Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
0.5話から少し時間は遡って、聖杯戦争終了後すぐのお話です。
そのもしもを考えたことがある。
もしも、私とあーちゃんが出会っていなかったら。
可能性だけは結構たくさんあったと思うのだ。たとえば、すぐに思いつくところで言えば、そう、私の冬木行きがもう少し遅かったらとか。あるいはあーちゃんも言っていたように、彼女がプロデューサーさんの厚意を受け取って、あの日、車で家まで直接送ってもらっていたら。その時もまた、そうそう変わらない結末に至っていたはずだ。
————だから、きっと。これはそのあり得た可能性の一つだ。
アゾット剣。駆け足で魔術を頭に詰め込み体に刻んだ、私の五年間の集大成。
どう見積もったって即死。再生の気配もなく、その細腕を力なく垂らしている。
————けれど、これは仕方のないこと。
私が魔術に捧げた六年。
両親が天秤の片っぽにのせて、それでも選べなかった九年。
それから、うちの家が必死につないできた数百年。
それら膨大な時間の前では、見知らぬ女の子一人の命なんてあまりにも軽すぎる。
————だから、それはきっと、悔やんでも悲しんでも、どうにもならないことで——————
2月10日(金)
その朝の目覚めは、別段に息苦しかったとか爽快だったとかそういうこともなく、いつもと変わらない朝でした。
「…………今の」
けれど、今のはきっと怖い夢だったのだと思います。
よく
「未央、ちゃん……?」
見間違うことなんてあり得ない。あれは、何か小さな剣のようなモノで私の胸を貫いていたのは、私の大好きな未央ちゃんその人だった。
だからどう、と言ったことは実のところありません。殺されることになら慣れていましたから。それは特別に怖いことではありません。本当に怖いのは死んでしまうこと。何もない場所へ落ちて、持っている可能性をすべて根こそぎ奪われてしまう。それに比べれば大抵のことは怖くもなんともない。ただ一つ、大切な人がその向こう側へ落ちていってしまうことを除けば。
夢の中で死んでいたのは私でした。それはこの世界で十番目くらいに辛いことでしょうけど、それでも一番目でなかったのだから、きっと慌てることもないのでしょう。朝になれば誰もがそうするように布団をまくり上げてベットからむくりと起き上がります。
枕元の小机の上。未央ちゃんからもらったいくつものルーンが刻まれた宝石、そのペンダント。お守りにと渡されたそれを首にかけて服の中へ。
あとは自室のドアを開けて、リビングに降りていくだけ。その時に——
「——それにしても」
一つだけ、気になりました。
「どうして私————安心なんて、していたんだろう」
「バレンタインデー。どうしましょうか? 藍子ちゃん」
お昼休み。まだまだ冷たい風が吹きさらす屋上の一隅。給水塔が風よけになっている端の方で、卯月ちゃんを伴ってお弁当を食べていました。
何かをあきらめ失いかけて、それでも大勢の人達による助力と未央ちゃんの自分の未来をかけた決断のおかげで、最後にそれを取り戻せた。あの苦しみと救いに満ちた一年間。その結実たる聖杯戦争が終わってまだ三日。
私が苦しんだように、卯月ちゃんも同じくらいに苦痛を得たのだと思います。それどころか、あまり覚えてはいないのですけれど、それでも常に記憶の奥底に刻まれているところによれば、
そして、あまり気にしなくてもいいと、卯月ちゃんに茜ちゃん、それから未央ちゃんにまで言われてしまっているとなれば、気にしているそぶりもあまり見せない方がいいのでしょう。
そんなわけでここのところ私は、卯月ちゃんに引け目を感じてしまっていました。
所用で未央ちゃんが学校をお休みしていたこの日。未央ちゃんと行動を共にすれば、学年が違っても卯月ちゃんと顔を会わせることの多い普段と違って、寂しくはありましたけど、一人教室でお昼を食べようと、自分の席で鞄を開きました。と、その時。
