ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第4話-砂漠の攻防-

 ったく、久しぶりにツラを見たと思ったら、古代ゾイド人に古代ゾイドにオーガノイド。

 カイの奴、マジで面倒事に巻き込まれるスペシャリストだな。面倒臭ぇ……

 ……まぁ、そんな奴をほっとけずに面倒見ちまう俺も大概だが……

 とにかくサンドコロニーに滞在してる間、何もなけりゃ良いんだがな。

 [ザクリス]

 

 [ZOIDS-Unite- 第4話:砂漠の攻防]

 

 サンドコロニーに滞在し、あっという間に3日間が過ぎた。

 その間、カイはシーナと共に市場での日雇いをこなして着々と必要な雑貨品を買い集めている。

 既にこの時点でコッヘルセットとキャンプバーナー、タオル、歯ブラシ、爪切り、タブレットの充電ケーブルなどは揃える事が出来た。

 正直コッヘルセットやキャンプバーナーはそこそこ良い値段がするのだが、あっさり買い揃える事が出来たのはシーナのお陰である。

 美人で明るく人当たりの良いシーナは、接客に天性の才能があった。そのお陰で最初に日雇いに雇われた食料品店の店主がシーナをあっという間に気に入り、滞在している間看板娘を頼みたいと言ってくれたのだ。おまけに来店する客達もシーナにチップを弾んでくれる為、実の所、カイよりもシーナの方が稼ぎが良いくらいであった。

 

「ホント、可愛いって武器だよなぁ……」

 

 滞在4日目の昼時。

 店の奥で賄いに出されたひよこ豆と鶏肉のスープを口に運びながらカイが呟く。

 接客は慣れてるからバッチリ教えてやるぜ!と啖呵を切ったというのに、これではまるで立つ瀬がない。

 そんなカイに、シーナはパンを口に運びながら困ったように笑った。

 

「きっと皆、珍しがってるだけだよ。私の髪の色だってそうだし、それに服だって」

「お前は自分の美貌をもう少し自覚しても良いと思うけどな」

 

 若干呆れたような口調でぼやきながら、カイもパンを口に運ぶ。

 まぁ、シーナの魅力は美しさだけではなく、自分の美しさを自慢したり気取ったりしないその清楚さにもあるのは確かなのだが。

 シーナは相変わらず困ったように笑ったまま、スープの具を口に運んでいる。

 カイは軽い溜息を吐くと、残りのスープを飲み干した。

 どちらにせよ、思っていた以上に稼ぎがある分楽が出来ているのは確かだ。

 とはいえ、シーナは「私が持っていても仕方が無いから」と自分が稼いだ分の賃金をチップも含めて全てカイへ渡してくれている。

 この3日の間に買い揃えたものは全て、カイとシーナの稼ぎの中からきっちり半分ずつ出して買ってあるが、流石にシーナが稼いだチップに関しては、受け取るだけ受け取ってはいるものの、手をつけないでいた……というか、手を付けられる訳がなかった。これはシーナのポケットマネーであるべき金だ。

 

(無欲過ぎるってのも、なんだかなぁ……)

 

 カイはそう思いながら、現在の自分の手持ちを思い浮かべる。

 今日の分の給料も含めれば、シーナにそこそこ良い財布を買ってやれるだろう。だからその財布に自分が預かっているシーナのチップを入れて渡せば、いくらなんでも要らないとは言わない筈だ。

 本当なら銀行にシーナの預金口座を作って貯金させる方が安全だろうが、古代ゾイド人であるシーナは身分証など持っていない。生年月日も、主に何年生まれか?の部分がかなり問題であるし、国籍も無い以上本人確認の辺りで躓いてしまうだろう。そう言った意味でシーナの身の上はこの時代ではなかなか不便であった。

 

「あ。そろそろ休憩終わっちゃうね」

 

 シーナはそう言って席を立ち、食べ終わった食器を流しへ運ぶ。

 カイもハッと我に返って、慌てて食器を流しへ下げた。

 

「よし! じゃぁ午後の仕事も頑張るか!」

「どうしたの? なんだかさっきよりやる気満々だね」

「ちょっと買いたい物が出来たんだ。今日こそシーナに負けないからな」

「ふふふっ、いつから競争になったの?」

「たった今!」

「えー?!」

 

 そんなやりとりをしながら、2人で店頭へ戻る。

 店主はカイとシーナに気が付くと、「おう、後は任せたぞ」とにこやかに告げて、自分の休憩に入って行った。

 カイは早速店の前に出て、春の穏やかな日差しを浴びながら景気よく声を張り上げる。

 

「らっしゃいらっしゃーい! 今日は新鮮な果物が安いよー!」

 

 その顔は仕事用の営業スマイルではなく、どこか無邪気さの残る心からの笑顔を湛えていた。

 財布をプレゼントしたらシーナはどんな顔をするだろうか?喜んでくれるだろうか?……いや、まずどんな財布が良いだろうか?そういった事を考えるだけで自然と笑みが零れる。その為だと思えば日雇いの仕事もいつも以上に気合が入った。

 だが、こういう時に限って悪い事が起こるのが世の常である……

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 店からほんの数メートル離れた通りの真ん中で、1人の男が不意に大声を上げた。

 何事だろう?と視線を向けたカイと、声を上げた男の目が合った瞬間、互いを見据えたまま両者の間に気まずい沈黙が一瞬奔る……

 間違いない。声を上げた男はスカーレット・スカーズのスヴェンだ。

 スヴェンは彼を真っ直ぐ指さして怒りの形相を露わに怒鳴った。

 

