オリジナルTS闇深勘違いモノ ボツ集   作:キヨ@ハーメルン

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人外モノ
人外モノ


 目覚めた時、私は空腹だった。

 

 いや、あの時の私に空腹という概念があったかは定かではない。何せ、あの時はまだ脳ミソは無かったのだから。

 しかし、腹が減っているという事だけは理解出来ていた。それは間違いない。

 

 そうして私はそこらを這いずり回り、やがて食い物を見つけるに至る。目も見えない……いや、目も存在しないのだから当たり前だが、まぁ、何とか食い物を見つけたのだ。

 私の身体に触れたナニカ。そのナニカの上に覆い被さり、私はそれを体内に取り込んだ。……分かっていたのは、ソレが食い物だという事。少ないくとも生きている生物ではない……つまりナニカの死体だという事。そして、ソレはナニカの腕なのだという事。

 

 ――いや、ナニカ……なんて誤魔化すのは止めよう。アレは、アレは少女の腕だった。

 

 何故少女の腕が地面に転がっていたのかは分からない。だが、あれは人の……少女の腕だった。

 それが分かったのは、私が少女の腕を食い終わり……私自身が変貌した時。目と、脳ミソと、その他諸々を手に入れた時。そして私自身が、バケモノだと自覚した時。

 

 叩き付けられた情報の波に、私は混乱した。混乱して、何故だか悲しくなって泣いた。泣きじゃくった。まるで子供の様に。

 …………そうしたアレコレを除いて結論だけを言えば、私はバケモノだった。それも恐らく、体内に取り込んだ生物に擬態するタイプのバケモノだ。近い存在だとドッペルゲンガーだろうか? それのスライム版だと言えばだいたいあっている。死角から獲物に襲いかかり、吸収、擬態し、その姿で獲物の仲間のところへ向かっていく。そうして仲間だと油断している獲物を背後から襲って喰らい、吸収、擬態し、そしてまた喰った奴の仲間へ…………そういう事をするバケモノだったのだ。私は。

 

 私は、私が食った少女の姿になっていた。

 近くにあった割れたガラス。そこに映っていたのは可愛らしい少女の姿だ。スライム状のバケモノはどこにもおらず、幼い少女がそこに居た。不思議そうに首を傾げ、白衣を一枚だけ身にまとって。……あぁ、だが本来のこの娘は死んでいるのだ。私に食われて……否。私が食ったのはあくまで死骸である。それも腕だけ。

 そこに気づいた私は慌てて周囲を見渡し、愕然とした。ガレキしかなかったからだ。右を見ても左を見てもガレキばかり……まるで巨大なナニカが暴れた後の様だった。

 

 ――いや、事実そうだった。私の知らない私が、私が食った少女が覚えている。巨大なバケモノに街が破壊され、自らも身体を食い千切られた事を。

 

 私の眼からは、自然と涙が溢れていた。

 何故かは分からない。擬態したときに記憶まで引き継いでしまったせいだろうか? 何故だが悲しかった。巨大なバケモノが街を破壊していく光景も、自らが食い千切られる瞬間も、食い千切られる痛みも、私は全て知っている。知ってしまった。

 

「ぁ……」

 

 恐らく、私が食べた腕は食い残しだったのだろう。少女の身体の大半はバケモノの胃の中で、口からはみ出た腕だけがこぼれ落ちた……そんなどうしようもない事に気づいて。殆んど同時に私は別の物にも気づく。

 写真だ。

 少女の持ち物だったのだろうか? そう思いながら何気なく地面に落ちた写真を拾い上げて……また泣きたくなった。

 

「幸せそう……」

 

 そこに映されていたのは、幸せそうな家族の姿。医者だったのだろうか? 白衣を来た二人の男女と、その子供が映されていた。

 気難しそうな白衣の男性は無表情に、目線だけは暖かに子供の方を見守りながら。そして白衣の女性は椅子に腰掛けて膝の上に子供をのせ、その子供に視線を向けて微笑みながら。そして……子供は、無邪気に、嬉しそうに笑っていた。父と母に視線を合わせて、幸せそうに笑っていた。私が死骸を食べてしまった、今の私にそっくりな少女は、幸せそうだった。いや、この家族そのものが幸せそうだった。

 けれど、今は誰も居ない。子供の父と母はガレキに押し潰されるところを少女が目撃しており、少女自身はバケモノに食い殺されて死んだ。……その死骸さえ、バケモノに食われて。その姿を真似されて。

 

