「と、い、う、わ、け、で、だ」
「ゆるしてぇぇぇぇえっ!」
俺の腕の中でジタバタと足を動かして、文字通りに足掻いている卯月
まるで獲物のウサギである
そして、その目の前で仁王立ちしているのは、普段は姉妹思いで気遣いのできるお淑やかで家庭的な女性でありながら、出撃とあらば演習であろうと自分とは規模が違いすぎる戦艦の山城相手に競ろうとする圧倒的な度胸と決断力、どんな状況であろうと相手に最大の打撃を与える一手を打ち続ける戦術眼と判断力を備え
豊富に蓄積された経験と数々の敵から得た戦訓、そして日々磨き上げられる努力の証は鉢巻とリボンとスカートに刻まれた……神通改二であった
「くまぁぁ……」
「泣くな球磨、怖いのも痛いのも分かるが泣くな」
暴れる卯月を押さえ込みながら球磨の方に目を向けると、彼女はすでに臨界値に至って涙目になっていた
一体何があったのかわからないが
とにかく何かがあったのだろう
「提督、甘やかしてはいけません
球磨さんは確かに高練度で高性能な艦ですが、しかし甘えが過ぎるところがあります
それは提督の指導方針が甘かったから、とも考えられませんか?
甘やかされて育った者は戦場にも同じ待遇を得ようとする、それはつまり、無駄飯食いの穀潰しを艦隊に加えるようなものです
戦場で戦力にならないだけならばまだしも、無駄に被害を受けて足を引っ張られてはこちらが困ります、これには絶対に矯正が必要です!」
「スパルタだぁ……」
基本的に褒めて伸ばす方針の俺と
基本的に欠点を叩き潰す方針の神通ではどうも教育に差が出てしまう
ゆっくりと育てていく間には成長度合いや思考の偏りに差が生まれることがあるだろうし、育つ弟子側の適性や才能の差もある
教育者同士の方針のすれ違い、というのはかくも厄介なのである
「しかし神通、球磨は以前から突撃戦法には一日の長がある、武装の選択は適切であったし事実として戦果は著しい、これをただ咎めるだけというのは筋が通らないぞ」
「いいえ提督、たとえ大果を成しても敵将を討ち取っても、陣形を乱すのはそれだけで処罰対象です、先ほど言われましたが古代スパルタの例を出すのなら『ファランクスを乱す者はたとえ族長の子であっても処刑する』とあります」
「だが!」「てーとく、もういいクマ、もうやめるクマ!」
敵のステータスを気迫で上回った球磨の突撃がなければ、どのみち弾が尽きるか、こちらに大損害が出ている筈だ
『たられば』の話は好きでないが、そう言い切る、寸前に球磨に止められる
「球磨!?」「球磨さんは黙っていてください」「そうじゃないクマ、卯月が逃げるクマ」
「あ!」
「捕まえましょう!」
「「了解!!」」
神通の号令のもと、脱兎捕獲作戦を展開した球磨と神通と俺、陸上での速度では駆逐艦に勝てない球磨はともかく、神通が俊足を活かして卯月の参考方向に回り込み、時間を稼ぐうちに、俺がそのさらに先のコースに身を潜める
球磨は追い立ての勢子をやってもらう
球磨が後ろから追い立て、逃げる卯月のコースを神通が誘導し、最後は俺と言う網に引っかかってもらう、というわけだ
速度順に役割を振った咄嗟のアイコンタクト、一言もなしの連携と考えれば上々ではないだろうか?
「クマーーッ!」
「ぴゃぁぁっ!」
「……!……!」
大声で叫ぶ二人に対し、完全に無言かつ無表情の神通のなんと恐ろしいことか
「…………」
時間をかけて、ゆっくりと追いかけ回した果てに、ついに俺のいる藪の向こうに来た卯月
だがまだ遠い……遠い……
まだ……まだだ……まだ……
いまだっ!
「卯月!こっちだ!早くっ!」
藪から立ち上がり、ガサァッ!と音を立てながら卯月に向かって両腕を開く
「っぴょぉぉん!」
反射的に飛び込んできた卯月をだきこみ
そのまま抱えて
「神通!」
「はい!……はぁ……はぁ……」
神通に渡す
ウサギが咄嗟に飛び込んできたのは狩人の手の中だった、と言うわけだ
残念だったな
雉子も鳴かずば撃たれまい
貴様は逃げなければ捕まることもなかった
「きやぁぁあっ!司令官の嘘つき!不誠実!ブラック提督!変態!」
「なんとでも言え、サボり魔め」
「今度という今度は許しませんよ……!」
そしてその日、神通の怒りの咆哮が鎮守府に響いた
600話記念番外編は
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過去編深海勢
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裏山とかの話を
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テンプレ転生者(ヘイト)
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ストーリーを進めよう
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戦争が終わった後の話を!
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しぐ……しぐ……