Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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After5/Seacret (hollow) Daybreak

Interlude

 

「なあ、いい加減飽きねえか?」

 黒い人型の影が問いかけた。

「ぜんぜん。そっちこそどうなの。おんなじ人間を何度も殺したりなんかしてて、楽しい?」

「そりゃあ楽しいに決まってる。とくに現実じゃないってのが最高だ。やりたい放題この上なくて笑えてくる。……だがまあ、こうも変わり映えしねえと、さすがに興が覚めてくるってもんだろう。なあ、マスター」

「…………」

 苦虫を嚙み潰したような気分だ。

「何度言えばわかるの? わたし、別に君のマスターになったつもりはないんだけど」

「いやいや。状況をしっかりとよく見てみろよ。この場所で本当の意味で生きている人間は、本田未央、アンタだけだ。最弱とはいえこちとらこれでも現世に蘇った英霊様だぜ? ならもう運命は決まったも同然だろ。一蓮托生、旅は道連れ世は情け、そっちがマスターでオレがサーヴァント。つまりはどっちかが囮になってる間にどっちかがトンズラこく関係ってこった」

「もしそれで君が先に逃げ出したりしたら、十秒後にはわたしが背後からどすりとやってる」

「ハッ、違いねぇ」

 ……本当に、わたしはどうしてそうしないのだろう。

 このよく分からない相方、アヴェンジャーとは、私を12、3人程度殺した所で出会った。

「面白そうなことやってんじゃん。オレも混ぜろよ」

 そんな子どもの遊びに混ざる大の大人みたいな言い草で、アヴェンジャーはわたしの作業に付き合い始めたのだ。

 私を殺す。

 厳密には、一つ一つの教室の中で行われている記憶の再現と思しき寸劇、そこに出てくる『本田未央』という役名を負ったナニカを、その教室(せかい)から消していく。それに気づいて抵抗してきた他雑多なエキストラも、同様に処分する。

 こんなことをして何か成果があるのか。何かが変わったりするのか。どちらもわたしには分からないことだ。ただ、やるべきだと思ったから続けている。それを初めに『作業』だと評した鑑識眼だけが、アヴェンジャーを評価することのできるただ一つの要素と言えるだろう。

 手当たり次第に一番近い教室、次に隣の教室、次、次、次。

 赤いどろどろで塗りたくられた窓が背後にずっと増えていくのを振り返って見るたびに、わたしが来る前と後、どちらが本当の地獄だったのか、その答えさえもあやふやになっていく。

「決まってる。どっちも地獄だったんだ。血の池地獄は地獄ってついてるんだから当然地獄だが、死人と同じ部屋に居続けるってのもなかなかに苦痛だ」

 その血の池地獄の半分量より少し多いくらいを担っていた張本人が言った。

 ——人殺しにかけちゃあ、オレより上には二人くらいしか名前が上がらねえよ。

 と、得意げにのたまっていた言葉に嘘は無かったらしい。らしいが、それでもあれだけ全力で息を切らしておきながら、淡々と作業していたわたしを僅差で上回っただけだなんて。ただ一つの得意分野でこれなら、やっぱりこのサーヴァントの使えなさは天下一品としか言いようがないみたいだった。

「おい。何か不満があるんなら正直に言ったらどうだ、マスター」

「別に。君といっしょに聖杯を取ろうなんて言うんなら、まあ文句は百じゃ効かないけどさ。ここには人間以上に強いやつはいないんだから。なら、君は間違いなく最強でしょ。ね、アヴェンジャー」

「ま、そうなんだけどよ。素直に喜んでいいのか、それ」

「喜んでいいと思うよ。他に強い人がいなくて良かったね」

「イエーイ! オレってば超ラッキー! ……これでいいか、マスター」

「上手上手」

 拍手とともに心からの賛辞を贈る。

「そこ、惨事の間違いじゃね?」

 ノータイムでばれた。(モノローグ)まで読まれた。

「でまあ、そんな下らねえ茶番はどうでもいいんだよ。いや、こんな茶番でいいんなら、オレの目的上、延々と続けるのも悪かないが」

「目的?」

 そんなものが、この殺人鬼にあったのか。

「心を読まれること分かった上でんなこと言うたあ、中々に肝が据わったマスターだ。殺したくなってくるから止めてくれ」

「じゃあ先にそっちの方からやめてくれる?」

「そら無理だ。耳を塞いだって勝手に聞こえてくるんだから。ああ、一狩りやってる間は意識を裂いてる暇がないんで、てめえがぎゃんぎゃん心の中で泣き叫んでいたことも憶えちゃいねえよ。安心しな」

