交易都市アルト。
その歴史はかなり古く、少なくとも三千年前からある古い都市だ。昔から交通の要所として栄えたこの都市は、その立地上からか歴代の闇の魔女とも関わりが深く、その関係の良好性は様々な場所からうかがい知れる。
例えば今私とティーナが通り過ぎた重厚な二重門、そして城壁の様な分厚い石壁。あれらの制作には闇の魔女が関わっており、その修復も闇の魔女の仕事だったりするのだ。
「━━とまぁ、この町と闇の魔女は関わりが深い。他にも……あぁ、あそこに大きな水道橋が見えるだろう? あれも闇の魔女が関わっていてな。使われてる術式の過半数が闇の魔女が出所だったはずだ」
「なるほど……魔女様も何かに関わったのですか?」
「あぁ。最近敷設された線路や駅にガッツリとね」
私は隣を歩くティーナに町と闇の魔女の関わりを説明しつつ、古い石畳が続く大通りの端を歩く。
ティーナが相づちを打ってくれるから、つい森からここまで延々と語ってしまったが、それでも交易都市アルト三千年の歴史を説明するには全く足りない。今もこの大通りに使われてる術式や魔法について簡単に説明してしまっている。気分は観光ガイドだ。
「なるほど。闇の魔女は古くからアルトに関わり、尽つくしてしたと」
「あぁ、そういう事になる。なんなら都市が出来た理由でもあるんだろう。ただ尽くしては……ないな。むしろ暇潰し半分だったぐらいだろうよ」
「暇潰し、ですか?」
「闇の魔女はその役目上、長期間あの森を離れれない。だが離れられないだけで時間は有り余ってるからな。暇だからと何気なく森を出て、近場にあった町や人を物珍しさから手助けして、何の気なしに森に帰る……そんな感じだったらしい。助けようとして助けた事なんてない、そう言った闇の魔女も居たぐらいだ」
「でも、その何の気ない行為が人々に良い影響を与え、都市が発展するに至った……?」
「かも、な」
私は肩を軽くすくめて、ティーナの推測に苦笑を返す。きっとそうだろうと。
何せ断定なんて出来ない話だ。前の闇の魔女なんて師匠以外知らないし、記録も代によっては全く無い。更に闇の魔女は司る属性の関係か代替わりが早く、それに拍車を掛けているのだ。以前の闇の魔女が何を思って都市の発展に協力したかなんて……推測しかできない。
「そういえば……門番の人も魔女様に敬礼してましたね」
都市を囲む様に作られた石造りの水道橋を見ながら、古き時代に思いを馳せていた私にティーナがそう声を描けてくる。
思い出すのはつい先程の光景。門番が私達を呼び止めたときの事だ。怪しい奴めと疑っていた門番が、私の顔を見るなり敬礼して謝罪したのはなかなかにシュールだった。
「あぁ、あれか。いつもはそこまでではないんだが……今日のが熱心だったのか、あるいは……」
「あるいは?」
「隣が光ってるから、陰鬱な私が一層怪しく見えたんだろう」
白を全面的に押し出し、まるで光輝かんばかりの清廉さと清潔さがあるのがティーナの服装だ。ドレスか、あるいはワンピースを基本としているのだろう、動き易さを重視しつつも女性らしさを演出する……いわばバトルドレスとでもいうべき純白のそれを着たティーナは差し詰め天使。
それ比べ……私は同じくドレス染みているとはいえ黒の服、それも元になっているのは魔法のローブのそれ。もう怪しさしかない。更に門番に呼び止められたときはこの上にフード付きのマントを羽織り、そのフードを深く被っていたのだ。完全に不審者、さもなくば死神。呼び止めた門番は正しく仕事をしていたと言えるだろう。
「それは、魔女様がフードを脱げばいいのでは……? 今も注目されてますし……」
「ムリダナ。大勢にキャーキャーワーワー言われて取り囲まれるのは性に合わないんだよ。このぐらいが丁度いい。……いや、むしろティーナもこいつを被ればいいんじゃないか? うん?」
