Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
それはそれとして推しの限定SSRが出ない……。
ずっと誰かを不幸にし続けるばかりなのだと思って生きてきた。
その分自分自身が誰よりも不幸になることで赦されていたつもりだった。
「藍子ちゃんのことはこれからも気にかけておきます。ですから未央ちゃん、藍子ちゃんとしっかり、話をしておいてくださいね」
そう確約してもらえて一安心。喫茶店を出てしまむーを家まで送り、電車で都心から戻ってくるあーちゃんを迎えに、新都へとんぼ返り。急いでいたわけでもなかったので、冬木大橋を渡るころには午後五時を過ぎていて、夕陽も六割方沈みきっていた。
肌を切り裂くように吹き付ける海風。マフラーに顔をうずめて足早に新都の街並みへと足を踏み入れる。
——————そこは、異質な静寂に包まれていた。
「…………え」
三連休最後の日の夕方。明日からまた始まりを告げる忙しい日々に向けて、足りない道具の買い出しをする学生やビジネスマン、締めくくりに外食をどこで食べようかと悩む家族連れや若いカップル、旅先勤め先から帰ってきたお疲れの背中————そのどれもが、影一つなく姿を消していた。
取って代わって徘徊するのは、
「——————!!「————!」「「——————!」——————————!!!」」
声にならない怨嗟、悔恨、慚愧をのべつ幕無しに叫ぶ死霊の群れ。
嫌な汗が額を伝う。拭っている暇もない、すぐに街の中心へと駆けだした。動く
「……っ、あーちゃん!」
もとより冬木市は龍脈の通る一級霊地、自然霊の活発さに事欠かない土地だ。その上、過去六度も行われた聖杯戦争なんて厄災のおかげで怨霊、人間霊の埋蔵量まで日本有数。
普段は
けれどもしも、そこに何らかの予期せぬトラブルが起きたとしたら。
走っても走っても人っ子一人、猫の一匹も見当たらない。濃い魔力の霧の中、活性化した死霊ばかりが目に付く。それらの内、道を塞ぐ四体を吹き飛ばして大通りを南下。
「どこにいるの……、あーちゃん」
探知のルーンがうまく働かない上に、スマホも圏外でGPSも使えなかった。霧はますます濃くなって十メートル先も定かじゃない。相手はどれだけいるのかも分からない無尽蔵な数の怨霊、いちいち相手にしていたら先に力尽きるのはこちら。そのため、目測できる範囲で接敵は避ける。
そうして次の角を右その次を左と進むうち、そこにたどり着いた。
「———ああ、しまった。何だってこんなときに、こんなところに来ちゃうのかな」
冬木中央公園。
中心街外れ、芝生も生えず殺風景な、ただ広いだけの名ばかり自然公園。昼間でさえ訪れる人は少なくて、かといって何か建物が新しく立つ話も生まれてこの方聞いたことがないと、しまむーが言っていた。
それもそのはず、ここは二十年前の第四次聖杯戦争が終わった場所なのだから。
遠坂の記録では最後に残ったセイバーのマスターが聖杯を破壊し、あふれ出した
「誘導されたかな、これは」
死霊たちがどうしてか活性化している現状、ここは敵の大本営にも等しい。おそらくは今、最も多くの死霊たちが集まっている場所だろう。
奥歯を噛む。手持ちのルーンストーンは残り二十弱、百程度なら消滅させることはできずとも吹っ飛ばせる火力だけど。
———いや、だめっぽい。見えるだけで十五、霧の向こうにその数倍はいる。となれば背後にも同じだけ。
「———————!!!」
「……っ! まったく元気だなぁもう!!」
木陰に身を隠したら頭上を飛んでいた三体に見つかった。反射的に飛びのいて魔弾を撃ち込む。
派手な音とともに土煙が舞う。襲い掛かってきた分についてはしっかり霧散しているけど。
「————!「——————!」「————————————!!」「「——————!」——————————!!!」「——————!!」」
セミの無軌道な大合唱のように空気が波を立てて騒めいた。ああ、これは間違いなく気付かれた。
走る。とにかく公園の外へ。
今ので後ろへの退路は全滅、前へ進めば公園を横切るもっとも避けたい形、なら右か左か。どちらにしても変わりはしない、直感で右へ。十数体を目視、魔弾を使えばその全てに気づかれることになるだろう。
