Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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何も解決していない。何も変わっていない。何も、求めたモノなど手に入れてなんかいない。
それでも胸を張って、笑顔でこの道(ユメ)の先へ歩いて行けるのなら。きっとそれだけで。


18/S(mile)ING(3)

『——————』

 

 誰かが、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえました。

 音も光も、わたしを責め立てるわたしの声以外、ここには何にないはずなのに。

 

 …………そう。わたしには何も無い。だから、ここはわたしの中。

 誰にも見せないで、自分でも見ないようにして、蓋をした胸の奥。

 空っぽで、がらんどうで、空虚な、わたしの帰る場所。

 ここにいれば、もう傷つくことなんてない。誰かと自分を比べて、自分の無力を呪うことなんてない。

 だから、このまま耳をふさいで、目を閉じて、口もつぐんで。

 

 ——————それでも。

 

「(それでも——————この声は、この声だけは、無視できない)」

 

 とっくの昔に壊れて、もう動かないはずの心が小さく脈を打ちました。

 

『…………、……ない』

 

 すきとおるような、けれどどこか低い声。胸に響くような強い声。

 

『——————、じゃ、ない』

 

 その黒くて長い髪を振り乱して、きっとそのまっすぐな瞳で。

 

『——————、なんかじゃ、ない!』

 

 ああ。その声音で、その眼差しで、その、必死な表情で、こんなにも強く歌われては。

 わたしは、島村卯月は。

 

 

『間違い、なんかじゃない!!』

 

 

 きっと、それだけで良かったんです。

 アーチャーさんは言っていました。サーヴァントは、なにも過去だけから来るものではないのだと。わたしは、未央ちゃんでさえも、セイバーさんのことを知らなかった。なのに彼女の方は、まるで数年来の友達みたいに、わたしたちのことをよく知っていた。

 だから、セイバーさんはきっと未来からやってきた。

 

 セイバーさんはたぶん、わたしの未来を知っている。あの地獄さえも、きっと。

 ……それでも、そんな彼女が、誰よりも一番近くで、わたしと同じ夢を見てくれていたはずの、その彼女が——————最期まで、わたしの夢を笑いませんでした。

 

 

『その夢は、決して…………間違いなんかじゃないんだから!!!』

 

 

 だから、たったそれだけで。

 

 ずっと、間違いではないのかと疑ってきました。

 大勢の人が笑っていました。それがあまりにも幸せそうで、その中心にたつアイドルは世界一の幸せ者に見えました。

 憧れたその姿。けれど、その背中はあまりにも遠くて。

 それだけに、何も持たない、ただのどこにでもいる普通の女の子でしかないわたしが、そこを目指すことは、分不相応な間違いなんじゃないのかと。

 立ち止まっては、思い出すように何度も。

 

 ……ああ、だから、きっと。

 セイバーさんが、他の誰でもなく彼女がそう言ってくれるだけで、

 ——————島村卯月は、最後までこの夢を張り続けられる。

 気の遠くなるような長い時間。たとえ最後まで、輝く自分にはなれなかったとしても。

 

 閉ざしていた目をもう一度開きました。

 

 動きます。無くなってしまったと思っていた腕も脚も、本当にそう思っていただけのようでした。それを必死に動かしてどこにあるのか分からない、でもきっとあるはずの出口を目指して足掻きます。

 

 まとわりつく泥が言いました。

『笑うなんて、誰でもできるもん』。

「大丈夫です。わたし、もっと輝きたいから」

 そう言って、ひとまず上へと這い上がろうとするわたしに、

『笑顔なんて、誰でもできるもん』。

「そうかも、しれません。でもわたし、もう、くじけたりなんてしないから」

 また一歩、暗闇の先に手を伸ばして、

『何にもない。私には、何にも』

「それでもわたし、この夢を、憧れのままで終わらせたくはありませんから」

 

 くよくよしてはいられませんでした。

 この先へは行かせない。島村卯月は、ずっとこの中にいればいい。そんなことを言う声はすべて、いつか辿る未来の自分の可能性そのものの声でした。

 最後まで理解はできませんでした。けれどその痛みだけは、教訓として知れたと思います。

「もう、心配なんてしなくてもいいんです」

 否定なんてしません。全部本当のことで、誰よりもわたしのことを知っている、わたし自身の言葉でしたから。……だから、否定なんてしません。否定せずに受け入れて、その上で笑顔を忘れない。そうやって、これからわたしは歩いていく。

「大丈夫。わたしは、きっと大丈夫ですから。だって」

 

 

 ——————島村卯月、がんばります。

 

 

 今もわたしは、自分自身にそう誓えるから。

 

「星…………」

 