「クソガキてめぇ! こんなとこに居やがったのか!!」

「やっべぇ!!」

 

 慌てて走り出すカイに、シーナが思わず叫ぶ。

 

「カイ!! お店どうするの~?!」

「後で店長に謝る!!!」

 

 そう叫ぶと、カイは一目散に市場街を走り出した。

 一度だけ、チラッと後ろを振り返る。

 スヴェン、オスカー、スティーヴ。ちゃんと3人揃って自分を追いかけて来ている事にカイは思わず安堵した。どうやらシーナを人質にしようとは思わなかったらしい。

 まぁ、スヴェン達がシーナの姿を見たのは孤島の遺跡でブレードイーグルが起動する直前、あの遺跡の部屋が輝きだす前のほんの一瞬だ。もしかしたらシーナの事はよく見えていなかったのかもしれない。どちらにせよシーナに見向きもしないのならば、彼女に危害を加えられる事はなさそうだ。

 カイは人にぶつからないように器用に市場街を走りながら、ウエストバッグから小型タブレットを取り出しザクリスへ連絡を入れた。

 

『カイ。どうした?』

 

 すぐにタブレットからザクリスの声が聞こえる。

 

「ザクリス! スカーズの連中だ! 今追いかけられてる!!」

『はぁ?! 今何処だ?!』

「中央市場街!! 北口に向かって走ってる!!」

『マジかよ! 反対方向じゃねーか!! すぐ行くから捕まるんじゃねーぞ!!』

 

 そう言って通話が切れる。

 カイは走りながら思わず渋い顔をした。

 

「捕まるんじゃねーぞって……簡単に言うなよ」

 

 人で溢れかえっていると言っても過言ではない市場街を、いつまでも逃げ回っているのは流石に無理がある。

 おまけにこのまま走っていれば北口から外へ出るしかない。

 人や物で溢れた市場街とは違い、外に出てしまえば遮蔽物は殆ど無いのだ……そんな見通しの良い場所へ出れば最後。スヴェン達は躊躇わずに銃を撃ってくるだろう。流石にそれだけは避けたい。自分も一応武器ならあるが、遮蔽物の無い場所で三対一の銃撃戦などまっぴらごめんだ。

 とはいえ、市場街は建物と建物の間が殆ど詰まっている為、とにかく路地が狭い。裏道へ逃げるにも、そんな狭い路地へ飛び込んでしまえばそれこそ格好の的だ。逃げ場が無い分、後ろから撃たれでもしたらと考えると不用意に飛び込む事も出来なかった。

 

「こうなりゃ上に逃げるか」

 

 カイはウエストバッグからワイヤーリールを取り出すと、前方の酒場の看板めがけてワイヤーを放つ。

 看板の根元にワイヤーのフックがロックされるのと同時に、ワイヤーの巻取りスイッチを押して彼は思いっきり地面を蹴った。

 体が宙に浮いた瞬間、ワイヤーリールが猛スピードでワイヤーを巻き取り始める。それによって宙へ浮いたカイは一直線に酒場の屋根へと引っ張り上げられた。

 

「逃がすか!」

 

 スヴェンが拳銃を取り出して発砲する。酒場の屋根の上に着地したカイのすぐ傍にある看板の端が、その弾丸によって抉られ破片を散らした。

 その銃声と光景に、市場街の人々から悲鳴があがる。

 カイは慌てて看板の裏に隠れ、思わずぼやいた。

 

「ったく、自分から憲兵呼ばれそうな事してりゃ世話ねぇや……」

 

 彼は看板の裏に身を隠したまま、サッと辺りを見渡した。

 北口の外にスヴェン達の赤いレドラーが駐機されているのが見えたカイは、一瞬眉を(ひそ)めた後、さっき自分が来た方向へ引き返すように屋根の上を走り始める。

 このまま身を隠していては、彼らはそのままレドラーに乗り込んで空から攻撃してくるかもしれない。町中で容赦なく発砲して来たという事はそのくらい見境が無くなっていると考えて良いだろう。それなら多少危険でも自分を囮にレドラーから引き離す方が得策だ。

 カイの思惑通り、スヴェン達はご丁寧に三人揃って再びカイを追いかけ今来た道を引き返すように市場街を再び走って来ている。誰か1人でもそのままレドラーへ向かおうとは考えなかったらしい。そんな彼らの清々しいまでの単純具合にぼんやりと感謝しつつ、カイは屋根から屋根へ飛び移る。

 建物と建物の間が殆ど詰まっているお陰で、隣接する建物へ飛び移るのは簡単だ。

 彼は身軽に屋根から屋根へ飛び移りながら、時折眼下の市場街を見下ろし、こちらへ向かって来ている筈のザクリスとアサヒを探した。

 先程の通話でザクリスは「反対方向じゃねーか!!」と叫んでいた。という事はザクリスとアサヒが居るのは南口の方だ。ならばこうして引き返していれば早く合流出来る。

 程なくして、ついさっきまで自分が働いていた食料品店の前に差し掛かる辺りでザクリスとアサヒを見つけた。

 

「ザクリス! アサヒ!」

 

 カイが呼びかけるのと、彼を追って引き返して来ていたスヴェン達がザクリス達と鉢合わせたのは同時だった。

 瞬間、普段は穏やかなアサヒの目がキッときつくなる。

 彼は先頭を走って来ていたスヴェンの手と胸倉をすれ違いざまに掴むと、そのまま背負い投げを掛けた。

 

「ぐふっ?!」

 

