Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
その都合上、一話あたりの文字数が全くと言っていいほど安定しませんが。
2月4日(土) 早朝
「そうだ。お昼から新都に行くから、みんな準備しててね」
聖杯戦争五日目のその朝。わたし、セイバーさん、藍子ちゃん、それから未央ちゃんの四人で囲む朝食の席で、未央ちゃんは突然そんなことを言いだしました。
未央ちゃんが幼馴染でなかったと知ったあの日から、二つ夜が明けました。その間、とくに何事もなく、今が聖杯戦争の途中であることを忘れてしまいそうなほどに、平和な時間が流れています。
変わったことがあるとすれば、わたしとセイバーさんが聖杯戦争の間だけ、未央ちゃんの家に厄介になることになったくらい。
藍子ちゃんには二日前にしっかりメールで伝えていましたが、それを彼女がしっかりと自分の目で確認したのは、体調が戻った今朝のことです。わたしはともかく、セイバーさんを泊めることを藍子ちゃんはあまりよくは思っていなかったみたいです。朝ごはんの準備も後回しに、セイバーさんの手を取って、
「未央ちゃん。応接間、少しの間だけ借りますね」
と言って、二人そろってリビングから姿を消すことおよそ二十分。帰ってきた藍子ちゃんはとってもごきげんでした。
何があったのかセイバーさんに聞いてみると。
「うん。なんていうか、さ。恋する乙女は盲目、だっけ? あれって本当なんだね。なんか、仲間だと思われちゃったみたい。別にいいけど……」
と、ひどく疲れた声で言っていました。
「恋!? あーちゃんが!? 一体誰にさ、セイバー!」
とかなんとか騒ぐ唐変木な未央ちゃんに、セイバーさんが正義の鉄拳を食らわせていることにも、藍子ちゃんはなぜか気づかず、鼻歌を歌ったりしながら朝食の準備をしていました。
……これが、本当のお相子。藍子ちゃんだけに。いえ、あんまりおもしろくなかったですねコレ、忘れましょう。誰か残念な二十五歳の人が来そうですし。それが誰なのか、わたしには全く見当がつきませんが。本当の本当に、誰なのか分かりませんが。
その後、出来上がった和風の朝食を四人で囲んで、テレビを見ながら楽しく焼きサバをつついていた時でした。
「そうだ。新都行こう」
「そんな京都行こうみたいな言い方でしたか?」
いつもつっこまれる側のわたしが、未央ちゃんのボケに反応していました。未央ちゃんはわざとらしく笑っています。セイバーさんも呆れたような顔で焼きのりをご飯に巻き、その一方で藍子ちゃんは。
「いいですね、お出かけ! 私も最近家にいてばかりだったから、街の方に行ってみたいと思っていたんです!」
かなり乗り気みたいです。「さっすがあーちゃん!」と未央ちゃんが指を鳴らしました。
「でもあーちゃん、大丈夫? 病み上がりで出かけちゃって。アイドルの仕事だってあるんだから、あんまり無理は」
「大丈夫だよ、未央ちゃん。この前二人がお見舞いに来てくれたおかげで、もうすっかり良くなったから。ほら」
そう言って力こぶを作る藍子ちゃんの二の腕は、さほど盛り上がっていませんでした。それでも自信満々な彼女の表情からは、あふれるような元気が伝わってきます。きっと、大丈夫でしょう。同じことを未央ちゃんも考えていたようです。眉間にしわを寄せて悩まし気な雰囲気でしたが、最終的に藍子ちゃんの健気さに折れたみたいです。
「分かったよあーちゃん。でも一応、変装はしておかないとね」
「そうですね。今日はお散歩とは少し違いますから、ちょっと試しに着替えてきます」
お箸をおいて手を合わせ、「ごちそうさま」を言ってから空のお皿を片付け、藍子ちゃんは二階に上がっていきました。それとほとんど同じくして席を立つ未央ちゃんにすこし聞いてみました。