「かまってられるか! 気づかれてるのは今更なんだから」
二つ同時に発射。撃ち漏らしが三体、その脇を爆風にまぎれてすり抜けた。このまま全速力で走り抜ければ、いかにだだっ広い自然公園と言えども抜け出せる。
その想定が甘かったことはすぐに思い知らされた。左右に避けていく霧の奥、ついに見えたのは公園出入口の石階段ではなく中央広場にあるはずの慰霊碑だった。
———漂う空気がどこか異質だということには初めから気づいていたはずだった。
逃がさない。置いて行け。許さない。生きることなど許さない。忘れることなど、許さない。幾重にも重なった想念は呪いとなって一つの固有結界を形成しているらしい。
「——————ない」
声が聞こえる。それまで声になっていないと思っていた叫びの一つ一つが、意味を持ち始める。
「————許さない「許さない許さない」「赦さない「許さない」」「許「赦さない」さない」」「「赦されない」許せない「赦さ「赦されていいはずがない」れるはずがない」」「赦すことなど「赦されることなど」許されない」
十、二十。百。数えることすらばかばかしい。耳を塞いでも脳髄に響いて聞こえてくる。それなら大元を立つのが一番手っ取り早いと辺り一帯を吹き飛ばしても、少しも減った気がしなかった。
「忘れるな」「置いていかないで」「ワスれルな」「思いだせ」「忘れてはならない」「お前が殺した」「忘れるなんて許さない」「ワタシタチは何も悪くない」「忘れることは赦されない」「全部お前のせいだ」「忘れるお前が憎い」「ずっと」「ずっとずっと、「憶えていて」」「貴「お前が」赦されることは」
…………ああ、それでいい。言ったはずだ。呪うのなら、恨むのなら、それは私だけでいいのだと。あれは、私が、私のためにやったことなのだから。
懐にはまだ魔弾にするためのルーンが残っている。けれどそれを撃つ気にはもうどうしてもなれない。後は煮るなり焼くなり好きにしてほしい。ここにいるのはきっと、私とは全く無関係の人たちばかりなのだろうけど、けれどそれで———せめて、彼ら彼女らへの弔いとなるのなら——————
「おい! しっかりしろ!!」
わずか三メートル弱、その距離まで迫っていながら、私に近づききることのできた死霊は一体もいなかった。代わりにそれらを綺麗になぞるように白と黒、二つの円が弧を描いて端から跡形もなく消し去っていくのが見えた。同時、投げかけられた声に振り向く。
赤銅色と薄緑。霧の向こうから走り寄ってくる二つの色は徐々に人の形を成して、やがて顔まで確認できるころになると、声の主が誰なのか見当がついた。
「……士郎、さん?」
「ああ。立てるか、本田」
童顔気味でいかにも人好きのしそうな人相をした、背の高い青年。かつて凛姉とともに
左の手に握っていた黒の亀甲模様が彫られた中華刀を霧の中に放り捨て、士郎さんは地面にへたり込んでいた私に手を差し伸べる。その手を取らず自力で立ち上がった。が、膝が震えていた。存外、深いところまでやりこめられていたらしい。
———情けない。今は、悔いるよりもやることがあるっていうのに。
「士郎さん。この状況について何か知ってる?」
どこから取り出したのか、無手になったはずの左手にはさっき捨てられた物と全く同じ刀が握られていた。右にも左のモノと意匠の似た白刀を構え、死霊の大群を彼は睨んでいる。その目線を反らすことなく答えてくれた。
「詳しい原因については不明だ。凛と教会のシスターがすでに人払いと避難誘導を済ませて、目下調査中。俺も同行してたんだが、凛がもう一人増えたみたいな派手な魔術行使が視えたんで、来てみたらお前がやられかけてた……っと、これでいいか?」
向かってきた一体を左で切り伏せ、返す右の一刀で後発のもう一体を袈裟切り。除霊効果でもある刀なのか死霊が面白いようにスパスパ切れていた。
「その避難者の中に、あーちゃんはいた?」
「……いや、いない」
声は暗い。避難誘導をした張本人が言うのなら間違いないだろう。シスターがどうかは知らないけど、士郎さんと凛姉が知り合いである
士郎さんの背後、つまりは私の目の前からも死霊が迫ってきていた。ルーンで爆撃できる距離ではない。ウエストポーチ型に加工した