 地面に容赦なく叩きつけられ悶絶するスヴェンをそのまま問答無用で押さえつけながら、アサヒはスヴェンが取り落とした拳銃を遠くへ蹴り飛ばす。

 すぐ後ろから走って来ていたオスカーとスティーヴがその様を見て慌てて拳銃を構えた。が、その時には既にザクリスが銃を構えていた。

 彼の右手の銃はオスカー達へ。左手の銃は地面へ押さえつけられているスヴェンへ向けられている。

 

「おっと。変な気起こすんじゃねーぞ。少しでも動いたらコイツの顔面に鉛弾ぶち込むぜ?」

 

 まるでアクション映画のワンシーンのような空気に包まれ、通りが一気に水を打ったように静まり返った……

 静かに火花を散らすかのように睨み合う手下2人とザクリス……しかし、その緊張の糸を容赦なく断ち切ったのは意外な味方であった。

 

「グオォー!!!」

 

 怒ったような鳴き声と共に、ユナイトが上空からオスカーとスティーヴへ容赦なく体当たりを掛けたのだ。

 

「でかした! ユナイト!!」

 

 カイはバッチリのタイミングで現れたユナイトに感謝しながら、ワイヤーリールを使って通りへ飛び降りる。

 ザクリス、アサヒ、カイの3人は揃って顔を見合わせると、愛機を駐機している南口の方へと走り出した。

 

「野郎! ゾイドで逃げるつもりだな!! オスカー! スティーヴ! 俺達も追いかけるぞ!!」

 

 スヴェンは立ち上がり様にそう叫び、すぐさま自分達のレドラーを駐機している北口へと慌ただしく走り出す。

 その様子を確認したユナイトは、カイ達を追いかけるようにすぐさま空へと舞い上がった。

 シーナは心配そうにそんなユナイトを見つめていたが、いきなりハッとしたように息を呑むと大声で叫んだ。

 

「ユナイトッ! 駄目!!」

 

 シーナは酷く焦った様子で、慌てて彼等の後を追いかけた……

 

   ~*~

 

 南口から外へ飛び出したカイ達は、すぐさま各々の愛機へと乗り込んだ。

 青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ、そしてブレードイーグルがすぐに起動する。

 コロニーを挟んだ反対側から赤いレドラー3機が上空へ舞い上がり、こちらへ向かって来るのを確認した彼等は、すぐさまエレミア砂漠へと駆け出した。自分達のいざこざにコロニーを巻き込まない為であるのは勿論だが、障害物の無い広い場所の方が周りに遠慮せず思う存分戦える。

 案の定スカーズの連中は馬鹿正直にカイ達を追いかけて来ていた。

 

「よっしゃ! 此処まで来れば遠慮はいらねぇだろ。さっさと撃ち落としてやるぜ!!」

 

 ザクリスがそう言ってセイバータイガーに急ブレーキをかける。

 いきなり止まったセイバータイガーの真上を通過しかけたレドラーへ、彼は容赦なくロングレンジライフルを撃ち込んだ。が、レドラー3機は左右にすぐさま分かれ、弾丸をあっさり避けてしまった。

 

「……なんだ。こいつらにも一応学習能力あったんだな」

「何を感心しとるんだお前さんは!」

 

 ザクリスの独り言のような呟きにツッコミを入れながら、アサヒがコマンドウルフの2連装ビーム砲を撃つが、やはり同様に避けられてしまう。

 以前倒した時に比べ、彼らの動きは何処か異質であった。

 

「そう簡単に撃ち落とせると思うな! 前の俺達とは違うんだよ!!」

 

 スヴェンが下卑た笑みを浮かべる。

 彼等のレドラーのコンソールには何やら見慣れぬ表示が点滅していた……

 何度撃っても、レドラーは飛んで来る弾丸やビームをサッと避けてはレーザーブレードでセイバータイガーとコマンドウルフへ切りかかって来る。

 最初は何処かぎこちなく単調な動きであったが、回数を重ねる毎にゆっくりと、しかし確実にその動きが精度を増している事にアサヒとザクリスはすぐに気が付いた。

 始めのうちは楽に避けられる程度の攻撃であったのに、ジリジリと回避に余裕が無くなって来ているのだ。

 ……このまま避け合い合戦が続けば不利だ。仮に彼等の攻撃をこのまま避け続ける事が出来たとしても、先にセイバータイガーとコマンドウルフの弾薬類が尽きてしまうのは目に見えていた。

 

「おいカイ!! お前のブレードイーグルは戦えねーのか?!」

「色々試してっけど! ディスプレイ言語が古代語じゃ、何がなんだかサッパリなんだよ!!」

 

 苛立ったザクリスの怒鳴り声に、カイも焦った様子で怒鳴り返す。

 そう。此処までカイが全く何もしていないのは、けしてサボっているのではなく攻撃したくても出来ないからであった。

 カイがブレードイーグルで戦うのはこれが初めてだ。バルカンのトリガースイッチと思しきトリガーを引いても全く何の反応も無い。駄目元で色々操作してはいるのだが、何をどう弄ってもコンソールディスプレイに読めもしない古代語が表示されるだけ……

 その様はまるで、イーグル自身に戦う気が全くないかのようだった。

 

「なぁイーグル! この際戦闘はお前に任せるから! とにかくあいつらを倒してくれよ!」

 

 コンソールモニターに表示されている古代語を恨みがましく睨み付けながらカイが呼びかけるも、ブレードイーグルは何も言わない。

 時折レドラーがレーザーブレードで斬りかかって来るのを避けてはくれるが、自分から手を出そうとはしないのだ。

 