「藍子ちゃんの着替え、こっちに置いてあるんですね」
「んー? まあね。たまに泊まっていくこともあるから、一通りは置いてあるよ。おかげで客間のうちの一部屋、実質あーちゃんの部屋になってるし」
「それじゃあ、藍子ちゃんには」
「しまむー。しー」
暗示はかけていないんですか。と聞こうとしたわたしを、未央ちゃんは自分の口に人差し指を立てて制します。わたしが口を閉じたのを見ると、ポケットから小さな石を取り出して、部屋の隅の一つに置きました。
「これでよしっと。最低限の防音はしてるから、あーちゃんには聞こえないはず。ごめんねしまむー。黙らせるようなことしちゃって」
「いえ。気にしていません。……防音ってことは、藍子ちゃんにもやっぱり」
「うん。魔術のことは黙ってる。関わる人は少ない方がいいからね。まあ、あーちゃんの場合は個人的な理由もあるんだけどさ。……とにかく、ここからは真面目な話をしていくよ」
「新都に出かける本当の理由、てっとこ?」
セイバーさんの言葉に未央ちゃんは頷きます。
「二日前に話した通り、当面の目標はバーサーカーの討伐。策はまだ要相談として、本丸を落とす前にやっておくことがある。言ってしまえば露払いだよ。言葉面ほど簡単じゃないけどね」
「露払いですか」
「そ。横槍なしでバーサーカーと直接やり合うために、まずはそれ以外を片付ける。ライダーは交渉の余地があるから除外、ランサーはグレー。そうなると、残っているのはキャスターとアサシンってとこかな」
「じゃあ未央がこの二日間、水晶玉とにらめっこしてたのは」
「もちろん、二騎の居場所を探ってた。そしたら一番厄介なところでヒットしたよ。場所は柳堂寺。その上向こうも共同戦線張ってるみたいで、乗り込めば二騎を同時に相手取ることになる。柳堂寺は場所自体も特殊で、山門以外からだと霊体であるサーヴァントは入れない」
「攻めるに難い、か」
「あ、そのためのお出かけなんですね!」
未央ちゃんはそれを目で肯定しました。セイバーさんは少し首をひねっていましたが、すぐに得心がいったようで、なるほどとつぶやいていました。
「今のところ、キャスター陣営には動きが全く見られない。使い魔を送れば文字通りに門前払いされて終わりだから、交渉以前に中の様子さえ分からない。アーチャーに遠くから視てもらった限りでは、お寺の住職さんに変わったところは見られなかったらしいけど、そのかわりサーヴァントらしい姿もなかった。まるっきり分からないことだらけなんだよ、あそこは。だから、こっちから動いてみようと思う」
「それで攻めるんじゃなくて、遊びに行くっていうのは、なかなか未央らしいね」
「まあね。いつ来られてもいいように、アーチャーには離れたところから狙撃体勢を取ってもらうし、セイバーにも同行してもらえれば、もう文句はないよ。……ていうか、しまむーはともかくとしてさ、セイバーからそんな言葉が出るとは思わなかったんだけど」
「ん。なんのこと?」
セイバーさんは全く見当がついていないみたいです。仕方なく、耳打ちで教えます。
「未央ちゃんらしい、って言ってたことです」
「……ああ。それか。うん確かに、私が言うよりも、一年の付き合いがある卯月が言った方がしっくりくるね」
「じゃあなんでさ。しまむーと同じで、私たち、どっかで会ってた?」
「さあ。でも未央くらいなら、三日で足りると思わない?」
「おうコラどういうことだセイバー」
「やっぱり二人は仲よしですね」
「うん。前から思ってたけど、しまむーの価値観はたまにすごくずれてる気がする。天然か、これがナチュラルボーン天然っ娘なのか」
天然と天然で意味がダブってるよ。というセイバーさんのツッコミとも言えない指摘が刺さりました。ちょうどその時、
「お待たせしました~」
