十年前、世界は破壊の嵐に包まれた。異界より現れし怪物共の手によって、人が作り上げたありとあらゆる物が、文明が破壊し尽くしされたのだ。人類はその生存権を大きく削られる事となり……だが、それでも、まだ人類は死滅していなかった。
山に、森に、地下に潜み、彼らは待っている。いつか来る、反撃の日を。
◇
―月──日
何一つ変わる事のない日々のせいか、つい日記を書くのを忘れてしまう。
まぁ、書く事も無いからな……あの日、どっかのバカがやらかした大事故のせいで世界は一変し、ナーロッパ系ファンタジー世界は世紀末世界へと変貌してしまったのだ。ゆあ、しょーく。
いや、海も大地も森も健在だし、なんなら人類が減った事でむしろ生き生きしてるまであるが……人類とその文明は木っ端微塵。私以外の生き残りがどれだけいるかも不明だ。世紀末世界は世紀末世界でも、ポストアポカリプスや終末世界といった方が近いかも知れないな。人類だけが消え去った世界なのだし。……地球にとって理想の世界では?? とか思ってはイケナイ。
どっかのバカが呼び出したかなり物騒なバケモノが闊歩しているけど、地球からしたら人間の方がよっぽど悪性寄生虫だったとかも思ってはイケナイのだ。例え事実であったとしても。
まぁ、そんなだから死の灰こそ振っていないものの、シェルター件自宅に引きこもるしかないのだ。変化なんてある訳もない。自宅の周りにある森も一年中葉が付いてる常緑樹が多いから、余計にそう感じてしまう……
せっかく息苦しい現代日本から異世界転生、それも不老不死に限りなく近い強力な長命種に転生したというのに、これではチートだの俺つええだの無双だの以前にただの罰ゲームだ。寝るしかやる事が無いんだぞ? 老後の余生じゃあるまいし、やってられん。
あぁ、ちなみに彼女だのハーレムだのは早々に諦めた。そもそも人類が居ないし、今世の私は女だからな。……いや、性転換に関して悩みがない訳じゃないんだが、白髪ケモミミロリババアになったところで誰とも合わないから、これに関しては何とも言えないのだ。アダムとイヴは二人で居るから意味があるのであって、どちらか片方しか居ないのなら男も女も関係無いからな。残当。
なにはともあれ、暇だ。もうかれこれ数年……いや、十数年?
…………日記を振り返ってみたが、文明崩壊から十年は経っているな。道理で暇な訳だ。長命種になったせいか時間間隔もめちゃめちゃになってるし。
うーん、なんぞ来客でもないものか……無理か。無理だな。そもそも居ないもんな、人類。
―月──日
確かに来客でもないものかとは言った。確かに言った。それは認める。
だからといってバケモノは来客とは言わない! カエレ!
―月──日
…………帰る気配、まるで無いな。むしろ何かを探している様な……居座る気配を感じるぞ。
いや、うん、分かってる。あれは私を探してるんだろう。まだ生きている人類である、私を。
あのバケモノは人類絶対ブチ殺すモンスターの一匹、ファンタジー世界をポストアポカリプスな世紀末世界に一変させた大事件……高度に発展した魔法国家による、大規模な何かの魔法実験、その失敗によって異界より呼び出された存在だ。
奴らのせいでこの世界の文明は破壊し尽くされ、人類は滅亡寸前だといえばその恐ろしさが分かるだろう……余計な実験をしやがった連中の愚かさもまた然り。
あの国は領土的にも技術的にもこの世界でナンバーワンの大国だったのに……理性とか落ち着きとかが欠片も無かったのが、致命的だったか。
さて、話をバケモノに戻そう。
私の調べた情報が確かなら、連中はモンスターというより邪神や悪魔に近い生態を持つ魔法生物で、人類を見つけると死ぬまで執拗に追いかけ回してくる死のハンターだ。その見てくれは巨人や獣型等、多岐にわたり……共通するのはその巨大さと強力さ。体長は最低でも三メートル、最大級の奴は百メートルを超え、中世レベルとはいえ一万の大軍勢を数百匹程度の群れで殲滅してしまう程の戦闘能力を持っている。恐るべき存在だ。下手なモンスターや恐竜に例えるよりも、神話の怪物か宇宙怪獣に例えた方が近いまである。
まぁ、何が言いたいかというと、勝ち目が無い。かの米帝様でも核ミサイルをポチらなければどうにもならない様なバケモノだ。なんなら種類によっては核ミサイルに耐える可能性すらある。
そんな奴をどうにかできる訳がないし、どうにかできたら人類は滅亡寸前に追い込まれたりしてない。奴らと出会ったその時は、ケツをまくって一目散に逃げるしかないのだ。……本来なら。
私? 勿論抵抗するで。拳でな。
丁度暇してたんだ。どうせ私は死なないからな……三日三晩戦い続ける覚悟は出来てるか? 私は出来てる。
行くぞオラァ! やぁってやるぜェェェ!
