side ティーナ・アドリフ
「魔女様……」
後ろ手を振りながら歩き去ってしまう黒髪の少女の後ろ姿を私は呆然と見送りました。出来れば一緒に居て欲しかったと、今更思いながら。
なんというワガママ。私はあの人に剣を向けたというのに……
いえ、思えば不思議な話です。殺すべきだと剣を向けた相手に誘われ家に行き、お菓子を食べ、町に出かける……剣を向けた事を除けば、今はもう無い故郷で噂に聞いた『学園』という場所に行く子供達の様な話。
きっとこれもあの人が魔女だから。不思議な不思議な魔女様だから出来た事。もしあそこに居たのが話に聞く魔王なら……私は既に死んでいます。家に招いてお菓子を食べさせ、町に行かないか? なんて、そんな事をするのは魔女様だけ。普通なら追い返すか、殺している。
「…………」
思えばあの『くっきー』というお菓子は美味しかった。きっとあれは貴族が食べる物に違いありません。それを私が食べれたのは……やっぱり魔女様だから。魔女様だから『町に行けばまた食べれるかも』なんて台詞が出てくる。おかげで魔女様を疑うのも馬鹿馬鹿しくなりました。剣を向けた相手にお菓子を進める魔王がいるはずがないですから。
……別にご飯をくれたからなついた訳じゃありません。私は狼の獣人だけど、獣ではないんです。だから、違います。魔女様が不思議な人だから、疑わないだけ。あの人が殺すべき相手なはずがない。
「さて、魔女様の無茶振りに答えますかな……あぁ。君、丁度良かった。少し頼みたい事がある」
「はい、何でしょうか。支配人」
「実は魔女様から━━を頼まれ━━」
「━━なんと、魔女様が━━」
「しかし納期が━━」
この店の店主らしい人が店員と何かを話しています。魔女様の話では私の服を仕立て直し、その間の服も買うそうなので、それに関する話でしょうか? こういうところで服を買った経験が無いので、よく分かりませんが……そうです。服。
「あの……」
断りの言葉を入れようとして、思う。どう言えば良いのでしょうか? 失礼にならない言葉を選びたいけど、上手い単語が出てきません。長らく一人旅をしていた悪影響でしょう。昔はここまで悪くはなかったのに。
いえ、そもそも断って良いのでしょうか? 彼らはどう見てもやる気ですし、ここに連れてきてくれた魔女様にも悪い。なら断らずに服を選んで買うべきですが……そんな事を考えていると店主と店員の話が終わったらしく、若い女性の店員が目の前まで来ていました。
「お待たせしました。お客様。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
結局私は笑顔の店員に押される様にして店の奥へと歩き始めます。螺旋階段を登って二階へ、それから少しだけ歩いてたどり着いて見たのは……沢山並んだ綺麗な服。どうやらここが売り場のようです。という事はあれは全て見本品なのでしょうか? なんだか、場違い感が凄いです。
「何かご希望はございますか?」
「服の、ですか? いえ、よく分からないので……」
「分からない。なるほど、なるほど」
私の言葉に二度三度と頷いた店員さんはチラリチラリと他に視線を投げる。見れば視線の先には他の店員さんが居て、十秒と経たない内に私は大勢の店員さん達に取り囲まれていました。これは、いったい?
「━━どう思う? 魔女様が連れて来た子だから、完璧に行きたいのだけど」
「魔女様が? なら失敗は出来ないわね。容赦が要らないのは助かるけれど」
「そう、武人……いえ、子犬ね」
「後、清楚」
「純白、純粋、穢れなし」
「なら……深窓の令嬢?」
「それね。まずはそこを基準にいきましょう」
「当代の魔女様は派手なのはお嫌いだからね……集めてくるわ」
「私も」
「えぇ、お願い」
小さな声で打ち合わせする店員さん達の声を耳で確り拾いながら、私はどうなるのかと思考を巡らせ……駄目です。経験が無くて分かりません。
どうするべきかもまだ分からない私。そんな私を店員さん達は押し込む様にして小さめの個室に案内して……着ていたバトルドレスを脱がしてきます。ぇ? そんな、いきなり?