「ったく、シーナが無事なら戦う理由が無いってか?」

「キュルルッ」

「キュルルッじゃねーよ! 俺達だけ何もしないでボケッと飛んでらんねーだろ!!」

 

 カイが怒鳴った時だった。

 

「グオォォォォォ!!」

「ユナイト?!」

 

 一条の光となったユナイトがブレードイーグルに合体した。

 ブレードイーグルが光に包まれ、駆動部や装甲の間に光が走る……

 それは、初めてユナイトが合体した時には起こらなかった現象だった。

 

「なんだ……これ?」

 

 カイは……唖然としていた。

 ユナイトがブレードイーグルに合体する直前まで、自分は確かにコックピットの中のコンソールやモニターなどを見ていた筈だ。

 だが、ユナイトが合体した瞬間カイの視界が急に開け、まるで肉眼で眺めているかのような眼前の景色が目に映ったのである。

 それだけではない。操縦レバーを握っていた筈の手も、フットペダルに掛けていた筈の足も、果てはコックピットのシートに座っていた筈の体も、まるでいきなり空中へ放り出されたかのように、感覚の一切が切り替わってた。

 ……まるで自分が、鳥になったかのようだ……

 戸惑わない訳が無い。

 カイは試しに辺りを見渡した。それに伴い、何故か自分の首から駆動音が聞こえる……

 

(来るぞ)

「は??」

 

 頭の中に響くような声にハッとすれば、下からレドラーがレーザーブレードで斬りかかって来ようとしていた。

 

「危ねぇ?!」

 

 思わず咄嗟に体を捻る……ギリギリ攻撃を避ける事は出来たが、その時カイは目の端に映った自分の手先を見て再び唖然とした。

 間違いなく自分の手である感覚があるのに、目に映ったのは自分の手ではなく、ブレードイーグルの翼の先だったのだ。

 

「どうなってんだこれ?!」

 

 自分が鳥になったかのような感覚……これはもしかして……

 

(イーグルと感覚を共有してる? って事か??……)

 

 ……恐らく間違いない。

 そんなまさか……と思いはするが、どうやら現実だ。首を動かす度に自分の首から駆動音が聞こえるのは、イーグルと感覚を共有しているからだろう。

 ……ならば、先程頭に響いた“来るぞ”という声はブレードイーグルの声だろうか?

 感覚を共有しているせいでブレードイーグルの声が人の言葉として伝わって来ているのだとしたら、恐らく十分有り得る。

 

(ボサッとするな。ユナイトが戦えと言っている。さっさと片付けろ)

 

 再び頭に声が響く。

 ブレードイーグルでの初めての戦闘で、こんな不思議な現象に見舞われるとは予想外どころの話ではないが、こうなればもうやるしかない。

 

「……ああ。わかったよ。すぐ片付けてやる!」

 

 カイはブレードイーグルの武装を思い浮かべた。

 翼に左右一門ずつ装備されているバルカン砲と、胸部に装備されている3連衝撃砲、翼のブレード……おそらく二の腕に感じる違和感がバルカン砲で、胸に感じる違和感が3連衝撃砲なのだろう。ブレードが腕に付いている感覚は無いが、ブレードイーグルの場合翼とブレードが一体型であるせいかもしれない。

 まぁどちらにせよ、自分の体に武装が付いているなど、勿論初めての感覚だ。ハッキリ言って上手く使える自信は無いが、何はともあれ物は試しだ。

 カイは再びこちらに向かってくるレドラーを見据えた。

 

「当たれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 翼のバルカン砲が、火を噴いた。

 放たれた無数のエネルギー弾が、レドラーめがけて襲い掛かる。

 

「うわぁぁ?!」

 

 オスカーが悲鳴を上げた。

 被弾した彼のレドラーは煙を上げながら錐揉み落下していく。

 かろうじて脱出したらしいパラシュートが見て取れたが、いちいち構ってはいられない。

 残りは後2機だ。

 カイはザクリスのセイバータイガーに斬りかかりに行こうと方向転換したばかりのレドラーへ視線を移した。

 背中に微かに感じている違和感……恐らく背に付いている小型ブースターだろう。それに思いっきり意識を集中する。

 ブースターが起動し、一気に加速しながらブレードイーグルはレドラーめがけて一直線に空を切った。

 だが、このままバルカンや衝撃砲を撃ってはセイバータイガーまで巻き添えにしかねない……

 

「くそ! こうなったら直接!!」

 

 カイはレドラーの背をめがけて突っ込みながら、激突する寸前で体を起こし、足でその背を思いっきり蹴り飛ばした。

 ブレードイーグルの鋭い爪がレドラーの背を蹴りつける瞬間、金色に輝く……

 輝きを纏った鋭い爪に蹴られ、レドラーの背が深々と抉れた。その威力は翼の接合部が破壊され、片方の翼が吹き飛んでいった程だ。

 

「わぁぁぁぁ?!」

 

 凄まじい音と衝撃に、思わず頭を庇うようにしてコックピットにうずくまるスティーヴ。

 彼のレドラーはそのままブレードイーグルに踏みつぶされるように砂に半分埋まって止まった。

 ザクリスは思わず唖然としてブレードイーグルを見る。

 

「おいおい。マジかよ……」

 

 ブレードイーグルがレドラーを踏み潰すようにして降り立ったのは、セイバータイガーのすぐ隣だった。

 が、その翼はギリギリセイバータイガーを避けるように大きく上を向き、反対側の翼は砂の上を微かに撫でるように大きく下を向いている。

 一流のパイロットでも、そこまで機体を傾けた状態で味方の機体に一切接触せず、しかもこれ程の至近距離へ着陸するには相当の技術が必要だ。

 機体感覚が自分の体の一部同然に分かっていなければ到底無理な芸当である。

 