「人のモノローグを勝手にねつ造するのもやめて」

 アヴェンジャーは顔と思われる個所を天井に向ける

「……別に、あながち完全な間違いってわけでもねえと思うがな」

「————じゃあなに? もしかして君の目的って」

「おう。今まさにてめえが考えてるままだ。そうだよ、オレの目的は——」

 

「——本田未央、お前を殺さないことだ」

 

 

 半分以上、自棄(やけ)になっていたらしかった。

 次の教室のドアを強化した足で強引に蹴破って、だれかれともなくナイフを押し当て引き抜いた。

 頸椎、咽喉、心臓に肺に胃袋。いつしか一刺しでは済まなくなって、最終的には拳で殴っていたみたいだ。指の何本かがひしゃげていた。

「ありゃりゃ、これまた派手にやったもんだねぇ。腹いせにしたってさ、ここまでやるのはあんたらしくないんじゃないの?」

 わたしが自分に応急の治癒魔術をかけるかたわら、アヴェンジャーはのんびりとした調子でドアがあった場所をくぐる。そんな彼に向かって正直な気持ちをつげた。

「楽しくないね、アヴェンジャー」

「あ?」

 呆然と、自分に必要なことだけをしながらこぼした、ただの現状報告だった。確認に口元を手で触ってみる。口角が上がっていたりなんかはしていなかった。

「ぜんぜん面白くない。ぜんぜん気持ちよくない。わたしはここに、自分のしたいことをしに来たはずなのにさ。それなのに、ぜんぜん楽しくないんだよ。ねえ、どうしてかな? アヴェンジャー」

「……お前のやりたいことが、コレじゃなかったってだけだろ」

 たったそれだけなのだと。

 わたし/私が、九歳の誕生日に人でなくなってから続けてきたこと。血を流して涙をこらえて、家族の思い出(ぬくもり)を忘れて凍えそうになったこの数年間を、アヴェンジャーはたったそれだけのことなのだと言い捨てていた。

「てめえは殺人鬼なんてガラじゃないんだよ。殺人衝動もなく、殺しに生の意味を求めることもしねえ。ただ、必要だからと自分に言い訳をして、やりたくもないことを我慢し続けていただけだ。その程度のお前が、いつか楽しめるようになるのかもしれないと。いつかオレ達(こちら)側に来れる日がやってくるかもだなんて、本気で思っていたのか?」

「……いつか、そうなれたらいいとは思っていたよ」

「ならオレがはっきりと言ってやる。お前が悪に慣れることはない。本田未央は自らの悪、自らが犯した罪の重さを一生抱えて生きていく。お前の苦しみは、たとえどれだけの聖人に出会ったとしても、どれだけの成功を果たしたとしても、生涯癒えることはない」

「だから……だからわたしは、私を」

「————それでも、お前は生きるべきだ」

 アヴェンジャーは堂々と矛盾を口にする。

 ……どうして。いったいぜんたい、何が彼にそこまで言わせるのか、させるのか。わたしには分からない。

「だって……だって君は復讐者(アンリマユ)だ。ただ、この世全ての悪であれと望まれただけの、名前もない、誰でもない誰か。聖杯に取り込まれて、そしてその器ごと壊されて霧散したはずの無色の力で」

 知りもしない、耳に覚えもない事実が、簡単に口端を滑り落ちていく。けれどアヴェンジャーは、そんなことは別段なんでもないことなんだと、

「ああ、そうだ。オレなんざ所詮は偽物だ。てめぇが捨てきれなかった記憶の残滓に必死こいてしがみついて、みっともなく皮として被っているだけの、役名すら自分じゃ持ちえない三流」

 少しも否定することなく受け入れた。受け入れて、認めた上でなお、アヴェンジャーの言葉は止まらない。

「でもな、そんな大根役者に、代役の依頼があったんだ。こっちとしちゃあ、そりゃ契約条項無視の完全事後承諾でも飛びつくしかないだろ」

「代役……? アヴェンジャー、君はいったい、何を言って」

「伝言だ。一度しか言わねえから、ありがたく脳髄に焼きつけていけ」

 

「————生きろよ、未央。

 月並みだが、生きてさえいればそのうち、良いことだってあるさ」

 

 その声は、その響きは、紛れもなくわたし/私が聞いたことのあるもので。

 同時に、わたし/私が遠い昔に忘れてしまった誰かの体温を感じるもので。

 その、声の主は、忘れようもなく。

 

