Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
そのため今回デレマス勢の出番はかなり少ないです。
それでも良ければどうぞ。
Interlude 2月13日(月)
ここに一人の青年がいる。彼はいつだって、一番欲しいモノを絶対に手に入れることのできない男だった。
青年はかつて魔術に翻弄され、その運命を狂わされた。魔術とは彼が何よりも望み、そして望まぬモノ全てを欲しいままにしてきた彼が、唯一手に入れることを許されなかった才能である。
その才能を初めから持っていたのは、彼の妹の方だった。
彼はそんな妹をひどく妬んだ。憎み恨み、羨み、けれど同時に歪ではあれ愛してもいた。
それもすでに過去のことだ。
とある一件。何百何億にも自分を増やされ、その全てを同時に殺されるような地獄。その果てに彼は、元からあってなかったような魔術との縁を、完全に断ち切った。
それ以降、彼はすこしだけ変わっていくことになる。
手に入らないモノを手に入らないモノと諦めて、自分の手持ちを生かす道を選んだ。都合のいい取捨選択を大人になることだと自分なりに結論づけて、彼は少年から青年へと確実に成長した。
かくして兄妹の間に平穏な日々が流れること数年後。誰もいなくなった実家から妹を連れ出し、新都の新築マンションに借りた一部屋での生活が始まった。妹は学校の教師になるため大学を出て教育実習課程についている。青年も早々に大学を卒業し、外資系のエリート企業に就職。
その平穏のうち、青年は一つの夢を持つようになった。大それたものではない。彼にしては素朴すぎると知己の友人たちは酒の席で笑った。けれど青年は確かに、その未来を誰よりも強く望んでいた。
———同時に、絶対に叶うことのない夢であることも理解していた。
もう二年も前になる。妹が急病に倒れ、その日のうちに息を引き取った。
繰り返しになるが、青年はいつだって、一番に望んだモノを手に入れることができない。
青年が彼女の幸福を望んだから妹が死んだのではない。それだけの運命干渉にも似た力が青年になかったことは疑いようもない。ただ元から、青年と妹が出会ったその時から、この運命は決まっていた。その運命から救い出せる誰かが、その選択をする運命になかっただけ。初めから、妹は救われないことが決まっていただけなのである。
葬式はほんの身近な友人と、高校時代の恩師一人のみを集めてそっけなく終わらせた。泣くことも叫ぶこともなく、青年は機械的にその儀式をやり切った。
その晩、久々に集まった友人たちと酒を飲んだ。
「あの愚図。誰の許可もらって死んだりなんかしてんだよ。のろまならのろまらしく、もっとゆっくりできなかったのかよ。せめて、あともう数年、生きていてくれたら。その時には、やっと」
呂律の回らない口調。昔と何も変わらない乱暴な言葉で吐き出されたそれを、友人の一人は確かに記憶している。
「衛宮。なにも言わず、ただ一発殴らせろ」
青年の夢を叶えたかもしれなかった。青年の夢をことごとく邪魔してきた。青年が八つ当たり気味に繰り出した一撃を、友人は要望通り何も言わずに受け止めた。
翌日、青年は抱えるほどの荷物を持って無人になった実家を訪れた。寒々と広い中庭でその中身をぶちまける。一度も使うことの無かった一眼レフカメラ、自分以下の不細工な男しか載っていない見舞い写真、二年間ほど定期購読したブライダル誌に、他いくつかの資料と未使用のフィルム一巻き、それから妹に黙って作った余剰口座の通帳。一か所に集めたそれらに火をつけて、彼は夢のなりそこないたちを処分した。
———これが青年が妹の死に際して行ったすべてである。
妹が生きていた頃と死んだ後で、青年にはなんの変化も無かった。後処理さえ済ませてしまえば明くる日にはすでに仕事に戻っていたし、その仕事ぶりも衰えたりはしていない。
もしかして、妹がまだ死んでいないと思い込んでいるんじゃ。同僚たちは単に気味が悪かったのと、その十分の一にも満たない良心から精神科医への通院をすすめた。
だが、その心配の方こそが勘違いだ。青年はしっかりと妹の死を認識していた。
