Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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4周年イベ新曲の藍子ソロパートが胸に刺さりすぎて辛い。

ちゃ未央が魔力供給に悩んでヘタレまくっています。おかげで大分長くなり、結果として投稿が遅れてしまいました。それでもよろしければ、お暇なときにでも。


After2/☆☆★Which Girl(EXTRA)

「ねえ、未央ちゃん。いいでしょ?」

 熱っぽい視線が私を射貫いて体の芯からしびれさせていた。

「……あーちゃん、何が…………」

 視界の八割があーちゃんで、その体温をあり得ないくらい近く感じる。感覚はすでに使い物にならなくなっていて、もはや、自分がどこでどうしているのかさえも分からなかった。

 ——ただひたすらに、あーちゃんの吐息だけが聞こえていた。

「そんなこと言うんだ。分かってるくせに、未央ちゃんのいじわる」

 耳元でささやかれる一言一言に胸の奥がかき混ぜられる。溶かされる。肌は赤くほてって、対照的に頭の中は真っ白に。血流も命令も滞った体はうまく動かない。

 あーちゃんはそんな私を満足げに見下ろしていた。

「足りないの。未央ちゃんの血が、未央ちゃんの汗が、未央ちゃんの体が、未央ちゃんの魔力が、未央ちゃんの、愛が。だから———」

 彼女はそのきれいな顔をゆっくりと私に近づけて、

「———私に、未央ちゃんのぜんぶをちょうだい」

 口先に触れるもの全てを貪り吸い尽くそうと唇を——————

 

 

2月13日(月)早朝

 

「———や、ちょっと待って待って待て待て、あーちゃんストーーーップ!!! …………あれ?」

 すぐそこまで迫っていたあーちゃんの唇を押し戻そうと体を起こすと、いたはずのあーちゃんはどこにもいなかった。

 ぼんやりとした頭に鳥のさえずりが降ってくる。積み上げた魔導書の柱が倒れて派手な音が鳴り響き、そのきれいな鳴き声もどこか遠くへ行ってしまった。

「ああ、またやっちゃった」

 借り受け、そして当主である凛姉じきじきに管理を任された遠坂邸、その書斎。

 天井までいっぱいに詰め込まれた本棚が、両脇から空気を圧迫しているこの部屋で寝落ちしたのはこれで都合十数回目。それも詮方ないことだと思う。ここにはあの魔法使い、宝石翁ゼルレッチの弟子たる遠坂の歴史と研究の秘跡、その全てが記録されているのだから。魔術師である以上そんなものを前にして見るなと言われるのは、最高級のデザートを目の前に置かれてお預けを食らうようなもの。

「まあ、もう私は魔術師じゃないんだけどさ」

 書見台前の椅子から立ち上がり、床に落ちた資料を一つ一つ拾い上げる。魔術師をやめる前、つまり聖杯戦争が終わる前は勝手に盗み読みさせてもらっていた。それを門外不出の条件付きで解放してもらって、ここ毎晩は片っ端から読み漁っている。

 魔術による平行世界の概念的観測の限界について、冬木市霊脈の推移、五大元素それぞれが相互に与える影響とその対処、ルーン魔術の同時並行展開による魔力消費量、それから——。

「———と。あった、これだ」

 崩れた氷山の一角。古い革張りの一冊。

「こんなん読んじゃうから、きっとあんな夢を見ちゃったんだろうなあ、絶対」

 サーヴァントの運用について、と短くまとめられたそれ。その簡潔さに反して書き加えられたページ数は大元と思われる部分のざっと数十倍程度。遠坂の当主たちがどれほど呼び出したサーヴァントに手を焼かされたのかがすぐに分かってしまう、おそらくは遠坂負の遺産、その一つ。