「……悪くはない。けれど良くもない」
「いいえ。元が良いから誤魔化せれてるだけ」
「下着もコーディネートしなきゃ……」
「大仕事ね。……取ってくるわ」
「お願い」
気づけば私は下着だけになっていました。手早過ぎて抵抗する暇もなく……彼女達はただの店員ではないのでしょうか?
いえ、それよりも……
「ぁぅ……」
流石に、気恥ずかしいです……
「くっ、バカな。まだ戦闘力が上がるだとっ……!?」
「恥じらうケモミミ美少女……流石は魔女様。ぐふっ」
「メディック! メディィィック!」
「棺桶を一つ用意してくれ!」
「……どう見る?」
「魔女様よりはあるわ。けれど路線変更の必要はない……いえ、むしろもっとベターに纏めた方が良いわね。変に盛ればそれが欠点になりかねない」
「確かに。……ところで、こんな所に火の国から入ったばかりの魔術式カメラがあるのだけど?」
「━━途中で盛るのも試してみましょうか。後で魔女様に見せなければならないでしょうし」
あ、あの、小声で盛り上がっているところ悪いのですが、何か服をくれませんか……? もう断ろうとか考えませんから……あ、駄目ですね。誰も聞いてません。ぅぅ、いつまでこうしていれば……?
「取って来たわ」
「じゃあ……始めましょうか」
あぁ、どうやらようやく着替えれる様です。助かりました。
……でも、なんだか店員さん達の圧が増したような。気のせいでしょうか?
「では、始めさせて頂きますね?」
「えっと、はい。宜しくお願いします?」
私は店員さんに進められた服に袖を通していきます。これで気恥ずかしさを感じる必要はありません。一安心ですね━━
……………………
…………
……
━━助けて下さい、魔女様ぁ……
「綺麗ね。惚れ惚れするわ」
「うーん。でもやっぱりベターね……?」
「けれど、悪くはないわ」
「でも地味じゃない?」
「あんたが持ってきたのは派手過ぎるのよ。当代の魔女様は派手なのはお嫌いだから、これぐらいがベストでしょう」
「一先ず手打ち、かしら?」
「落とし所か……」
「仕方なし、ね」
ブラウスとロングスカート。そういうらしいヒラヒラとした服を私に着せた店員さん達があれこれと言っていますが、まるで耳に入りません。あれこれと着せ替えられて疲れたせいでしょう。……えぇ本当に、色々着せ替えられました。
今と同じ様な、まるで良いところの商人のお嬢様の様な格好から始まって、ゴスロリというらしいヒラヒラとした可愛らしいドレスへと続き、下着まで着替えさせられ、オシャレについてのアレコレを指導されて……そこから先は記憶が曖昧です。何だか妙な物まで着せられた様な気さえしますし……えぇ、大変でした。
「あの、これで終わりですか……?」
「……はい。今日はこれで終了となります。お疲れ様でした」
どうやら終わりの様です。しかしオシャレというのがこんなに疲れる物だとは……これなら瘴気が充満した墓地でアンデットの群れを一人で殲滅した日の方が楽です。連れて来てくれた魔女様や、オシャレを教えてくれた店員さんには悪いですが、二度と来ない様にしましょう。最低限の衣服があれば勇者としての役目は果たせますし。
「ではお客様、どうぞこちらへ」
そんな事をボンヤリと考えていると、店員さんが私を更に別の場所へと案内していきます。今度はなんなのでしょうか? まさか、終わったというのは何かの嘘……?