―月──日
勝ったッ! 第三部完!
―月──日
アイツは倒せないと言ったな? あれは嘘だ。
ゴメン、ちょっとカッコつけた。ホントは泥仕合でした。丸一日寝込むぐらいには、それはもう、物凄い泥仕合……
お互いに再生能力持ちだから、なかなか決着がつかないのだ。しかも連中の中でも特に強力な部類である巨人型だったから、余計に泥仕合になってしまった。
腕をもがれたけど死んでないから負けてませんー! はい腕生えたのでノーダメージ! ノーカン! おら今度はお前の目玉を潰してやるよぉ! オラァ! シャァ! おいコラ再生するんじゃねぇ! ノーダメージかコノヤロウ! バカヤロウ! 死ねぇ!
…………うん、泥仕合だね。致命傷以外はノーダメージ理論とはいえ、不死じゃなかったら何回死んでたか。
勝負の決め手? それは君、首チョンパだよ。
斬首は即死攻撃。怪物にも実際有効。古事記にもそう書いてある。
いや、倉庫からデカイ大剣を引っ張り出しておいて正解だったね。あれが無かったら未だに泥仕合を続けてたかも知れんと思うと、ゲンナリするわ。
それと、アレだな。怪物狩りを暇つぶしにするのは無理だ。疲れる。
―月──日
来客が来た。
来たが……いや、そんな事をお願いされても困るんだが。
取り敢えず客間を掃除して貸し出しておいた。まさか人類の生き残りと遭遇出来るとはな……それも親子連れ。母親が一人と、子供が一人。
うん、うん。まぁ、詳しい事は明日で良かろうさ。
―月──日
死にやがった。
満足そうな顔で。
……やめろ、死者の願いを私に置いていくな。バカヤロウ。
―月──日。
あれから数日。余裕も出来たし先日の事をまとめて置こうと思う。
先ずバケモノを倒した事についてだが……どうにもあのバケモノは私を探していたのではなく、件の親子連れを追ってきた個体だったらしい。
そしてそのバケモノは親子連れを殺す前に、私に──泥仕合だったが──討伐され……これが良くなかった。
見ていたのだ。名も知らぬあの母親は、私がバケモノを殺す一部始終を。
そして、それが彼女に決断を促してしまった。……子供を、私に託そうと。
何をどう決断したらそうなるのか? こんな性別もあやふやな怪しい女、それもバケモノとパーツの取り合い殺し合いをするようなイカれた不死者に、なんで子供を預ける気になるのか? 全く理解出来ない!
…………いや、分かってる。バケモノから逃げ続けるよりは、どんな方法であれバケモノを殺せる私の側に居た方が安全だと思ったのだろう。それは分かる。分かるが……だからといって本当に預ける奴が居るか! こんな怪しい女に! 子供を!!
文句の山程もある。
だが、その文句を言う事はもう出来ん。あの母親は名を名乗る暇もなく死んだのだ。満足そうに、もう大丈夫だと言わんばかりに。
恐らく、病気だったのだろう。今や肉体は火葬され、小さな墓が家の横にあるだけ……
いいさ、分かったとも。
死者の願いを無下には出来ん。お前の子供は、私が育てよう。守ろう。先を見よう。それで良いだろう?
―月──日
愉快な新メンバーを紹介するぜ!
名も知れぬ母親の一人息子! 脅威の十歳児! 私からすると懐かしいモノがついてる男の子! 名前はユウ君! もの静かで大人しいぞ! 怖いぐらいにな! ……キミ、落ち着き過ぎだろう。その歳で瞳が理性と知性で満ちてるとか、転生者か?