 ———ホント、私の友達(サーヴァント)がアーチャーで良かったよ。

 昨晩読み返していて、何度そう思ったことか。特に第四次、バットコミュニケーションの末に裏切られて鞍替え、そして弟子に背後からドスリとか笑えない。

 まあ、本当に笑えなくなったのはその後だったのだけど。

「…………やめよ。これに関しては、まだちょっとだけだけど猶予が————」

「未央ちゃん! ずいぶん大きな音がしましたけど大丈夫ですか!?」

 猶予があるのだし。

 訂正、少なくとも今はそんなに余裕がない。

「——————あ、あーちゃん。おはよう」

「? はい。おはようございます、未央ちゃん」

 書架と書架の間。廊下と繋がるドアが向こう側に開かれていて、それをくぐったこちら側にあーちゃんが立っていた。

「未央ちゃん? 大丈夫ですか? さっきからなんだか、ぼーっとしているみたいですけど」

 頭がうまく回らず突っ立っていると、あーちゃんはだんだんと近づいてきて、その腕が私に伸ばされた。

 ——それは、まるで——————

 

『———私に、未央ちゃんのぜんぶをちょうだい』

 

 鋭く冷えた冬の空気に交じる温かい体温。鼻孔をくすぐる花の香り。どこまでもどこまでも伸びていくように澄んだその声が自分の名前を呼んでいるとなるとそれはもう心臓が耐えられ——————

「…………!! ごめんあーちゃん、いま私汗かいちゃってるからシャワー浴びなきゃでそれに埃まみれだし、えっとそんなわけだからまた後でね!」

「え、えええ!? どこに行くんですか未央ちゃーーん!?」

 せり上がる心臓を寸でのところで抑えて、されど破裂しそうなのには違いなく。それが本当に破裂してしまう前にあーちゃんがいる方とは正反対、つまりは窓の外のベランダから中庭に飛び出していた。

 

 

「じゃあしばらくの間、冬木にはいないんですね」

 同じ日の昼下がり。養成所の見学に付き合ってもらったしまむーを伴って、商店街マウント深山にあるカフェで遅めの昼食を取っていた。

 互いにそれほど重くもないメニューを平らげてデザートをつついている。私がモンブランにブラックのキリマンジャロ、しまむーが苺のショートケーキに甘いウインナーコーヒー。ここまで女子力の差が歴然となる風景もそうないだろうと思いながら、カップから口を離して白い息を吐き出すしまむーと少し先の話をした。

「うん。まだ家のこと、千葉にある本田の家のことが片付いていないから、本当に魔術師をやめるなら、遅かれ早かれそっちには話を通しておかないといけない。凛姉もついて来てくれるみたいだから、交渉自体は百パーセントうまくいくはずなんだけど、一週間か、長くて二週間くらいむこうに出ずっぱりになると思う」

 私が魔術師を辞めたこと、魔術刻印を捨ててあーちゃんを助けたこと、そしてこれからは私もあーちゃんやしまむーと同じアイドルを目指すこと。この三つは聖杯戦争が終わってすぐしまむーには伝えてあった。

 九歳から始まった私の魔術師としての六年間。その集大成たる聖杯戦争の終わりからもうすぐ一週間。

 あの戦いで私が得たものは何もなかった。いつまでも残り続けると信じていたものを失った。それを取り戻すためにまた一つ、失い難いものを犠牲にして、どうにか取り返すことができただけ。

