Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
それでも胸を張って、笑顔でこの道(ユメ)の先へ歩いて行けるのなら。きっとそれだけで。
『——————』
誰かが、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえました。
音も光も、わたしを責め立てるわたしの声以外、ここには何にないはずなのに。
…………そう。わたしには何も無い。だから、ここはわたしの中。
誰にも見せないで、自分でも見ないようにして、蓋をした胸の奥。
空っぽで、がらんどうで、空虚な、わたしの帰る場所。
ここにいれば、もう傷つくことなんてない。誰かと自分を比べて、自分の無力を呪うことなんてない。
だから、このまま耳をふさいで、目を閉じて、口もつぐんで。
——————それでも。
「(それでも——————この声は、この声だけは、無視できない)」
とっくの昔に壊れて、もう動かないはずの心が小さく脈を打ちました。
『…………、……ない』
すきとおるような、けれどどこか低い声。胸に響くような強い声。
『——————、じゃ、ない』
その黒くて長い髪を振り乱して、きっとそのまっすぐな瞳で。
『——————、なんかじゃ、ない!』
ああ。その声音で、その眼差しで、その、必死な表情で、こんなにも強く歌われては。
わたしは、島村卯月は。
『間違い、なんかじゃない!!』
きっと、それだけで良かったんです。
アーチャーさんは言っていました。サーヴァントは、なにも過去だけから来るものではないのだと。わたしは、未央ちゃんでさえも、セイバーさんのことを知らなかった。なのに彼女の方は、まるで数年来の友達みたいに、わたしたちのことをよく知っていた。
だから、セイバーさんはきっと未来からやってきた。
セイバーさんはたぶん、わたしの未来を知っている。あの地獄さえも、きっと。
……それでも、そんな彼女が、誰よりも一番近くで、わたしと同じ夢を見てくれていたはずの、その彼女が——————最期まで、わたしの夢を笑いませんでした。
『その夢は、決して…………間違いなんかじゃないんだから!!!』
だから、たったそれだけで。
ずっと、間違いではないのかと疑ってきました。
大勢の人が笑っていました。それがあまりにも幸せそうで、その中心にたつアイドルは世界一の幸せ者に見えました。
憧れたその姿。けれど、その背中はあまりにも遠くて。
それだけに、何も持たない、ただのどこにでもいる普通の女の子でしかないわたしが、そこを目指すことは、分不相応な間違いなんじゃないのかと。
立ち止まっては、思い出すように何度も。
……ああ、だから、きっと。
セイバーさんが、他の誰でもなく彼女がそう言ってくれるだけで、
——————島村卯月は、最後までこの夢を張り続けられる。
気の遠くなるような長い時間。たとえ最後まで、輝く自分にはなれなかったとしても。
閉ざしていた目をもう一度開きました。
動きます。無くなってしまったと思っていた腕も脚も、本当にそう思っていただけのようでした。それを必死に動かしてどこにあるのか分からない、でもきっとあるはずの出口を目指して足掻きます。
まとわりつく泥が言いました。
『笑うなんて、誰でもできるもん』。
「大丈夫です。わたし、もっと輝きたいから」
そう言って、ひとまず上へと這い上がろうとするわたしに、
『笑顔なんて、誰でもできるもん』。
「そうかも、しれません。でもわたし、もう、くじけたりなんてしないから」
また一歩、暗闇の先に手を伸ばして、
『何にもない。私には、何にも』
「それでもわたし、この夢を、憧れのままで終わらせたくはありませんから」
くよくよしてはいられませんでした。
この先へは行かせない。島村卯月は、ずっとこの中にいればいい。そんなことを言う声はすべて、いつか辿る未来の自分の可能性そのものの声でした。
最後まで理解はできませんでした。けれどその痛みだけは、教訓として知れたと思います。
「もう、心配なんてしなくてもいいんです」
否定なんてしません。全部本当のことで、誰よりもわたしのことを知っている、わたし自身の言葉でしたから。……だから、否定なんてしません。否定せずに受け入れて、その上で笑顔を忘れない。そうやって、これからわたしは歩いていく。
「大丈夫。わたしは、きっと大丈夫ですから。だって」
——————島村卯月、がんばります。
今もわたしは、自分自身にそう誓えるから。