「――――っ!!」

 

 私が舌を噛み切らなかったのは、殆んど偶然だろう。今私が真似しているこの姿もまた、少女の物だと気づいて……死ぬなら少女の姿を解いてからにするべきだと気づけたのは、偶然に過ぎなかったのだ。

 そして、私は気づく。少女の身体を解けない事に。少女を開放して、元のバケモノの姿に戻れない事に。

 少女の身体を捨てたくない訳ではない。本当に分からなかったのだ。バケモノへの戻り方が。

 

 ――おおかた、私は出来損ないなんだろう。

 

 薄々、分かっていた事だ。

 私はバケモノとして出来損ないだった。最初に視界が無かった事も、少女の境遇に涙が出る事も、身体を元に戻せない事も……いや、こうして思考している事そのものがバケモノとして出来損ないの証拠だった。

 バケモノは考えてはいけないのだ。だってそれは、バケモノの仕事じゃないだろう?

 

 ――少女の記憶に無い知識もある…………何かが混ざったのだろうか?

 

 少女の記憶とはまた別の、出どころ不明の知識も不可解だった。恐らくこれのせいで私はバケモノらしいバケモノでいられないのだろう。

 我思う、故に我あり。

 それは知的生命体の特権で、バケモノの特権ではないのだから。

 

 ――何故こんな知識があるんだ。何故私はここにいるんだ。私はいったい……なんなんだ?

 

 私の生まれた意味とはなんだ? こんな知識まで与えられて、そのせいでバケモノとして出来損ないに生まれて、そのクセ少女の遺体を食べてしまった。

 そして今も、少女を冒涜している。死んだ人間の姿を、偽り続けている。これが死者の冒涜でなくなんだというんだ?

 私が生きている意味なんてあるのか? いや、そもそも生まれた意味があるのか? 私ただ、少女を冒涜しているだけだ。幸せそうな家族を、馬鹿にしているだけだ。

 にも関わらず死ぬ事も出来ない。私が出来損ないなせいで、少女への冒涜を止める事も出来ない。……私なんて、生まれなければ良かったのに。そうすれば少なくとも、少女は不必要に食われず済んだだろう。

 

 ――何故だ。何故だ私は生まれてしまった。誰が私を生んだのだ。誰も頼んではいないのに!

 

 その感情を、私は上手く言葉に出来ない。ふつふつと湧き上がる熱いそれは憎しみの様であったが、同時に目に溜まっている涙は悲しみの証拠であった様にも思う。

 ……私は、私は、結局何もせずにそこに居た。暫くの間、何も出来ずに。

 そうして、幾らかの時間が過ぎて。私は足を踏み出して歩みだした。理由は特に無い。ただ何となく、その場に居るのは居心地が悪かったのだ。少女の持ち物だったのだろう写真を供えるようにして地面に置き、私はその場を離れた。

 

「ガレキと、死体ばかりだ……」

 

 そうしてその場を離れて、歩き出した私。しかし、その視界に映る物は……不愉快になる物ばかりだった。

 恐らく少女の一家だけではなく、街全体が攻撃を受けたのだろう。少女の記憶にあるような華やかな街はどこにも無く。ただガレキと死体が転がっていた。

 それでも、私の中にある知識は冷静に、あるいは冷淡に情報を取得してみせていた。

 

 例えば、街の文明レベルが高い事。ヨーロッパ風の華やかな町並みだが、街灯や銃火器がある程度には文明レベルが高い……らしい。知識が私自身に根ざした物ではないせいで、らしいとしか言いようがないが……間違いないだろう。少なくとも私に備わった知識からするとそうなる。

 それと、街はバケモノどもに対して奮戦してみせた様子。人間の死体の数と比べると少ないが、バケモノの死体も幾らか転がっているのだ。それなりに戦いにはなったらしい。例えば道路を塞ぐ様に土のうやガレキで即席の防御陣地を構築し、そこから銃火器で応戦していたようだ。重機関銃にこびり付いた肉片を見ながら、私はそう思った。……この射手はどんな死に方だったのだろう? いや、少なくとも酷い死に方だったのは間違いない。死体はこびり付いた肉片しか残ってないのだから。

 

「酷い……」

 