 どこまで続くとも知れなかった夜の闇に、一筋の光が射しました。太陽のように強くも月のように優しくもない。けれど、ひたすらに眩しい。この道をまっすぐに照らすその光に手を伸ばします。

 息が弾んで、肩が震えて、足が悲鳴を上げて、心臓が足りない酸素を求めて必要以上に暴れまわって。それが、こんなにも気持ちいい。

 

『………………たとえその人生が、苦しみに満ちたものだとしても?』

 

 それが、最後でした。

 これから歩む道の先。転んでしまうこともあるでしょう。一人で立ち上がれないことが、きっと何度でも。それでも、いつまでも、自分の夢に胸を張って生きていけるように。

 

「はい。たとえ、そうだとしても——————島村卯月、頑張れます!!!」

 

 星に見えたそれは、一人の女の子でした。

 長い髪にまっすぐな瞳。差し出されたその手を取って、互いに強く握りしめて。

 

「迎えに来たよ。さあ、行こう。未来へ」

 

 ——————その一言で魔法はかかりました。 

 星明かりの舞踏会。

 大勢の人たち、その前に立つダイヤモンドにも負けない輝きを放つ星々。それはまるで、あの日わたしが憧れたアイドルそのもの。

「…………」

 本当に、わたしはそこに立っていいのでしょうか。あんなにも自分に誓えたのに、いざそれをこうして目の前にしてしまうと、自信がしぼんでいくみたいです。

 それを分かってくれていたのか、つないでいた手にまた一段と強い力が加わって。

「大丈夫。卯月だって負けてない」

「セイバーさん?」

「それに、ほら」

 セイバーさんの指が示した先を見つめました。その先では、みんな、お客さんの方を向いていたはずの全員が、一斉にこっちを向いていて。

 

『待ってたよ』

 

 その全ての視線がわたしにそう言っていました。

 他の誰でもない、わたしを待っていたのだと。

「セイバーさん」

「なに? 卯月」

「わたし、あそこに立っても、いいんですよね?」

 おそるおそる尋ねたつもりでした。けれどセイバーさんはなぜか、おかしなものを見たように笑っていました。そんなにおかしな顔をしていたのでしょうか、一部分が鏡になっていた壁面をのぞき込んで確認します。

 ……はい。確かに、これはおかしな顔でした。わたしは自分の態度とは裏腹に——————こんなにも、まるでおもちゃ売り場を前にした子どもみたいに、物欲しげな顔をしていたのですから。

 そんなわたしにセイバーさんが聞き返します。

「卯月は、どうしたい?」

「わたしは——————」

 そんな顔をしていたのですから、とうぜん、聞くまでもなく。

「——————あそこで、踊ってみたい、歌いたい。それから……めいいっぱいに、輝きたい!!」

「いいよ。さあ、ついて来て。見せたい景色があるんだ」

 セイバーさんに続いて踏み出した先、それは本当に魔法のような場所。

 足にはきれいなガラスの靴、白いドレスを身にまとって、夜空に輝く本物の星よりも眩しい輝きがすぐそばで光っていて、その中でも、自分の輝きをしっかりと確信できる。

 歌は誰かの笑顔を口ずさんで、ステップは自分自身の笑顔を運ぶ。そうやってより一層強く輝いていける。

 心の底から思えます。

 

「島村卯月はいま、世界で一番幸せです……!」

 

 

 

