「よし、もうじきだな……」
羅針盤の示す方角は安定して北を指している、中国・台湾の辺りからは日本海軍の艦娘達の制海権内、南方方面のためにフィリピン・パラオやその周辺には基地や泊地もある
そしてなにより
「ソロル鎮守府まで近いぞ、中枢棲姫、起きろ」
「ん……なに?」
「我々はソロル鎮守府に寄港する、非常事態なので事前の連絡がなかったのは許してもらう他にないが、まぁ深海棲艦の受け入れもあるあの鎮守府ならそう大型にはならないだろう」
「ソロル……?……あぁ、あのゲテモノ鎮守府ね」
「お前な、いくら日本の防衛を司る鎮守府としてどうなのかと思うような活動スタイルをしているからと言って、ゲテモノなんて呼んじゃあ失礼だろう
それに深海棲艦云々って言ったらウチも似たようなことをしている!」
「深海棲艦を成仏させたり艦娘に戻したりするサービスはやっているの?」
「…………それは明石に聞くほかないな」
明石はそこまで高性能というわけでもないし
現状普通に艤装整備や新艤装の開発、改修をしているくらいだ
「俺も深海棲艦を仲間にした事(神通)はあれど、撃沈したケース(駆逐棲姫・駆逐古姫・軽巡棲姫・空母棲姫・南方棲戦姫)の方が多いからな
やっぱりそりゃあ向こうの秘匿技術なんだろ」
「ダメじゃないの、ちゃんと成仏させてあげなきゃ」
「仲間を減らしてたまるか」
「ダメ、本当にダメよ、深海棲艦はね、恨みや憎しみを消すと成仏して消えるのよ
だから消す時はちゃんと消してあげなきゃダメ、深海棲艦の発生源である私が言っても仕方がないけれど、それは絶対よ
だって下級の深海棲艦は『寂しい』という感情のかけらなんだから」
かぶりを振った中枢棲姫は
海面に目線を移す
「私自身にすらもはや制御が効かない感情のかけら、その具象化した存在である下級深海棲艦、それと艦娘達の肉体を備えた上位深海棲艦、さらに力を蓄え、単独の存在に成り上がった姫級深海棲艦、私は便宜的には姫級と呼ばれているけれど、その表現は正確ではないのよ……
私はもはや、巣の中で深海棲艦を生み出す女王アリに過ぎないわ
私が居なくても『深海棲艦』という存在は問題なく存続する、核として存在するからと言って、私にどうこうできるわけじゃないの
それに私の艤装は鈍重でね、待ち伏せ不意打ちくらいにしか使えない、正面から砲を向け合えば間違いなく数で押し負けて殺されるわ」
「……」
話が散らかって仕方がない
内容も漫ろだ
俺はその様子に、死にかけの老婆を幻視する
「……おい、中枢棲姫」
「ダメなのよ、深海棲艦は皆殺しにしなきゃ、そうして心に積み上げていくの
そうでなくてはいけないわ
だって、私は元来、忘れられたくないから此処に世界を作ったのだもの」
視線は一定せず、ふらふらと彼方を彷徨っている、その声だけは異様に明るく
しかし、辛そうな呼吸が混じる
「おい、中枢棲姫」
「私が、私のかけらが放置されて
忘れられてしまう……あぁそんなのはいや
忘れないで、憶えていて
いつまでも貴方と一緒にいたいの!」
叫ぶような一言と共に、瞬間的に押し倒される
「ぬぐっ!?」
「忘れないで、忘れないで、忘れないで!
私は貴方と一緒にいたいの、貴方に覚えていて欲しいの!」
床に叩きつけられて息を詰まらせる俺に馬乗りになる中枢棲姫は、明らかに正気を欠いた様子で首を締めて来る
「貴方を取り込んで、貴方と一緒になれば
ずっと貴方と一緒にいられるの!