魔力を通す。剣に暗示をかける。
「
一小節もない。それでも手ごたえはあった。もとよりアゾット剣は魔力を増幅させるための補助礼装。地脈をすこし吸っただけの死霊を斬るには、これくらいの概念付与で十分。
鞘から完全に引き抜いた。暗示は憑依経験までも併発させたのか、自分でも驚くほど無駄のない軌道に沿って死霊の首を落とす。
——————、————。
こぼれた魔力が肌をかすめて、何も残さずに霧散した。だけど、今のは。
「……士郎さん。話半分くらいに聞いてほしいんだけどさ」
「なんだ」
士郎さんは振り返らず、背中越しにそう返事をした。私も今目の前にいる死霊から目を離すことなく呟く。
「例えば。例えばの話だよ。一クラス四十人いるはずの子どもが、別の日には三十八人になってて、それにだれも気付かない。なんて話があったら、どう思う」
「それ、作り話かなにかなのか?」後ろで士郎さんが首をひねった気がした。
「まず話として成り立ってないじゃないか。誰も気づかないんだろ? だったらその話自体、存在している時点でおかしい」
「だよね。私もそう思うよ」
けれど、これは作り話ではないのだ。だって。
「でもさ————私は、今もちゃんと憶えているんだ」
「…………なら、答えは一つだけだ。そのいなくなった二人、そのうちのどっちかが、本田、お前だった」
「うん。ご明察」
死霊の首にアゾット剣を突き刺す。それはまるで遠い過去、いつだったかだけをぽっかりと忘れた、放課後の教室で見た光景によく似ている気がした。
「忘れっぽくて、子ども頃のことなんてもう何も憶えていない私だけど、そのことだけはいつまでも消えてくれないんだ。一人目は隣の席だった男の子で、二人目はその前に座っていた大人しい女の子。引っ越して、お隣さんになった子の妹ちゃんが三人目だった。そんなことを、たぶん五年くらい続けて、記憶にある分だと十七人になる」
その全ての
それに、どちらにしたって変わらない。私は、私が生きるために、大勢の人たちを食い物にしたのだ。
「ねえ、士郎さん。いや、凛姉はこう言ってたっけ————正義の味方さん。
私を殺すなら、それでもいいよ」
ちらと視線を背後の士郎さんに移す。きれいな太刀筋だ。それでいて隙が見えない。気の遠くなるような年月をかけて磨かれた河原の大岩のよう。ほんの数日前、サーヴァントたちが見せた瞼を焼くような才に満ちた輝きはない。けれど私の首を撥ねるだけなら、それでも十分。
そんなことを私が考えていた一方で、
「——————殺さない」
と、士郎さんはその刀身をこちらに向けるまでもなく、私の思考を両断した。
「お前は、正義の味方が倒すべき悪じゃない」
「…………それ、本気で言ってる?」
そう簡単に切り伏せられてなるものかと食い下がる。
「ああ。本気だ」
けれど、その背中は私の何倍も頑なだった。
「本田はそれが悪いことだって思っているんだろ? なら、自分のしたことを悔いている本田自身は悪じゃない」
「でも、私はそうと知りながらやったんだよ。悪いことを、悪いことだって知りながら、それなのに、自分が生き残るために、大勢を犠牲にした。証拠は私の記憶以外何も残ってない。でも私は、……私は、人を殺したんだ!! そのことだけは、私が何を忘れたって無くならない!」
「それでもだ。本田は悪人なんかじゃない。それにさ、勘違いしてるみたいだけど、正義の味方っていうのは、悪い奴を倒すやつのことじゃないんだよ」
「……え」
「正義の味方っていうのは、困ってる大勢の人たちを助ける存在のことを言うんだ。今にも死にそうなやつに手を差し伸べて、そいつに未来を見せてやる。俺が憧れた正義の味方は、そういうやつのことだ」
ひどく無茶苦茶な理想論を聞いている気がした。
士郎さんが言っていることは、彼の広い視界に映るすべての人々を救いたいということ。けれど、人間の手はその端から端まで届くほど長くも大きくもない。できることはせいぜい自分の顔を覆って視界を閉ざすことか、あるいは手の届く身近な誰かに差し伸べることだけ。この手で助けられるのは、大切だと思った誰か一人だけなのだから。
『——————大切だと思ったものは何があっても守り通す。
