Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~   作:藻介

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未央回です。
アイドルでもない、卯月とセイバーのリーダーでもなければ、藍子とも出会っていなかった、魔術師本田未央の六年間がどのようなモノだったか。
オリジナル設定ではありますが、どうかお付き合いのほどいただければ。


3/☆☆★Witch Girl(1)

2月1日(水) 早朝

 

 目が覚めると、そこには知らない天井がありました。

 なんて、まるで病院にでも運ばれたみたいな言い方ですけど、実際は違うのだと思います。現状、見えている限りのそれは清潔感のある白ではなくて、重い色合いの木組みでできた洋風のもの。

 ふと、疑問に思います。わたしは確かに一つだけ、洋館の間取りを知っているはずです。

 そこはわたしが、子どものころから通っていた場所でした。

 そこは、わたしの親友が住む家だったはずです。

「……なのに、どうして」

 どうしてわたしは、知らない天井だ、なんて思ったんでしょう。

 言いようのない不安に駆られ、寝かされていたベットから起き上がります。いつの間にかリネン生地の白いパジャマを着ていました。その二つも確かに記憶にあるのに、いつかだったか、かぜをひいたときに着せてもらったこともあったはずなのに、肌に触れる布の感触から違和感がぬぐえません。

 幸いにも、見える場所にわたしの制服がかけられていました。下着はさすがにこのまま借りるしかありませんが、それ以外はすぐに制服に着替えます。

 そのままほんの少し重い木の扉を押し開けて、部屋を出ました。そこは横に長い廊下。わたしがさっきまでいた所は客間だったようです。同じものが左に二つ、そして右にもう一つありました。

 右の扉の向こうには階段があります。きっとその下。もはやどこまで確かなのか信じられませんが、それでもまだ、覚えていられている記憶によれば、階段を下ってすぐの右の部屋のリビングに。この時間にはきっと、この家の住人である彼女がもう一人の友人とともに朝の支度をしているはずです。

 階段の手すりに寄り掛かります。頭が割れるように痛んで、今にも破裂しそうなほどに血が全身を駆け巡って、口が全力で酸素を求めて息をしています。

「わたし、……どうして」

 ずいぶんと今更な疑問でした。わたしは、どうして彼女の家に泊まっているのでしょう。だって昨日は何も無い、ただ普通の日で——————

 ——————そんなはずない。

 より激しく。血が脳の中を走った気がしました。

 藍子ちゃんのメール。夜の学校。進路希望調査票。赤い槍と獣の目。月明りと女の子の蒼色。心臓を握られる死の感触。聖杯戦争。教会と神父さん。それから、それから。

 雪の妖精と、巌の怪物。

「……そっか、わたし聖杯戦争に」

 またも頭痛が襲います。それに気を取られ、階段の中ほどを踏み外してしまいました。

 少しの浮遊感。このまま落ちてしまえば、忘れてしまえるでしょうか。

 気持ちの悪い違和感も、死ぬような目にあったことも、それに、これから何度だって立ち向かわなくちゃいけない現実も。全て、頭でも打って、なかったことに。

「——————本当に、卯月はそうしたいの?」

 せめて痛くないようにと身構えていたわたしの体を、痛みが襲うことはありませんでした。

 誰かの腕に抱えられているみたいで、つむっていた目を開けると、そこにいたのはセイバーさんでした。

「あ」

 よかった。自然にそう思っていました。

 何度も死にかけた昨晩の記憶の中でたった一つ、間違いであって欲しくない。嘘であってほしくないモノが、ちゃんとそこにあって本当に良かったと思いました。

 そのことが、この時胸にあったどんな気持ちよりも嬉しかったんです。

「卯月、大丈夫? けがしてない?」

「は、はい。大丈夫です。……その」

「ああ。今下ろすね、はい。足元、気を付けて」

「…………どうも」

 セイバーさんは右手を貸してくれて、それに支えられながらわたしは、絨毯が敷かれた階段の踊り場に足をつけます。頭痛がおさまったわけではありません。むしろ痛みが分かりやすくなった気がします。これは、たぶん警告です。自分の知識の中に、何かおかしなところがあって、(本能)がそれを察知して(理性)に痛みとして教えてくれているのでしょう。