 そうして取り戻したあーちゃんとの日常。もう二度と失わないために私が守ると誓った。けれど私一人ではきっと力不足。だからそのために、私はいろんな人を頼ることにした。

 決して自分とセイバーとの間にあったことを言わないしまむーに、真っ先に必要なことを伝えたのもそのためだ。

「だからさ、その間あーちゃんのこと、よろしく頼めるかな?」

「はい! 任せてください!」

「うん、ありがとう。しまむー」

 満面の笑みで頼もしい返答をしてくれるしまむー。その心強さにすっかり安心して、モンブランのてっぺんで砂糖にくるまれ、光沢を放っている栗にフォークを伸ばす。

「ところで未央ちゃん。そのこと、藍子ちゃんには話しましたよね?」

 が。うまく刺さらず、押し出されて皿の上に転がり落ちてしまった。

「え」

 その一声、まさにブリザードのごとく。いつか聞いたセイバー、しぶりんの絶対零度を思い出す。

「未央ちゃん。まさかとは思いますけど」

「ああしまむー? ちょっとそのことで相談があるんだけど」

「——————ふうん」

「うっわあ……。しまむー、今のすっごくセイバーっぽかったよ」

「え? そんなに似てましたか? そっか、……えへへ」

「おーい、しまむー。戻ってこーい」

 五分ほど後、待っている間にキリマンジャロを飲み干し、お代わりを頼もうかと思い始めたころ。

「…………あ、そうでした。今はセイバーさんのことを考えている場合じゃなくって」

「おかえり、しまむー。コーヒーすっかり冷めちゃってるけど、お代わりもらう? それくらいならおごるけど」

「え、いや、さすがに申し訳ないですよ」

「いいのいいの。相談料ってことで受け取っておいて」

 少し考えていたようで頷くまでにもう二十秒。お願いしますとの返答に自分の分を追加して、ウェイターさんにお代わりを頼んだ。

「それで、相談なんだけどさ」

「待ってください。それって本当に、藍子ちゃんにまだ実家に帰ることを伝えていない、そのことに関係しているんですよね?」

「うん。すっごく関係してる」

「……なんででしょう。このタイミングでそう言われると、とてもじゃないですけど信じられないというか」

 実にごもっともで。

「ほんとだから。というか、結構真剣な話なんだよ。あくまで私にとっては、なんだけど」

「そう、ですか」

 ケーキの一欠けらを口に運ぶ。それが嘘か、それとも本当のことか。しまむーの表情はそれらを天秤にかけているようには見えなかった。

 フォークを下ろして、しまむーは再びこちらに視線を戻した。

「分かりました。何でも話してください」

「しまむー」

「未央ちゃんは、わたしの親友ですからね。その未央ちゃんが困っているのなら、とうぜん、力になってあげたいです」

 ————本当にこんないい子が私の親友でいいのだろうか。どこからどう見ても自然な、屈託のない笑顔にふとそう思った。

 それが嘘か本当かは関係ない。ただ親友と呼べる人が困っている、なら放っては置けないと。その誰もが持ちえる当たり前の善性を当たり前に貫ける。そんなしまむーだからこそ、きっとあの聖杯戦争を生き延びることができた。この世全ての悪(アンリマユ)にも負けなかった。

 返答に詰まる。私は一体、この当たり前にこれからどれほど助けられるのだろう。私は一体、彼女に何を返せるのだろう。

「うん」

 いつも気づかないうちに甘えてしまっている自分がいる。しぶりんは言っていた、当たり前のことを当たり前にこなし続けること、それは決して誰にでもできる当たり前ではないのだと。

 ————そして、いつか必ず、その魔法が解ける日も当たり前のようにやってくるのだと。

 それまでに、どうか。

「ありがとう、しまむー。しまむーが私の親友で本当に良かったよ」

 ただ感謝するだけではない。それ以上の返答、それ以上の恩返しができるような私になっていたい。そう思った。

「ふふっ。大げさですよ、未央ちゃん」

「そうだね。でも本当に、心の底から思っちゃうんだ。あーちゃんと出会えてよかったってことと同じくらいに、しまむーにも出会えて、私が幼馴染じゃないと知ったあの日に、それでも親友だって言ってくれたことは、確実に私の人生を変えてくれたんだって」

「……そんな。それを言ったら、わたしだって」

 先を告げようとするしまむー。その前にタイミング悪く差し出された飲み物のお代わり。機を逃してしまい、ばつが悪そうにウインナーコーヒーをすする。今の彼女も、そして私も、ありがとう以上の言葉を持ち得なかった。

 だからきっと、このことは、まだまだ先の話なのだろう。

「それで、相談事なんだけどさ。聞いてくれる?」

「…………はい」

 私も二杯目のキリマンジャロを一口ちびる。熱い、苦い、そして酸っぱい。言葉の上でなら、誰も望むことなどあるはずのないそれを、私はやっぱり嫌いになれずに飲んでいる。

 ——————あるいは、この胸に生まれた一つの疑問も、そういうものなのかもしれない。

 