「星…………」
どこまで続くとも知れなかった夜の闇に、一筋の光が射しました。太陽のように強くも月のように優しくもない。けれど、ひたすらに眩しい。この道をまっすぐに照らすその光に手を伸ばします。
息が弾んで、肩が震えて、足が悲鳴を上げて、心臓が足りない酸素を求めて必要以上に暴れまわって。それが、こんなにも気持ちいい。
『………………たとえその人生が、苦しみに満ちたものだとしても?』
それが、最後でした。
これから歩む道の先。転んでしまうこともあるでしょう。一人で立ち上がれないことが、きっと何度でも。それでも、いつまでも、自分の夢に胸を張って生きていけるように。
「はい。たとえ、そうだとしても——————島村卯月、頑張れます!!!」
星に見えたそれは、一人の女の子でした。
長い髪にまっすぐな瞳。差し出されたその手を取って、互いに強く握りしめて。
「迎えに来たよ。さあ、行こう。未来へ」
——————その一言で魔法はかかりました。
星明かりの舞踏会。
大勢の人たち、その前に立つダイヤモンドにも負けない輝きを放つ星々。それはまるで、あの日わたしが憧れたアイドルそのもの。
「…………」
本当に、わたしはそこに立っていいのでしょうか。あんなにも自分に誓えたのに、いざそれをこうして目の前にしてしまうと、自信がしぼんでいくみたいです。
それを分かってくれていたのか、つないでいた手にまた一段と強い力が加わって。
「大丈夫。卯月だって負けてない」
「セイバーさん?」
「それに、ほら」
セイバーさんの指が示した先を見つめました。その先では、みんな、お客さんの方を向いていたはずの全員が、一斉にこっちを向いていて。
『待ってたよ』
その全ての視線がわたしにそう言っていました。
他の誰でもない、わたしを待っていたのだと。
「セイバーさん」
「なに? 卯月」
「わたし、あそこに立っても、いいんですよね?」
おそるおそる尋ねたつもりでした。けれどセイバーさんはなぜか、おかしなものを見たように笑っていました。そんなにおかしな顔をしていたのでしょうか、一部分が鏡になっていた壁面をのぞき込んで確認します。
……はい。確かに、これはおかしな顔でした。わたしは自分の態度とは裏腹に——————こんなにも、まるでおもちゃ売り場を前にした子どもみたいに、物欲しげな顔をしていたのですから。
そんなわたしにセイバーさんが聞き返します。
「卯月は、どうしたい?」
「わたしは——————」
そんな顔をしていたのですから、とうぜん、聞くまでもなく。
「——————あそこで、踊ってみたい、歌いたい。それから……めいいっぱいに、輝きたい!!」
「いいよ。さあ、ついて来て。見せたい景色があるんだ」
セイバーさんに続いて踏み出した先、それは本当に魔法のような場所。
足にはきれいなガラスの靴、白いドレスを身にまとって、夜空に輝く本物の星よりも眩しい輝きがすぐそばで光っていて、その中でも、自分の輝きをしっかりと確信できる。
歌は誰かの笑顔を口ずさんで、ステップは自分自身の笑顔を運ぶ。そうやってより一層強く輝いていける。
心の底から思えます。
「島村卯月はいま、世界で一番幸せです……!」
長い夜が明けます。
舞踏会は一夜だけ。いつの間にかステージは跡形もなく消え去り、どこか森の中、朝焼けが胸を焼く丘の上には、わたしとセイバーさんの二人だけが残っていました。
互いに歌い踊り疲れ切って、お尻を地面につけて空を見上げています。
「楽しかった?」
と聞くセイバーさんに、
「はい……! すっごく、すっごく、楽しかった」
息も絶え絶え、それでもちゃんと伝わるように強く答えました。
「そっか。それなら良かった。うん、本当に」
セイバーさんの手を握り直します。それをセイバーさんも握り返してくれます。けれどなんだか、少し力が弱いような。
「——————! セイバーさん、体が…………」
腕の端から透けて、輪郭が粒になって溶けていっているように見えました。
「ああ、さっきので魔力切れか。まあ持った方だよね、とっくにイリヤからの魔力供給もなくなってたのに、それでも維持し続ければ、そりゃあ」
「早く、なんとかしないと!」
そうは言っても、わたしにその何とかする手段は思いつきもしなかったのですが。
「ううん。その必要はないよ、卯月」
ポケットの中をまさぐってスマホを取り出したわたし。とりあえず未央ちゃんに連絡を取ろうとしたその手を、セイバーさんは止めました。
