くーside
最初の異変はゆうこがお店を出てからだ。玄関前の枯葉を君尋と二人箒で掃いていた時、ある女の人が声を掛けてきた。
「仲が良いのね」
人の気配なんてさっぱり感じなかった。忽然と現れた印象。
振り返ると着物を着たどこか品の良い女の人が一人、わたしと君尋を見て立っていた。
入口より向こう側で。君尋は「そうですか?」と照れた様子ですぐにゆうこの客かと思ったらしくゆうこは今不在だと伝えた。女の人はどうやらゆうこの客という訳ではないらしい。違うと言う意味で首を横に振ったからだ。色々と尋ねてくる女の人に君尋は丁寧に教えてた。わたしはというとずっと女の人を見ていただけ。ぎゅっと君尋の制服を掴み続けたまま。
君尋を近づけない為に。誰にかって?あの女の人に不用意に接触させまいためだ。
なぜこんなことをしたか。答えは単純。
あの女の人は『生きていない』アヤカシにとっても魅力的な君尋は守る術がない。
百目鬼さんがずっと傍にいるのなら安心できるし、ゆうこがいればまた違ってきたかもしれないけど今はゆうこもいないし、百目鬼さんだっていやしない。
ならばわたしが、と漠然と感じたソレから君尋を守ろうとしたのだ。ほとんど無意識だったと言ってもいいかもしれない。
お店の電話が鳴った事でその女の人とはさよならした。
出来れば二度と会いたくない。今後一切、だ。
君尋が出た電話相手はゆうこだった。
内容は『色々と立て込んでいてそっちに何日か帰れそうにないからバイトは一応お休み。でもくーが心配だから時折はお店に顔を出して』とのこと。
おいおい!ゆうこよわたしのご飯はどうしてくれるんだ!?
朝、昼と君尋が前もって作り置きしておいてくれた『わたし専用』食いもんを食べることで『ああ、今日の夕飯は何かな~?』と君尋が作る夕食に胸躍らせ期待を膨らませて朝食と昼食を食べると言う毎日を送っていたというのに、これでは朝、昼、夕と毎回レトルトカレー・カップラーメン・カレーカップラーメンetcetcetcァァァァアアアアアアアアーーーー!と抗議したい叫びたい怒鳴りたい!がすでに電話は終了しているし、電話を掛けようにも番号がわからない。
不満気に唸るわたしに君尋はちゃんと顔出すからと言ってくれたから良かったが。
君尋が学校に行っている間、わたしはえれなさんに昨日の事を相談した。
『くーちゃん、どうしたの?』
「えれなさん、なんだか不安で仕方ないの」
『君尋君の事?』
「うん」
ふわふわ漂っていたえれなさんはわたしの隣に座る。えれなさんと君尋は面識はない。けどえれなさんは色々物知りみたいで君尋の事情もそれなりに知っているようだ。彼が抱える『視える』という点についても。だからこの発言。
『彼、あまりよくないモノに好かれているわね』
「うん、あの女の人なんだけど……ちょっと不安で」
『そうね、侑子は今忙しいから何かあったら大変よね…。私も出来るだけ君尋君の事見ているようにするわ』
「ありがとう、えれなさん」
……ただの杞憂で終わればいいけど。ゆうこ、今何してるのかな~?
(気になる魔女は何処を向く?)
◇◇◇
四月一日side
どこか気になって仕方ない人だった。どこが?って言われても正直に困るけど。
最初の印象は、優しげな女の人。
次に帰り道に『偶然』出会った時、儚げな微笑みに俺に告げた
『私には息子がいた。けれど随分前に死んでしまって、もし今生きていたら貴方のような子になっていたのかしら。ありがとう、こうして話せて夢が叶った気がしたわ』
という言葉に俺はまた逢いたいな、と思ってしまった。
また会う約束をして、女の人が『大切な人を失った寂しさ』を共有して
また会う約束をして、女の人に俺が作ったお弁当を手渡して喜ぶ顔を見れて嬉しくて
それからまた会う約束を繰り返し繰り返しする度に、俺の躰は不調を訴えていった。
あ、そういえばくーちゃん、どうしてるかな。
あれだけお店に通い続けていたのに女の人と放課後を過ごすようになってから、パタリとお店に行くことがなくなった。
ヤバい、くーちゃん。怒ってるよな。カンカンに怒ってる。
一人で寂しい想いしてるかもしれない。なんで、俺、忘れてたんだよ……。
「四月一日君、大丈夫?」
ひまわりちゃんが心配そうに声を掛けてきてくれた。どうやらぼーっとしていたらしい。俺は慌てて手を振って笑顔を作った。
「大丈夫だよ、う、ごほごほっ!」
「風邪ひいたの?…具合悪そうだし保健室で休んできたほうがいいんじゃ…」
「いや大丈夫だよ、そん、な……」
突如、激しい眩暈のようなものが俺を襲う。
あれ、目が、霞む。どうした、俺。躰が、重、い………?