それは、誰にとっても当たり前のことなんでしょう?』
今は遠い鈴の音を思い出す。私はそれに、なんと返したのだったか。
……そうだ、たしか。
「ああ。それは———当たり前のことだ。きっとどんなことがあったって、間違ってなんかいない」
背中合わせに聞いていた士郎さんの呼吸が一瞬止まった気がした。それも本当にほんのわずかな間だけで、すぐに彼は息を整える。その調子がなんだか少しだけ、笑っているように聞こえた。
「正義の味方が倒すべき悪は、目の前の未来を摘み取ろうとするモノ。そりゃあ人を殺したことは絶対に許されないことだけど、けど本田はもう、そんなことをしたいと思ってないし、する必要もないんだろ?」
「う、うん。魔術刻印を維持するための魂食いだったわけだし、アレがもうない以上必要はないけどさ」
「ならいいんだ。お前は俺の敵じゃない。第一、本田を殺したなんて凛に知られたら、次にアイツに殺されるのは俺だ」
「……私、そこまで凛姉に大事にされてるようなつもりないんだけど」
「え」
薄く困惑のにじんだ声色だった。
「……ああ。まあ、アイツの好意って分かりにくいもんな。
知らなかったか? 遠坂凛はさ、大切なやつにほど多く貸しを作っておくんだよ。きちんとした契約書付き、むこう数十年は搾り取られるレベルで。もちろん搾取側は常に遠坂だ」
「…………待って。じゃあ遠坂家の資料をタダで見せてもらってたりするのも?」
「ああ」
「宝石魔術の修練の面倒を看てくれたのも?」
「もちろん」
「あーちゃんの身体維持について相談に乗ってくれて、その上高校卒業まで住まわせてもらえることになったのも? あと、本家との交渉について来てくれるって約束したのも?」
「当然。今は実家のことで本田が素寒貧だって知ってるし、俺たちだって片付けないといけないことがあるから加減してるみたいだが、……うん、半年後くらいに預金口座を一応確認しておけ。いい納涼になる」
「こっわ!! ゴーストより怖い!!! ねえそれこの場を和ませるためのジョークだったりは」
「それはないな。なんせ、大切だった家族から聞いた、大事なやつのことだったから。忘れてたら、今度はそっちからも殺されかねない」
言葉の端に耳慣れた寂しさのような物を感じた。どこかしまむーのそれにも似ているようで、根本的な部分で何かが違っているそれが、一時的であれ凛姉の恐怖を忘れさせてくれた。
「それにさ。もしも自分のやったことを後悔してるやつを殺しちまったら、その時にはただ一人そいつにしかできない償いが、ずっと果たされることはなくなる」
「償い? そんなこと、本当にできるの?」
「ああ、ちゃんとできる。失ったモノは取り戻せないし、現実が覆ることはない。過去は、もうどうしたってやり直すことなんてできない。いや仮にできるとしたって、しちゃいけないんだと思う。それでも、そのことを忘れずに、無かったことになんてしないで、ずっとその痛みと重みを抱えて前に進んでいくこと。それがきっと、失われたモノを残すってことだから」
「………………失われたモノを、残す」
「そうやってこれからを生きて行けばいい。いつか自分で自分を許せるようになる日まで。大丈夫さ。どんな自分も受け入れて許してくれるやつが、お前にも、そして俺にだって、いるんだから」
言われて、一つの温かな笑顔を思い浮かべた。日向に寄り添うようにして咲く、本当は底抜けに明るい、私がたった一つ取り戻した笑顔。彼女といれば、私は自分を許せるだろうか。彼女は、こんな私を許してくれるのだろうか。どちらにしても、会って話をしなければずっと分からないままだ。
「ありがとう。士郎さん。言い忘れてたけど、今回の原因、だいたい予想がついたよ」
士郎さんが右に握っていた白刀を取り落としかけた。それでも拾いざまに左で近場の一体を横なぎにしているのは、流石としか言えない。
「これだから天才ってやつらは…………。いやすまん、独り言だから忘れてくれ。それで?」
「うん。さっき仕留めた一体から、ほんの僅かだけどあーちゃんの魔力を感じたんだ。で、さっきから斬りまくってるんだけど、微妙に同じものが混じってる」
「……まずくないか? 襲われたか、襲われているかで魔力を持っていかれたってことだろ」