「もう、大丈夫でしょ? 聖杯戦争は終わった。私がいなくても、もう、卯月は大丈夫」
「…………お別れ、なんですか?」
セイバーさんは首を振ります。
「違うよ。きっと、ううん、絶対。またすぐに会える。それまで私は、少し遠くで卯月を待っているだけ」
「本当に、本当の本当に。また会えますか?」
「うん。それだけは絶対。……ああ、でも。その時の私はさ、きっと卯月のことを知らないだろうから——————」
彼女の強いまなざしに、どこか祈るような弱さが混ざりました。
「——————だから、迎えに来てくれる?」
その弱さ。あんなにも頼りになったのに、今では見る影もない、それでも何度もわたしを励ましてくれた手の平。その先の細い肩を抱き寄せて。
「はい。必ず」
ただそれだけ。耳元に伝えました。
彼女の胸の音が聞こえていました。この世界がわたしとセイバーさんだけになってしまったような静けさ。その中にもう一つ、早いリズムを刻む音をわたしは確かに聞いていました。
「卯月、そろそろ」
あと少し、もう少しだけ、その音を聞いていたい気分でした。けれどわたしが思っている以上に、時間は残されていなかったみたいです。
きっと、このセイバーさんと言葉を交わせるのはこれで最後になる。
誰に言われずとも、朝日に透ける彼女の顔を見るだけで、わたしにはそれが分かってしまいました。
——————なら。
「最後に、これだけは、確かめないと」
セイバーさんの目を見ます。何度もわたしを見つめてくれたその瞳を、今度はこっちから見つめて。
ほんの少し息を止めて、その顔に自分の顔を近づけました。
「——————!」
さすがにびっくりしたのでしょうか。セイバーさんのまつ毛が小さく震えたのが見えました。それを確認してすぐに離します。
そうして、ついさっきまでセイバーさんに触れていた唇に手を触れました。
「ああ、やっぱり」
すごく、どきどきします。胸が小さく縮こまって、どこかへ行ってしまいそうなほど激しく揺れて。それがセイバーさんに聞こえているんじゃないかと思うと、頬が熱くなって彼女の顔を見るのが恥ずかしくなってしまう。
それでも、ちゃんと伝えないと。
胸に手を当てて、この鼓動を伝えるために、まっすぐセイバーさんに向き合いました。
「セイバーさん————わたしあなたに、恋、しちゃっているみたいです」
間近にあるセイバーさんの顔。いつまでも覚えていられるように、目に焼き付けようと見つめたその顔。
それが、最後に、ほころんで。
「私は、とっくの昔から…………卯月を愛してるよ」
初恋の答えを残して、いつの間にか昇っていた朝日に溶けて行ってしまいました。
マテリアルが更新されました。
(読み飛ばし可)
・島村卯月
・言い訳、というかただの面倒なオタクによる弁明。
UBWルート士郎枠に当てはめるにあたって、彼女には士郎との明確な違いをつけておく必要がありました。簡潔にまとめれば『島村卯月は衛宮士郎のような壊れたロボットでは決してなく、ただの頑張り屋の少女でしかない』ということ。そのため彼女には、一人では絶対に立ち上がれない、などの縛りを設けることになっていました(ただし本当にそう書けていたかは謎)。
・結局聖杯戦争が終わって、その後の春、改めて凛に出会うまで、卯月はセイバーの真名を知らずじまい。よって作中での呼び方はずっとセイバーさん固定。アニメの呼び間違えイベを守るため、致し方なし。
・蒼セイバー/渋谷凛
・宝具
・ガラスの靴(シンデレラ・ストーリー) B 対人宝具
・アイドルの在り方、その概念が結晶化したもの。自らの内に在る理想のアイドル像を具現化し、自らとその周囲を書き換える。範囲は狭いが、前準備なしに固有結界に似て非なる大魔術や、とある童話作家の宝具に近い効果を発揮する。
・彼女たち一人ひとりは、あくまでも普通の少女である。笑顔を忘れてしまう日もある、前を向けない時もある、誰かを信じたくても信じられなくて、時に頑張ることすら難しくなることだってある。けれど、アイドルとは本質として一人でなるものではない。応援してくれるファンがいる。裏から支えてくれるスタッフがいる。ステージへと導いてくれるプロデューサーがいる。そしてともに痛みを分かち合いながら、同じステージに立ってくれるアイドル(仲間)がいる。くじけたっていい、落ち込んだっていい、それでも最後には最高の笑顔を見せてくれると信じている。その思いに答えて、アイドルは今日も輝く。
ああ、その時にきっと、私はこう言うのだ。
——————いい笑顔です。