最強の悪魔
王国には悪魔が居る。
そう言われ出したのはここ数年の事だ。
なんでもそいつは齢十二にして親兄弟家族親戚を皆殺しにして公爵家当主の地位を奪い、既得利権を全て粉砕しながら内政改革を行い、反発する者は全て粛清して血祭りに上げ、前人未到の大地を単身で踏破して領地を増やし、他の貴族から戦争を売られれば喜んで買ってボコボコにして滅ぼし、今や王国の転覆ないし乗っ取りを考えているらしい。
第六天魔王さんもかくやというバケモノっぷり……いったいどんな悪魔だというのだろうか? 顔を見てみたいものだ。
「いや、わたくしの事ですけどね……」
はぁ、と。こめかみを抑えながらため息を吐き、心を落ち着けようと紅茶で口をしめらせる。
部屋に置かれた姿見に映る白髪赤目の美少女の姿を眺めながら。
なんでこうなった、と。
――成り行きでしかないんだよなぁ……
“この世界”に産まれて十二年が経ち、この貴族令嬢としての肉体にもすっかり順応した頃の事。
本家が爆発したのだ。顔も見たくないと離れで軟禁されていた私は無事だったが、パーティーの途中だったらしい会場は木っ端微塵。そこに居た当主以下主だった者は全員が死亡した。
世間では私がやった事にされてるが……正真正銘事故である。事故でなくても私は何もやっていない。当時十二歳だぞ? わたくしは。どうやってパーティー会場を爆破するというんだ。
――そして、止む無く当主を妾の娘である幼い少女が一時的に継ぐ事になり……と。
生き残っていた中で血が一番濃ゆいのが私だったのだ。貴族社会ではそうもなろう。
とはいえ、だ。齢、十二。誰もが幼い少女に期待なんてしていなかったのは丸わかりだった。誰も彼もが“次”の当主をどうするか話し合っているうちに…………私は『粛清』を行った。
――だって、殺らないと殺られるし。
もう私を殺した奴が次の当主! みたいなノリになっていたのだ。殺らなければ殺られる。それだけを確信した私は生命の危機に背を押されるがまま、表向きは家族を殺した者を処罰すると、あるいは身を守るためだと、そう言いながら淡々と反対的な勢力を尽く粛清してやった。
とはいえギロチンにかけた数はゼロ。怪しい奴の不正を十二年鍛えに鍛えた魔法でちょいちょいと暴き、修道院等に送る程度の消極的粛清だったのだが……粛清には変わりなく、私は家中を一先ずまとめ上げる事に成功した。……悪魔ではないかと、そう恨みと恐れから囁かれだしたのはこの頃からだ。
「次いで内政……NAISEI改革に着手、と」
次いで私は内政改革に乗り出した。統治体制に始まり、経済や軍事に至るまで……ありとあらゆる面で改革を推し進めたのだ。
勿論、そんな事をすれば反発があるものだが……表立って反発する物も、妨害工作を行う者も居なかった。前者は既に粛清され、あるいは粛清の対象になる事を恐れており。後者は彼女の年齢から侮ってくれたからだ。どうせ失敗すると。
しかし……私は成功してみせた。前世知識をフル活用し、先進的かつ効率的な考えを広め、おおよそ成功してみせたのだ。元の統治がクソ雑魚ナメクジだったのも相まって、改善率は極めて高い……というか、先代が無能過ぎる。搾り取る事しか考えて無かったのだ……お前それでも貴族かと。
まぁ、そのおかげというべきか。民衆からは恐れられながらも、同時に敬われる事になる。幼く恐ろしいが、偉大な統治者だと。……先代が無能だけやぞ。わざわざ言わないけど。
「とはいえ、貯蓄を削ってやってたから……その補填に未開拓地域の開拓に着手。だいたい一人で成功」
妾の娘を外に出す訳にはいかないと軟禁されていた十二年間、他にやる事もないせいで鍛えに鍛えるハメになった魔法の腕前。そして何より血筋の暴力は偉大だった。