「あーちゃんってさ、私のこと……好き、なのかな」

 

 

 

「はい?」

 しまむーが一言一句、ほんの数秒前に口にしたものと全く同じ言葉を、全く違うニュアンスを込めてこぼした。

 聞き損じたわけではないのだろうことは分かっている。分かっているけど、私は無意識に同じことを繰り返し言っていた。

「だからさ。あーちゃんが私のこと、好いてくれているのかどうかって話なんだよ」

「…………えええ」

 深い落胆と呆れが溜息に混じってコーヒーカップへ落とされた。

「え、そんなに呆れられるようなこと?」

「はい」と、即答するしまむー。

「だってそんなの、当たり前のことじゃないですか。藍子ちゃんは聖杯戦争が始まるよりもずっと、ずっと前から、いつも未央ちゃんのことが大好きだって言っていましたよ」

「…………」

 ……正直、その暴露は嬉しくないわけがない。というか今にも心臓が飛び出そうなくらいの破壊力があるし、何よりしまむーが言うならきっと嘘ではないのだろうから、すぐにでもその結論を信じ切ってしまいたいとも思う。けれど。

「でもさ。でもだよ。そんなこと言ったら、私だってしまむーのこと好きだし、あーちゃんだってきっと、しまむーや茜ちんのことも大好きだって言うんじゃないかな」

「未央ちゃん。それ、本気で言ってますか?」

 にっこりと笑うしまむー。けれど彼女の背後から吹いてくる風の異常な冷たさは変わらず。

 ———ほんと、たった一週間でよくもまあここまで強かになったというか。誰かさんの影響ましましというか。なんか、今となっては前からこんなんだったような気さえしてくるのは、私が忘れっぽいせいなのか……いや、それはないな。うん。きっと。たぶん、メイビー。

 こちらも同じく笑顔で返す。ブリザードは見なかったことにした。

「いやいや、冗談冗談。私だって、好きに違いがあることくらいは知ってるよ」

「そうですか。はい。それならよかったです」

「うん。……でさ、私が気になってるのはまあ、あーちゃんの、その……しまむーが聞いてる私への好きがさ———例えば、……キス、してもいいくらいの好きなのかどうか、てことなんだけど」

「………………キス、ですか」

 かなり長い間を置かれて返された返答に、それ以上の沈黙を待ってから頷いた。

 しまむーは少しうつむいて、自分のウインナーコーヒーを傾ける。それからふと顔を上げたかと思うと、窓の外を見ていた。

 昼の二時少し過ぎ。お昼時でも、夕飯の買い物をするような時間でもないこの中途半端な時間帯に、商店街は休日の通行人だけを通して全体的に緩やかな雰囲気に包まれていた。その少ない人の中、しまむーは誰かを探しているように、細めた瞼の奥で端から端へと通りを眺めていた。

 その様子に一つ、まさかと思う。

「しまむー、もしかして」

 もしかして、キスしたことあるの?

「……あ、ごめんなさい。ぼーっとしてました。なんですか、未央ちゃん?」

 視線をこっちに戻して、えへへと何かを隠すように笑うしまむー。おそらく聞けば答えてくれるだろうとは思っていたけど、

「ううん。やっぱりなんでもない」

 それが、しまむーが探していたのが誰かなんて、考えるまでもなく分かってしまっていたから。これも今この場でするような話ではないのだろうと私は保留する。

 代わりに今は、今、目の前にあることから。

「ところでさ、しまむー。しまむーにはあーちゃんの身体のこと、まだなにも話してなかったよね?」

「藍子ちゃんの体のこと、ですか? はい、聞いていませんけど。けどもうアンリマユからは解放されて、これからは自由に生きていられるんだってことは、藍子ちゃん本人から聞いてますよ」

「あー、まあ概ね、それで合ってるんだけどね」

「? 何か勘違いでもありましたか?」

「いや、そうじゃないんだ。確かに合ってはいるんだけどさ、それで全部じゃないんだよ」

 少し冷めて飲みやすくなったキリマンジャロで舌を湿らす。

「アンリマユはあーちゃんの肉体を蝕んでいた。逆に言えば、肉体以外の三要素、精神と魂は無事だった。だからそれをアンリマユに汚染されていない別の人形(からだ)に移したんだ」