「お兄、ちゃん……?」

「優しい人たちに出会って、笑いあえる友達を作って。

 それから、大切な誰かとも巡り会って。心の底から愛しあえるような。

 そんな、ささやかであたたかな幸せをつかめる日だって、いつかきっとやってくるさ」

 

 崩れ落ちそうになる足を強引に踏みとどめる。さながら地面に突き刺した棒のように立ちつくしたままで、アヴェンジャーの黒い人影を睨む。

「……そんな、そんなことを言うために、わざわざわたしに付き合ったりなんかしてたの?」

「まあ、だいたいそんなところ」

 懐かしい響きは今の一度で打ち止めだったらしい。無性にむかつく元の皮肉声に戻っていた。

「お前が無駄なことしてたんで、そのまま無駄に打ち込んでもらうべく、この無駄をオレが手伝う価値のある意味のある行為に見せたかったのさ。……まあ見たとこ、十中八九思惑ハズレに終わっちまったみたいだが」

「……そうだね。ぜんぜんそうとは思えなかったよ」

「だろうな。あーあ、無駄働きしちまった」

 せいせいしたけどよ、とアヴェンジャーは付け足す。

「あとは、まあ、個人的にもさ。お前を殺したくないって思ってたんだぜ。オレ」

「はあ? この期に及んでなんの冗談?」

「うわひっでーの。そこまで引かなくてもいいだろ、マスター」

 ついさっきせいせいしたとか言っていたやつが何を言うか。

「じゃあ何? 本気でわたしを殺したくないとでも思ってたの?」

「あたりまえだ。さっきから何度も言ってるだろう。それとも何か、お宅、本気で殺されたがって……ああいや、そういえばお前、自殺しにここに来たんだったわ。やっべ、すっかり忘れてた」

「……あのさあ」

「でも、マスターもマスターだ。本当に自殺したいんなら、ここに閉じこもってすぐに自分の喉か腹でも掻っ捌けばよかったんだ。どうもさっきからお前、今の自分と、成長した後の自分とを区別したがっているみたいだが、そこに意味なんてないぞ。どっちも本田未央でお前そのものなんだから」

「…………」

「だから、変に道草食ったりなんかせず、真っ先に首をくくるなりしてりゃあ、オレが止める間もなくお前の自殺は済んでいたんだ。だって言うのにお前は、自分よりも際限なく続けられる過去の再演を、その中の自分を殺し続けた。そうすることであたかも、自分が救われるのだと信じているかのように。

 ——なあ、そんなに嫌いかよ。人殺しだってことを隠してごまかし続けてきた自分のこと」

「……ああ。嫌いだよ。当たり前じゃんか」

 吐き捨てるように、精いっぱいの憎しみをこめてアヴェンジャーに返答を返す。

「私なんて、本田未央(わたし)なんて、生きている価値もない屑みたいな生き物なんだから。誰かを食い物にすることでしか生きていけないのに、そのくせ、他の誰かに返せるものが何も無い。目にした何もかもを諦めて、手にした温かな幸せも取りこぼして、ただ死ぬことだけは何よりも怖かったから……! そんな理由で、わたしは……!!」

「——そんな理由なんかじゃない」

「————っ」

「それでもお前は、必死に生きてきたんじゃないか。お前は、不器用で無様だったけど、ずっと、少しでもマシな自分になろうと頑張ってきた。それは成長した後のお前だって変わらないはずだ。

 人生の下手くそなりに努力して、なんとか自分を良くしようと足掻いてきた。いままで、苦しみながら呼吸を続けてきた。

 ……そういうことができる奴らのことをさ、ひとまとめにして善良な一般市民って言うんだよ。

 オレの目には毒にしかならねえ連中だ。ここにいたのだって、みんなそういうやつらだっただろ。見ているだけで虫唾が走る(まぶしすぎる)。どいつもこいつもボンクラ(一点物)で、まったくお前らときたら、全員が全員、憎む(生きる)価値に溢れている」

 

「オレがあんたを生かしたい理由なんてせいぜいこんなもん。なあ、なんとも復讐者(オレ)らしい理由だとは思わねえか? マスター」

 ……憎いから殺すのではないと、アヴェンジャーは言っていた。

 彼は、人間すべてを憎んでいる。その上でどうしようもなく好いているらしかった。

 隣人が隣人の罪を許し合い、誰も彼もが憎み合うことの無い世界。

 そんな優しい未来を夢見た一人の青年(えいゆう)は、あり得るはずがない空想の中だけのおとぎ話なんだと嗤いながら、きっといつかは叶うはずの確かな希望でもあるんだと本気で信じているようだった。

