ダークファンタジー。
そう言われて、人は何を思い浮かべるだろう?
重苦しい雰囲気やシリアスかつ悲劇的な展開。残酷な描写やグロテスクな表現、あるいは救いのない人間心理や過激な性描写等、ハッピーエンドから遠退くような数々の要素……どこまでも不条理で、救いがなく、吐き気すらもよおすような世界観。
ダークファンタジーがダークファンタジーたる所以とは、やはりそういった複数の要素による物だろう。どれか一つだけではなく、複数の要素が複雑に作用した結果こそが、ダークファンタジーなのだ。
まぁ、端的に言ってしまえば、某アレとかアレとかアレを思い浮かべるところだが……それは脇に置いておいて。
ここで一つ、チェックリストを作ってみようと思う。貴方の世界はダークファンタジーですか? (暫定版)を。勿論、作るのは私だ。やるのも私だ。私の、私の為の、私によるダークチェックである。
最初に、重苦しさや悲劇が蔓延してるか? イエス。
次に、グロテスクで残酷な事がよく起きるか? 毎日だ。
それと、救いのない人間や性的暴行は? よく見かけるね。
最後に、ハッピーエンドが見えない? 見えたら教えて欲しいぐらいだ。
備考欄に付け加えるなら、私自身がここをダークファンタジーだと思っている。という事だろう。ここがダークじゃなきゃ何をダークと言うのかと。
事の始まりは…………そう複雑な話じゃない。
どっかの世界でいい歳こいたバカが一人野垂れ死にし、異世界に転生してなお記憶を保っていた。そんな話だ。転生した後も記憶を持っている人間というのは少数ながら実在する──実はだいぶ前に科学的裏付けを得ている──のだし、無限に広がる大宇宙があるのだから異世界があってもおかしくはない。ならその二つが組み合わさってしまう確率は僅かながらとはいえ確かに存在している訳で、何も、何も問題は無い話だった。……そこまでは。
問題だったのは、転生者たる私は彼から彼女に……つまり性別が男から女へと変わってしまった事。そして“邪教徒の実験体”だった事だ。
人造人間、あるいはホムンクルス。
私が転生し、彼女となった肉体は人間ではなかった。邪教徒共の夢の果て、永劫の命を手に入れる為の実験体。不死王と呼ばれる強大な不死者の肉片を元としつつ、そこに無数の生物を組み合わせたキメラであり、プロトタイプの人工不死者として作られたホムンクルス。それが私だ。
見た目こそ黒髪黒目の大和撫子系美少女だが、その正体はバケモノとしか言いようがない存在。製造ナンバー217番。既に失敗した名も無き姉妹達の屍の上に、私は転生した。間もなく実験の為に消費されるモノとして。
日々妙な薬をブチ込まれ、データを取られ、苦痛を伴う実験材料にされて。今度は脳ミソに電極でも刺すか、虫の苗床にするか……そんな話が耳に入った次の日、不幸中の幸いという奴が起きる。
何の事はない。連中の施設が“不慮の事故”で壊滅したのだ。
千載一遇の好機。
私は、それを逃さなかった。警備、及び防衛設備がザルな事を事前に把握していたのも手伝って、私は人工不死者のプロトタイプモデルとして持たされた能力の全てを用いて脱出を敢行した。
突如として発生した混乱に乗じてどこぞのビックなボスな蛇の様にスニーキングしつつ情報を集め、整理し、施設から脱出。そのまま邪教徒のロッジを強襲しようとしていた救出部隊──お偉いさんの子供が誘拐されたらしい──に保護され…………私は安寧を手にした。手にしてしまった。
終わりの始まり
◇
事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。
◇
魔女の魔導書。
解読不可能な魔女文字で書かれた書物。そこに記されている文字はかつて存在したどの言語とも異なり、更には他のいかなる魔女文字とも一切の一致が無い為に解読は不可能だとされている。
また古い年月が経っている為か、はたまた呪われているのか……極めて強い魔力を秘めており、ふとした一文字に込められた魔法が読む者を跳ね除けてしまうのも、解読を不可能にさせている一因。
著者不明ながらも使用されている魔女文字や残された逸話から、大魔女ニーナ・サイサリスの残した書物だとされており、彼女の秘術が記された魔導書だという説が通説である。
◇
四月 五日
おお神よ、くたばりやがれ。
いったい私が何をしたと言うのか? 内なる野望を表に出す事もなく、品行方正に生きてきた私に何の恨みがあってこんな目に合わせるのか? もし恨みもなくこんな目に合わせたというのなら、やはり神というのはロクでもない存在か、あるいは存在しない空想上の代物なのだろう。駅のホームに突き落とされた訳でもないのに、某幼女と同じ結論に至りそうな今日この頃である。
とはいえ、災いあれと叫ぶ訳にもいかない。勿論、両手の中指を突き立てながら叫びたいのは山々なのだが……実際にやってしまう訳にもいかないのだ。今や懐かしき前世ならともかく、今世では普通に神やら精霊やらが居る様だからな……迂闊に罵倒なんてしようものなら、後ろから刺されかねん。いや、刺されるだけでなく、何なら魔女認定されて火炙りにされるまであるぞ。
いやいや、火炙りだけで済めばまだいい。前世は男だったから余計な心配をしなくて良かったが、今世は何を間違ったか女。人権の無くなった、殺す予定の女がされる事なんぞ…………うん、あまり考えたくない話だ。
やはり、人に聞かれたくない叫びは書くに限るな。
災いあれ! 災いあれ!! タンスの角に小指でもぶつけてろ!