 けれど、わたしのそばにはセイバーさんがいます。すくなくとも彼女が今そこにいてくれることは、体で触れて確かめられる真実です。ならそれを足掛かりにして、わたしはしっかりと立っていられます。

「セイバーさん、少し、肩を貸してくれませんか?」

「いいよ。でもどうせなら、さっきみたいに担いでもいいけど」

 それは勘弁してください。ようやく眠気が消えてきた今だから分かったことでしたが、さっきのはいわゆるお姫様だっこと呼ばれる形ではなかったでしょうか。もしもまたそんなことを、しかも頭痛のしているこの状況でやられたら、きっと心臓が持ちません。

「…………肩で、お願いします」

 たっぷり十秒ほど考えて、そう答えました。それを聞いたセイバーさんはおかしそうに微笑んでいて、思わずその胸を叩きたくなりましたが、なんとかがまん。頼んだとおりに、わたしの右腕を彼女の右肩にのせてもらいます。

 一歩一歩、一段一段、彼女と一緒に階段を下っていきます。

「セイバーさんは、どうしてここに?」

 とくに理由も無く聞いていました。しいて言えば、ただ気になった、それだけです。

「覚えてなくて当然か。昨日、いや時間的に今日だったかな。どちらにしても前の晩、バーサーカーと戦ったあと、卯月、気を失ったんだよ。未央が言うには魔力の使い過ぎだって。私これでも燃費の良さには自信があったんだけど、なんでも、元から使ってなかった卯月の魔術回路が少しだけあって、召喚のときにそこを初めて使ったから体に負担がかかってたみたい。緊張がゆるんだ時にそれが一気にきて、ばたん」

「……魔術回路。魔術師が魔術を使う時に魔力を流す、疑似神経、でしたっけ。それがわたしに」

「うん。でも量も質も一般人レベルだし、容量もそんなに無いから魔術なんて使えない。精々、礼装の起動くらいだろうね。これも未央の受け売りだけど」

 薬を飲んで一晩休めばなじむものだから、後遺症も何も残らないよ。セイバーさんはそう続けて、今度はわたしが倒れた後のことを話し始めました。

「倒れた卯月を抱えて、ひとまず卯月の家にでも運ぼうかと思ったんだけど、恥ずかしながらまだ卯月の家がどこにあるか知らなくてさ。そんな私を見かねた未央が、うちに来ないかって言ってくれてそのまま一晩厄介になったよ。親御さんのほうにも便宜を図ってくれたみたいだから、心配はないと思う。で、朝になってなかなか起きてこないから、起こしに行ったら階段から落ちそうになってて慌てて飛んでみた。私の方は、まあそんなとこ」

「本当に、ありがとうございます」

「いえいえ。どういたしまして」

 わたしの感謝にセイバーさんは、本当になんでもないことだと言うように返していました。むしろ、わたしを助けられてよかった。なんて言いだしそうだなと思えて、それからひどい自惚れだなと気づきつつも、なんとなく否定できませんでした。たった一晩でわたしは、この本当の名前すら知らない女の子を、とても信頼してしまっているみたいです。

 そのセイバーさんに今一番気になっていたことを聞いてみました。

「セイバーさん。確認なんですけど、ここ、未央ちゃんの家なんですよね?」

「うん? そのはずだけど。何? 来たことなかった?」

「いえ。玄関なら昨日の朝にも来ています。昔はもっと奥の方にも上がらせてもらったことがあった、はずです」

 長く思えた階段をようやく下りきって、リビングへ行こうと右側の壁側に足を向けます。

「卯月、顔洗いたいの?」

「いえ、先にリビングにいる未央ちゃんにあいさつしようかなって。何かおかしかったですか?」

「……いや。行こうか」

 何かを考え込んでいたようでした。けれどそれをセイバーさんが教えてくれることはなく、すぐにリビングのドアの前にたどり着きました。

「じゃあ、開けるよ。卯月」

 ドアを開けるだけなのに、ずいぶん勿体つけるなあ。なんて思うわたしを支えたまま、セイバーさんはドアノブを捻ります。

「え………………な、んで」

 そこはリビングではなく洗面所でした。四畳ほどの部屋で、奥にもう一つ扉が見えます。おそらくは浴室につながっているだと思いますが、わたしの注意はそちらには向いていませんでした。