「いえ、遠慮しておきます。どうにも被り物はニガテで」
「……あぁ、なるほど」
苦笑しつつ断るティーナの頭の上、つまりはピコピコと動くケモミミを見て納得する。モフモフケモミミを隠す様な被り物は蒸れて仕方ないのだろうと。
しかし、そうなると……
「尻尾の方はいいのか? 窮屈だろう? ……それとも、訳ありか?」
「いえ。これは、その……獣人用の服が無くて」
「……ふぅん? そうか」
獣人用の服。つまりは尻尾を通す穴や仕掛けのある服の事だが……それがないとは、奇妙な事だ。訳ありかとも思ったが違うようだし、大抵の服屋はキチッと対応出来るはずだが……いや、今は考察はいい。どうやら窮屈には違いないようだし、一つ手を打っておこう。
「なら服屋に寄ろう。駅はその後だ」
「いえ。大丈夫です」
「ティーナが良くても私は我慢ならん。それに店も近いはずだ。丁度この辺りに私の服を仕立てた店があったはずで……っと、あった」
「あの、魔女様。私は本当に……」
「ケモ尻尾があるのにそれを見せつけなくてどうする。そら、行くぞ」
「ま、魔女様!?」
遠慮するティーナの意見を捩じ伏せ、私は丁度良く見つけた馴染みの服屋にティーナを押し込んで行く。
まだそう普及してないだろう綺麗な硝子扉を通り、一歩店内に入れば……前世の部分が声高に場違い感を発する。それはきらびやかな二階建ての店内とか、教養の高そうな店員とか、あるいは中央のシャンデリアとか……所謂高級店の波動を感じての事だ。とはいえそれは前世の部分が叫ぶだけで、今世の私は闇の魔女。こういう店はそこそこ慣れてる。
「これは魔女様。ようこそ、いらっしゃいませ」
「あぁ、支配人か。軽く認識阻害を掛けているのに、良く気づいたな」
「私も闇の魔術使いの端くれですので……」
「ふん、よく言う」
丁寧に礼をしつつ私に声を描けてくるのはキチッとした服装の初老の男……この店の支配人だ。魔法のフード被っていたのだが、アッサリ見破った。流石はプロか、それとも私が軽く魔法の手解きをしたからか? まぁいい。
「半年ぶりに会って早々だが、今回は仕事だ。ティーナの……この少女の服を弄ってくれ。具体的には獣人用に仕立て直す、か? まぁ、宜しく頼む」
「あの、魔女様。私は本当に大丈夫ですから。それにお金も……」
「金なら私が出す。で、支配人、出来そうか?」
勇者なのに金がないと呻くティーナを封殺し、私は支配人に出来るかどうかを聞いた。
支配人は暫く黙ってティーナの服を見ていたが……やがて考えがまとまったのか口を開く。
「ふむ……織り込まれている術式も普遍的ですし、問題ないかと。ただ、時間はかかります。どう頑張っても三時間。出来れば半日は欲しい」
「なら半日だ。確実にやってくれ。術式を書き換えても構わん。それと、仕立て直している間の服も幾つか頼む。ティーナの世話もな。私はポーションを届けにいかねばならん」
「心得ました」
別にティーナの服を選ぶのに付き合ってもいいのだが……今はレディでも私は元野郎。その辺のセンスは皆無なのだ。むしろ居ない方がいいだろう。
そんな事を考えつつ、礼をする支配人にティーナを預けておく。さて、行くか。
「では、宜しく頼むぞ。代金は……これぐらいあればいいな?」
「……ふむ。えぇ、構いません」
私はベルトポーチから金貨を数枚取り出し、支配人に預けておく。どうせ使い道なんてないのだ。パーと派手にやろう。
「ところで、魔女様」
「なんだ?」
「以前会ったのは三ヶ月前です」
「…………」
…………あれ?
「いや、半年「三ヶ月前です」……そうか」
バカな記憶違いだと!? これでは私がボケ老人の様ではないか!? えぇい、のじゃロリだった師匠の事を笑えん……!