なぜなら青年にとって変わったことはそれだけだったから。
妹はもう、この世界のどこにもいない。
口に出せば、三秒も使わずに言いきれてしまう。
青年、間桐慎二にとって妹の桜の死はその程度でしかなかった。
その夜は慎二の運命を変えた一件からちょうど十一年を数えると同時に、妹、桜の二周忌でもあった。
死んだ人間はもうこの世のどこにもいないのだという、当たり前の真理。それだけをたった一つ信じられる真実としてこの二年間を慎二は生きてきた。きっとこれからもそれだけは変わらない。気の遠くなるような二十七年間と少し、それをもう二度三度と繰り返して、いつか自分もいなくなる。それだけを安らぎにして、これからを生きていこうと決めていた。
————だから、その夜。新都の街中にふと見つけた人影を、慎二は追わずにはいられなかった。
「——————桜?」
いるはずのない誰かが交差点の向こうから人ごみにまぎれて歩いて来る。ビデオの遅回しの世界にいるかのよう。認識だけが長くその姿をとらえる中、体は頑固に元からしていた動きを繰り返す。
人並みは動きその中に桜も消えた。信号の青が点滅しだす。その時になってようやく慎二の体はまともに動いた。
「悪い。どいてくれ」
人の流れに逆らい元来た道を引き返す。そこまで大きな通りでもない。精々一人二人避けただけで、信号が完全に赤になる前には渡りきれていた。そのまま目を凝らす。
———いた。
ゆっくりとした足取りで桜は慎二の数メートル先を歩いていた。
「桜!」
久しぶりに胸から息を吐き出して叫んだ気がした。けれどそれが聞こえていなかったのか、桜は振り返ることも、その歩幅を緩めることもしない。「くそ」と悪態をついてその背中に近づく。周りの目なんて、とっくに気にしていられなくなっていた。
「おい、桜! お前なんだろ!? いいから止まれよ!」
その肩に手をかける。直前、ようやくその耳に慎二の声が届いたのか桜は慎二に振り向いた。その目を、慎二は見た。——知らない顔を見るようなどこか怯えた目だった。
肩を確かに捉えていた慎二の手は触れることもなく空を切った。触れるか触れないか、その僅かな内に桜はまた慎二との距離を数メートルに離していた。
「……なんだよ。それ」
自分の中で沸々とした怒りが湧いてくるのを慎二は感じ取っていた。
思えば、昔の自分は多くのことにいら立ってばかりいたような気がする。あの頃は何もかもが思い通りにならなかった。何もかもが自分の思い通りになって当たり前だと思っていた。
だって自分は、こんなにも頑張った。自分は正当な
あの頃の慎二は、その結論を最後まで受け入れたくなかった。
「(大人になった、か。は、ハハハ。今と昔とで、僕は何一つとして変われてなんかいやしない)」
慎二は結局、自分ではどうにもならないことを信じたくないだけだ。慎二が何にいら立つかと言えば、慎二が慎二である限り生涯変わらずにそれだけ。
「まるで、幽霊みたいじゃないか」
桜はもう、この世界のどこにもいない。慎二がこの二年間信じていた全て。これからも死ぬまですがっていく支え。それが、今更になって、揺るがされるのは。
————ひどく、恐ろしい。
近づいては距離を離され、またもう一度と伸ばした手は埃をほんの少し握るだけ。二度三度、五六度とその鬼ごっこを繰り返した。逃げる者は当然鬼に追われていたが、鬼もまた、言い知れない不安に追い立てられていた。
いつの間にか夕空は完全に黒に沈んでいた。乾いた空気は星明かりと月明りを十分に地上へと届け、追う者にも追われる者にも不自由はさせなかった。
「もう逃げられないぞ! 観念しろ……桜!!」
路地裏。過去、十一年前の第五次聖杯戦争でライダーに民間人を襲わせていた経験のある慎二は、今自分たちのいる先が袋小路になっていることを知っている。相手が人間であるなら、もう逃げようなんてない。これで逃げられてしまえばそれこそ———
「(そんなわけないだろっ……! 桜はもういない、死んだ奴は蘇ったりなんかしない)」
慎二は知っている。死者は蘇らない、それを覆すような不条理がこの世には確かに存在していることを。現に彼のサーヴァントだったライダーだって、元は遠く昔に英雄に殺された
