Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
その上予告してた話じゃなくて本当に申し訳ないです。
とにかく、後語り編開幕です!
After0.5/これまでとこれから
それは、聖杯戦争が終わってから少しだけたった後のことでした。
登校前。未央ちゃんの家で朝ごはんを食べるゆっくりとした一日の始まり。
アイドルのお仕事がある私、高森藍子と同じく、未央ちゃんも特別、どこかの部活に参加していて朝練に行かないといけない、ということも無いので、一緒にいただきますと言って、テレビニュースを見ながらのんびりとすることができます。
普段なら、食器を片付けている間に、一緒に登校する卯月ちゃんがやってくるのですけれど、この日はそれより少しだけ早く、まだ私も未央ちゃんも食べ終わっていないうちにドアベルが鳴りました。
のんびりしすぎちゃったのかな。なんて思って時計を確認しましたが、そんなことはなく。本人に聞いてみても、
「今朝は二人とのんびりおしゃべりがしたくって。早起きしてきちゃいました」
とのことだったので、ほっと安堵の息をもらしながら玄関から居間に通して、お茶を出しました。
そうして、三人でしばらくゆったりとしていた時にふと思い出して、私はこんなことを口に出しました。
「そういえば未央ちゃんって、お洋服、あんまり持っていませんよね?」
「あれ? そう?」
未央ちゃんには特に自覚がなかったようです。ですが、
「私、未央ちゃんの女の子らしい格好、あんまり見たことなくって」
その言に納得したのか、卯月ちゃんはお茶をテーブルに戻して言いました。
「ああ、確かに。言われてみれば、わたしも未央ちゃんが制服以外でスカート履いてるとこ、見たことないです」
「え。それ本当?」
まさかそんなことあるわけないじゃん。とでも言いたそうに、未央ちゃんは頬を緩めます。ですがそれも、
「まさかそんなこと————あれ?」
考え始めて、記憶をさらって、わずか三秒と立たずに固まってしまいました。
「——————マジだ。
洗濯物の中に、制服とあーちゃんのスカート以外のそれが入っていた記憶が…………ない……!」
「…………」
「? 藍子ちゃん、顔が真っ赤ですよ。大丈夫ですか?」
「……はい。なんとか」
大丈夫じゃないです。
どうして、気付かなかったんでしょうか。何度かこちらに泊まらせてもらったことがありました。そのときのために、私の部屋まで用意してもらって、何着か着替えも置かせてもらっていました……なので、この可能性は今までもあったんです。
つまり、ここに置いてある私の着替えを洗濯していたのは未央ちゃんで。
つまり、未央ちゃんは、洗濯した後の私のスカートを見ていていて。
つまり、その、それらといっしょに———
「………………未央ちゃんのえっち」
「え。なんでさ、あーちゃん」
そんなことを言われてしまうと、少しだけがっかりしてしまいます。
未央ちゃんは私の……を干すときに何も思わないのかな。いえ、きっとそれに慣れてしまったのが、未央ちゃんがまだ私よりも魔術を優先していた時期で、そんなことを気にしていられる余裕がなかった。だからもう、なんとも思わないだけ。
きっと、これから慣れていくことになっていたなら、また違っていたのかもしれません。
とはいえ、現実はそうではないのですけれど。
暗い方にしか行かない想像をトーストの最後の一口と一緒に飲み込んで。
「クローゼットの中にも、あんまりそういう類の服無かったですよね?」
「あの、あーちゃん……? どうしてあーちゃんが私のクローゼットの中身を把握しているでしょうか?」
「ありませんでした、よね?」
「は、はいっ! おっしゃるとおりで!」
頷く未央ちゃん。お茶を飲んでいた卯月ちゃんに近寄って何かを相談しているようですが、
「知りません。自分で考えてください」
と、にべもない返答を返されているところからすると、その内容もなんとなく察せられてきます。
「それで、お洋服が少ないのには何か理由があるんですか?」
「いや、理由も何もないんだけど。気づいたらそうなってただけで。誰かと一緒に買いにいくこともこっちに来てから無かったし、たぶんだけど、子どものころから服の趣味は変わってないと思うよ」