―月──日
件の男の子、転生者とかでは無さそうだ。少なくとも私と同じ場所から来た訳では無いのだろう。黒髪黒目だけど、日本語を知ってる訳ではなさそうだし。
恐らく、普通に頭が良いだけだ。……普通とは? 知らん。この世界の基準なんぞ知る訳がない。
だから興味本位で色んな学問を覚えさせているのも、虐待とかではないんだ。文明崩壊前に集めてた本を読み聞かせたりしてるのも、他にあやし方を知らないからとかではないんだ。うん。違うんだよ? いや、うん、まぁ、その、はい……
私のダメダメな子育てに関しては置いておこう。
それより問題なのは食料だ。
私はかすみを食って生きる仙人みたいな生活をしてたから、物資の備蓄なんて鼻からありはしない。当たり前だろう? 平気で一ヶ月絶食する様な奴が、食料を溜め込むはずがないのだ。しかし、この子を預かった以上そうも言ってられん……
まぁ、何とかするさ。幸いにもこの辺りは自然豊かだし、そもそもそれが約束だからな。私は約束を守る女なのだ。
※訂正。
女じゃななくて男!!
―月──日
素で性別間違えた……
いや、良いんだけどね。転生した……つまりは性転換した日からもう何十年か経ってるし、今更ガタガタ言う程、自分と向き合えてない訳じゃない。この程度、ギャアギャア言う話じゃないのだ。
ないが……それはそれ、これはこれ。最終的に根っことするのは男としての意識なのだし、ちゃんと自意識を持っておかねば。
ところで、預かったユウ君なのだが……キミ、もう少し名前長いんじゃないのか? 名も知れぬ母親の遺品、これかすれてるけどミドルネームだろう。それにファミリーネームも聞いてないぞ。
ユウ、キミのフルネームは? ……分からない? そっかー、分からないかー
嘘こけ、知っててはぐらかしてるだろ、お前。この天才児め。
うーん、このかすれてるミドルネームとファミリーネーム、どこぞの王家の物だった気がするのは気のせいか……?
気のせいか。気のせいだな。
まぁ、国家なんて文明崩壊以後は過去の産物。仮に王族の末裔だとしても、何の役にも立つまい。既にどの国家も亡国な訳だし。
―月──日
私は父親なのか? 母親なのか?
ふと頭に浮かんだこの疑問、誰かに聞く訳にもいかず丸一日悩むハメになったが……答えは最初から一つだった。つまり、どっちも、だ。
一人二役かぁ……上等だ、やってやろうじゃねぇかコノヤロウ!
―月──日
子供が増えましたー
いや、産んだとかじゃなくて。拐ったとかでもなくて。おいやめろユウ、師匠を疑う様な目で見るのは。
……まぁ、いい。良くないけど良い。
取り敢えず客間に寝かせてる子──赤髪の女の子、推定ユウと同い年──が起きるまでは暇なのだ。今のうちに状況をまとめて────
追伸
デカイ音がしたから何かと思えば、客間が使えなくなってた……
そうだよな、子供は問題を起こすものだもんな。ユウが大人しかったから失念してたわ。
だからって部屋一つブッ壊すなよ。いや、意図してやったんじゃないだろうけど、ないだろうけど……くそ、ここに来て問題児か。
上等。やってやるぜ……!
英雄のいない時代が不幸なのではない。
英雄を必要とする時代が不幸なのだ。
◇
文明が崩壊し、人類世界が滅亡した何にも期待出来ない時代。
ユウと呼ばれる少年はそんな時代に産まれ、生き、その果てに不死者の寝床まで流れ着いてしまった。だが、彼はそれを悲観したりはしていない。どうしようもない事だと分かっているからだ。例え自分の血筋に歴史や責任があろうとも、一夜で無意味になってしまったのと同じ様に。
だから彼は何にも期待しないし、していない。まるで諦めているかの様に、全てを受け入れるだけだ。母……正しくは育ての母との別れすら、いっそ冷淡なまでに受け入れた様に。何もかもを。
だが、そんな彼をして困ってしまう事があった。不快という訳ではないが、簡単に受け入れる事も出来ない問題……つまり、同居人である一人の少女の事。
「ユウ、調子はどんなだ? あぁ、皆まで言うな。悪そうだな。知ってるとも、知ってるから声を掛けたんだ。で、何を悩んでいる? 本の内容か? 文字が読めないか? それとも……人間関係か? 前者ならどうとでもしてみせるが、後者だと私も困ってしまうところだが……なに、心配するな。あの名も知れぬ母親からお前を預かった以上、全力で取り組ませて貰うとも。で、気がかりはやはり人間関係か」
「……はい」
「それは困ったな? ふむ……」
会話をする気があるのか怪しい言葉の濁流。それをいつもの事と受け流しつつ、ユウは読んでいた本から顔を上げて声を掛けてきた少女を見上げる。
綺麗な少女だった。腰を越えてサラリと流れる長い白髪と、フワリと揺れる白の尻尾が特徴的。
名前は知らない。本人が忘れたと言って教えないからだ。