という形でなら成功している。
・衛宮士郎
・茜の宝具により大聖杯の力が削がれ、自分たちを遠ざけていた聖杯の反発力が薄まった中、ぎりぎっりのクライマックスで颯爽登場我らが型月主人公。
・茜を追って大空洞に突入する直前のイリヤに後を託され、固有結界から大量のルールブレイカー引き出して所定の場所にぶっ刺しまくり、その後やって来た二世と遠坂の協力の下、無事に大聖杯の解体に成功した。