内心で怪しむ私をよそに店員さんはある一室の扉を開け放ちました。そこは床から机、更には調度品の全てが高そうな部屋。まるで貴族が使うような部屋で……私の場違い感が、凄まじいです。
「こちらでお待ち下さい」
「待つ、ですか?」
「はい。魔女様が来るまでごゆっくりと。……それでは、失礼します」
そう言うと店員さんは丁寧に一礼してから部屋を出ていき、私は高そうな部屋に一人残されました。そのまま一拍、二拍、呆然と立ち尽くし……このまま立って待つ必要はないのでは? そう思い至った私は何気なく目についたソファーに座ります。
「これは……?」
ふわりと、柔らかい。木の様な固さを予測していた私は、座ったソファーの柔らかさにそう驚かざるを得ませんでした。そうして思うのはこのソファーは高い物なのではないか? そんな高い物を私が使って良いのか? そんな疑問。
そしてその疑問の答えは直ぐに出ます。今すぐ立って待つべきだ、と。しかし同時に頭に浮かぶのは今の自分の立場……つまり、魔女様の連れだという事。
「…………」
思考は暫く。そこから出た結果は……座って待っても問題無し。
普段なら立っておくべきですが、今の私は魔女様の連れでお客様。ならここで座っていても怒られないはずです。それどころか立って待っている方が店員さんに悪いでしょう。
そこまで考えて私はソファーの背もたれに身を預けます。柔らかな感覚を背に感じつつ、思うのは町の人から魔女様への好意の事。
「やっぱり、悪い人じゃない」
出会ったときこそ怪しみ、剣を向けましたが……今では怪しもうとはこれっぽっちも思いません。ましてや殺そうなんて、考えたくもない。
だって、魔女様は悪い人じゃないから。確かに怪しいところはあるけれど、悪い人ではない。もし魔女様が悪い人なら、ここの店員さんは私なんかに気を使ったりはしなかったと思います。むしろ魔女様が好い人だから、お世話になってるから、一緒に居ただけの私も同じ様に扱われた。丁寧に、失礼にならない様に、と。……容赦が無かったのは信頼の裏返しだと思いたいですが。
「でも……」
殺せ、と。そう言われるでしょう。そして私は、それを否定しきれない。
勿論魔女様は悪い人ではないし、私も殺したくなんてない。だけど
「━━やらない。そんな事、絶対にやらない」
そうです。私は人形じゃない。彼らの言いなりにはならない。魔女様を殺したりなんか、しない。絶対に。
……けど、無駄なのでしょう。いくら私がそう思っても。結局は。
「魔女、様……」
私は何気なしに長い黒髪の少女の姿を思い浮かべます。心底面白そうに、けれど小さく笑う少女の姿を。そうやって私より少し年上に見える彼女の姿を思い浮かべて……悩む。どうすればいいのだろう、と。
このままでは魔女様が死んでしまう。私が殺さなくても、別の誰かが送り込まれるだろうから。そして、そのときは私も……
「また、誤魔化す? ……難しい、ですね」
こういう事は前にもありました。悪人の巣窟だと聞かされて突入してみればそんな事はなくて、殺せなくて……結局、嘘を報告した事が。
今回も殺せないのは同じです。でも、嘘を報告しても無駄になるところが違う。あれから私が指示に従わない可能性を彼らが考えるようになって、確認の為に暗部の人間を入れるようになったから……嘘をついてもバレる。そして殺される。魔女様も、私も。
「━━ッ!」
嫌な光景が脳裏をかすめる。赤い、赤い血に染まった黒髪の少女の姿が、彼女の目が、私を━━
「違う。違う! そんな事、無い━━!」
私は頭を振って嫌な想像を追い払い、心を落ち着かせます。大丈夫。まだ大丈夫。予定された日程はまだ残ってるから、彼らの目はまだ無い。だから大丈夫。落ち着いて。
「どうすれば……」
どうすればいいのだろう? どうすれば魔女様を死なせずにすむだろう。この際私の事はどうでもいい。けど、魔女様は違う。悪い人じゃない、好い人だから……だから、どうにかして、魔女様だけでも。
「何とか、何とかしなきゃ……」
焦燥がつのる。けれど、それを誰かに察せられる訳にはいかない。ましてや誰かに相談するなんて、もってのほか。そんな事になれば彼らの目は容易く見抜く。そして殺す。関わった疑いがあるだけで、殺してしまう。
だから私一人でなんとかしないと。失敗しても私一人ですむように。幸い彼らの目はまだここには無いのだから、取れる手は多いはず。
「━━ん」
ピクリ、と。私の耳が微かな足音を捉えました。自分の存在を隠そうともしない足音……聞き覚えがあります。恐らく、魔女様でしょう。
━━気取られる訳にはいかない。
魔女様に話して逃げて貰うのも手ですが、それはもう少し考えたい。だから、今日はこの悩みを気取られる訳にはいきません。今日は隠しておかないと。
……あぁ、そうなると。
━━この服が似合ってないのは、好都合かも知れません。
だって、きっと笑われる。それは恥ずかしいけれど、でもそれで注意が逸れるのなら安いもの。幾らでも笑われよう。それで魔女様が生きれる道を模索出来るのなら━━