 その可能性に、自らが苦しみ犠牲となっただけの価値があるのだと、あたたかな希望を託して。

「……わたしは、君のことなんてよく知らないよ。わたしの、本田未央のサーヴァントは生涯一人だけなんだから」

 それでも、きっとわたしにはその希望(みらい)は重すぎる。

「そうだな」

 たぶん、それが決定的な拒絶になったんだと思う。

「つまるところ、オレなんかじゃあ、お前ひとりとして救うことはできないってわけか」

 何か小さなつながりが胸の中でほどけてしまった。ついさっき聞いたはずの彼の言葉さえ、彼のことをわたしがどう呼んでいたのかさえも、かすんで、不確かなものとしてどこかへ流れていく。

 とっくの昔に慣れきった感触。胸の内に広がっていく空虚な冷たさもどこか懐かしくて。

「————ハ。けどまあ、これはこれで上出来だ」

 それを、もう足先さえも無くなってしまった黒い塊が笑い飛ばした。

 瞬きするたびに崩れて、何かの染みみたいになっても、それでも、ソレは笑っていた。

「まともにやり合えもしねえ。斬り合ったら3秒で斬り捨てられちまう。宝具だって足止めにしか使えねえくそったれなポンコツで——ああ、それでも、それで十分だ。

 時間稼ぎなら、十分に務まった」

 廊下の染みが何かを言っている。わたしにはもう意味のないことだ。けれど。

「てめえは自分の顔さえまともに見れない根暗で、オレはお前らを憎む事しかできねえ復讐者。だから、初めからオレにはお前を救うことなんてできやしなかったんだろう。せいぜいオレにできたことは、お前を助けられる誰かが来るまでの時間つぶしだけだ。だが———」

 まともに聞いてさえいなかったわたしの耳に、その最後の言葉だけがどうしてか深く染み込んだ。

「———だが、それでもせめて上を向け。陰気(ネガティブ)なお前を救うにふさわしい、陽気(ポジティブ)なヒロインのお出ましだ」

 

 

 染みはいつしか校舎全体を覆って、そして諸共に崩れ去った。瓦礫になることなく、そのほとんどが砂と黒い石くれになって足下に沈んで溜まると、そこに、不規則な格子模様を描いてゆらゆらとした光が差し込んだ。

 長らく光を見ていなかった気がして、わたしは思わず頭上を見上げる。わたしの他に何もいない冷たい海の底から海面を見上げている。

 その中を、一匹だけのクラゲがゆらゆらと揺れながらこちらへ向かって落ちてきていた。逆さまになった月のように見えた。

 陽の茜色も射さず、星のきらめきも届かない、暗い暗い水底に偽物の月が降りてくる。

 わたしはただみとれて、この一瞬だけは本当に何もかもを忘れて、それが底まで落ちてくるのを待っていた。

 ゆっくりと影は大きくなっていく。その中に、ゼラチン状の円球の内側に人が浮かんでいるのが見えた。

「————ん」

 内側の人が何かを言っている。

「み————ちゃ————」

 それも近づいてくるたびにはっきりと聞こえるようになっていって。

「か————え————ろう」

 中身をきちんと聞き取れるようになったころには、その人はしっかりと底に足をつけてわたしの目をまっすぐに見つめて言っていた。

「迎えにきたよ、未央ちゃん。さ、帰ろう」

 こんな場所には少しもふさわしくない、あたたかな雰囲気の女の子だった。

「…………お姉さん、誰?」

 そして、わたしの知らない人だった。

 

Interlude out




⁂以下、次回予告のような何か(読み飛ばし可)


 おかしいなあ。未央編三話で閉めるはずだったのに、どうしてこうなった。

 そんな事情はさておき、聖杯戦争を巡るみおあいの重い重いお話も次回で一旦幕となります。
 ここの未央にとって藍子はいないと死ぬ(セルフ)な存在との裏設定があったのですが、このエピソードはまさしくこれを主軸としています(本当はもう一つ『アイドル』が心の拠りどころとしてあったりするのですが、十二歳の未央にはこれも無いようなものなので)。一方、After編最初のエピソードで未央に自分の事を忘れられることが怖いと言っていた藍子は、あれから一年と少しの時間を経て、成長したようなそうでないような。
 果たして未央はもう一度立ち上がることができるのか、
 未央に藍子はどんな言葉をかけてあげられるのか。
 次回After5.5話『これまでとこれからに、■■■■■の気持ちをこめて』。ご期待ください。



 まあ、タイトルの時点で半ばネタバレしてるようなもんですけれども。

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