ゆるふわな空気をまとった藍子ちゃんが、ドアを開けて現れました。快適さを重視していたラフな部屋着の時と違って、全体的に明るい色を取り入れた一足か二足春を先取りするような服装。カーディガンの上にストールも巻いていて、たとえ少し雪がぱらついたとしても問題なく暖かそうです。
そして、トレードマークのお団子頭。その下、明るく笑う顔には、赤ぶち眼鏡がかけられています。
赤ぶち眼鏡、が、かけられていたのです。
「どうでしょう。伊達メガネをかけたのは初めてなんですけど、似合っていますか?」
少し顔を俯けて、両手で眼鏡を押し上げる藍子ちゃん。その下にある上目遣いの瞳を見ていると、なんだか不思議な気持ちになってきます。
「……なんでしょう、セイバーさん。今わたし、何かに目覚めてしまいそうです」
「奇遇だね。私もだよ、卯月」
「新都で、眼鏡屋さんに寄りませんか? しいて理由はありませんが、セイバーさんに眼鏡をかけたい気分です」
「奇遇だね。私もだよ、卯月」
その後何を言っても、セイバーさんからそれ以外の言葉は返ってきませんでした。そんなセイバーさんが元に戻ったのは、わたしたちのそばで同じように、眼鏡美人藍子ちゃんを見ていた未央ちゃんが、
「ちょっと! 顔洗ってくる!!」
と大きな声を上げて出て行った時です。
「? どうしたんでしょう。私ちょっと見てきます」
未央ちゃんの後を追って廊下に出ようとする藍子ちゃんを、正気に戻ったセイバーさんが止めました。
「二人はここにいて。私も花を摘んで来るから、そのついでに見てくるよ」
そう言ってリビングを出ていく背中を見送った後、わたしたちはそろって顔を見合わせて、そして同じように首を傾けていました。
Interlude
「話には聞いていたけど、藍子にまさかあれほどまで眼鏡が似合うとはね」
本田未央の借家。豪華なベルベット生地の絨毯が敷かれた廊下の、壁の一つにむかってセイバーは
「ねえ。未央はそうは思わない?」
「本当、どこかで会ったっけ? セイバー」
そこに体育座りをしていた未央がとっさに返した。
「その話はもういいでしょ。それで、メガネ藍子の感想は?」
「くぁわいいに決まってんでしょうが。なにアレ、あーちゃんのゆるふわオーラに眼鏡って、しかも赤ぶち。ウランにプルトニウム混ぜるようなもんじゃん! 考えた人軽率に天才的な発想をよくもしてくれたね本当にありがとう!! 日本一、いや世界一カワイイ眼鏡かけ器かもしんない、マジで」
「オーケー未央、ステイ」
予想通りのベクトルで予想の斜め上すぎる回答をする未央に、セイバーは待ったをかけた。
セイバーの記憶の中でも未央と藍子の仲は良好そのものだった。互いが互いを尊重し合い、互いが互いの良い所を見つめ合っている。長い道のりを並んで歩くのに、これほど適した関係の二人というのもなかなか珍しい。
ただそれゆえに、お互いを大事に思いすぎているがゆえに、二人の仲はなかなか進展しない。
それにじれったさを感じたことだってあるし、相談されるたびにやきもきさせられたことも、もはや十や二十では効かない
そしてそれが、実は自分の知らない頃からだったというのだから、ヘタレと罵倒するべきか、あるいは鋼の理性を讃えるべきなのか。セイバーにはどうすればいいのか分からなくなる。
つい、溜息をついてしまった。
「なにさ」
と悪態をつかれる。
「なにも」
と返した。
ふと思う。どうして記憶の中で、未央が藍子のことを相談する相手として自分をよく選んでいた割合が多いのか。同じユニットにいたからか、同じように同性の相手を思っていたからか、それとも単に気が合ったからなのか、あるいはただの消去法か。全部だと言われればそういう気もしてくる。ただ何となく、それ以外の可能性もある気がしてくる。
そもそも、この思考にすら意味があるのか。それさえも分からないのだから、きっとこれ以上考えたって、まともな答えは出ないはずだろうが。
