Fate/Cinderella night. Encored Grail war ~ニュージェネ+αで聖杯戦争~ 作:藻介
みおあいパートです。
おまけでFateというか、型月から数名出してます。
「あ、あった。みんな、ここです」
深山町からバスに乗って新都にたどり着くころには、お昼の十二時少し前で、一度どこかで何か食べてから遊ぶことにしようということでまとまりました。
それじゃあ、どこに食べに行こう。となった時に、一番に手を上げた藍子ちゃんが指定したのが。
「アーネンエルベ?」
ツタの絡まったおしゃれなレンガ壁。スズランらしき花をかたどったネームプレートには、『AHNENERBE』とあります。
「英語? では、なさそうですね」
「ドイツ語みたいですよ、卯月ちゃん。この前雑誌の取材で来たんですけど、すっごく美味しくて。雑誌が発売される前に一度は行っておこうかなって」
「へえ。そんなに。あーちゃんが言うのなら間違いはないだろうね。……にしてもアーネンエルベか。どこかで聞いたような」
「気にしてもしょうがないよ。早く入ろ」
からんからんとドアベルが鳴り、みんな入り終わったところで、ツインテールのウェイトレスさんが出迎えてくれました。
「いらっしゃいませ、アーネンエルベにようこそ。……あれ、藍子ちゃん?」
「久しぶりです、千鍵ちゃん。また来ちゃいました」
「いいよいいよ。どうせずっとヒマなんだからさ。そっちは友達?」
藍子ちゃんが「チカギちゃん」と呼んだウェイトレスさんが、肩越しにこちらを覗きます。
「はい。こっちから、未央ちゃん、卯月ちゃん、それにセイバーさんです」
「へえ。セイバーかあ。珍しい名前だけど、外国ではそういうの流行ってんのか?」
「千鍵ちゃん?」
「ああ、こっちの話。お友達さんたち、何もない店だけどゆっくりしていってよ」
そう言って、彼女は奥の方。一段床の上がったテーブル席へと案内してくれました。壁と壁の間から、カウンター席が見えます。そこでは先ほどのチカギちゃんが、明るい髪色の女の子と楽しそうにおしゃべりしています。
「あーちゃん。さっきの子は?」
「ここのアルバイトの、桂木千鍵ちゃんですよ。取材の時にいろいろお話して仲良くなったの」
「ふーん」
席に着いた未央ちゃんはカウンターの方を見ていました。ダークブラウンのフローリングを渡って、千鍵ちゃんがお冷を出してくれました。そのまま注文を聞くようです。メモとボールペンを取り出して「ご注文は?」と尋ねました。
「私はこの、三重結界のサンドイッチっていうのを」
とセイバーさん。
「螺旋マンションのハンバーグをお願いします」
これがわたしで。
「じゃあ私は……、……こ、根源に至るパスタ!? ……を一つ」
と未央ちゃんが戸惑い混じりに。
「私は前と同じ、黒魔術の鳩見立てチキンカレーをお願いします」
最後に藍子ちゃんが頼んで。
「サンドイッチにハンバーグ、パスタとチキンカレー、っと。オッケー、ひびきに伝えてくる」
それをまとめた千鍵ちゃんが厨房へと戻っていきました。
彼女の背中を追って向けた視線の先、カウンター席に座っていた眼鏡のシスター服を着た人と目が合いました。その人はわたしの向かいに座っていた藍子ちゃんを見つけ、親指を立てて何かの合図を送っています。すかさず同じ合図を返しているところからすると、あの人も藍子ちゃんの知り合いなのでしょうか。
「藍子ちゃん、あの人は?」
「ああ、このお店の常連さんらしいです。お名前は確か、カリー・ド・マルシェさん、だったような。ここのカレーが大好物みたいで。私に、メニューに載っていない裏メニューがあると教えてくれたのも、あの人なんですよ。私が頼んだチキンカレーも、あの人に教えてもらった裏メニューの一つです」
「そ、そうなんですか」
「カリー・ド・マルシェ。一体何者なの?」
そんな風に雑談をしているうちにも、千鍵ちゃんが一つ、また一つと料理を持ってきてくれます。
初めにわたしのハンバーグとセイバーさんのサンドイッチ。次に来たパスタに未央ちゃんが「良かった、普通のパスタだ」と安堵のため息をもらしていました。そしてそう時間がかからないうちに、藍子ちゃんのチキンカレーも届きます。