「それはないよ。今斬った分でも、人間一人分以上の魔力量を軽く越えちゃってるから。ここに来るまでと、それから士郎さんが倒した分。そっちはカウントしてないってことを含めれば、一体どれだけになるんだろうね。
それに、気づいてる? 死霊の魔力と、新都一帯に流れてるマナの質が全く同じってこと」
「いや、待ってくれ。それは当然じゃないか。だって死霊、自然霊は周囲の
「そうだよ。今、新都にはあーちゃんの魔力が漂ってる。正確にはほんの一部だけど、総量としては、人間一人に生み出せる魔力量を大きく上回る。そんなことは、常識的にはまずもって不可能だけど、けど私たちはそれができるモノを知ってる」
「聖杯、か」
苦虫を噛み潰したような士郎さんの声に頷く。
「おかしいとは思ってたんだ。あーちゃんには一日一つずつ、それに予備でもう一つの、計二つの宝石を持たせてた。凛姉と私で立てた見立て通りなら、内一つはその日で使い切っていないとおかしいはずなのに、あーちゃんはそれで三日分持っていた。
つまり、今のあーちゃんには 宝石と自前の魔術回路以外にもう一つ魔力の供給元、それから、生産した魔力を貯めておく貯蔵庫のような物がある」
それはイリヤから聞いていた聖杯の機能そのものだった。
「あーちゃんは、あるいは部分的に聖杯の機能を引きずっている。その貯蔵分の魔力が何らかの理由で放出されて、それを死霊たちが吸っているのだとしたら」
「それなら、この大量活性も頷ける」
互いに死霊を払いのけながら、少しずつ慰霊碑に近づく。死霊たちの想念が固有結界じみたものを形成しているなら、その起点としてこれ以上の場所はないだろう。
幸い、士郎さんはこの手の作業を何回も経験済みとのこと。一番大きなものが慰霊碑にあるとしても、それを解呪するだけでは足りない。他にいくつか散らばった小起点も同じく壊す必要がある。その探知は士郎さんがやってくれる。解除するのは私の仕事だ。
「次で最後だ。北の噴水、その脇に生えてる木の根元」
解除に使う
「ところで、さっきの推測についてなんだが、一つ疑問がある。聖杯は術式から完全に破壊したはずだ。小聖杯だったイリヤも、高森の以前の肉体も消滅している。なら高森はどうやって、聖杯の一部を持ち帰ったんだ?」
「そこは、私には分からないよ。たぶん凛姉に聞いても明確な答えは返ってこないと思う。もしかしたら、やった張本人であるところのあーちゃんでさえ同じかもしれない。……なんていうのかな、この辺りなんだか、別の誰かの意思を感じるっていうか。あくまで、直感なんだけどね
まあ、その辺りの難しいことは考えなくていいと思う。原因の解明にしたって、事態の収束にしたって、今は、あーちゃんを探し出さないと始まらないんだからさ」
水音が耳に届く。いくつか起点を破却したことで、公園内の移動はずいぶんと自由になった。あと一つで、外に出ることも可能になるはずだ。
「そこだ。右から二番目の木。周囲の死霊は俺が応戦する、その間に解除しろ!」
二手に分かれて、私は指示された木の根元に座り込む。起点は人為的に作られた術式ではなく、呪いが溜まってできた淀み。ルーンで指向性を持たせた魔力を強引に流し込めば、簡単に吹き飛ばせる。
「(前はもっと細かい流れも見えたんだけど)」
ふと、以前の感触を思い出した。魔術刻印で対象の魔力構造を読み取り、もっとも弱い部分に最小の魔力を流し入れるだけで、以前は同じことができていた。範囲を広げて、一か所から同時に複数の操作をすることも。もしもまだ私があの魔術刻印を手放していなければ、起点を一つ一つ回ることなく、一息に解除できただろう。
————ああ、けどその時には、代わりに
なら、この非効率なやり方も悪くない。魔力の多量消費に伴う倦怠感にも充実したものを感じられる。
もしもこれからを、そうやって生きて行けたなら、それはどんなに————
霧が晴れる。公園の出口も、その先の街並みもずっと先まではっきりと見える。
探知のルーンを再起動。未だに残ったままの死霊の奥、入り組んだ路地の奥に今度こそあーちゃんを見つけた。
「行こう。士郎さん」
無言で頷いた彼とともに、すっかり夜の闇に覆われてしまった街を跳ねた。