「新しい身体、ですか」

「うん。……あ、ごめん。あんまり気持ちのいい話じゃないよね」

「いえ。そのおかげで藍子ちゃんは元気でいられるんですよね? なら、問題はないはずです。藍子ちゃん自身がちゃんとそれを受け止められているのなら、でもありますけど」

「それは大丈夫。このことは、私の口からきっちり伝えたから。それに、こういうことなんかからも、私はあーちゃんを守るって約束したんだし」

「それなら、安心ですね」としまむーがほっと息をつく。

「ただまあ、この体がちょっと厄介な代物なんだよ」

「厄介?」

「そ。魔術で造られたものだから当然ではあるんだけど、動かすには魔力が必要でさ。今、その工面にいろいろ手間取ってるんだ」

「藍子ちゃん、たしか聖杯戦争ではライダーさん、茜ちゃんの正式なマスターだったんですよね? わたしとは違って、ちゃんと魔術回路もあるんだって思ってましたけど」

「うーん。まあ一応あるにはあるんだけどね。けどそれもしまむーよりは多いってくらいで、魔術師の平均的な基準からすると、少し少ない方にはなるんだよ」

 実際のところ、聖杯戦争中の魔術行使やサーヴァント(茜ちん)への魔力供給は、聖杯の膨大な——回収したサーヴァントの魂由来の——魔力あってのことで、あーちゃん本人の魔力はあまり使われていなかった可能性の方が高いと考えられる。

 本来のあーちゃんの魔力総量は、初歩の魔術を日に二三度使えれば良い方。それも日頃無意識に使っているゆるふわで消費されていたのだから、実質的にはほとんどゼロだ。

「で、燈子さん、あーちゃんの肉体を作った人は元々は自分用、つまりは平均的な魔術回路を持つ人用に調整してたらしいんだけど。しまむー、この場合どうなるか分かるよね?」

「……体を動かすのに必要な魔力が、藍子ちゃんに作り出せる分では足りない。そういうことですよね」

「さすがしまむー、理解が早くて助かるよ。しまむーの想像通り、放っておけばあーちゃんは魔力不足に陥る。すぐには死んだりしないけど、魔力が回らなければ肉体も補完機能を失って劣化していくだけだし、肉体がなくなったら、せっかく固定させた魂も行き場所がなくなる。やっぱり、最終的に死んでしまうことには変らないんだよ。

 そうならないために、対応策が二つ」

 一つ、人差し指を立てる。

「魔術師の基本。足りない魔力はよそから補う。つまりは外部からの魔力供給だね」

「あの、言い方が悪いようですけど、それってまるでサーヴァントみたいじゃないですか?」

「ああ。魔術師じゃなくて、マスターだけを経験したしまむーにはそう聞こえるんだ。うん、まあ。魔力の不足した人に対する対処も、サーヴァント、使い魔へのそれも似通ってる部分が多いよ。基本的には、どちらも治療行為に類するからね。

 一応断っておくと、別に私はあーちゃんを使い魔(サーヴァント)にするつもりはないし、他の誰かのモノにさせるつもりもないから。魔力を分け与えたところで、見返りを要求するなんてこともしないよ。ただ、私はあーちゃんに生きていてほしいだけなんだ」

「はい。それはわたしもいっしょです。ふふ。すみません、変なことを聞いてしまったみたいで」

「ううん。べつにしまむーが謝る必要なんてないよ。第一、魔術師じゃないしまむーは、この手の考え方に違和感をもって当然なんだからさ」

 そうなんですか、と首をひねるしまむーに、そうなんですよ、と返した。

「で、その具体的な方法なんだけど、これも二パターンあって間接的なのと直接的なの。まず間接的な方から説明するけど、これは魔術師の血液をはじめとする体液を触媒、宝石なんかの魔術品に溶かし込んで、服用してもらう。処方薬みたいなもんだから、あーちゃん一人でも、いつでもどこでも対処できるのが利点かな。とりあえず、今はこっちの方法を試してるとこ」