 酷い戦いだ。これが、この世界なのか。バケモノと人間が殺し合うのが、この世界か。

 そう私が悲観して、しかし私の知識は街側が使っていたらしい武器に疑問を覚える。重機関銃、対戦車狙撃銃、爆薬、地雷、対戦車砲、迫撃砲、手榴弾、グレネードランチャーにロケットランチャー……どうにもバケモノは装甲車以上の防御能力を持っていたらしい。街側の武器にそういう対装甲兵器用の武器が多かった。勿論、ライフルやマシンガンの類いもあったのだが……比率が偏っていたのは間違いない。

 にも関わらず、だ。それとは別に近接戦闘用の武器も目立った。剣や槍の類いだ。決定的なのは、バケモノに騎兵槍……ランスを突き込んで死んでいる鎧姿の死体だろう。反撃を受けたのか身体の半分が無くなっているが、ランスと鎧で身を固めていたのは間違いなく、それでバケモノに致命傷を与えて仕留めたのも間違いない。

 

 ――……奇妙な話だ。対戦車用の武器が山程あるのに、それと同じくらい近接戦闘用の武器も使われている。しかも近接戦闘用の武器を使っている連中の戦果は大きい。

 

 頭を大剣でカチ割られて死んでいるバケモノを三匹は目にして、その後それをやってのけたらしい大剣を手に持ったまま下半身を無くした死体を見て。

 私は酷い現実にうつむきながら、しかし内心で首を傾げる。奇妙な事だと。私に備わった知識を持ってしても、奇妙だとしか言いようがない。バケモノを出来損ないにしてしまった知識を持ってしても、だ。

 

 ――しかし、知識の持ち主がいたとするなら、その人物はどんな修羅場をくぐってきた戦士なのだろう? やたら武器に詳しいが……

 

 そこらに転がっているよく分からない鉄屑も、一目見れば知識が答えを返してくれる。あれは対戦車狙撃銃だ。あれはロケットランチャーだ。あれはトーチカだったに違いない……どうにも知識の情報源は『げーむ』とか『てれび』であるらしいが……私はそんな物は知らない。いや、正しくは今知った。そうか、ゲームとテレビはそういうものなのか。

 ……私は、少女以外の者も食べてしまったのだろうか? それとも、それとはまた別口で流入してしまったのだろうか? 私には分からない。自身の事すら分からない私には。少なくとも、知識は答えてくれなかった。

 

「酷い、世界だ」

 

 いったいどれだけのガレキを、死体を、見ただろう? 私は疲れ果てていた。

 死にたかった。

 だが、死ねなかった。思わず座り込んで、しかし対面にヒビ割れた鏡が落ちていたばかりに。……鏡の中に映るのは、少女の姿だ。私が食ってしまった少女の姿。可愛らしい、幸せだった少女の姿。もし私がこの姿で死ねば、少女は二回も死ぬ事になる。それは……良くない事だと思ったのだ。せめて少女の姿以外に、元のバケモノの姿に戻って死なねば。

 これ以上、少女を冒涜してはならない。

 

「髪色は、違うけど……ね」

 

 ガラスで見たときには分かり難かったが、鏡に映った今ならよく分かる。少女と私は顔だけが同じで、それ以外は色々と違う。

 例えば肩口まで伸びた髪、私の色は雪の様な白だ。そして瞳は血の様な赤。

 少女は、違った。写真では金髪で、それに青い目をしていた。

 そして私にはケモノのミミと尻尾がある。

 しかし少女にはそんな物は無かった。

 ……だから、厳密には私と少女は違うのだ。顔は一緒だが、髪と瞳の色、それに身体的特徴も違うのだから……別人といえば別人だった。

 

 ――たぶん、色や身体が違うのは私が出来損ないなせいだろうけど……

 

 あるいは、少女の腕以外に何か食ってしまっていたのか?

 何にせよ、可能なら顔も違う方が良いだろう。バケモノはバケモノとして死ぬべきなのだ。

 まぁ、死んだら擬態が解ける可能性もないではないし、最悪このまま死んでも……いや、しかしな。

 

 そう、思考していたのが悪かったのだろう。私はその存在に気づくのが遅れた。

 

「生存者……だと!?」

「……誰?」

 

 人間だ。生きている人間が居た。

 私は、生きている人間と出会ってしまった。……死んだはずの少女の姿を借りたまま。

 

 

 私が少女の姿を借りたまま生きた人間に出会って、数分。私は生きた人間に保護される事になった。

 ……当たり前の話だ。本来のバケモノたる私ならともかく、今の私は見た目だけなら守られるべき少女で、生きた人間……いや、大柄な若い男である彼は救助隊だったのだから。

 いや、それも正しくないか。彼は傭兵であるらしかった。彼が言うには、だ。

 