 ゆったりとくつろぐためのソファーもありません。みんなで囲める大きなテーブルも置いてありません。昔、未央ちゃんと一緒にアニメを見ていたテレビも、どこにも見当たりません

「うそ。だって、ここには確かにリビングが」

「……ごめん、卯月」

「どういうことですか。セイバーさんは、何か知っているんですか!?」

「ううん。悪いけど、私は何も知らない。ただ、私がよけいなことをしちゃった気がしたから。そのせいで、無意味に卯月が傷ついちゃった。……ねえ、卯月、さっきのことなんだけどさ」

「さっき?」

「階段から落ちそうになってた時のこと。卯月あの時、昨晩のこと、なかったことにしたいって思ってたでしょ?」

「………………はい。ですけど、どうして知ってるんですか? わたし、言ってないですよね?」

「うん、言ってない。けど、マスターとサーヴァントはパスでつながってる。基本的には魔力を送るだけのモノだけど、たまに精神的にもつながることがあるんだ。例えば、マスターがサーヴァントの過去を夢で見たり、とか」

「夢、ですか。あんまり覚えていませんけど」

「まあ普通そうだよね。未央が言うには、召喚陣も何もなしに呼び出したつけだって。私たちの間のパスは不安定で、普段は弱いままなのに、ふとした時にあり得ないくらい強くなるらしいよ。さっきのは、たぶん丁度その偶然を拾っちゃったんじゃないのか、っていうのが、私の考え。心を読むような真似してごめん」

 セイバーさんは悲しそうな顔でうなだれてしまっていました。なんとなく、雨に濡れたワンちゃんに似ている気がしましたが、黙っておきます。

「でも、これだけは聞いておかないといけない。もしも卯月が全部なかったことにしたいなら、方法はある。今すぐ私と契約を切って、それから」

「セイバーさん」

 その一声はわたしにしては珍しく怒りっぽい声でした。それに気づいたのか、彼女が顔を上げます。

「わたし、そんなことしません。たしかに昨日の晩のことは、わたしには耐えがたいことばかりでした。忘れられるのなら、忘れたいです。ですけど、それと一緒にセイバーさんのことまで忘れてしまうのは、わたし、嫌ですから」

「……卯月」

 きれいな顔でした。その顔を見て、ひどく当たり前のことを思い出した気がします。人間は笑顔以外でも嬉しいってことを表現できるんだって。なんだか照れ臭くなって、怒っていた気持ちがどこかへ行ってしまいました。

 貸してくれていた肩から離れて、すこし目線を反らしながら言います。

「…………守って、くれるんですよね? そう、言ってくれましたよね? ならきっと大丈夫です。セイバーさんがいてくれるなら、きっとわたし頑張れますから」

「——————卯月!」

 せっかく離れたのに、今度はセイバーさんから抱き着かれてしまいました。なぜか、今度は本当にセイバーさんは悲しそうな顔をしています。何か悲しいことでも思い出してしまったのでしょうか。どきどきとうるさい心臓の音が彼女に聞こえていないよう祈りつつ、その背中を両手で抱えます。思ったよりも小さくて驚きました。