 案の定、宝石を服用することに困惑した様子のしまむーを放っておいて、話を続ける。

「そのかわり費用がバカ高いのが難点。しかも専門の凛姉いわく、魔力をためるのだって一日二日じゃなく、一年二年、十年、下手すりゃ何代何百年かけてやるようなものらしくて。そのくせ宝石も一度使ったらそれっきりで、消えてなくなるから新しいの用意しなきゃだしさ」

「つまり、コスト対効果が釣り合っていないってことですか?」

「うん、まさにそう。凛姉の性格ぜったい使ってる魔術に影響されてるよ」

「未央ちゃん、さすがに遠坂さんに失礼ですよ。あれでもいろいろ助けてくれた人……のはずなんですから」

「おぅ、凛姉可哀そうに。しまむーからの扱いも地味に酷い」

 今回本当にいろんなところで似合わない出血大サービスをして、バーサーカー並みに正気を失いかけているというのに。報われないなあ。

「話を戻すけど、魔力供給のもう一つの方法。というよりはこっちの直接的な方法の方が基本的にはメジャーなんだけどさ。術者と患者同士を一時的に接触させてその間で魔力を融通するってやつ。一番簡単のは、粘膜接触……ありていに言って、き、キス、になるね」

「…………。それで、あんなことを?」

「————うん」

 魔術師の体液、とくに唾液や血液には多量の魔力が含まれている。それはそのまま魔術の道具として使えるし、当然、直接与えれば触媒なんかも必要なく、一番効率的に魔力の受け渡しができるだろう。少なくとも、昨夜のアレを初めとするいくつか漁った文献に書いてあったことが間違いでなければ。

「供給時にお互いが考えてることとかも、最終的な効果量に影響する。術者が一方的に与えても、患者の方にそれを受け取る意思がなければ、効率も落ちるし。それで———」

「藍子ちゃんがもしも嫌がったら、失敗するかもしれないと?」

 俯いて、頷く。そんなことあるはずないのにと、しまむーが言った気がしたが、やっぱり私には素直にそれを信じることができなかった。

 もしもの時に失うものが大きすぎる。私はもう、これ以上何も失いたくはない。

 ———もう躊躇わない。そう誓った。

 なのに今も、私の中では失いたくないから動こうとする本田未央が、失いたくないから動かない本田未央に勝てないままだ。

 それに、果たして私に、そんなことをしていい資格があるのかどうかも。

「じゃあ、魔力供給以外のもう一つの方法はどうですか? まだわたし、それがなんなのか聞いてもいませんけど」

「ああ、そっちは。うん、でも結局は魔力供給するのと変わらないだけどね。外部からどうにかするんじゃなくて、あーちゃん自身の魔力生産量を増やすやり方なんだ。言ってしまうと魔術回路を増設するっていうか」

「……あれ? たしか魔術回路って生まれつき決まるんですよね? それで、後から増えることは基本的に無いってアーチャーさんが言っていた気がしますけど」

「うん、そうだよ。魔術回路はその人の適正や才能みたいなものだから、それを後から意図的に個人で作り出すことは一部の例外なんかを除いてあまり一般的じゃない。けど、取り出したり、譲り渡したりなんかは、結構簡単にできちゃうんだよ」

「え、えっと…………それってつまり」

「私の魔術回路の一部を、あーちゃんに移植するってことだね。ざっと二割くらいあーちゃんに移せば、普通に生きてる限り魔力不足になることはないだろうし、それに結果的には私とあーちゃんとの間に魔力の経路(パス)をつなぐことにもなるから、もしもの時も、近くにいるだけで魔力の供給ができる」