領収書を置いて行った千鍵ちゃんを見送ってから、ハンバーグにナイフを入れます。
「うわぁ! すごい肉汁です!」
「うん。サンドイッチも野菜がシャキシャキしてておいしい」
「そうだね。料理名を見たときはどんなゲテモノかと思ったけど、ちゃんと普通のパスタで、それでいておいしくできてるよ!」
「ふふ。気に入ってもらえたみたいで何よりです」
そう言いながら藍子ちゃんも、自分のチキンカレーを口に入れたとたん、頬を抑えて笑顔になっていました。
「名前は店長さんの趣味らしいですけど、平日の夕方からと土曜のこの時間は、もう一人のアルバイトの子、日比野ひびきちゃんが作ってるんです。その子の料理は、素朴ですけど温かくて、なんだか懐かしい味がするんですよ」
「じゃあ藍子ちゃんにとって、チキンカレーはその懐かしい味なんですね」
「そうですね……。こうしてまた食べに来ているって言うことは、多分、そうなのかも」
また一口、藍子ちゃんはチキンカレーを掬い取りました。それを舌の上で転がしながら、今度は、何かを思い出しているようでした。
「それなら」
と一拍おいてから。
「未央ちゃん、いいですか?」
「うん、ぜんぜん問題ないよ」
食事の間の話題として、一つの昔話をしてくれました。
「もうすぐ一年がたつころの話です。卯月ちゃんとも、それから未央ちゃんとさえも、まだ知り合っていなかったころでした。アイドルになりたてだった私は、その大変さに慣れずに、倒れてしまうことがよくあったんです」
わたしが藍子ちゃんと友達になったのは、去年の三月です。未央ちゃんの家にたびたび訪れていた彼女を、外は寒いからと招き入れたのが初めてだった気がします。本田邸のことをまるっきり知らなかったわたしですから、本当はどこまで彼女を案内できていたのか怪しいですが。藍子ちゃんが未央ちゃんの面倒を見るようになったのは、たしかそれからだったはずです。
なので、これから藍子ちゃんが話すことは、わたしがまるっきり知らない話なのでしょう。
「私は、一人でも多くの皆さんに、元気や優しさ、笑顔を分け与えられる。そんなアイドルになりたいんです。それは今も昔も変わっていません。ですが、初めのうちは誰だってそうだとは分かっていましたが、なかなか私のステージを見てくれる方は少なくて。あの頃の私は、どうすれば人を笑顔に、元気にできるんだろうって、そればっかり考えていました」
その悩みには共感できる気がしました。ですが、たぶんですけれど、藍子ちゃんの悩みとわたしのそれとは、また深いところで違っている気がします。いったんこの気持ちを胸の奥にしまって、彼女の話に耳を傾けることにしました。
「遅くまで、撮影のお仕事が長引いてしまった日のことでした。バスから降りて、マウント深山で買い物してから帰っていた時に、人通りの少ない通りで倒れてしまったんです。足に力が入らなくって、意識もはっきりしなくって、ただアスファルトの冷たさだけは、今でも覚えてます。家まで送ると言ってくれたプロデューサーさんの申し出を断ったことを後悔しましたし、なんとなくですけど、このまま死んじゃうのかなってことも考えてました。
——————そんな私に声をかけてくれた人がいたんです」
「……ねえ藍子。それただの不審者なんじゃ」
セイバーさんの正直な言葉に、藍子ちゃんは微苦笑していました。
「ふふ、そうだったかもですね。けど、その時は大丈夫だったみたいです。だってその人は、私のことを心配してくれて。その人の家まで背負って運んでくれたんですから」
「やっぱり誘拐だよ。それ」
「違うよ! 周りに誰もいなかったし、助けを呼んでも誰も答えてくれないし、ケータイ電池切れてたから救急車も呼べないしついでに病院は新都だしで、ホント大変だったんだって!! だからとりあえず、近くの自分ちに運んだの!」
「え! その変態さんって未央ちゃんのことだったんですか!?」
「だからしまむー、変態ちがう!」
「卯月、どうしよう。私たち、とんでもないオオカミの家に泊まることになってたみたい」