「……魔女はな、時間感覚が曖昧なんだよ」
「そうらしいですな。貴女の先代もそうでした」
「あぁ、だから問題ない」
「はい」
はいじゃないが。
「はぁ、尻の青い若造だった人間に時間感覚を指摘されるとはなぁ……」
「魔女様、聞こえております」
「聞かせてるんだよ若造。それとも何か? 高級店の支配人にまで上り詰めた若造は年寄りの愚痴も聞けんのか? んん?」
「いえ、そんな事はありません」
だろうな。八つ当たりだよチクショーメ。あと私はお前が若造だった時期を伝聞でしか知らんよ。実際に知ってたのは師匠だ。
まぁ、いい。ティーナの視線もどことなく痛くなってきたし、年寄りはそろそろ退散するとしよう。
「はぁ……ティーナを宜しく頼むぞ。着飾ってやってくれ」
「了解です」
「え、あ、魔女様━━」
不安げなティーナの声に聞こえない振りをしつつ、私は店の外に出る。次の目的地は馴染みの薬屋だ。
……しかし、あれだな。町の人間と話すと一気に年寄り臭くなってしまう。やはり彼らが年を取るのに、こちらが年を取らないせいなのだろうか?
「あるいは精神年齢的な問題か……?」
いや、だとしても先程の支配人よりは若いだろう。前世の記憶が消し飛んでるから正確には分からないが、前世と今世を足しても五十以下のはずだし。
師匠は百を余裕で超えてたが。
「ならば見た目年齢か、実年齢か……いや、もっとないな」
見た目は高校生、つまりは十八歳程だ。実年齢に至ってはようやく十歳を超えた程度でしかない。
……精神年齢と見た目年齢と実年齢がバラバラで草どころかジャングルが生い茂るわ。マジ笑える
「やはり魔女は年を取らないから置いていかれる感じが……っと、ここだ」
ブツブツと考えを呟きながらあるいているうちに、いつの間にか目的地まで到着していたらしい。私は目的地である古ぼけた薬屋と扉をそっと開け、中に入る。
熱烈に歓迎してくれる薬草やポーションのにおいを嗅ぎつつ、店員不在のカウンターまで行って呼び鈴を鳴らす。そして待つこと暫し、奥から一人の老婆が歩いて来た。この店の店長だ。
「店主、今月分のポーションだ」
「これは魔女様。いつも有り難うございます」
老婆がカウンターの椅子に座るのを待ってポーション箱を取り出し、カウンターの上に置く。老婆はそれをサッと確認して一つ頷き、代金を……うん?
「多くないか?」
ボケたのか? そんな副音声を口の中に止めつつ、私は疑問を口にする。何せ老婆が代金として出したのは金貨が五枚。いつもは銀貨が数十枚……羽振りが良くても金貨一枚がせいぜいなのだからこれは明らかに多い。更に言えば適正価格も超過しており、ボケたとしか言いようがなかった。
「別にボケちゃぁいませんよ。ほら、例の駅が出来たでしょう? あれから火の国の人が、それもお金持ちがよく来るようになってねぇ。あちらの人は魔女への信仰が厚いから、闇の魔女様が作ったんだと言ったら金払いが良いんですよ。上級ポーションを買っていた人も居ましたからねぇ」
「あぁ、なるほど。つまり有るところから取ったらバカ儲けしたと?」
「そういうことになりますねぇ」
なら遠慮せずに貰っておこう。そう納得して私は大金をベルトポーチの中に流し込む。これで一、二週間は派手に遊ぶ事も出来るだろう。いや、やらないが。
さて、用事はすんだが……確かここの老婆はかなりの情報通だったな。ふむ、一つ聞いてみるか。
「しかし、火の国では闇の魔女の名は高いんだな?」
「えぇ、それはもう。火の魔女と闇の魔女は先代も今代も仲が良いってのは有名な話ですから。……どうか、されましたか?」
「いや、今日勇者と合ってな。魔王は知ってるが、闇の魔女は知らないと言われたんだ」
「それは……妙な話ですね。知名度なら間違いなく闇の魔女様の方が上ですよ。なのに魔王だけ知っているのは……」
「……ん、そうだな」