「すごい! 一気に問題解決ですね!」

「うん……。まあ、そうなんだけどね」

「あれ? もしかして、このやり方にも何か問題があったりするんですか?」

 頷く。主に問題は二つだ。

 一つは、魔術回路を移植する以上、移植元(わたし)の魔術回路の総量はとうぜん減るということ。

 生まれ持った魔術回路の量は才能の証だ。多ければ多いほど、魔術で出来ることは大きく、そして多くなる。それを自ら減らすという行為、まっとうな魔術師なら考えもしないだろう。

 まあ、私はそのまっとうな魔術師というやつをとっくに辞めているのだし、しまむーも魔術とは縁のない人種なので、こちらに関しては問題という問題はほとんどない。そもそも、私の魔術はすべてあーちゃんのために使うと決めてあるのだから、魔術回路のいくつかであーちゃんがこれからも笑顔でいられるというのなら、それ以上に意味のある使い道なんて思いつかない。

 そんなわけで、実質的な問題は一つだけになる。

「魔術回路を移植するにはさ、まず、裸で抱き合わないといけないんだよ」

「………………………………………………………………え?」

 

「ええええええええええええええええええええ?!!!」

 

「ちょっとしまむー! 声が大きいよ!」

「あ——————す、すいませんっ!」

 やおら立ち上がったしまむーは辺りを見渡してすぐに元通り座り込んだ。幸運にもこの時間は人が少ないらしく、少し離れたテーブルで路地裏がどうの計算がどうのと話し込んでいる女性三人組と、カウンターで食器を磨いているマスターしかいない。音楽もかかっているから、しまむーの叫び声以外は何も聞こえていなかったはずだ。

「ご、ごめんなさい。突然大きな声なんか出したりして」

「いや。今のは完全にこっちが悪かったっていうか」

 もしもここにしぶりんがいたりなんかしていたら、おそらく私の命はなかっただろう。なぜか、あーちゃんでも同じ結末が想像できるのだから、そうでなくて良かったと心底思う。

「……でも、まずってことは、それで終わりってわけでもないんですよね?」

「うん。……残念ながら」

 そもそものこと、基本的に魔術回路自体が人体の外なんかにそう易々と出せるモノではない。そのため移植となると精神的に深い共感状態となり、かつ肉対的にも接触面を広く密にとる必要が出てくる。

 身もふたもない言い方をすれば、体を重ねるという行為が回路移植の前提条件。

 それは、さすがに。

「たとえ好き合っていたとしても、私とあーちゃんにはまだ早いと思うんだ、けど」

「そ、そうですよね! 想像もできないですもんね!」

 と言いつつ、しまむーの顔は赤かった。普段は忘れがちだがこれでも二つ年上なのだし、そういった知識のいくつかはあるのかもしれない。……いや、こんな真昼間からそんな話題を広げる度胸なんて私にはないけれども。

「ならやっぱり、結局はキスによる魔力供給、てことになるんでしょうか」

「…………そう、なっちゃうよね」

 触媒を利用した供給はコスト面で長期的に続けていくことが難しく、かといって一発ですべてがうまく行く回路の移植が今の私たちに適しているかと聞かれれば、頷くことなどできるはずもない。しまむーに相談する以前からとっくに出ていた結論だった。

 

 ———私に、あーちゃんの気持ちを確認することができるか。

 

 つまるところこれは私たちの問題で、私だけのそういう覚悟の問題なのだ。

 モンブランはとっくに皿の上から姿を消している。二杯目のキリマンジャロも残り半分を切っていた。向こうのショートケーキとウインナーコーヒーも同じ具合だ。すでにずいぶん長く、同じ場所で過ごしている。そろそろこの席も空けるべきなのかもしれない。

 私がそう考える一方で、皿にポツンと残ったイチゴを前にして、しまむーはまだそれに手を付けず、

「一つ、聞いてもいいですか」

 誰かさんにほんの少しだけ似ている、まっすぐな眼差しをこちらに向けてきた。私は以前からそうしていたように、快く頷く。それを確認するとしまむーは、まだほんの少し湯気が立ったままのウインナーコーヒーを飲み下してから、気負わず、何気ないことを聞くような声音で尋ねた。

