だれもしらないものがたり。
このよのなかにはどれだけのものがたりがねむっているのだろう。
ゆがめられたはなしによってうもれたしんじつはどれだけあふれかえっているのだろう。
かずあるなかかくれたなかに、わたしもはいっている。
だれにもしられなくていい。りかいされなくたっていい。
そんなものもとめてもいないしされたいともおもわない。
わたしとあのひとだけがしっていてりかいしあっておなじくうかんでとなりではなれることなくずっといっしょにいられるならそれでいい。
だれにもしられなくてもひっそりとねむれていられるなら
わたしはうれしい。
やっとひとりじめできるもの。
ほんとうのいみでこのひとをどくせんできるもの。
そう、このひとはわたしのもの。
このひとがいつくしみをあたえるそんざいはわたしだけ。
このひとをどくせんしつづけるのはわたしだけ。
わたしとこのひとをつつむくうかんにみらいもかこもげんざいもない。
ゆめやきぼうや
かなしみやくるしみもそんざいしない。
うとましいそんざいも
わずわらしいやつらもいない。
らくになれるね。
せおうものもなにもない。
きをくばるひつようもない。
あるのはただこんこんとしたふかいあおとしずかなあわのせかいだ。
そしてこのひととわたしだけ。
ねむろう。こんどこそ。いっしょに。
わたしたちをしばりつけるものはなにもない。
ずっとてをつないでねむっていられるもの。
くさりは、ときはなたれたから。
わたしたちをしばるくさりはとかれたの。
うつせみのわたしたちはかのじょたちにまかせよう?
ぜんぶまかせてらくになろう。
ずっと、いっしょだよ。おねーちゃん。
【Blanche-Neige[ブロンシュネージュ]のどくはく】
◇◇◇
四月一日side
俺は右目を失い、座敷童を助けた後管狐と共に逃げたはいいが女郎蜘蛛の邪気に当てられたことによって気絶していたらしい。鴉天狗が住まう山へと戻った先の湖で俺は清らかな水によって邪気を洗い流され座敷童の膝で眠っていた。何度も何度も涙を流しては謝り続けていた座敷童。泣き腫らした頬が見ていて痛々しいものだった。
「何もできなくて、……ごめんなさ、い…っ…」
泣きながら謝る座敷童に俺は力なく笑いかけた。
「君の所為じゃない。俺が『選び取った』んだ」
そうだ、俺は自分で選んだ。右目を捨てると、そう、決めたんだ。だから君が泣く必要はない。
そう、言い返し次に俺が目を覚ました時は侑子さん家のお風呂の中。
じんわりと冷えた体が温まって心地よい。
「お帰りなさい」
「ゆう、こさん……」
ぽっかりと穴が開いた気分で俺はぼんやりと戸口に立つ侑子さんの名を言った。
いつのまにいたのか普段らしからぬ優しい顔で彼女は
「薬箱用意してあるわ。ゆっくり温まって」
と言って戸をカラカラ、と閉めた。俺は小さな声で
「……はい……」
と頷き着の身着のまま、しばらく湯船に浸かった。脱ぐ気力さえなく、今はただ沈んでいたい、そう思う事しかできなかった。
この右目は何も映さない。この右目は二度と光を宿さない。
本当に、失ったんだな。
この空虚感は一生、埋められることはないんだろうな。しみじみ、感じた。
【右目は完全消滅】
◇◇◇
今回のことで一つわかったことがある。それは今まで知らなかったもので、俺はずっと得られないものだと思ってた。両親と別れてからずっと一人きりだった俺にとって、触れるといずれとけて消えてしまう雪のようだと。でも俺にもあるんだと心底嬉しかった。
こんな俺だったけど、得難い存在に出会えたことは貴重だ。
奴と会った時に俺はまた素直になれなくてとがった言い方しかできないかもしれない。