「セイバーもいちいち誤解を招くような表現やめて!」
「ちょっと、店の中であんまり騒がないでもらえるか?」
「すいませんでした」
お冷の代えを持ってきた千鍵ちゃんにたしなめられ、未央ちゃんは席に座りなおしました。
「それで藍子。その後未央はどうしたの? 美味しく食べられちゃった?」
「い、いえ! そんな! そんなことはありませんでしたよ! ……たぶん」
「あーちゃん、お願いだからそこはしっかり最後まで否定して。私の株が暴落していってる気がするから……」
「えと、私も記憶がはっきりしなくて。ごめんなさい、未央ちゃん。でもね、未央ちゃんの背中、温かくてすごく安心できたの。だからたぶん、危ないことはないんだろうなって。そう思ってたのは、ちゃんと覚えてるの」
思い出の一つ一つを目を細めて話す藍子ちゃん。会話の合間合間に食べている料理も、そろそろ底が見えてきました。
「意識がはっきりした時、私は室内の二人掛けソファーに寝かされていました。そこがどこなのかは、その時は分からなくて、たぶん背負ってくれた人、つまりは未央ちゃんの家なんだろうことは分かっていたんですけど。半端に冷静だったせいで誘拐されたのかなって、半分パニックになりかけて、あわてて電話を手に取ったんです。鞄は足元に置かれてましたし」
「うん。いまさら気づいたけど、あーちゃんのケータイ借りて救急車呼べばよかったって思うよ」
「そうですね。電話するだけなら、別にロックを解除する必要もないですから」
「だよね」と頭を抱える未央ちゃん。
「でも、そういう変におっちょこちょいなところ、かわいくて私はいいと思いますよ。一生懸命、私を助けようとしてくれてたんだよね、未央ちゃん」
「あーちゃん……」
「ふふふ。つづけますね。電話を取り出して、ひとまず家の方に連絡を取ろうと思ったその時、リビングのドアが開いて、未央ちゃんが入って来たんです。私を軽く背負っていたみたいだったので、てっきり男の人なのかなと思ってたんですけど、実際には私と同い年くらいの、あとで本当に同い年だと分かったんですけど、それくらい小さな女の子で。私、なんだか拍子抜けしちゃって。それでまだ何も食べていないのを思い出したら、おなかが鳴っちゃって。
『昨日のあまりで良かったら』。
そう言って未央ちゃんが出してくれたのが、チキンカレーでした」
藍子ちゃんは思い出を重ねるような目で、実際に目の前にあるカレーをいとおしそうに見つめていました。
「それは、特に変わった味はしていなかったように思います。鶏肉を使っているのが独特と言えばそうでしたけど、それ以外はうちで食べている物とそう変わらない。安心できる味で、ついお代わりをお願いしちゃいました。そうしたら未央ちゃん、お皿を受け取らずに、何がおかしかったのか笑ったんです。その後のことは、今でも一言一句覚えています。
『人のお家でおかわりする子がそんなにおかしいですか』ってすこし怒り気味に言ったら、未央ちゃんは首を振って。
『ああ、ごめんごめん。なんかすっかり元気になったんだなって安心しちゃってさ。うん、ほんとうに良かった』って。
本当に、それこそ倒れた本人である私よりも、私の無事が嬉しそうで。それがおかしくて。つられて、私も笑っちゃったんです。私、その時に思いました。誰かを笑顔にするって、きっとこういうことなんだろうなって」
「そんなことが」
「はい。誰かのことで喜べて、そうやって喜んでくれた誰かの笑顔で、また別の人が笑顔になる。情けは人の為ならずってよく言いますけど、きっと笑顔にだって、同じことが言えるはずなんです。それを私に教えてくれたのは、未央ちゃん、あなただったんですよ」
「…………」
未央ちゃんは黙り込んでいました。そっぽを向いてお冷を飲んでいます。どんな顔をしているのかは分かりませんが、耳が真っ赤に染まっているのは見えていました。
「その後、家に連絡して迎えに来てもらいました。家族ともども未央ちゃんにお礼をして、その日は家に帰ったんです。ですけど私、恩返しがしたくて、次の日に未央ちゃんの家にもう一度お邪魔したんです。お茶くらいならと上げてくれて、その時に、ご両親が長く家を空けていてほとんど一人暮らしだったり、同じ学校の同じクラスで、しかも朝にあんまり強くないことも知って。居ても立っても居られずにお手伝いを申し込んだんです」