「大丈夫か? ザクリス」

「ああ……お陰で何とかな」

 

 ザクリスの返事を聞いたカイが通信画面で頷くのに合わせ、ブレードイーグルも軽く頷いて再び空へ舞い上がる。

 カイの操縦技術は、筋は悪く無いが所詮は大した訓練も経験も無いアマチュアレベルの筈……

 

「あの機体と、オーガノイドの力……てか?」

 

 ボソッと呟きながら、ザクリスは最後の1機を見上げた。

 一方、アサヒも最後の1機に苦戦していた。

 彼の場合、ゾイド戦においても白兵戦においても近接戦闘の方が得意な分、対空戦はどちらかと言えば苦手な部類だ。

 

「くそ! 埒が明かんな! いっそ目の前に落っこちて来てくれりゃ話は早いんだがッ……」

 

 苦い顔をするアサヒに、カイから通信が入る。

 

「アサヒ! そいつをこっちに誘導してくれ!」

「?……ああ! わかった!」

 

 普段は共に戦ってもサポートが基本で自分主体の攻撃を掛ける事が無いカイが、いきなりそんな事を言うと思っていなかったのだろう。

 アサヒは一瞬戸惑うように微かに首を傾げたが、すぐ彼の言う通り、レドラーをブレードイーグルの居る方向へ追い立てるかのように2連装ビーム砲を撃つ。

 レドラーがビーム砲を避けながら旋回して来た所へ、カイは一気にブースターを吹かせて下から間合いを詰めた。

 ブレードイーグルの翼の前縁……銀色の部分が白い輝きを纏う……

 

「とっとと落ちろぉ!!!」

 

 ブレードイーグルのブレードウイングが、レドラーの機体を真っ二つに切り裂いた。

 レドラーの上半身と下半身がそれぞれ落ちていく……

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 呆然とした様子で呟く中、脱出装置がスヴェンを空へと射出する。

 今度こそ勝てると思っていたのに、残ったのは悔しさと虚無だけだ。そんな彼を乗せた白いパラシュートは風に煽られるまま砂漠の真ん中へ向かいながら小さくなっていった。

 その様子を眺めて、アサヒも思わず呆気にとられる。

 

「なんとまぁ……大したもんだ……」

 

 譫言(うわごと)のような呟きが彼の口から零れた。

 結局のところ、3機のレドラーを撃破したのは全てカイとブレードイーグルだった……

 

   ~*~

 

「……ったく、自信失くしちまうぜ。まさかアマチュアゾイド乗りのお前に、美味しいとこ全部持って行かれちまうとはな」

 

 砂漠でそのままセイバータイガーのコックピットから降りて来たザクリスが、目の前でブレードイーグルのコックピットから降りて来たカイへ面白くなさそうに言葉を投げかけた。

 

「いや、正直俺も何がなんだか……」

 

 カイは戸惑ったように苦笑しながら、ブレードイーグルを見上げる。

 そんな彼の目の前でユナイトがブレードイーグルから抜け出して来た。

 カイの隣に降り立ったユナイトは、まるで心配しているかのように彼の顔を覗き込む。その妙に人間臭い仕草に、カイはユナイトの頬を撫でニカッと笑った。

 

「俺ならなんとも無いぜユナイト。さっきはサンキュー。」

 

 彼の言葉に安心したのか、パァっと笑うかのように口を開けたユナイトはそのままカイの頬へ思いっきり頬ずりする。

 ユナイトにぐいぐいと頬ずりされて困ったように笑うカイを眺め、ザクリスは溜息を吐くかのように呟いた。

 

「……暢気な奴等だ」

「まぁ、そう言いなさんな。何はともあれスカーズの連中は撃退出来たんだからな。レドラーを3機ともやられた以上、(やっこ)さんらもしばらくは大人しくしとるだろうよ」

 

 牙狼(ガロウ)のコックピットから降りて来たアサヒがのんびりと笑う。

 ザクリスはそんなアサヒをチラッと見やった後、やれやれと言わんばかりに首を軽く横に振って盛大な溜息を吐いた。

 

「なんでこう俺の周りにいる連中は揃いも揃って暢気なんだか……」

「お前さんは気難しく考え過ぎなんだ。老けるぞ」

「うるせぇ童顔チビ助」

 

 ジトッと睨んで来るザクリスの視線を平然と受け止めながら、アサヒは涼しい顔でズボンのポケットから煙草を取り出し、箱を揺すって一本咥える。

 が、火を点けようとした時、不意に響いて来た声にアサヒは手を止めた。

 

「カイ~!!!」

 

 カイ達が揃って振り返れば、シーナがこちらへ走って来ていた。

 サンドコロニーからずっと走って追いかけて来たのだろう。すっかり息が上がっているのが遠目でもよく分かった。

 

「シーナ?! なんでわざわざ追いかけて来たんだよ。もしまだ戦ってたら危ないどころじゃ――」

「カイ! 怪我は?! 怪我はない?!」

 

 駆け寄って来たシーナはカイの言葉を遮って彼の両肩に手を添え詰め寄る。

 走り続けて疲れ切っているというのに、彼女の様子は何処か切羽詰まっていた。

 

「いや……怪我はしてないけど……」

「そう……良かった……」

 