「じゃあ昔から今みたいに、男の子みたいな格好だったんですね?」
私に続いて、卯月ちゃんが追加の質問を投げかけます。
「たぶんね。お母さん辺りがお兄ちゃんのお古を、私と弟に回してたみたいだったから」
「……………………」
なんでしょう。さっきから、なんだか嫌な肌寒さが背筋を上下に行ったり来たりしています。
未央ちゃんが笑って話すところには、どこか違和感がありました。笑顔なのに、私の大好きな温かな笑顔そのままなのに————どうしてか、ひどいごまかしを見ているような気がします。
悲しいことをそうじゃないと、優しい言葉であいまいにしている気がする———
———ああ、そうか、”あいまい”だ。この違和感の正体はきっとそれです。本当ならもっとはっきりしているべきところが、まるで霧に覆われてしまったみたいにぼんやりとしていて。でも、それじゃあ———
「未央ちゃん、あなたは……もしかして、
————子どもの頃のこと、何も憶えてないんですか?」
「ん? そだよ。言ってなかったっけ?」
未央ちゃんはそう言って事もなげに、
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」
と食器を運びます。
「——————」
私は言葉を失ってしまって、彼女に「お粗末様でした」と言うことができませんでした。
朝ごはんは最後まで食べ切ることができませんでした。
トーストの一欠けら、半分になったスクランブルエッグとサラダにラップをかけて冷蔵庫に入れて、どうにかこの胸のつかえだけは洗い流しておこうと、残ったココアを一気に飲み干しました。けれど、すっかり冷めてしまったそれは後味を強く残して、逆にやり切れないものが増えてしまっただけのように感じます。
———やっぱり、無視できない。
「卯月ちゃん、先に学校に行っていてもらっていいですか?」
着替えに未央ちゃんが二階へと上がっている今、リビングには私と卯月ちゃんの二人だけが残されていました。飲み終えたお茶を片付けて、未央ちゃんが降りてくるのを来るのを待っていた彼女は私のその提案を聞いて、
「未央ちゃんのことですね」
そう確認の意味を込めた言葉を返してきました。
「はい。未央ちゃんはぜんぜん、気にしていないみたいでした。けど私は、未央ちゃんが私に約束してくれたように、あんな顔をする未央ちゃんを放ってはおけません」
「そうですね……わたしも、未央ちゃんにはもうあんな笑い方をしてほしくはないです。分かりました。藍子ちゃんがそこまで言うのなら、あとはお任せします。担任の三綴先生にはわたしから言っておくので、思う存分時間を使ってください」
「……うん。ありがとう、卯月ちゃん」
にへりと笑って、その柔らかな腕で彼女は私を引き寄せて、
「心配ないですよ。未央ちゃんには藍子ちゃんがいる。藍子ちゃんには未央ちゃんがいる。二人は、二人でいるのなら、何があっても大丈夫です。藍子ちゃんたちはきっとそういう、運命の二人なんですから」
耳元でそっと優しく囁いていきました。
「あれ? しまむー、先に行っちゃったの?」
「うん。付き合わせてしまうと、卯月ちゃんまで遅刻にまきこんじゃいそうで」
「……そっか」
卯月ちゃんが先に行って少し経った後。二人きりになった居間を見た未央ちゃんは、それだけで私の言いたいことをおおよそ察していたようでした。
「お茶、入れなおそうか?」
「ううん。そこまでは長くするつもりはないの。一つだけ、確認したいことがあるだけで。……未央ちゃん」
「うん。なに? あーちゃん」
二人掛けソファに腰を下ろしていた私。その横に未央ちゃんは座って、私の目を見て、何も悲しいことなんて憶えていないような顔をしていました。それが私にはひどく悲しく思えて、つい数十分前にした問いかけと同じことを聞いていました。
「子どもの頃の記憶がまったく無いって、本当なの?」
「…………」
未央ちゃんの顔が少しうつむきました。何かを考えて、必死に絞りだしているみたいで、しばらくそのまま、未央ちゃんは床を眺めていました。やがて唐突に、
「そっか、そうだよね」と、誰にともなく、