優秀な馬を掛け合わせてサラブレッドを作るかの様に、優秀な人間同士が掛け合わせれ続けた公爵家の娘は……凄まじい潜在能力を持っていたのだ。それを十二年間。いや、未開拓地域に乗り出したのは十五の時だから十五年間か。ともかく鍛えに鍛え上げた魔法の腕前は未開拓地域を容易く踏破してみせるに充分だった。
特に宝物庫から引っ張りだした魔剣。あれがかなり役に立ってくれたからな……まぁ、身の丈を超える様な黒い大剣を振り回すその姿を見た奴は私の事を悪魔と呼んだが。
――解せぬ……公爵家の領地は二割程度増大し、貴重な鉱石を算出する鉱山を複数手に入れたというに。
ともかく。
ここに至って私を侮る者は居なくなった。危険だと。
自然、戦争が起こった。
火蓋を切ったのは修道院に押し込んだ者達の反乱。開戦理由は……彼女の産まれが不当なものであり、その地位は自分の物だとかなんとかだ。
王家や他の家はスルーした。これで公爵家が弱ってくれれば後々楽だからだ。むしろ影で焚き付けてたんじゃないかとすら思う。ブリカス的に考えると。
領民は聞き入れなかった。誰がどう考えても、少女が当主をやってくれていた方が豊かになれると分かりきっていたからだ。
そして……戦争は一度の激突で終わった。たった一人の少女の手によって。
「楽勝でしたね……」
未開拓地域に居座っていた魔物どもよりは恐ろしくなかった。
むしろ殺さない様に手加減するのが面倒だったまである。
敵軍の大半は人間版サラブレッドでもない平民だし、人間版サラブレッドである貴族の敵将も……どうも鍛錬とかはしない口だったみたいでな。楽勝だった。
権力、財力、武力。この世の全てを手にした彼女に勝てる者など最早居なかった。
人は彼女をこう呼ぶ。最強の悪魔……と。
例えその真実が――勘違いが混ざったモノであったとしても……!
「勘違いなんだよ……」
親兄弟家族親戚を皆殺しにして公爵家当主の地位を奪った? ただの事故だ。
既得利権を全て粉砕しながら内政改革を行い、反発する者は全て粛清して血祭りに上げた? 殺らなきゃ殺られるだろうが。それと圧政してどうするんだ。
前人未到の大地を単身で踏破して領地を増やした? 血筋の暴力だ。王家の人間なら更に楽にやれただろう。
他の貴族から戦争を売られれば喜んで買ってボコボコにして滅ぼした? 何度も言うが殺らなきゃ殺られるだろうが。それで悪魔とか解せぬわ。
今や王国の転覆ないし乗っ取りを考えている? そんな事実は無い……はずなのだが。
「……怪しまれてる、か」
手元にあるのは手紙。
王家プレゼンツの学校への入学案内書……といったところか。
別にフクロウが届けて来た訳でも九と四分の三番線から紅の汽車に乗る訳でもないが、雰囲気的にはだいたいあれである。なお同期に無数の量産型カエルとかトカゲやホモが確定しているものとする。地獄かな? 処刑場だよ。
「行きたくない……」
が、行かない訳にもいかない。
これで行かなければ王家に反意があるに違いない。野郎オブクラッシャー! される。
かといって行くとなれば内政を放置しないといけない訳で……
「引き継ぎ、急ぐか……」
そろそろ当主の仕事をサボりたくて勧めていた引き継ぎ作業が役に立つとは。
学園入学までの日付はあっという間に過ぎ去っていき。そして。
馬車での移動中の事だ。
移動速度の遅さからジープでも作ってやろうかとつらつらと考えていた私に声がかかる。お嬢様、と。
「……なんですの?」
「賊です」
「分かりましたわ」
魔剣を受け取りつつ外へ。
なるほど、賊だ。妙に装備が良いし、統率も取れてるが……賊だろう。賊という事にする。その方が後処理が楽なのだ。
「出たな悪魔め!」
「聞き飽きましたわ。……ひれ伏しなさい」
開幕プッパ。
「お見事です」
「この程度、暇つぶしにもなりませんわ……適当に縛り上げて先を急ぎますわよ」
面倒です
どうせ敵対派閥の手先だろう。恨みを買ってるからな……
――これで学園生活とか、正気かな?
問題しか起きんぞ。