セイバーは思考をそこで閉じて、これまで何度も彼女に言ってきた言葉を、目の前の未央に初めて聞かせた。
「それで、なんでそれを本人に言ってあげないのさ」
「言えるわけないじゃん。恥ずかしいし」
「またそんなこと言う」
「——————それに、さ」
てっきり、これが一度目だと指摘されるかと思っていた。けれど今日の未央の釈明には、続きがあった。これまで聞いたことの無かったそれを、セイバーは黙って聞いてみる。
「あーちゃんはきれいなんだよ」
「なにそれ、のろけ?」
「違うよ、いや違わないかな? なんていうか、容姿としての話じゃないんだ。もちろんそっちでもあーちゃんはきれいだけどさ」
やっぱりのろけじゃないか。いい加減卯月のところに帰りたくなったが、未央の言い方が少し引っかかる。もう少しだけ聞いていこうと、セイバーは未央の正面に座り込んだ。
「セイバーはさ、あーちゃんの写真、見たことある?」
答え方の難しい質問だ。けれど、ここで嘘をつく意味もない。正直に答える。
「あるよ」
「そっか。それで、どう思った?」
素直な気持ちを返そうとして、それを言葉にしたとき、未央が何を言いたいのかがおおよそ分かってしまった。
「きれいだった」
「そうなんだよ。あーちゃんの写真は、あーちゃんの見ている世界は、すっごく、きれいなんだよ」
「…………それが、未央が藍子に思いを伝えないのと、どう関係があるの」
「分かっていることを聞くなんて底意地の悪いことしないでよ、セイバー。私は、魔術師なんだ。魔術は他人を平気で食い物にする汚い術だよ。そんなのを、あーちゃんのレンズに映すなんて、そんな馬鹿なこと、私にはできないよ」
「……」
知らなかった。セイバーは未央が魔術師であったことをつい三日前に知ったばかりだ。けれど、三日もあれば十分ではなかったのか。未央が藍子に対して抱いているためらいと、魔術との間に何らかの関係があるのだと。そう気づくのに、三日はあまりにも長すぎたはずだ。
天井を見上げる。日本の一般家庭に育ったセイバーにとって、洋風木組みのそれはなじみが薄い。実家の花屋の天井とも違う。ファミレスの安っぽいそれとも違う。未央とともに汗を流した、レッスンルームの白天井にだって、面影すら重ならない。
「(私は、何も知らなかったんだな)」
それも当然のことだとセイバーは思う。ただ少し、受け入れにくいだけで。
「あーちゃんは魔術に関わるべきじゃない。家に入れてるのだって、本当は計算外のことなんだよ。……セイバー、サーヴァントに言ってもしょうがないことだとは思うけどさ、私は聖杯戦争が終わったら、冬木を出ていくよ」
「未央……」
「安心してよ。時間はかかるだろうけど、後片付けはちゃんとしていくからさ。立つ鳥跡を濁さず。あーちゃんとしまむーの記憶からも、きっちりいなくなるから。だからこの聖杯戦争が終われば、二人が魔術に関わることはもう二度とない。そうすれば、セイバーがいなくなってもしまむーは普通の人生を送れるし、何よりあーちゃんだって、普通に幸せになれる。それが、私のもう一つの幸せだからさ」
「——————未央は!」
それでもいいのか。とは言えなかった。立ち上がった未央が自分を見る、その目を見てしまったから。
今の未央は、アイドルじゃない。そして今のセイバーも人間じゃなかった。
よそのマスターとよそのサーヴァント。本来分かり合う必要のない間柄、ここまで知れたことが、既に越権。
「あーちゃんの幸せに、
そう言い残してリビングに戻っていく未央に、セイバーは何も返せなかった。
Interlude out
高垣&上条「「藍子ちゃんがお相子/メガネをかけると聞いて!」」
P「ステイ、ステイ! お願いだからシリアス壊さないで!!」