「……当然、その日は断ったよ。家族と一緒にプロデューサーさんらしい人もお礼に来てたから、気になって調べたらアイドルだって分かって驚いてたしね」
すこし赤みの引いた顔で、未央ちゃんが答えました。
「はい。だけどやっぱり諦めきれなくて、一週間くらい、朝の登校時間にお邪魔したんです」
「……藍子、たまにだけど、すごい行動力を発揮するよね」
「そうですね。藍子ちゃんは時々とってもアグレッシブです。……ですが、どうしてセイバーさんがそれを?」
「ごめん卯月、何でもない。……それで、未央はどのくらい持ったの?」
「ちょうど一週間ですよ。卯月ちゃんに入れてもらわなかったら、もう少しかかってたかもしれません。それでもたぶん、かかって一カ月だったと思います」
「藍子、強い。それよりも未央が押しに弱すぎるのかな」
「言わないでセイバー。自分でもまだ答えが出てないんだから」
未央ちゃんが一人で答えを出そうとしている限り、きっと永遠に迷宮入りし続けるだろうことは明らかでした。
「ていうかさ、恩返しっていうのなら、もう十分返してもらってるよ。一宿一飯どころか、ただ夕食の残りをあげただけなんだから」
その言葉に、藍子ちゃんは急に席を立って反論しました。
「いえ、そんな! 私、これからもずっと未央ちゃんに返し続けます! だって、今私が笑えているのは、未央ちゃんがいてくれているからなんですからね!」
「……いたから、じゃなくて? 昔は違ったかもだけど、今ではあーちゃん、立派にアイドルしてるじゃん。私以外にも、あーちゃんを支えてくれる人はいっぱいいるはずだよ」
「それでもですよ! ひまわりは、太陽がいるから咲いていられるんです!!」
「あ、あーちゃん? ……それって、つまり」
遠回しにプロポーズらしい言葉が飛び出しました。カレーのスパイスがなせる神秘だったのでしょうか。普段恥ずかしがって言えないことを、藍子ちゃんは口にしていました。
けれど、三日前に未央ちゃんが言っていたように、奇跡や神秘の類は長続きしないものなのです。自分が言っていたことに気づいたようで、風船がしぼむように、藍子ちゃんは椅子に深く腰を沈めます。その顔は熟れたトマトのようでした。
「…………な、なんでもないのぉ~」
「よしよし。よく頑張りましたよ藍子ちゃん」
「もう少しでしたね、高森さん」
「「え?」」
「では私はこれで。千鍵さん、お勘定おねがいします」
「カリー・ド・マルシェ、本当に何者なの?」
その後、ほんの少し残った昼食を平らげ、全員でアーネンエルベを出ました。手元の時計は午後二時を指しています。思ったよりも長くあそこにいたみたいです。
「さて、午後からはなにを……おう?」
最後にアーネンエルベから出た藍子ちゃんが、未央ちゃんの袖を引っ張っていました。
「……未央ちゃん」
「な、なななななにかな!?」
「私、ずっと見ていますから、なので………………」
その先を、藍子ちゃんは言葉にできませんでした。未央ちゃんの袖を解放して、いつもと変わらない表情で。
「……さ、みなさん行きましょうか。午後はヴェルデでお買い物しましょう」
と一足先に歩いていきました。わたしとセイバーさんもその後ろに続きます。ただ一人、未央ちゃんだけが歩いていませんでした。立ち止まり、声をかけます。
「未央ちゃん?」
「ああ、しまむー。ごめん、今行くよ」
「あの、大丈夫ですか?」
「なにが? それよりも早く行こうよ。二人に置いて行かれるよ」
こうやって話題を反らす未央ちゃんに、わたしがはっきりと物を言えたことは、この一年ありませんでした。今回もその例に漏れず、先に行っている三人に追いつくだけで精いっぱいで、きっとすぐに忘れてしまうのだろうと思います。
ですが、この時わたしは、確かに見ていたんです。
幸せな時間、幸せな言葉。未央ちゃんに与えられたものは、どれも温かだったのに。どうして、その時に見た未央ちゃんの顔は、ひどく悲し気に見えたのでしょう。