「高森さん。高等部の人が呼んでるよ」
クラスで比較的仲良くさせてもらっている子の声でした。高等部で私に用がある人と言われて真っ先に思いつくのは一人だけです。聞かなかったことにしたいなあと思いつつも、無視をするわけにもいかないので、一言感謝を告げて教室出口に向かいました。
案の定、そこにいたのは卯月ちゃんでした。中等部のセーラー服が多く行き交う中で、茶色を基調とした高等部制服姿が、まるで黒い水面に浮かぶ枯葉の一枚に見えます。
いつも未央ちゃんに負けないくらいに元気のある彼女も、少し居心地の悪さを感じているようで、用件は一息で簡潔に。
「藍子ちゃん。相談があるので、いまから屋上で一緒にお昼でもどうですか?」
「……相談、ですか」
その上で、彼女は私の耳元に口を寄せて、
「ちょっと、人に聞かれたくない話で」
そう言いました。
人に聞かれたくない、相談事。いやな想像が浮かびます。
お寺の住職さんたち、それから卯月ちゃん。
それは彼女に感じている引け目を鑑みても、いえむしろ、罪悪感に近いものを抱いているのだから、当然、私に断れる話ではありませんでした。
———と。そういった事情があって、固唾を飲んで彼女の第一声を待っていたのですが……。
「来週のバレンタイン、藍子ちゃんは未央ちゃんに手作りするんですよね! もしかして、もう出来上がっていたりするんですか?」
「———え。ええ!? いえ、えと、その……」
ばれんたいん。
あまりにも予想外に過ぎて、言葉の変換に戸惑いました。
バレンタインデー。ああ、そっか。いろいろあって忘れていたけど、もう、そんな時期でしたね。
「あれ。どうかしましたか、藍子ちゃん?」
大事なことだと思うので、もう一度だけ。——聖杯戦争が終わってから、まだ三日しか経っていません。
後処理や検査なんかで翌二日はお休みしていたので、実際のところ、今日が聖杯戦争後の初登校でもありました。今日未央ちゃんが学校に来ていないのも、まだ少しだけ残っている後片付けを遠坂さんに手伝わされているからです。言いくるめられる未央ちゃんを遠巻きに見ていた、遠坂さんの彼氏さんらしい人が苦笑していたのを覚えています。
未央ちゃんのことは、いったん脇に置くとしてもです。あんなことがあったのに、その三日後にバレンタインの相談。はい、確かに人には聞かれたくない話です……主に私が。
「あ、ええっと。……私はまだ、準備とかもしてなくて」
ごめんなさい未央ちゃん。準備どころか私、何も考えていませんでした。
「そうなんですね! ちょうどよかったです」
「……? どういうこと?」
「次の週末、三連休じゃないですか。その間にどちらかの家で一緒に作れたらいいなって思ってて。この前見た藍子ちゃんのお料理を食べている未央ちゃんの顔、とっても幸せそうでしたから。あわよくば、何かお料理のコツも勉強できたらなんて。あ、もちろん。藍子ちゃんの予定が合えば、ですが」
「いえ。今週末はとくに仕事が入ってるわけではないですけど……、けど」
「…………?」
断る理由は特にはありません。ただ一つ、私が例のことを気にしてしまっている以外には。
それを直接には言えません。なので、これは純粋な疑問でした。
「卯月ちゃん、別にお料理が苦手ってわけでもないですよね? 前に作ってもらったクッキー。未央ちゃんもおいしいって言ってましたし、形のバリエーションも多くてかわいかったと思いますよ」
「え、えへへ。ありがとうございます」
頬をかいて屈託のない笑顔を浮かべる卯月ちゃん。その笑顔のままで彼女は、どこか遠くを見据えるように目を細めました。
「これまでも、家族や、仲のいい友達には毎年配っていたんです。ですが今年は、それとは別に、その————特別、なのが作りたくて」
「———セイバーさんに……ですか」
「……はい」
彼女の、人に聞かれたくない事情と言うのは、つまるところこれだったのでしょう。
「けど、セイバーさんは、今は」