 長い夜が明けます。

 舞踏会は一夜だけ。いつの間にかステージは跡形もなく消え去り、どこか森の中、朝焼けが胸を焼く丘の上には、わたしとセイバーさんの二人だけが残っていました。

 互いに歌い踊り疲れ切って、お尻を地面につけて空を見上げています。

「楽しかった?」

 と聞くセイバーさんに、

「はい……! すっごく、すっごく、楽しかった」

 息も絶え絶え、それでもちゃんと伝わるように強く答えました。

「そっか。それなら良かった。うん、本当に」

 セイバーさんの手を握り直します。それをセイバーさんも握り返してくれます。けれどなんだか、少し力が弱いような。

「——————! セイバーさん、体が…………」

 腕の端から透けて、輪郭が粒になって溶けていっているように見えました。

「ああ、さっきので魔力切れか。まあ持った方だよね、とっくにイリヤからの魔力供給もなくなってたのに、それでも維持し続ければ、そりゃあ」

「早く、なんとかしないと!」

 そうは言っても、わたしにその何とかする手段は思いつきもしなかったのですが。

「ううん。その必要はないよ、卯月」

 ポケットの中をまさぐってスマホを取り出したわたし。とりあえず未央ちゃんに連絡を取ろうとしたその手を、セイバーさんは止めました。

「もう、大丈夫でしょ? 聖杯戦争は終わった。私がいなくても、もう、卯月は大丈夫」

「…………お別れ、なんですか?」

 セイバーさんは首を振ります。

「違うよ。きっと、ううん、絶対。またすぐに会える。それまで私は、少し遠くで卯月を待っているだけ」

「本当に、本当の本当に。また会えますか?」

「うん。それだけは絶対。……ああ、でも。その時の私はさ、きっと卯月のことを知らないだろうから——————」

 彼女の強いまなざしに、どこか祈るような弱さが混ざりました。

「——————だから、迎えに来てくれる?」

 その弱さ。あんなにも頼りになったのに、今では見る影もない、それでも何度もわたしを励ましてくれた手の平。その先の細い肩を抱き寄せて。

「はい。必ず」

 ただそれだけ。耳元に伝えました。

 彼女の胸の音が聞こえていました。この世界がわたしとセイバーさんだけになってしまったような静けさ。その中にもう一つ、早いリズムを刻む音をわたしは確かに聞いていました。

「卯月、そろそろ」

 あと少し、もう少しだけ、その音を聞いていたい気分でした。けれどわたしが思っている以上に、時間は残されていなかったみたいです。

 きっと、このセイバーさんと言葉を交わせるのはこれで最後になる。

 誰に言われずとも、朝日に透ける彼女の顔を見るだけで、わたしにはそれが分かってしまいました。

 ——————なら。

「最後に、これだけは、確かめないと」

 セイバーさんの目を見ます。何度もわたしを見つめてくれたその瞳を、今度はこっちから見つめて。

 ほんの少し息を止めて、その顔に自分の顔を近づけました。

「——————!」

 さすがにびっくりしたのでしょうか。セイバーさんのまつ毛が小さく震えたのが見えました。それを確認してすぐに離します。

 そうして、ついさっきまでセイバーさんに触れていた唇に手を触れました。

「ああ、やっぱり」

 すごく、どきどきします。胸が小さく縮こまって、どこかへ行ってしまいそうなほど激しく揺れて。それがセイバーさんに聞こえているんじゃないかと思うと、頬が熱くなって彼女の顔を見るのが恥ずかしくなってしまう。

 それでも、ちゃんと伝えないと。

 胸に手を当てて、この鼓動を伝えるために、まっすぐセイバーさんに向き合いました。

 

「セイバーさん————わたしあなたに、恋、しちゃっているみたいです」

 

 間近にあるセイバーさんの顔。いつまでも覚えていられるように、目に焼き付けようと見つめたその顔。

 それが、最後に、ほころんで。

 

「私は、とっくの昔から…………卯月を愛してるよ」

 

 初恋の答えを残して、いつの間にか昇っていた朝日に溶けて行ってしまいました。

 

 




マテリアルが更新されました。
(読み飛ばし可)


・島村卯月
 ・言い訳、というかただの面倒なオタクによる弁明。
  UBWルート士郎枠に当てはめるにあたって、彼女には士郎との明確な違いをつけておく必要がありました。簡潔にまとめれば『島村卯月は衛宮士郎のような壊れたロボットでは決してなく、ただの頑張り屋の少女でしかない』ということ。そのため彼女には、一人では絶対に立ち上がれない、などの縛りを設けることになっていました(ただし本当にそう書けていたかは謎)。
 ・結局聖杯戦争が終わって、その後の春、改めて凛に出会うまで、卯月はセイバーの真名を知らずじまい。よって作中での呼び方はずっとセイバーさん固定。アニメの呼び間違えイベを守るため、致し方なし。


・蒼セイバー/渋谷凛
 ・宝具
  ・ガラスの靴(シンデレラ・ストーリー) B 対人宝具
   ・アイドルの在り方、その概念が結晶化したもの。自らの内に在る理想のアイドル像を具現化し、自らとその周囲を書き換える。範囲は狭いが、前準備なしに固有結界に似て非なる大魔術や、とある童話作家の宝具に近い効果を発揮する。
   ・彼女たち一人ひとりは、あくまでも普通の少女である。笑顔を忘れてしまう日もある、前を向けない時もある、誰かを信じたくても信じられなくて、時に頑張ることすら難しくなることだってある。けれど、アイドルとは本質として一人でなるものではない。応援してくれるファンがいる。裏から支えてくれるスタッフがいる。ステージへと導いてくれるプロデューサーがいる。そしてともに痛みを分かち合いながら、同じステージに立ってくれるアイドル(仲間)がいる。くじけたっていい、落ち込んだっていい、それでも最後には最高の笑顔を見せてくれると信じている。その思いに答えて、アイドルは今日も輝く。
    ああ、その時にきっと、私はこう言うのだ。




    ——————いい笑顔です。

  
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