 戸惑った様子でカイが答えた瞬間、シーナは安心したのか砂の上にへたり込んでしまった。

 いきなり砂の上にへたり込んだシーナに驚いたのだろう。カイはギョッとした顔でシーナの前に膝をつき、心配そうに顔を覗き込んでオロオロしている。一拍遅れて、ユナイトとブレードイーグルも心配そうにシーナへ顔を向けた。

 ザクリスとアサヒは怪訝そうにチラッと視線を交わすと、シーナの傍に膝をついてそっと顔を覗き込んだ。

 

「おい。大丈夫か?」

 

 少し遠慮がちに声を掛けながら、ザクリスが不器用に息の上がったシーナの背を撫でる。

 アサヒはシーナの顔を少し見た後コマンドウルフのコックピットへ取って返し、スキットルを手にすぐ戻って来た。

 

「とりあえず、水飲むかい?」

「お水……うん。飲む……」

 

 砂漠の中をひたすら走って咽がカラカラだったのだろう。シーナは力なくスキットルを受け取ったが口を付けた瞬間、中の水を勢いよく飲み始めた。

 その様子を見てカイ達は揃って顔を見合わせた後、一息ついた彼女を見つめる。

 

「シーナ。さっきまで俺達戦ってたんだぜ? 来たら危ないだろ? なんで此処に?」

 

 幼い子供に言い聞かせるかのように優しく、しかし心配そうな声音でもう一度カイが言う。

 だが、シーナは空になったスキットルを両手で握ったまま暗い顔で視線を落とし、口を開いた。

 

「だって、ユナイトが力を使おうとしてたから……」

「力??」

 

 アサヒが首を傾げる。

 カイはユナイトをチラッと振り返った。ユナイトはカイと目が合うと不思議そうに首を傾げて見せるだけで、シーナがこんなに深刻な顔をしている理由はカイ達同様分かっていないような様子であった。

 

「力ってさ、ユナイトがイーグルに合体した瞬間、俺とイーグルが意識を共有したアレの事か?」

「うん……」

 

 微かに震えた声でシーナが小さく頷く。

 ザクリスとアサヒは信じられないと言った様子で顔を見合わせた後カイへ視線を見つめた。

 

「お前さん、さっきそんな事しとったのか。通りで妙に動きが違うと思った……」

「お前が頷いた時ブレードイーグルが一緒に頷いたのも、そのせいか……」

 

 二人の反応にカイは誤魔化すように苦笑だけ浮かべて見せたが、すぐにシーナの顔を覗き込んで優しく言った。

 

「別になんともなかったぜ? むしろ普通に操縦するよりずっと思い通りに動けたし……」

「そんな風に思っちゃ駄目! 意識共有はとっても危険なの!!」

 

 顔を上げてカイを真っ直ぐ見つめた彼女の眼には、涙が滲んでいた。

 

「確かにイーグルと意識を共有出来る分、思った通りに動けるし……意識の共有中はパイロットに主導権があるから、イーグルが言う事を聞かなくなる事も無くなるけど……でももし意識を共有した状態で攻撃を受けたら、イーグルだけじゃなくてパイロットも同じ怪我をするのっ……だからっ……もしイーグルが死んじゃったらっ、カイだって……だから、止めなくちゃってっ……」

 

 そこまで言って、シーナは泣き出した。

 カイは、そんな彼女を見つめたまま先程の戦闘を思い返す。

 自分でも驚く程あっけない、大した事のない戦闘だった。こんなに簡単に勝ってしまうなんてラッキーだった。と考えていた……

 ……だがあの時、意識共有が始まった直後に仕掛けられた不意打ちを回避出来たのはイーグルが“来るぞ”と教えてくれたからだ。

 もしあの時イーグルが教えてくれていなかったら、レドラーのレーザーブレードに翼の片方くらい持って行かれていただろう……

 そうなっていれば、自分は今頃どうなっていたのだろうか?片腕を失い、コックピットの中でのたうち回っていたという事だろうか?

 ……考えただけでゾッとする。

 

「……そっか。そりゃ怖いよな」

 

 カイは泣きじゃくるシーナの頭にポンッと手を乗せ、優しく撫でた。

 

「ごめんな。シーナ。心配掛けちまって……でもユナイトの事は怒らないでやってくれ。コイツが来てくれなかったら、きっと俺は真っ先にやられてた。だから、な??」

「うん……わかった……」

 

 一生懸命ぐしぐしと涙を手で拭きながら、シーナは顔を上げてカイを見つめる。

 カイはそんなシーナを元気付けるようにニカッと笑いながら、彼女の両頬を両手で包むようにして拭き残した涙を拭いてやった。

 ふと、ザクリスが遠慮がちにそっと声を掛けた。

 

「ユナイトの力のせいで怪我するってんなら、嬢ちゃんの傷跡って――」

「これ。デリカシーの無い事を訊くな」

 

 立ち上がって煙草に火を点けたばかりのアサヒがザクリスを(たしな)めたが、シーナはザクリスとアサヒを交互に見た後首を横に振った。

 

「気にしないで。実は私も覚えてないの」

「え!?」

 

 シーナの言葉に驚きの声を上げたのは勿論カイだ。

 彼はてっきり、彼女の生い立ちからして体の傷跡は戦争に巻き込まれて負ったモノだろうとばかり思い込んでいた。

 シーナは言いたい事を整理するかのように少し考え込んだ後、口を開いた。

 

「あのね、私の記憶……ブレードイーグルが造られた後から、眠りに付くまでの間の記憶が空白になってるって言ったでしょ?だから多分、その間に怪我をしたんだと思うの……」