「忘れるって、幸せだったころを覚えていないって、悲しいことだったよね」
全く悲しくもなさそうな顔で呟いていました。
「六年前からずっとだったから、いつの間にか当たり前になってて、それこそ本当に忘れてたよ」
「——————」
まだ小さかった未央ちゃん。不幸な事故とも呼べる運命のいたずらによって、戦うための
その小さな体に奇跡を宿す代償として記憶を失い続けることが、彼女にとってどれだけの恐怖だったのか。その果てに、その恐怖すらも忘れてしまうことを未央ちゃんは選んだ。それはきっと、誰も覚えていないとしても、悲しいことには違いないのだと思います。
———けれど、私は、ひどく身勝手な感情だと、自分でも分かっていますけど。
「あーちゃん?」
「……ごめんなさい、未央ちゃん」
「え? いや、私の記憶が消えてるのは、別にあーちゃんのせいじゃ」
「違う。違うの。未央ちゃんがご家族のことを憶えていないのも、それを未央ちゃんが悲しいと思うことすら忘れてしまったのも、全部、悲しむべきことなんだって、分かってるの。……でも、私、それよりも———怖いの」
すがるように未央ちゃんの手を握りました。聖杯戦争で私が得た数少ない報酬の一つです。たまに恥ずかしくなって離したり、握れなくなってしまう時はありますが、こうして以前よりはずっと簡単にその手を取れるようになったことは、私の大きな支えの一つでした。
その証拠に未央ちゃんも、すこし頬を染めただけで躊躇うことなく受け入れてくれて、
「あーちゃん……、手が」
私の震えも、簡単に感じ取ってくれたみたいです。
「ごめんなさい、みおちゃん。ほんとうにごめんなさい。でもやっぱり私……、怖いの。未央ちゃんが過去を忘れていたことが悲しくて、もしかしたら、これからも同じことが起きるんじゃないかって不安で、もしも、もしも————私のことまで忘れちゃったらどうしようって、怖くて怖くてたまらないの……!」
「——————!!」
何か柔らかくて温かなものが、唐突に私の胸に当てられていました。背中に回される未央ちゃんの手、脆くて壊れやすいものを砕いてしまわないよう遠慮がちに、けれどそれ以上の悔しさで強く私の体を抱き寄せています。
「…………みお、ちゃん……?」
「こっちこそ、ごめん。また……あーちゃんを泣かせちゃった」
「え」
視界が変に歪んでいます。無意識に拭った手の甲がぬれていました。
「やだ。私……、どうして泣いたりなんか」
「ごめん。本当に。もう二度と、あーちゃんが泣かなくてもいいように守るって、約束したのに」
「どうして、未央ちゃんが謝るんですか……、申し訳のないことを、わがままで、すごく酷いことを言っているのは、私の方なのに」
「ううん。違う。それは、わがままなんかじゃない。あーちゃんは何にも悪くない。悪いのは忘れることを当たり前に思って、知ってもらっているつもりになってた私の方。そのせいであーちゃんに、考えなくてもいい苦しみを想像させた。だって、もう———
———もう私が、記憶を失うことはないんだから」
「——————」
今。何か。聞き逃せないことを聞いたような。
「未央ちゃん、それは」
「うん。これも本当のこと」
彼女の胸に寄りかかる形になっていた私の両肩をつかんで、未央ちゃんは真正面から私に向き合いました。
「私の記憶が無くなっていってたのは、魔術刻印が私の体を作り変えてたから。本来なら、生まれてすぐに適応の準備をして、薬とか飲み始めるんだけど、私はそれが九年も遅れたからね。アレはあれで一つの生き物みたいなものだから、まして内包する神秘も厄ネタの塊とかいう一品だったし、一般的な魔術師が吐き気を伴う死にたくなるような痛みだけのところを、私はそれといっしょに記憶を食わせて、遅れた代償を賄ってた。いや、賄わされてた」
ただの普通の女の子から魔術師になるために費やした
こういう時にも、私は不安になるのです。
この人は、泣くことがあるのでしょうか。と。
———それも、どうやら勘違いだったみたいです。
「その魔術刻印ももう、あーちゃんを助けるので使いつぶしちゃったからね。どこにもいないやつにあげる記憶なんて、私は持ってないよ。だから———」