四月 六日
いや、私とした事が、やるべき事をやり忘れてしまっていた。
悪口を書いて満足してしまった辺り、脳ミソの具合が良くないんじゃないかと不安なってくるが……まぁ、いい。良くないけど良い。本題に入ろう。
私がこの日記を書いているのは、ひとえに後で読み返す為だ。
記憶を失っても補完が出来る様に。欠片程度でも取り返せれる様に。
というのも、私は前世を覚えている前世持ちであると同時に、異世界転生を果たした転生者でもあるのだが……どうにも前世の記憶というのが酷く歯抜けなのだ。最初の頃はまだもう少しマシだったはずなので、恐らく時間経過による劣化が発生しているのだろうと思われる。
このままでは前世の事を思い出せなくなり、アイデンティティの喪失に繋がりかねないので、ボケ防止を兼ねて保険を用意する事にした訳だ。今の私を、日記という形で書き残す事で。
一先ず現状を三行で書き留めておこう。
死んで異世界転生した。
何故か性転換して少女。
状況は極めて悪い。
ちなみに、状況の悪さを簡潔に言うと、転生先の世界が難易度イージーモードのなーろっぱじゃなくて、死に覚え上等のダークファンタジーな気配しかしない……という事か。
有り体にいって、地獄だ。この身も実験体としていじられた後だし。
四月 七日
飯が不味い。
イギリス料理の方がまだ美味し……いや、こっちのほうがまだマシか? 少なくとも食糧事情が良くないからだと言い訳出来るからな。こっちは。
四月 十日
日記というのはいささか以上に面倒だという事に気づく今日この頃。
このままでは三日坊主になってしまうので、やむなく対策を取る事にした。実験体だった私をマッドサイエンティストな犯罪者から救い出した保護者──聞いた話では凄腕の魔法戦士らしい──に願い出て、全自動羽ペンなる物を貸してもらったのだ。なんでも脳波コントロール出来る! 代物だそうで、実に便利……いやまぁ、正確には魔力コントロールだが。やっている事は某アレと同じだ。主に手を使わなくて良いという辺りが、特に。
さて、良いアイテムも手に入れた事だし、引き続き境遇を記していこう。何せ、いつ記憶が消し飛ぶか分からないからな……まぁ、転生して脳ミソが変わったのに以前の事を覚えている方が不自然だったのだ、これぐらいは仕方ない話だろう。
いや、不自然というのは語弊があるな? むしろこれは自然な話だ。古代中国の道教に記述された魂魄理論──魂は精神の魂、魄は肉体の魂。気や魂は二種類あるという考え──から考えれば……身体と魂、それぞれに知識や記憶が刻まれていたと推察出来るのだ。であれば今の状況も説明がつく。魂が魂魄に分かれて存在していたからこそ、脳ミソが変わった後も前世の記憶や知識を魂に刻まれたソレから思いだせるし、脳ミソに加えて魄を欠落した故に多くを取りこぼしてしまい、魂にしかない情報は魄のサポートを得れないが為ポロポロと溢れ落ちて戻って来ないのだ。ましてに肉体の変化に伴い魂魄に齟齬も発生している。記憶の欠落ぐらいで済んでいるのは奇跡というべきだろう。下手すると次の瞬間アンデッド……キョンシー辺りになってもおかしくないのだ。
しかし、驚異的なのは魂の存在か。
いや魂の存在はある量子脳理論からのアプローチや、とある超心理学研究者の精神科教授の行った統計学的な研究結果から科学的説得力を得ていたが……まさか時空間を飛び越えて異世界まで飛翔するとは。この私を目を持ってしても見抜けなんだ。
ある博士は脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質である為、重力、空間、時間に囚われない性質を持つと語ったが……私の魂が移動した瞬間の科学的データが取れていれば、超自然学や量子に関する研究が進んだかも知れん。
あぁ、書き忘れてた。
前世の私は学者等ではなく、一般的なサラリーマンだった様だ。だからこそというか、相当に鬱屈していた様だが。
……推測系なのは、既にその辺りの記憶が消えている為だ。どうでも良かったのだろう。前世の私は人間関係や日々の記憶よりも、溜め込んだ知識の方が大事だったらしい。
…………明らかにサラリーマンは向いてないぞ。私。まぁ、そんなんだから後悔しながら死んだんだろうが。
四月 十ニ日
だから! 今までの経緯を書きたまえよ!! 私!