「けどよ。ユナイトの力を知ってるって事はつまり、嬢ちゃん自身がそのせいで怪我した事があるって事なんじゃねぇのか?」

 

 怪訝そうに訊ねるザクリスに、シーナはハッとしたような顔をする。

 みるみる不安げな表情になりながら、彼女は俯いた。

 

「そっか……そうだよね……ザクリスの言う通り。ユナイトの力を使って戦った事がないと、パイロットまで怪我をするなんて知らない筈……」

「シーナ??」

「なんで知ってるんだろう……私ゾイドで戦った事なんかないのに……」

 

 シーナの鶯色の瞳が不安に揺れる。

 

「なんで?……なんで私、ユナイトの力だけ覚えてるの?……私一体、何をしたの? 何があったの?……一体……どうして……」

「シーナ!!」

 

 カイの声に、シーナがハッと顔を上げる。

 彼は心配そうな、しかし真剣な顔をしていた。

 

「無理に思い出そうとすんなよ。きっと、余計に不安になるだけだぜ。そんなんじゃ」

「でもっ……」

「……なぁ、桜姫」

 

 ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、アサヒは視線を逸らして口を開いた。

 

「カイの言う通りだ。失った記憶ってのは焦った所で思い出せるもんじゃない」

「アサヒ……」

 

 シーナがアサヒを見上げる。

 アサヒは視線を逸らしたまま、黙り込んでいた。

 彼の茶色い瞳は何処か虚ろなようであり、遠くをぼんやりと眺めているかのようでもある。その顔からは普段の穏やかな笑顔が消え失せ、無表情だった。

 カイはそんなアサヒの様子に違和感を覚えずにはいられない。

 

(アサヒ……一体どうしたんだろう……)

 

 思わず無表情なアサヒの顔を見つめる。

 だが、そんなカイの視線に気づいたザクリスがわざとらしい溜息と共に立ち上がり、頭を掻きながら口を開いた。

 

「まぁあれだ。無神経な事聞いた俺が言うのもなんだけどよ。湿っぽい話はこれくらいにして、さっさと戻った方が良くねえか? 特にカイと嬢ちゃん。お前ら二人揃って店すっぽかして来てんだろ」

「あ。やっべぇ……」

 

 ザクリスの言葉に、カイは思わずギクッとした。

 多分何があったのかは店長も周りの人達から聞いているだろうが、早く戻って謝った方が良い。

 それに、多分この場に長居しない方が良い……気がする。

 

「じゃぁ俺とシーナは先に戻るよ。行こうぜ。シーナ」

「あ、うん!」

 

 2人でブレードイーグルに乗り込み、キャノピーを閉める。

 しかし、キャノピーを閉めた直後にスキットルを手にしたままだった事に気付いたシーナが声を掛けた。

 

「カイ。私コレ持って来ちゃった。ちょっと返して来るね」

「いや、後で良いよ。早く行こう」

「え? でも……」

「良いから」

 

 カイは短くそう答えてブレードイーグルで空へ舞い上がる。

 シーナは困ったような顔で手にしたスキットルと、地面に立っているアサヒを交互に眺めた。

 

「ホントに良いの?」

「ああ。多分あれ、そっとしといた方が良いと思う」

「そっか……アサヒ、なんだか様子おかしかったもんね」

 

 シーナがぐんぐん遠くなっていくアサヒとザクリスをチラッと振り返る。座席の角に隠れて見えはしないのだが、彼女は心配そうな顔をしていた。

 そんなシーナの顔をチラッと振り返った後、カイはふと考え込んだ。

 ザクリスとアサヒは、自分の事を話したがらない。まあ、カイ自身も自分の事をぺらぺらと喋る方ではないのだが……

 だが、あんな様子のアサヒを見たのは初めてだった。

 

(アサヒのあの言い方、もしかして……)

 

 そこまで考えて、カイは考えるのをやめた。

 荒野に身を置き生きている者達には、皆一様に多かれ少なかれ事情がある。詮索するのは無粋というものだ。

 カイはぼんやりと、店長に謝る謝罪の文句を考える方に頭を切り替えながら、コロニーを目指した。

 

   ~*~

 

「……アサヒ。大丈夫か?」

 

 ブレードイーグルとユナイトを見送った後、ザクリスはアサヒを振り返った。

 アサヒは無表情のまま、足元に視線を落とし暗い顔をしている。吸い終えた吸殻を手で握り潰したのか、握った拳の隙間から微かに煙が出ているのが見て取れた。

 そんな彼を見た後、ザクリスはバツが悪そうに隣へ歩み寄り、そっと声を掛けた。

 

「……悪かったよ。まさかあの嬢ちゃんも記憶喪失だったなんて……嫌な事思い出させちまったな。ごめんな」

「いや、良い……」

 

 短くポツリと答えるアサヒの声は無機質だった。

 ザクリスは鼻で溜息を吐きながら、心配そうに彼を見つめる。

 どうも自分には気遣いというモノが向いていない。が、こうなったアサヒの扱いが分かっているのは自分しか居ない。アサヒがこうなってしまった理由を知っている、自分しか……

 

「……失った記憶ってのは……焦った所で思い出せるもんじゃない」

 

 ふいにポツリと、アサヒが呟く。

 そっと顔を覗き込んでみれば、彼の顔に自己嫌悪しているような嗤みが浮かんでいた。

 

「っはは。自分で言った言葉に、自分で傷付いてちゃぁ世話ぁ無いな」

「アサヒ……」

「どんなに思い出したくても、気持ちばかりがカラ回るッ……いっそこの頭をこじ開けて中身をのぞけりゃ、どんだけ手っ取り早い事かッ……」

「おいこら。やめろ」

 