こんな手段は取りたくないけれど、私たちが私たちであるためには!私は!」
手にかかる力は強くはない
頸椎を折るほどの力はないが、それでも血流を阻害することは確かだ
いけない、このままでは窒息死する
そう判断した直後、
俺の腰に差されたままだった大和撫子がひとりでに浮き上がり、鞘ごと空を飛んで中枢棲姫を強打し、吹き飛ばした
「ぐぅ……中枢棲姫!、大和!」
[大丈夫ですか!提督!]
「あぁ、問題ない」
片手に収まり、ひとりでに鞘が外れて落ちる大和撫子は、既に待機状態を超えて戦闘状態にまで励起している
[提督に対する物理的な攻撃、挙句に首を狙った絞殺未遂、これは明らかに敵対行為です、この場で始末します!]
「よせ大和!」
俺の手を離れようとする大和を強引に握りしめて掌の中に留める
[なぜ止めるんです!?]
「中枢棲姫!」
俺の腕の中で叫ぶ大和を無視して
俺は中枢棲姫へと呼びかける
「お前と俺は!仲間じゃなかったのか!」
「いや、いや、いやいやいやいやいや!忘れないで!手放さないで!ずっと一緒にいたいの、貴方と一緒にいたいの!貴方に手放されたら生きていけないの!」
艤装の生体部分と思しき鱗のような何かを生やした中枢棲姫が、俺のほうに手を伸ばしてくる
それに反応して大和撫子が再び飛ぼうとするが「手を出すなよ……」
柄を強引に握りしめて、その動きを止める
今の彼女は、単なる深海棲艦と同じように負の意思に飲み込まれているだけだ
強引にでも目を覚まさせる他にないが、此処で殺せば何が起こるか分からない!
「貴方の記憶も、貴方の意思も……全てを手に入れる!」
「俺の心は俺のものだ!」
理性などもはや欠片も見えない獣の唸りは、ちいさな内火艇を不安定に揺らす
「中枢棲姫!お前は何がしたいんだ!
お前の中の負の意思に負けるな!」
ギリギリと腕の中で音を立てる大和
完全に暴走している中枢棲姫
どちらもあまり長くは抑えられない
「忘れないで!私を見て!
ずっと!わたしだけを見てよ!」
記憶に関する能力を持つ俺をこの世界に取り込んだのは、深海棲艦も、艦娘も記憶するため
忘れないためだ
彼女が俺に求めるのは簡単なこと
だからこそ、それを俺は拒絶する
「嫌だね、そんな事は御免被る」
「いや……イヤァァァァッ!」
絶叫が響き、波紋が広がる
突然暴走を起こした理由はわからないが
どちらにせよ、制圧する必要がある
だが、此処はフィリピン近くの海域
アレが使える
あれほど盛大な絶叫をあげれば嫌でも反応が来るはずだ
深海棲艦の反応を捉えて
どこまでも追尾するアレが
アレが来るまで、持ち堪えるほかにない
タイムリミットは、大和の限界まで
[行けるな、大和]
[不本意ですが……耐えられますか?]
「問題ない」
艇の屋根を出て、大和撫子で片手を浅く撫で斬りにして皮一枚だけを斬り、滲み溢れる血の滴を海へと垂らす
「……」
[来ます、あと5秒]
ポタリ、ポタリと、海へと赤い滴が落ちる
青い海へと、血の滴がしたたり落ちて
溶けて混じって、消えていく
[4秒]
大和撫子が強烈なオーラを放ち、中枢棲姫の艤装から放たれた機銃を弾き飛ばしていく
[3秒]
機銃はなおも止まらず
目の前は弾と刀身の衝突する火花で白く染まる
[2秒]
大和撫子がその刀身を海面へと向けて
[1秒]
そして、俺へと弾丸が到達する、その瞬間
[0]
巨大な鉄の壁が
その弾の嵐を阻んだ
600話記念番外編は
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過去編軍学校
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過去編深海勢
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裏山とかの話を
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テンプレ転生者(ヘイト)
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ストーリーを進めよう
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戦争が終わった後の話を!
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しぐ……しぐ……