ばたり
「四月一日君っ!?」
ひまわりちゃんの悲鳴に近い声を最後に、俺は意識を手放した。
(待っているあの人の顔が脳裏をよぎった)
気がついた先は保健室で、俺は百目鬼に運ばれたとひまわりちゃんが教えてくれた。
百目鬼の問い詰める視線と「アヤカシ関係か」と尋ねてきたのに対して、俺は気がつかれてはいけないと誤魔化す自分がいた。
「んなわけねーだろが!」
でもバレバレだった。自分でも墓穴掘ったと思う。声とか表情とか誤魔化せるわけない。
アイツは『こういうこと』に敏感で、時々頼りになる奴(認めたくないけど)だ。
だからこそ、俺を射抜くように視線を厳しくさせた。けど、それ以上問い詰めるようなことはしなかった。出て行く代わりにびっくり発言はかましていったけど。
「くーが来てるぞ」
「は!?」
なんて驚愕している間に百目鬼と入れ替わりに入ってきたのは、俺にとって予想外の人物で彼女が一人で外に出るなんて考えられなくて俺はパニくった。
ここは学校で、今は授業が行われてる昼間でえ?あれ?くーちゃん?
ああヤバい頭が正常に働かない間に彼女はドアをバシィ!と開き
「君尋の阿保!」
開口一番の台詞はこれ。ズカズカ入ってきてくーちゃんが一人で外に出るなんて、今まで一度としてなかった。視界いっぱいに広がる、少女の瞳は涙でいっぱいでふわりと俺の首に縋り付くくーちゃんはあれ、こんなに小さかったけと呆然と思った。
「君尋の馬鹿!」
その声にどれだけ心配をかけていたか痛いほど伝わった。くーちゃんがどれだけ俺を想ってくれていたのか伝わった。
「ご飯作ってくれないし、一人で食べても味気なしし、お菓子作ってくれないし、遊んでくれないし、寂しかったし、悲しかったし、君尋が倒れたってえれなさんに聞いてお店出て来ちゃったしゆうこいないし百目鬼さんに迷惑かけてるしひまわりさんにだって心配させてるしマルとモロもすごく心配してたし!わたしだって、わたしだってっ!もう大切な人を失くしたくないのにっ!置いて逝かないでよ、わたしを置いて逝かないで。ずっと、一緒にいるって言ったじゃんかァ………ちゃ、ん」
俺に誰かを重ねてくーちゃんは訴えてくる。くーちゃんは気がついていない。
自分が誰かを思い出しての発言なのかを。
俺は。「ゴメン」と情けなくも謝るしかなくて
「ゴメン、くーちゃん」
と同時に必要とされる喜びをかみしめている自分がいた。
(でも、あの人は本当は寂しかったはずなんだ)
◇◇◇
くーside
いつもの公園のベンチに座る女の人。今日は君尋は来ない。
けれどわたしは来た、君尋の代わりに。これからする事は君尋を悲しませることだろうと思う。けど必要な事を為す為には何かを斬り捨てる必要だってある。
それをただ実行すればいいだけの話だ。わたしはスイッチを切り替えた。
「こんにちは」
「今日は君尋は来ません」
彼女は理解している。だからわたしにこう聞いてきた。
「……お嬢さんは私を殺しにきたのかしら」
「だとすればどうしますか」
「何も」
抵抗も反抗もしないという。わたしはスゥと瞳を細くし事実を告げた。彼女が与える君尋への影響を。
「……貴方が君尋と接触すればするほど君尋の命の灯(ともしび)は小さくなっていく」
「だから貴方が来た、そうよね?」
そう、わたしは守らなければならない。邪魔なものは全てこの手で。そうだ、それが【わたしだったじゃないか】と少しだけ思い出した。
「わたしから君尋を奪うものは全部消す」
一歩、そう一歩だ。わたしが足を一歩踏み出せば彼女は一瞬にして消える。泡のように消え去る。けれど、彼女は抵抗しない。助けを乞うこともしない。無抵抗なモノを前にわたしは足が竦んだ。
躊躇っている?消すことに?死しているとはいえ、彼女はまた消えていない。
その最後を今、わたしが消そうとしている。その『重さ』に、恐怖しているのだ。
君尋が悲しむ行為をわたしは今からしようとしている。君尋の為に。君尋が悲しむのを知っていて。
「くー」
聞き覚えある声にわたしはハッと振り向いた。制服姿に弓を携えて、彼は立っていた。
「百目鬼さん!?どうして……」
「俺がやる」
「百目鬼さん……」
「お前がすることはない、俺がする」
「百目鬼、さん」
そういって、百目鬼さんが弓を引く。標的はあの女の人。
百目鬼さんがあの人を消した。わたしが躊躇った代わりに。彼女の最後の言葉。
『彼に伝えて』
『貴方と共に過ごせて、私は寂しくなくなった。ありがとう』
と。それが、彼女の本心からの言葉。誰もいなくなったベンチがガランとしていて完全に彼女がいなくなったことを物語っている。
これで、良かった。君尋は悲しむけど君尋の命は助かる。
「くー、泣いてるのか」
「………うん、…」
百目鬼さんが代わりに選んでくれた。躊躇ったわたしの代わりに、選択してくれた。
わたしは卑怯だ。自分がやるって決めたはずなのにどこかでほっとしてる自分がいる。けど、悲しんでいる自分もいる。あの人の寂しさが伝わって、苦しくて、でも君尋と共に過ごせたことが楽しい、嬉しかった、って。
「ほら」
「……う、ん……」
大きな手が背中に回ってポスンとわたしの躰は百目鬼さんに寄りかかる。ぎゅっと、抱きしめてくれた。この感覚に、懐かしさを感じ縋りつく。そう自分にはいつも温かな眼差しを与え続けてくれた人がいた。いつも見守ってくれた人がいた。温かく寄り添ってくれた人がいた。あの女の人も君尋にそんな感情を抱いていたんだ。
「ごめんなさい」
わたしに謝罪する権利なんかない。けど、ごめんなさい。
これで良かった。これで良かったんだ。
(選択の重圧)