「まさか、生存者とはな……」

「…………」

「いや、何も言うな。俺が安全な場所まで連れて行ってやる。心配するな」

 

 先程通信機らしき物でどこかと連絡を取った彼は、私を連れて後退する事になったらしい。本部まで……というより、このまま安全な街まで。

 私が擬態型のバケモノだったらどうする気なのだろう? いや、擬態型のバケモノなのだが。私は。

 

「お父さんとお母さんもきっと、無事だ。大丈夫だよ」

「いえ。父と母はガレキに押し潰されて……」

「っ! ……すまない」

 

 失言だった。そう後悔出来る彼は……良い人なのだろう。少し考えが足りない様子だが、それも真っ直ぐだからこそ。総じて良い人だと言える。

 ……彼にバケモノである事を気づかれる訳にはいかない。彼に少女を殺させてはいけない。殺されるなら、バケモノの姿で殺されなければ。少女に二度目の死を与えてはならないのだ。

 

 ──だが、私はバケモノの姿に戻れない……

 

 出来損ないの私は自在に擬態能力を使いこなせていない。元の姿にすら戻れないのだ。となれば、少女に二度目の死を与え無い為にもバケモノである事を何とか隠さなければならなかった。

 幸い、擬態能力だけは正常に働いているのか、彼に気づかれた様子は無い。本来ならばこの姿に油断している彼か、油断するだろう街の人間を襲う為の能力なのだろうが……何にせよ、上手くやらねば。

 

「ん? 失礼、通信が入った」

「いえ、どうぞ。お気になさらず」

「助かる。──俺だ、どうした? 何? 音声データを見つけた? ……流せるか?」

 

 ふむ? どうやら仲間から通信が入ったらしい。

 とはいえ、私を気にする必要は無い。遠慮なく出てくれと言外に促せば……どうにも彼の仲間は音声データとやらを見つけたらしく、彼もそれを確認する様だ。いったい何の音声データなのやら。そう何気なく耳をすましてみれば、誰かの声がする。音声データというのは何かの会話を記録した物の様だ。

 

『これがその実験体かね? ……ただのスライムではないか』

『いえ、完全擬態能力を持った変異型のスライムです。それにコントロールする為、ある程度の知能や仕掛けを施してあります。これを使えば如何にあのバケモノ共といえど……!』

『毒を持って毒を制すという訳か……直ぐに使えるのかね?』

『いえ、残念ながら……』

『そうか。なら、今町を襲っている連中は現存の戦力で対応せねばなるまいか。……そういえば、キミ。娘が居たのでは? 避難させたのかね?』

『はい。間もなくこの研究所に──』

 

 彼が持つ通信機から聞こえるその声達は、どこか見に覚えのある話をしていた。

 完全擬態能力を持ったスライム……まさか、私の事か?

 

『エマージェンシー! エマージェンシー! 敵襲! 敵襲ー!』

 

 私は研究所で造られた存在だというのか?

 そんな疑問を抱えさせられた私は、より一層聞き耳を立てるが……残念ながらというべきか、音声データは破損しているらしい。会話は途切れ途切れになり、酷いノイズまで混じっている。何を話しているかは全く分からず、辛うじて切羽詰まった声が敵襲を知らせた事が分かるのみ。それだって再びノイズで後の言葉は分からなかった。

 ……だが、何となく分かる。音声データが破損して当たり前の様な、そういう酷い状況だったのだと。

 

『ここまでか……実験体を全て放て! 最後まで戦い抜くぞ!』

『駄目です! 外壁突破されました! 町は……壊滅状態! 対応可能な戦力もありません! このままではここも……!』

『ならば自爆するのみだ! ──人類に……!』

『所長! 上です!』

『バカな、早す────』

 

 ブツリ、と。そこで音声データの再生は止まり、発見者なのだろう男の声が「以上です」と告げてくる。

 それに、私はただ呆然とするしなかった。短い音声データだったが、しかし、その内容があまりに衝撃的だったが為に。

 

「なるほどな……自爆には失敗したか。いや、了解した。私はこのまま帰る事にする。あぁ、あぁ、そちらも気をつけてな」

 

 私が研究所で造られた存在。造った者は既に襲撃で死に絶えている。

 そんな事を辛うじて認識した私は、通信を切った男に促されて壊滅した町を歩く。町から出る方向へと。

 

「どうすれば……」

 

そう口にする

「」と

 

「」

 

ふむ

 

 話す

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 町での日々。

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