それでも慎二は首をふる。もう二度とそんな奇蹟は、少なくとも自分の見える範囲では起こりえない。
なら、アレは何なのか。
桜はもうこの世界のどこにもいない。だから、アレが桜であるはずがない。——なのに。
「逃げるな、逃げるなよ。僕から逃げるなよ……桜!」
————なぜ、自分は執拗にも、アレを桜と呼ぶのか。
「そうだ。そこを動くんじゃないぞ」
慎二の言葉に従っていたのか、それとも、ただ単にそれ以外にすることが無かっただけなのか、サク■はその場から動こうとしない。慎二は一歩、また一歩とその背中に近づく。
一度、その肩から手を離した。もう二度と触れることができなくなった。
その肩に触れるのは、自分ではなくて他の誰か、サ■■を幸せにできる誰かの役割と。
その誰かを見つけることが、慎二にはできなかった。
「(だから、お前が■だって、いうのなら)」
もう一度だ。もう一度、せめてその時までは、もう二度とその肩から————
「ちょっと、おにーさん。うちのあーちゃんに何してくれちゃってんのさ」
空から何かの影が落ちてきた。
影から光が降ってくる。光は寸分の狂いもなく、慎二の鼻先をかすめた。
「…………おい、ふざけるなよ」
肌で感じた熱量、足元にできた直径十センチにも満たない小規模のクレーター。
間違えるはずもない。こんなことが瞬時にできるとすれば、爆弾か、あるいは———
「なんで今更、魔術師なんかが関わってくるんだよ……!」
一歩足を前に出す。その先にもう一度、先ほどと同じ光。これ以上近づくことを許さないと言いたいらしい。
慎二が
「私は魔術師じゃない————彼女だけの、あーちゃんだけの魔術使いだ!」
「だから、ふざけるなっつってんだろ!! そいつは——————」
「——————慎二!!!」
「は?」
慎二は背中越しにその声を聴いた。振り向けば、路地の角から出てきたその人影には見覚えがあった。
「——————衛宮?」
「慎二、よく見ろ! その子は」
もう一度、サ■■を見た。
長い黒髪も、大きく成長した体も、ずっと手放さなかった髪留めのリボンも。慎二の知るサク■は、そこには何も無く。
ただ、桜に少しだけ雰囲気の似た、完全に見も知らない女の子が一人、魔術師に寄り掛かっているだけだった。
「ハハ、ハハハ」
笑うしかない。所詮自分のような道化には、それしか許されていないのだから。
「————ああ、そうだった。そうだったよな。なあ? 衛宮」
「……慎二、お前」
「もう、桜はどこにもいないんだった。だっていうのに、どうして僕は今更、あいつの幻なんて」
「…………」
友人、衛宮士郎は何も答えない。口を半開きにして、かけるべき言葉を探しているようだった。
「分かってるさ。衛宮、お前が帰ってきてるってことは、遠坂のやつも冬木にいるってことだろ? お前らの仕事は後片付けで、巻き込まれたやつらに本当のことを教えることなんて含まれてない。いいんだよ、それで」
すでに慎二の目から狂気の色は消えていた。
「気づいてたんだぜ。二年前、医者は桜の死因を何も言わなかった。当然だよな、医者の仕事の範疇を越えてたんだから」
けれど、仄暗く灯る怒りは今もただ一人、桜が死んでからずっと同じ人物にだけ向けられている。
「お前ら、知ってたんだろ? 桜がどうして死んだのか」
士郎は頷きもせず、歯噛みしてその場に立ちすくんでいた。
「別にお前らを責めるつもりなんてない。理由も真実も聞かねえし、金を払えとも言わないさ。ただ———」
薄い笑いを引っぺがして、慎二は士郎へと、
「———なあ衛宮、忘れてねえよな?」
あれからずっと、会う度にしていた確認を問いかける。ずっと何も言えないでいた士郎もそれにはしっかりと答えられた。
「当然だ。忘れてない。慎二、お前は俺を————」
「ああそうだ。僕はお前を、桜を救わなかったお前らを死んでも許さない」
それならいいと、慎二は士郎をにらみつけていた視線を宙に放って、それから背後にいる魔術師へと向けた。
「おい、そこの魔術師」
「なにさ。言っておくけど、私は魔術師でも、ましてや魔術師って名前でもないよ」
「……そこ、こだわるところなのかよ」
「当然だよ。自分から辞めたんだから」