「守る。卯月のことは、絶対に。たとえ卯月が卯月自身を傷つけることがあったとしても、私が、全部からあなたを守るから」

「ふふ。なんですか、それ。わたしがわたしを傷つけることなんて、あるわけないじゃないですか」

 抱き締める力が一層強くなってしまいました。今のは地雷だったみたいです。

 どれだけの間そうしていたのでしょうか。窓の外の薄暗さからすれば、きっと五分もなかったのだと思います。終わる時だって突然で、

「……ごめん、取り乱した。リビング、本当はこっちだから。行こう、卯月」

 そう言って先を行くセイバーさんについて行きます。その足取りに迷いはなくて、さっきまでのやり取りがなかったことみたいに思えます。ただ、彼女が強く抱きしめていた背中の真ん中が少し痛みました。その痛みが、きっと証拠になってくれているはずです。

「ここ。リビングはこのドア」

 洗面所から二つ廊下の角を曲がった先にあったドアでした。屋敷の思わぬ広さに面食らいつつも、覚悟を決めてそのドアノブを回します。

 そこはちゃんと記憶にあるリビングでした。赤い布が敷き詰められたソファーが、背の低いテーブルを囲んでいます。その中に未央ちゃんは立っていました。やっぱりです。ティーセットの片付けもどこか手慣れているはずなのに、この部屋に、彼女の雰囲気があっていません。

 未央ちゃんがもう十年もここに住んでいるなんて全く思えません。

「ありゃ。ずいぶん遅かったね、二人とも。もう朝ごはんできてるよ」

「未央ちゃん。藍子ちゃんはどこですか?」

「あーちゃん? あーちゃんなら今日は来てないけど。昨日私を探しまわってくれてたみたいで、そのせいで風邪ひいちゃったんだって。あとでお見舞いに行かないと。しまむーも一緒に来てくれる?」

「はい。大丈夫です」

 未央ちゃんの様子はいつもと変わりません。魔術師だと知っても、やはり未央ちゃんの見え方は変わっていません。

「未央ちゃん。一つ聞きたいことがあります」

「ほう。しまむーが私に質問かい。いいとも! この本田未央ちゃんがなんでも教えてしんぜよう! もし答えられなかったらアーチャー呼べばいいだけだし」

「サーヴァントをグー〇ル扱いするのはどうかと思うよ、未央」

「う、鋭い。さすがセイバー鋭い。……ってふざけてる場合じゃなかった。しまむー、言ってみて。答えられることなら答えてあげるからさ」

「じゃあ、一つだけ。それだけ、正直に、ごまかさずに答えてもらっていいですか?」

 わたしの聞き方に何かを感じ取ったのでしょうか。今度は茶化すことなく、真剣に耳を傾けていました。

 大きく息を吸って、未央ちゃんの目を見て。

「未央ちゃんは、本当にわたしの幼馴染ですか?」

 そう聞いていました。

 暖炉の薪が爆ぜる音がしました。それがきつけとなるまで、未央ちゃんは口を薄く開けていましたが、ふいにその口から溜息が漏れて。答えに詰まったのでしょうか、窓の外を見つめます。

「雪」

 つられて見た外は、白い粒が舞っていました。積もりそうにはないですけど、この中を歩いて学校に行ったら、きっと霜焼けになってしまうと簡単に想像できます。

 その時のわたしと同じことを、未央ちゃんが考えていたかは分かりません。

「しまむー」

 ですが。

「学校。一日だけ、ずる休みしちゃわない?」

 そんなことを言うからには、きっと近いことを考えていたのだと自然と思えてしまえました。

 

 

「結論から言うと、確かに私はしまむーの幼馴染じゃないよ。きっとしまむーの記憶では、十年くらい前から私がここにいることになっているんだろうけど、私が本当にこの街にやって来たのは一年前の今日か、それよりすこしだけ前だからね」