素直に表現できない不器用な俺には精一杯なことだ。でも、それでいいのかな。変に飾らなくていいのかもな。そんな『在り方』だってあっていいかもしれないって考えられるようになったから。アイツの家の前で待ち伏せして弁当ぶら下げて強がった口調したけどなんて言われるのかが気になってそしたらアイツは
「半分こだな」
って言って俺が持つ弁当取ってスタスタ先に歩いて行った時には自然に
「誰がお前と半分こするか!」
て叫んで慌てて後を追いかけた。
走ってる最中、自分の顔にうっすら笑みが浮かんでアイツから「何一人でニヤニヤしてんだ」って指摘された時内心びっくりしたけど。
嫌じゃない。
誰かと共有することって、こんな感じなんだな。
【ハジメテノオト】
◇◇◇
俺は百目鬼から右目を受け取り、両目でものが見えるようになった。けど百目鬼の視力は俺よりも高くて時々、頭とかぶつけることがある。両目の視力のバランスがおかしくて感覚がずれて見えるからだ。くーちゃんは俺に何も聞かなかった。
たぶん、全て知っていたのだろう。でも俺はあえて伝えた。言葉にして伝えることが必要だと感じたのだ。俺が作ったおやつ用のおから入りホットケーキの山を次から次へとをおいしそうにもぐもぐと平らげていくくーちゃんに俺は意を決して打ち明けた。
「あの、くーちゃん…?」
「んぐ、……何?」
真っ直ぐ見つめられて俺はドキッとした。見透かされてる。
「俺……ね、百目鬼からもらったんだ」
「うん」
くーちゃんはカタン、と手に持っていたフォークをテーブルに置いた。
「俺、後悔してないんだ」
「うん」
くーちゃんは、俺の隣に移動して俺の手を取った。
「くーちゃんは、何も言わないんだね」
「言わないよ」
くーちゃんの手の温かさに、涙が出そうになった。
いつも何も言わずに寄り添ってくれる。彼女はいつもそうだ。時に心配され時に励まされていつも一緒にいてくれる。彼女だって、苦しんでるはずだ。自分が誰だかわからないのに、いつも笑みを絶やさない。無邪気を振る舞って、子供のように屈託なく心の底から楽しそうに笑っている。
つよいね、くーちゃん。キミは強い子だ。
俺が思っているよりも、ずっと。だから俺は、君が なんだろう。
今、やっと【自覚】できた。この、想いに。
「…………」
俺の頬に手が伸ばされ零れる涙を優しく拭われた。
「君尋は自分で選んだんでしょう?……【人】は常に何かを選択して生きてる。それは生きる上で絶対に必要な事。わたしは選ばないで後から後悔するよりも、選んでから思いっきり後悔したい。だって」
くーちゃんはそこで言葉を区切り、俺を見つめた。
「……だって…?」
「そっちの方が後悔した後で、数倍美味しくご飯が食べられるでしょ?」
俺は、呆気にとられた。というか急に笑えて一気に噴き出した。泣きながら笑うなんて相当ない経験だ。もしかして、初めてかもしれない。俺は抑えきれなかった。ある衝動に。
「……ぷ、くくく………あはははっははははははは!」
「なんで笑うのさ!?君尋!」
込み上げてくるものは止めようがない。謝ろうにもちゃんと形になってくれない。
「ごめ、でもぷくくく、く……はははははっ!」
「君尋の阿保ー!人が真面目に言ってあげてるのにー!?」
「あはははっははっはあははは!」
腹が痛い。笑い過ぎて止まらないから余計にくーちゃんは怒った。
その後はご機嫌斜めになって何度必死に謝っても許してくれなかったけど。
こんなやり取りでさえ俺には大切な時間になってる。
……どうして君は、こんなにも俺を安心させてくれるのだろうか。
くーちゃんなら、絶対そう言ってくれるって信じてたから?
もし、君が落ち込みそうな時
もし、誰かに支えて欲しいと思った時
もし、どうしようもなく助けて欲しい時
俺は、君の為ならなんでもするよ。
【淡紫紅色のジギタリス】