「はい。今はどこにもいません。いえ、どこにいるのか分かりません」
聖杯戦争で卯月ちゃんが契約していたサーヴァント。すらりと伸びたスタイルの良いシルエットに、長い黒髪とまっすぐな瞳をしていた彼女と卯月ちゃんは、私が見ていたほんの短い間にもとてもお似合いの二人に見えていました。
彼女たちが最後にどうなったのか、私も未央ちゃんも詳しくは知りません。それは二人だけの大切な思い出で、特に彼女から明かされない限り、私たちの方から聞くことはこれから先も無いのでしょう。逆に彼女の方から、私たちのそれを聞いてくることも。
そんな中でも確かに言えるのは、二人は聖杯を手にすることなく、こうして別々に別々の時間を選んだということだけでした。
「それでも、また会えるって言ってもらえて、迎えに行くって約束もしましたから。もしかしたら、明日にもばったり会ったりするかもしれないですし。その時に何も用意できていないのも悪いですからね」
「…………」
はっきりと言うのなら、その可能性は限りなく低いのだと思います。これは実際にその霊基を魔力として
昨日聖杯戦争が終わって、そして明日すぐに会えるほど、サーヴァントは、英霊は身近な存在ではありません。私ほどにはっきりとは分からずとも、それを卯月ちゃんも感じているはずです。
それなのに————
「だから今年からは、セイバーさん用の特別な手作りを用意しておきたいんです」
————彼女は本気で、その僅かな可能性を信じている。
「(ああ。これは)」
その顔はまさにどこにでもいる恋をした女の子そのものの顔でした。
素朴で純粋で、一途で。この世界の穢れなんて、一つも知らないような無垢な表情。
けれど、他の誰でもなく
まるで、青空のようだと思います。
それは私の一番大好きな笑顔ほど温かくはありません。時に曇り、時に涙の雨を降らせることもある。けれど、見上げればいつだって、すぐそこにある。
「……かなわないなあ」
「? 何か言いましたか?」
「いいえ。ただ」
これまでしていた卯月ちゃんへの気回しや遠慮が、言葉の由来通り杞憂に思えました。青空の曇り具合を気にしたってどうにもならない。それを何とかできるのは、涙の雨雲を吹き飛ばしていく風のような誰かだけなのだと。
そういったことを、一言で端的に伝えました。
「卯月ちゃんは、すごいなぁって」
「ええ、そんなことないですよ?」
「ふふ」
緩やかにお昼休みは過ぎて行きます。
互いにお弁当のおかずを交換し合いながら、具体的に週末の予定を詰めていったり、また何を作るのかを考えたり。すっかりお弁当の中身を平らげてしまった頃には予鈴十分前になっていて、急いで教室に戻らないといけない時間になっていました。
「卯月ちゃん」
その帰り際に、もう遠慮する必要はないのだという気持ちから、高等部の校舎に向いていた背中を呼び止めました。
「放課後、一緒に帰りませんか? 私からも、相談したいことがあったのをすっかり忘れていたんです」
「いいですよ! それじゃあまた」
「はい。また、放課後」
また————か。
少し前まで、自分があとどれだけ長く生きていられるのかさえ不安で、週末の約束なんてとても簡単にはできませんでした。それがこんなにも易々とできてしまいました。
誰もいないことを良いことに涙を流してしまいそうになります。幸せでたまらなくて、涙が込み上げてきます。
「ありがとう。未央ちゃん」
私に、こんな幸せをくれて。私に、未来をくれて。
≪次回予告≫
「——————桜?」
その少年はいつだって、一番に望んだモノを手に入れることができない。
「桜!」
少年はやがて成長し、青年になった。
「おい、桜!」
平穏のうち、青年は一つの夢を持つようになった。
「観念しろ……桜!!」
その素朴な夢の結実を、誰よりも強く願っていた。
「……なんだよ。それ」
同時に、絶対に叶うことのない夢であることも理解していた。
「逃げるな、逃げるなよ。僕から逃げるなよ……桜!」
次回、後語り編1.5話 『Blossum Ghost』