知識を書き込んで満足するな……ッ! いやまぁ、知識こそ力だとは思うが。思うが! この日記を書く意義!!
やはり、全自動羽ペンを使ったのがマズかったのか? 表に出した思考をそのまま書いちゃうみたいだしな……慣れないと脱線しまくりだぞ。これは。
閑話休題。
今度こそ本題に入ろう。今度こそ。
事の始まりは前世でくたばった事だが……生憎、死因は既に忘却の彼方だ。親兄弟を含む人間関係や、自分の年齢や名前も向こうに置いてきてしまった。
強いて思い出せる事といえば男だったという事ぐらいで、後は成人していた気がするし、サラリーマンだったはずだしと……つまり、何も覚えてないに等しい。まぁ、その辺りはどうでも良かったのだろう。寒々しい人間関係だったに違いない。
そのくせ知識の類いは殆ど取りこぼしてない辺り、前世の人柄や趣味が分かろうという物だ。
さて、そんな私が何の因果か時空間をカッ飛び、異世界に流れ着いた訳だが……ここからが良くなかった。
何せ、流れ着いた先はダークファンタジー。簡単に人が死に、道端に死体が転がり、亡者がうろいている世界だったのだ。しかも私はそんな世界で異端と呼ばれる者共、邪教のマッドサイエンティスト共の実験体として生を受けた。
生憎、あの頃は意識がハッキリしてる時間の方が珍しかったので何とも言えないが……恐らく亡者の亜種、一種のホムンクルスとして製造されたのだと思われる。
少なくとも女の腹から産まれてはいまい。母も父もなく、フラスコを母胎として産まれたのだ。私は。
それは、まぁいい。どうでもいい。
問題は私が亡者の性質を持つという事だ。
恐らく、亡者に酷似したホムンクルスを作り、それを研究する事で亡者の不死性を手に入れたかったのだろう。
結果は、失敗だったが。
私は亡者としての性質が極めて弱く、プロトタイプだと考えても実験体として不足極まっていたのだ。もし救出隊──奴らは生身の人間の誘拐も行っており、その救助が目的──の到着が遅れていたら、殺処分されていた可能性は決して低くない。
それは良い。助かった事に文句なんぞ無い。問題は、私が本質的には亡者であり、バケモノであるという事だ。
差し当たり、血が見たくて仕方がない。
生きている人間の血が、精気が、欲しくてたまらないのだ。……これは良くない。良くないぞ。私。
四月 十七日
サボってた訳じゃないぞ。普通にダウンしてたのだ。
私が具体的にどんな亡者の亜種なのかは分からないが、エネルギー補給を怠ると動けなくなってしまう様だ。最終的にゾンビの様に動きも鈍くなり、知性も無くなってしまうと思われる。
不幸中の幸いは、エネルギー補給を行うのに人を食う必要は無いという事か。
勿論、人を食った方が遥かに効率的なのだろうが、ごく普通の食事……穀物や獣の肉等でも代用可能なのだ。人の血肉に比べれば、カスの様なものだが。
結局、保護者が提供してくれる食事量では足りず、夜中に家を抜け出して森で狩りをする羽目になった。
本能のまま獣に飛び掛かり、その肉をむさぼり食ったのだ。
……寄生虫とか、大丈夫だろうか。
四月 二十日
バレてない! セーフ! 盗塁成功!
亡者だと気づかれれば殺されかねかないからな……というか、我が保護者は昨夜から外出していた様だ。何をしに行ったのやら。
仕事は引退して隠居中だと聞いたんだが……? いや、男が夜中に抜け出してやることなんかたかが知れてるか。ここは武士の情け、見て見ぬ振りをしてやろう……
四月 二十一日
我が保護者から星の魔法の魔導書を貰った。曰く、暇だろうからと。気遣いの出来る奴だ……全く。
しかし、ふむ。先日はこれを買いに行ってたらしいな。近くに人が住める場所なんて無かったはずだが……流れの商人でも捕まえたのか? いや、何にせよ有り難い話だ。先日の邪推は撤回しなければなるまい。
それにしても、この星の魔法……興味深いな。私は我が保護者の属性魔法しか見たことが無かったが、この星の魔法は噂通り原初の魔法に近い様だ。エレメントを意識した属性魔法よりも、もっと古い古代の魔法……
興味深い。実に興味深い。
四月 三十日
我が保護者から遠回しに仕事をする気はないかと聞かれた。働かざる者食うべからず、という事らしい。さもありなん。
当然、二つ返事で答えておいた。多少渋ってはみたものの、働かないで食う飯は不味いからな。……いや、ここの飯は元々不味いのだが。
追記。
私の就職先は貴族の屋敷らしい。
そこでお嬢様の相手をして欲しいのだとか。
私に? お嬢様の相手を?
終わった……