「だから、もう————あーちゃんとのこれからは、絶対に忘れないでいられるんだ」
そう言って、本当にうれしそうに笑う未央ちゃんの瞳は、温かな涙を流していたのですから。
「ありがとう。あーちゃん。私に、こんなにも幸せな未来をくれて」
「…………! 未央ちゃん!」
今度は私の番でした。いつも私を励ましてくれていた笑顔、いつも私を引っ張ってくれていたその背中、そしてあの夜、私を背負ってくれた両肩を、未央ちゃんの全部を、私の腕の中に閉じ込める。
ずっと不安でした。私はいつも、彼女にいろんなものをもらってばかりで、何一つ返せてやしないんじゃないのか。こんな、未央ちゃんに迷惑かけるしかない私が、彼女と一緒にいていいのか。
————そんな私でも、未央ちゃんにしてあげられることが、あるんですね。
「次のお休み、お買い物に行きましょう。未央ちゃんに着せてあげたいかわいいお洋服、いっぱい見つけてあったんです」
「……私に、似合うかな?」
「大丈夫です。かっこいい未央ちゃんも、かわいい未央ちゃんも、この一年間、全部一番近くで見てきましたから。その私が選ぶんです、絶対に似合いますよ」
「そっか。確かに、それなら安心だ」
「はい。どーんと、任せてください!」
未央ちゃんがご両親に愛された九年間。
未央ちゃんが魔術に捧げた五年間。
それら十四年間の時間は、もう二度と、戻っては来ないのかもしれないけど
「未央ちゃん。私が、あなたのこれからを、誰よりも大切にするから。そう、約束するから、だから」
その先はまだ言えず、未央ちゃんの温かな胸に顔を押し当てて、その谷間にしまい込むようにささやくだけにとどめました。
————私とずっと、一緒にいてください。と。
「あ、そうだ。あーちゃん。一つ言い忘れてたことがあったよ」
時計の針は思っていたよりも進んでおらず、今から行けば、二時間目の授業にどうにか間に合いそうです。二人して乱れていた衣服を正して、鞄を手に玄関扉を開けました。
未央ちゃんが上のようなことを口にしたのは、丁度その時です。
「本当は今朝のうちに言っておこうと思ってたんだけど、今言ってもいい?」
「……? はい。何ですか?」
担任の三綴先生からはメールが来ていて、少し前に体調不良——実際には、聖杯戦争の後片付けに使った方便だったのですが——で二日ほどお休みしたことを気にしてか、ゆっくり来いとのことです。中学の授業も終わっていたので、ほとんど自習です。なのでここで未央ちゃんとお話をするくらいの時間はありました。
黙って、未央ちゃんの言葉を待ちます。
「あの、さ」
「はい」
未央ちゃんはもじもじとして、視線も宙をさまよっていて。
「未央ちゃん? あの、言いずらいことなら、また帰ってきてからでも」
そんな未央ちゃんに私は首をひねります。時間なら、今じゃなくてもこれからたくさんあるのですから、聞くのは後でもいいだろうと、そう考えて言った私の提案を未央ちゃんは。
「あ! いや、今! ……言う、から」
「…………」
「……もう、あーちゃんのことで躊躇わないって、約束したんだし」
未央ちゃんは自分自身にそう言いふくめて、覚悟を決めたのか、さまよっていた視線でまっすぐに私を見つめます。
「…………ふふ。そうだね」
私にとって、未央ちゃんが私を助けに来てくれたあの瞬間は、まるで夢の中での出来事のような感覚です。けれど、夢のようでしたけど、夢ではなくて。
こうして未央ちゃんがあの時のことを忘れずにいてくれるのは、なんと言えばいいのか、とても胸の奥が暖かくなることの一つでした。
「それで? 未央ちゃん、私に言いたいことって?」
「あ、うん。……すっごくしょうもないことなんだけど、笑わずに、聞いてくれる?」
「はい。未央ちゃんが、私のことを思って言ってくれるんですよね? なんでも言ってください」
頷き返す未央ちゃん。彼女は耳まで真っ赤にして、
「洗濯物……、今度からは、さ。自分のは……自分で洗うことに、しちゃダメかな?」
そう言いました。今にも湯気が出そうなくらい赤い顔、それでも決して目をそらさないように首からは大粒の汗。
私はなんだかおかしくて、口を大きく広げて、めいいっぱいの笑顔で答えました。
「————はい。しょうがないですね!」