 アーチャーさんの淹れた紅茶をすすりながら、なんでもないことのように未央ちゃんは言いました。

「……でも。わたしには、この十年ずっと未央ちゃんと一緒にいた記憶がありました」

「うん。それが本当はウソなんだよ。しまむー」

「…………」

 正直なところ、あまり驚いていませんでした。むしろ、自分の中ですんなりと、それが事実だと認められてしまいます。

 十年前。わたしはこの家には来ていません。

 来ていないのだから、そこに誰が来ていても知り合うはずがなくて。そして、そこに誰が来ていたか知らないのだから、誰かがいたと言われれば、すんなりとそう信じられた。

 そこからは芋づる式に、言われたことをなんでも信じたはずです。

「魔術としては軽いヤツだからね、私のそれ。一つでも違和感に気づけばすぐに崩れるみたいに解けるよ。そこを何とかカバーして、なんとか一つの暗示(ウソ)だけを守り通す。これだけは得意だったはずだし、しまむーにはそれこそ二重三重に保険かけといたから。まさか今日バレるとは思わなかったけど。うーん、なんか自信なくしちゃうなあ」

「そこは問題ないよ。たぶん、未央の魔術には何のミスもなかった。だから、きっと計算違いなことがあって、そっちに気を回していなかっただけ」

「ふーん。じゃあセイバーは、その計算違いが何なのか気づいてるんだ」

「まあ一応。私の真名に関わるから、詳しくは話せないけど」

「それ、答え言ってるようなもんだよ。セイバー」

 未央ちゃんの考えていることが、なんとなくですが察せました。未央ちゃんの魔術が解けた理由、それがセイバーさんの真名に関わるのなら、おそらくセイバーさんには契約しているマスター、それから、もしかするとセイバーさん自身にも、その手の魔術に対する耐性がつく。そういうことができる力、アーチャーさんたちが言うところのスキルが備わっているか、もしくはセイバーさんの宝具にそういう能力があるのでしょう。

「言わないでよ。未央。私だって好きでこんな能力持ってるわけじゃないんだから。ほら、無辜の怪物ってあるでしょ、あれと似たようなもんだよ」

「よそのイメージに縛られて本人が変質するっていう? まあ確かに、それなら呪いみたいなものかもだね」

「そ、おかげで制御できないし、そのせいで卯月に余計な混乱をさせちゃったし」

 さっきセイバーさんが謝っていたのはそういうことだったみたいです。彼女の意志でどうにもならないのなら、別に悪く思う必要はないと思いますが。

「話がそれちゃったね。未央、続きを聞かせて。どうして卯月に暗示をかけてまで、魔術師であることを隠そうとしていたのか」

 うんざりとした顔をしながら、セイバーさんは話題を切り替えました。それに未央ちゃんは頷き、まだ湯気の立っている紅茶を一口ちびってから、すこし迷うような表情になりました。

「それには、あんまり明確な答えはないんだけどね。魔術師だってことを隠したかったのは事実だよ。しまむーが、言い方は悪いけど隠れ蓑として丁度良かったのもある。こんないい子、三人と見たことないしね。ただ、どうして記憶までいじったりなんかしたのかについては……。もしかしたら、普通に親友って呼べる人が、一人くらい欲しかっただけなのかもね。魔術で暗示かけてた時点で、普通でもなんでもなかったけどさ」

「未央ちゃん……」

「ずるいことをしていたのは分かってる。ウソばっかりで、本当のことをほとんど何も教えてこなかったのも、自覚してる。当然、あーちゃんにだってまだだよ。何度だって思うけど、私ってほんとうにずるいよね。それでもね、これだけは本当。私さ」

 

「この聖杯戦争は、なにがあっても負けられないんだ」

 

 そうして未央ちゃんは語り始めました。

 一人の少女でしかなかった彼女が、どうして魔術師になったのか。その理由を。

 

 

 本来、聖杯戦争に参加する魔術師は遠坂という家の方から選ばれるそうです。その遠い分家筋である未央ちゃんの家、本田家は、最近になって、魔術師として衰えていました。

「うちのおじいちゃんはそれをなんとかしたいと思ってたみたい。聖杯戦争に参加して名を上げるために、いろんなところを駆け回ってさ、へんな人に頭を下げて、泥を飲むよりもひどいこともして。私がまだ生まれてなかった時のことだけど、たまに家の人がいない、末のあの子はどこかって聞いたら、『死体を欲しがってた黒魔術師にくれてやった』なんて返ってきたこともあったんだって」