「へえ」
慎二は口角を上げて、初めて魔術師改め魔術使いの顔を見た。馬鹿みたいにまっすぐ慎二に敵意を向けたままの顔。どことなく少年時代の士郎に雰囲気が似ている気がした。
そんなやつが桜に似た誰かの肩を抱き寄せているのだと思うと、慎二はそれを見ている自分がひどくみじめに思えて、無意識に顔をそむけた。
————ああ、そんな未来も、あったのか。
そう口走ってしまわないうちに、聞くべきことを聞いておく。
「最後に答えろよ、魔術使い。その子は……その子の運命はあいつとは、桜とは違うんだよな?」
「…………私は、貴方や士郎兄の言う桜って人が、どんな人なのかは知らないよ」
魔術使いがどんな顔をして何を言おうとしているのか、慎二には分からない。けれど———
「それでも、あーちゃんはあーちゃんだ! あーちゃんは貴方の言う誰かみたいに、周りの人たちを悲しませることなんて絶対にしない! あーちゃんはそんな悪い子なんかじゃない!!」
なんとなくその答えには期待していた。だから一見、桜を馬鹿にしたようなそんな答えも慎二は素直に受け止められた。
「そうだな——桜は桜だ。愚図でのろまで、黙っていればすべて上手くいくだなんて思いこんでいて、結局はこのざまだ。そんな馬鹿な、僕の妹だよ。この十一年、それ以上だったことも、ましてやそれ以下だったこともねぇ」
月の大きな夜だった。街明かりに照らされて星が消えた夜闇は底なしに暗い。そんな何の変哲もない夜空。慎二が心の底から安心する代り映えのしない景色。
そこに白い息を吐き出して、
「——————それだけで、良かったのにな」
慎二はそう独り言ちただけで別れも言わず、街灯に引き寄せられるようにその光の中に姿を消した。
Interlude out
マテリアルが更新されました。
(読み飛ばし可)
・間桐慎二
・大人になったワカメ。毒気は鳴りを潜め(消えたわけではない)普通のいい人になっている。
・桜の結婚式で写真を撮る夢を二年前まで持っていた。
・以下面倒なオタクによる屁理屈。
慎二が藍子を桜と見間違えたところには、藍子が持ち帰ってしまったこの世全ての悪の一部が関係しています。
肉体を作り変えられるほどに浸食を受け、その状態で一年を過ごしていた藍子はその中に善性と呼べなくもない悪性を見つけます。その核となった人格(=桜)がある意味では未央がはたしていた精神的主柱の役割と同等に、肉体面で藍子を支えていて、藍子は最後まで、それを悪と決めつけることができませんでした。このため、アンリマユ本体から切り離される直前に魂の内側に匿って持ち帰ってしまいました。
その影響として前回卯月との会話中『この世全ての悪(ルビ:わたし)』のように、自分とアンリマユとを無意識のうちに同一視していたり。当然、その程度にとどまるわけもなく、最悪再演された聖杯戦争がまた再演される可能性にも発展しかねません。
それを危ぶんだのは藍子ではなく、匿われていた主人格、すなわち桜の方でした。
桜は自分たち(アンリマユの残りかす)を魔力に変換し、魔力放出の要領で使い切ってしまおうと考え、一時的に藍子の体を借りゆるふわ散歩。途中追手から逃れるために魔術も使っていたので、最大効率で計画は成功。藍子の体内から桜ともどもアンリマユは完全に排出されました。あえて言いましょう、グッジョブワカメ。
そんなわけで、立ち振る舞いに歩幅に行動パターンの何から何まで(ただし認識のみ藍子本人)桜をトレースしていた彼女を、慎二は桜と見間違えたわけです。
まあ、今即興で考えただけなので、矛盾はいくつかあるのでしょうけども。
・三綴実典
・穂村原学園中等部の国語教師、未央と藍子のクラス担任。元弓道部OB。三綴の弟の方。
・桜がタイガーの後を追って英語教師とかいいなあ、その後を追って実典君が教職課程をとるのもまた、けど完全に追うのではなくて自分に合った別のものを修めてほしいなあ。といった、老爺心のような何かから生まれた国語教師三綴実典。
けれど、その憧れた先輩はもうこの世界にはおらず。面影を追いつつも、仕事をこなし、こんな日々もまあ悪くないとデスクでコーヒーをすする実典君を作者は個人的にとても見てみたい。