「未央ちゃんは藍子ちゃんのこと、どう思っていますか?」

「——————分からない」

 正直に答えた。しまむーが一際大きく目を見開く。気負わない笑顔は一瞬で消え去っていた。

「そんな……、そんなはず、——そんなはずありません! だって、未央ちゃんは」

 ————藍子ちゃんを、助けたじゃないですか。

「……ごめんね、しまむー」

「なんで、わたしに謝る……んですか? 未央ちゃん」

「それは、……きっと私はこれから、最低なことを言うんだろうなって思ったから。

 しまむー、私はね、あーちゃんのことが好きだから、あーちゃんを助けたわけじゃないんだよ」

「——————」

「私は、私のためにあーちゃんを助けたんだ。自分がこれから先、ずっと後悔し続けると思ったから。あーちゃんのことを憶えていたくないって、思いたくなかったから。私はそんな身勝手な理由で、家族を、これまでの道のりを裏切ったんだよ。それは決して、あーちゃんのためなんかじゃない」

 その責を私は他の誰にも背負わせない。これは私だけのものだ。背負った罪も、裏切った遺志も、恨むのならすべて私だけを恨めばいい。

「だからさ、しまむー。こんな最低なやつがあーちゃんといっしょにいてもいいのか、私には、分からないんだよ」

「…………」

 しまむーは私を見つめたまま押し黙ってしまった。それも当然だと思う。

 しぶりんはしまむーと自分が出会う未来ごとしまむーが大切だったから、しまむーを助けた。だから私とあーちゃんも同じなんだろうとしまむーは考えていたはずだ。それが実際はこの通りだったのだから、失望するのも無理ない話。

 なのに——————

「……ごめんなさい、未央ちゃん」

「え———いや、なんでそこでしまむーが謝るのさ」

「いえ。ただわたしがまだまだ未央ちゃんのこと、よく知らないままだったんだなって思っちゃって」

「それは———だってそれは、私がしまむーとまだ親友でいたいからで」

「はい。それならわたしは、今は深く聞きません。だって未央ちゃんがわたしのことを考えて、そうしてくれているんだって信じていますから」

「しまむー、それは」

 違うと言い切るより先に首を振られた。

「未央ちゃんは時々優しすぎますから。誰かのために動いても、それは自分がそうしたかったからって、いつも自分一人で背負いこんでしまう」

「…………」

「わたしは、昔の未央ちゃんのことを何も知りません。けどこの一年間、わたしの親友だった未央ちゃんのことはよく知っているつもりです。わたしの知っている未央ちゃんは絶対に、最低なんかじゃないです」

「……それでもなんだ。それでも私は、例えいつになったとしても———」

 その先をしまむーに伝えることが私にはできない。私は卑怯だ。こんなにも大事にしてくれている彼女の厚意に何も報いることができないのだから。

 残り僅かなカップの中身に手をつけることもできず、木目の河を見つめた。目を伏せたまま対岸にいるしまむーに問いかけた。

「ねえ。しまむー」

「なんですか、未央ちゃん」

「私さ、本当に、普通に生きていいのかな」

「——————」

 即答で返ってくると思っていた肯定はいつまで待ってもやってこなかった。代わりにしまむーは、

「……未央ちゃんは、もっと素直になってもいいんですよ」

 はっとして顔を上げた私に、不器用な妹をたしなめるような優しい笑みをたたえた表情を見せた。その不器用な妹であるところの私は口元を歪ませて、

「うん。お互いにね」

 皮肉を返して、笑い合う他なかった。

 




 ずっと誰かを不幸にし続けるばかりなのだと思って生きてきた。

 ————許さない

 その分自分自身が誰よりも不幸になることで赦されていたつもりだった。

 ————赦されない

 ずっと、ずっと忘れらない、いくつもの赤い水たまり。

 ————赦されていいはずがない

 幸せだった記憶は、もう何も残っていないのに。

 ————赦されることなど許されない

 それだけは、今もずっと。

 ————忘れるなんて許さない、お前は

 私は————人を、殺したのだから。


 次回、後語り編2.5話「☆☆★Which Girl(EXTRA CCC)」
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