 未央ちゃんの言葉一つ一つには反論しようのない重みがありました。それらすべてが冗談ではないと納得するほどの、魔術世界の闇。そもそもこの一年で、未央ちゃんはこの手の冗談を言ったことがありません。彼女にとって、いま口にしたすべてはまぎれもなく日常なのです。

「それをずっと見ていたから当然だけど、私の両親は祖父のことをよく思ってなくて、同じように魔術もあんまり好きじゃなかったみたい。おかげで、祖父が死んだ後に生まれたわたしは、九歳の誕生日を迎えるまで、うちが魔術師の家系だってことすら知らずに育ってこれたよ。それは本当に奇跡だったって思ってる」

「奇跡、ですか。九歳まで、普通の人生を送れたことが」

「うん。まぎれもなく。しまむーには、全然そんなふうには思えないだろうけどね。でもね、しまむー」

 

「奇跡は、長続きしないものなんだよ」

 

 未央ちゃんがそう、溜息をつくように言いました。

「繰り返しになるけど、ちょうど九歳の誕生日だった。一番上のお兄ちゃんがさ、高熱を出して倒れたんだ。うちの両親はまず病院に行って、診てもらったよ。診断結果は不明。それで帰ってから魔術的に見てみたらすぐに分かった。魔術刻印が変質して、お兄ちゃんに合わなくなっていたみたい」

「卯月殿。まだ教えていませんでしたが、魔術刻印とは一つの臓器なのです」

 未央ちゃんの後ろから、アーチャーさんが補足します。

「体内に移植すれば、それ一つがそのまま術式として機能し、魔力を通すだけで魔術を発動できる。使える魔術は家柄ごとに違っていますが、そこに刻まれている物が歴代の魔術師の歴史そのものであることは変わりません。何十年、何百年、ときに千年もの研鑽と努力の結晶。それゆえに扱いには細心の注意を要します」

「祖父は幸か不幸か聖杯戦争への参加権をつかんでいたんだ。失ったものを考えれば、参加しないわけにはいかない。それでも生きて帰れるように、うちで一番才能があった一番上の兄ちゃんに、その刻印が移植されていたんだけど。たぶん祖父のやったことの報いかな、呪われてたんだよ、それ。すぐに外されたけど、兄ちゃんは下半身が麻痺して車椅子に乗ることになっちゃった。

 これが普通の家ならさ、そんな呪われたもの早くすてちまえー、って言えるんだろうけど。それでもうちの両親は、自分たちでもいやになってたはずだけど魔術師だったんだよ。魔術師にとって研究してきた成果と時間はどんな宝石よりも価値があるもので、それが十何人分も重ねられた刻印を次の代に繋ぐっていう、魔術師の使命から逃げられなかった。まず自分たちに移植してみて、失敗。幸いなことだったのか入りすらしなかったから、後遺症なんてあるわけもなくて、次に上から下にいた兄弟みんなに試して、同じように失敗。それで、最後に残ったのが」

「未央ちゃんだったんですか?」

「うん。結果は信じられないくらいの大成功。呪いなんてまるでなかったみたいに影響なし。誰も喜べてなかったし、私だって、自分が何されてたのか分かってなかったしで、家中が静まり返ってたよ」

 あの時以上に残念そうな顔を私は見たことがなかったなぁ。未央ちゃんはそう言っていました。

「それからは私が本田の家の魔術師になって、両親は聖杯戦争に備えて私に魔道を叩きこんで。それが今から六年前。で一年前、本家がある千葉のほうからこっちに越してきた。言峰に宿としてこの家を借りて、うちが昔からあったみたいに細工して。あとは、しまむーとあーちゃんが覚えているままだよ」