あぁ確かに、老婆の言う通りだ。俺は前世の記憶があるから感覚がズレてるが、こちらの人からすれば魔女と魔王では前者の方が知名度があるのが常識だった。もし、仮に……
「もし仮に、魔王の事しか知らない勇者が闇の魔女と会えば……」
「状況にもよりますが、十中八九勘違いするでしょうね。いえ、場合によっては戦いになる」
危ねぇ危ねぇ。やっぱり、一般の人から見てもあの瞬間はギリギリだったんだな。
「でも、そうはならなかったのでしょう?」
「あぁ、件の勇者が優しく、賢明な子でな。今では殆んど疑ってはいまいよ」
「それはそれは。……今は近くに?」
「いや、服屋に叩き込んで来た。勇者は獣人の女の子なんだが……にも関わらず獣人用の服を着てなかったから、な」
今頃服屋の店員連中に着せ替え人形にされているだろう。んー、次に会うのが楽しみだ。
「それは……窮屈だったでしょうに。鎧がなかったのでしょうか?」
「いや、着ていたのはバトルドレスの類いだ。獣人用の物が無かったといったな」
「それは、妙ですね。勇者のバトルドレスともなればオーダーメイドでしょうに。…………魔女様。その勇者は、そうですね。お金や、他の装備はどうでしたか?」
「ん? 金は無いと言っていたぞ。装備は……」
どうだったかな? 私の専門は魔法で、武具の類いは素人だからそういうのの目利きは自信が無いんだが……そうだな、魔女としての観点からいえば━━
「バトルドレスも剣も一級品に見えた。だが、バトルドレスに使われている術式は普遍的らしくてな、剣も……聖剣の類いではあるが、あれは量産が効くだろう。私があのレベルの物を作れと言われれば難しいが、師匠ならあくびをしながら片手間で作るだろうな」
「……魔法のアクセサリーや、魔法のふくろは?」
「うん? ……いや、そういえば特に無かったな」
「……妙ですね」
「? そうか?」
普通の勇者ではないか? ゲーム中盤ぐらいの勇者といったところだと思うが……いや、待て。前世の記憶に引っ張られ過ぎだ。こっちの常識で考えれば……
「そうですね、一言で言うならお粗末です。確かに勇者は替えが効きますが、しかし貴重な事には代わり無いのです。にも関わらず、その勇者は正しい知識を与えられず、路銀も与えられず、装備もオーダーメイドとはとてもいえない代物……いえ、事によれば酷使されているのかも知れません」
「確かに。しかし、そんないじめるような事をして何になる? 得をする奴なんていないだろう」
「得をする気が無いとすれば?」
「なに?」
どういう事だ?
「実は、最近この町を訪れる光の国の人が減っているのです。そして聞くところによれば、人間至上主義が再燃していると」
「バカな! あれは師匠の代で終わったはずだろう!?」
「だから再燃なのです。魔女様」
「…………」
あぁ、今の私は酷く不機嫌な顔をしているに違いない。だって人間至上主義だぞ? ここでいう人間は所謂只人……ヒューマン種だけを差す。それはつまり、獣人を初めとする種は人間ではないという事で、ケモミミは決して認めないという事だ。勿論そんな馬鹿馬鹿しい差別的な考えはこの町には無いし、世界中でも師匠の代で決着が付いた話で……いや、だからこそ再燃なのか。
はぁ、嫌な話を聞いた。この薬屋の老婆はかなりの情報通で、遠方の話も知っているからと話を聞いたが……どうやら森に引きこもり過ぎていたらしい。これでは師匠に怒られるな。
「そして今代の勇者は三人いるそうです。少なくともうち二人は只人。残りの一人の話を聞きませんでしたが……魔女様の話で合点がつきました」
「馬鹿げた主義が流行る中で、獣人の勇者が選定されれば……あぁ、そうか。あの子は冷遇されているのか」
「恐らく。あるいは……鉱山の鳴き鳥かも知れません」
鉱山の鳴き鳥。それはいわば鉱山のカナリアであり、つまり老婆が言いたいのは……
「……ロクでもない時代が、来ようとしているのか」
ポツリと呟く私に、老婆は同意を示す様に小さく礼を返してくる。……そこは、否定して欲しかったなぁ。