 自分の頭に爪を立てたアサヒの手を掴み、頭から引き離す。

 ザクリスは困ったような顔でアサヒを見つめた。

 

(ったく……何度見ても慣れねぇんだよなぁ。コイツの泣き方……)

 

 ザクリスは少し躊躇いながら、そっと片手でアサヒの頭を引き寄せるようにして軽く抱きしめた。

 アサヒは泣く時、泣いてるような息遣いになるだけで涙を流さない。いや、流せなくなってしまったと言った方が正しいだろうか。

 見ているこちらの方が苦しくなるような泣き方しか出来ない彼を見る度、ザクリスは自責の念に駆られる。

 あの時、助けずに死なせてやった方が良かったのだろうか?……と。

 そんな事、面と向かって訊ねた事など無いが……

 

「アサヒ。確かに焦ったってしょうがねぇんだ。だからよ、そうやって自分に八つ当たりする癖、マジで直せよ。もう少し自分を大事にしねぇと、死んだ牙狼(ガロウ)の主にも合わせる顔がねぇんじゃねぇか?」

「……おう」

「じゃ、灰皿代わりにされたその可哀想な手を見せろ」

「すまん……」

 

 アサヒが力なく開いた手を取り、くしゃくしゃになった吸殻をつまんで捨てる。

 大した火傷ではないが、煙草の灰で汚れたまま手当をするのは流石に気が引けた。

 

「ったく。セルフ根性焼きとかお前馬鹿か。暫く操縦桿握るのも刀使うのも辛くなるだけだろうが。とりあえず手ぇ流してやるからこっち来い」

 

 セイバータイガーの後ろまでアサヒを引っ張って行き、給水タンクから直接水を掛ける。

 その間もアサヒの目は光を失ったように虚ろだったが、何処か申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「……あのなぁ。そんな申し訳なさそうな顔するくれぇなら、最初からすんな。って、いつも言ってるよな?」

「すまん……手間掛けさせて……」

「はっ。6年もお前の面倒見てりゃどんなに不器用でも手当ての一つや二つ覚えるっつの。手間だった頃の方が懐かしいわ。阿呆」

「……ははは。その割に相変わらず下手だよなぁ」

「うるせぇ!」

 

 悪態を吐きながらも、やっと笑ったアサヒにホッとする。

 まぁ、実際に薬の塗り方は相変わらず雑だし、絆創膏を貼ってやればどこかしら必ずくしゃくしゃになるのだから下手くそなのは確かだが。

 ザクリスは溜息を吐くと、いつもの様子に戻ったアサヒの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回してから言った。

 

「おら、とっとと奴等のレドラー調べに行くぞ」

「……そうだな。あの動きはどうも腑に落ちん」

 

 アサヒが頷く。

 損傷具合によってはもう石化が始まってしまうだろう。早く調べておかなければ……

 

「じゃ、俺はあっちに墜ちた奴調べて来るから、お前向こうの調べてくれ」

「あいわかった」

 

 素直に頷くアサヒに、ふとザクリスが意地の悪い笑みを浮かべて詰め寄った。

 

「……もう大丈夫だよな? お守りは要るか??」

「要らんわ! はよ行け!!」

 

 アサヒがザクリスの脛に蹴りを入れる。

 ザクリスはわざとらしくひっでぇ?!と声を上げながらそそくさとセイバータイガーのコックピットへ逃げ込んだ。

 

「じゃ、何か見つけたら連絡入れてくれ」

 

 外部スピーカーでそう呼びかけ、ザクリスはバルカンでハチの巣にされたレドラーが墜落した方向へ向かった。

 そんな彼の青いセイバータイガーの後ろ姿を眺めるアサヒの横から、巨大な鼻面がそっと彼をつつく。振り返れば、牙狼(ガロウ)がアサヒを見つめていた。

 

「……すまんな。牙狼(ガロウ)

 

 アサヒが牙狼(ガロウ)の真っ赤な鼻面を撫でる。

 

「お前は本当に良い子だな。大切な仲間だった筈のお前の主すら、俺は思い出せなくなっちまったのに……こんな俺について来てくれて、守ってくれる……ありがとう……」

 

 そう言って俯くアサヒから、牙狼(ガロウ)はそっと鼻先を離す。

 顔を上げたアサヒの目の前で、牙狼(ガロウ)はキャノピーを開くとキャノピーの端でアサヒをひょいっと掬い上げた。

 

「うわったたた?!」

 

 滑り台のようにキャノピーの内側を滑り、操縦席へ逆さまに落ちたアサヒに構わず、牙狼(ガロウ)はそのままキャノピーを閉める。

 ザクリスに言われた、真っ二つにされたレドラーの上半身が墜ちた場所へ向かって、赤い狼は走り始めた。

 

「いててて……全く。いきなりどうした?牙狼(ガロウ)

 

 操縦席に座り直しながら訊ねるアサヒに、牙狼(ガロウ)は低く唸るような声を上げる。

 その声を聞いたアサヒはふと笑った。

 

「そうだな。今はやる事をやるとしようか」

 

 勿論牙狼(ガロウ)が何を言っているのかなど、アサヒにはわからない。

 だがそれでも、牙狼(ガロウ)にこう言われた気がしたのだ。

 

『さっさと言われた事をしに行こう』

 

 と……




[外伝4.5話はコチラ]
https://syosetu.org/novel/223105/1.html

[Pixiv版第4話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9587952
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