「……じゃあ何? 未央は、家に決められて聖杯戦争に参加したってわけ? 自分の願いも何もなしに?」

「その通りだよ、セイバー。大好きな家族が私を天秤にかけてまで、そうまでして大切にしようとしていたのが魔術なんだよ。なら私も大切にしなきゃ。それが自分で決めた、まぎれもない自分の気持ちだから」

 セイバーさんの問いかけに、未央ちゃんははっきりと答えていました。それがあんまりにも迷いなく答えていたので、わたしは深く考えもせずに聞いていました。

「それなら、未央ちゃんが聖杯に望むことは」

「……魔術刻印の修復。なんだかんだ、私にも魔術師の血が流れてるみたい。祖父のやったことは残酷でずっと昔から、多分これからも同じことを繰り返していくんだろうけど。それでもいつか、魔術師の悲願、根源の渦にたどり着けるなら。きっと失くした物にも意味があるのかなって。そのためには私以外にも魔術刻印(コレ)が受け入れられるようにしないと。私、魔術の才能あんまりないからさ」

 そう言った彼女の顔がいつもと変わらない笑顔で、私にはそれ以上何も言えませんでした。ただ一つだけ、はっきりと分かることがあるとすれば、その笑顔はきっといいモノではないだろうということだけです。

 もう一口、互いに紅茶をすすります。思ったよりも時間は経っていなかったみたいで、紅茶はまだ温かいままでした。

 飲み口から顔を上げると、そこにあった未央ちゃんの顔は、元の真剣な魔術師としての顔に戻っていました。

「そのために、二人にお願いしたいことがあるんだけど」

「セイバーさんと、わたしに、ですか」

「うん。私はどうしても、この聖杯戦争に勝たなくちゃいけない。幸いなことにうちのアーチャーは強い。並の相手なら、状況判断さえ間違えなければまず負けない。でも」

「バーサーカー」

 セイバーさんの指摘に未央ちゃんは頷きます。

「そう、アレは英雄の域を超えてる。アーチャーと知恵を絞れば、何か方法があるかもしれない。それでも単騎でやり合うには分が悪すぎる、だからせめて、しまむーとセイバーの手を借りたい」

「昨日は押されてたけど、それでもいいの?」

「もちろん他のサーヴァントの手を借りることもあるかもね。でも、一番信頼できるのは、しまむーとセイバーの二人だよ。昨日のローブのサーヴァント、低ランクだけど騎乗スキルがあったから、多分ライダーだと思う。彼女の協力もあればより確かかもしれないけど、彼女もサーヴァントである以上、マスターが信用ならないヤツだったら、バーサーカー以外に考えることが増えて集中しにくくなる」

 そこまでの、あくまでマスターとしての理屈に沿った考えを、未央ちゃんはためらうことなく言えました。

 ですが、その先を言うことを彼女はためらっていたように見えます。紅茶をまた一口飲もうとして、空っぽなことに気づいたみたいです。アーチャーさんにおかわりをもらってから、改めて口をつけて、それからになって、ようやく未央ちゃんは切り出しました。

「……今まで騙してばかりで、信用ならないってことも分かる。そんな私の提案だから、私が思っているような信頼を、しまむーからもらえるとも思ってないよ。だけど、それでも良ければ、バーサーカーを倒すまで私たちと一緒に戦ってくれないかな」

「…………」

 わたしとしては、断る理由がありませんでした。これがわたしだけに頼まれたことなら、迷いなくすぐに頷いているところです。ですが未央ちゃんは、わたしとセイバーさんに聞いたんです。わたしが頷けば、たぶんセイバーさんもそれに従ってくれます。けれどそれは、わたしがなりたいセイバーさんとのわたしからは、ずいぶん遠のいている気がしました。

「セイバーさん。セイバーさんは、どう思いますか?」

 そういう理由で、返事を返す前に彼女に意見を求めてみました。

「私? 私は、まあいい条件だと思うよ。未央もアーチャーも、私よりは魔術に詳しいから、きっと卯月の助けになるだろうし。当然、卯月のことは私が守るけどさ、でもいつだって守れるわけじゃないだろうから、その時に自分の身を守れる技術を身に着けておいても、特に問題はないはずだよ」

 どうやらセイバーさんも、未央ちゃんとの共闘には賛成のようです。ほっと一息つきます。それから未央ちゃんの目を見てしっかりと答えました。

「未央ちゃん。わたしもセイバーさんと同じです。未央ちゃんのことは、ちゃんと信頼していますよ」

 だって、と付け加えました。

「未央ちゃんは、たとえ昔からの友達じゃなくたって、わたしの親友ですから」

 その返事に未央ちゃんは、

「しまむー……。うん、ありがとう。それから、あらためてよろしく!」

 太陽のような笑顔でわたしの手を握っていました。

 

 




マスターのマテリアルが解放されました。
(読み飛ばし可)

・本田未央
 ・アーチャーのマスター。「穂村原学園中等部三年生で卯月の親友」そう暗示をかけていた。
 ・本作のもう一人の主人公。
 ・遠坂の遠い分家筋にあたり、零落した本田家の再興のため、聖杯戦争に足を踏み入れる。
 ・魔術回路の質も量も並の魔術師をしのぐが、兄には勝てないらしい。
 ・魔術属性は水。自らの魔力を暗示として対象の体内に”滲み込ませる”本田家の魔術との相性の良さが、彼女に魔術刻印をノーリスクで受けれ入れさせた。そこにどんな環境でも”とけこめる”社交性を合わせることで、最小の魔力で最大の範囲へと暗示を”行き渡らせる”。
 ・物事をはぐらかしてしまう悪癖があり、たいてい悪い結果しか生まないことを知ってはいるものの、どうしてもなおせないのが悩み。セイバー曰くヘタレ。そのくせ説得と言いくるめの技能値が魔術の効果含め無駄に高いので、手に負えないレベルで厄介。社交性の高さが仇になって気づかないうちに自分と他の誰かを傷つけてしまっているタイプ。
 ・聖杯への願いは変質してしまった本田家の魔術刻印の修復。未央以外に適応しなくなったそれを次の代に譲り渡すために、九歳からの六年間、彼女の両親は未央を人並みに愛してやることをあきらめた。それでも未央にとって家族は大切な存在であり、そんな家族が大切にしていたモノを自分も大切にしたい。未央の心に嘘はなかった。それと同じだけ、あるいはそれ以上に大切にしたい、そう思える何かを見つけてしまうまでは。
 ・本来彼女の家の魔術刻印は、自分以外への魔力の浸透を旨としている。変質しても、そこは問題なく扱えるものの、問題は変質したことによって刻印が数段上の域に到達してしまったこと。たった一度だけ、近くにいる誰か(複数可)の■と■■を■■■し他の■■や■に■■させる。本来十年二十年先の技術であるそれを、本田の魔術刻印は(もともと研究していたこともあったが)突然変異的に会得していた。通常の魔術師であれば、魔法も同然のそれを逃すはずがない。適合する誰かにさっさと移し、そのままビンに詰めてしまえば、根源の到達への何かの足がかりになるかもしれないと考えるのが魔術師だ。
  だが、三つの偶然がその運命を変えた。
  一つ、ただ一人刻印が適合したのが9歳まで魔術のまの字も教えずに、ただ一人のまっとうな人間として扱われていた未央だったこと。二つ、彼女の両親が、魔術師と名乗るにはあまりにも人間性を捨てきれていなかったこと。三つ、兄や他の兄弟たち、両親、生きていた家族全員から、たった一人の人間として未央が深く愛されていたこと。以上の理由から、両親は刻印の変異によって発生した技術を封印し、表向きはそれの修復を優先しながらも、もし彼女が人間として生きていくことを決めたなら、その時は好きにさせようと心の底で望んでいた。
  ——————だからもしも、彼女に本当の奇跡が与えられていたのなら、それはたった一つ。彼女の性格が、家族ぐるみでお人好しだったことだけ。
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