四月一日は、女が遺した指輪を持ってお店にやってきた。
『癖』に気がつかなかった女のことについて四月一日は侑子に問いただしていた。
彼曰く、忠告することはできたはずでは?と。でも侑子は言った。
「彼女はウソをつくことを意識していなかった、していないということは彼女にとってそれはどうしようもない『癖』だった。『癖』というのは意識してでるものではないわ。仮に忠告したとしましょう、それでアナタだったら意識して直そうとする?ずっと意識していられる?不意に出てしまうことはないのかしら。『人』は完全ではないわ。自分が考えるよりもずっと脆い、だからこそミスをしてしまう。あたしが助言しなかったからと言って結果が変わるとは限らない。最後に決めるのはたとえ気がつかなくとも『自分』なのよ」
侑子は、四月一日が持ってきた、彼女が遺した指輪を手に取った。
すると、指輪は音もなく崩れボロボロと下に落ちていく。侑子はそれを何とも思わない様子で見下ろした。
「侑子さんは俺がこの後どうなるかも全部知ってるんですか。だからあの女の人を助けなかった?」
「くーにも言ったのだけれどアナタにも同じこと言ってあげるわ。ここは慈善事業をしているわけじゃないよの、ここは『対価を払う代わりに相応の願いを叶えるお店』。アレは相応の対価だったのよ」
「俺はどうなるんですか、願いが対価よりも大きいものだったら払えきれないなんてことありませんか?」
「アナタがそう思うのならそうなのでしょうね、アナタがそう思わないのならば違うのでしょうね。決めるのはアナタ自身であり、アナタの世界である」
四月一日は頭がおかしくなりそうだと、頭を振る。
「意味わかんねぇッス」
「わからなくていいのよ、わかっていたらつまらないじゃない?それに世界を知らないのは四月一日だけじゃないわ。くーもアナタと『同じ』なのよ」
そういって、侑子はマルとモロとプロレスごっこで遊んでいるくーを見やりました。
「あの子も今は『勉強中』なのよ」
「勉強中?そういえばくーちゃんって侑子さんと親戚関係とか?」
「いいえ、まったくの赤の他人。ただ古い友人の遠い親戚の少女から古い友人の遠い親戚の『血』を受け継ぐくーを預かっただけよ」
「は?なんかややこしくなってきた…」
「いいのよ、今はややこしいままで」
そこで話は切られた。なぜなら
「君尋ー!」
ドス
「ぐえっ!!」
何処から来たのか気配なくくーが勢いよく四月一日に突進したからだ。受け止める事は出来たが反動で倒れ込む。くーは四月一日の上に抱き着き腹減った~と言いまくる。
「おなか減った、なんか作ってー」
「それもそうね、あたし鯛茶漬け食べたいわ」
侑子も賛成し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「お!いいねぇ~。ソレ!わたしも食べたい―!君尋作ってー」
作って作ってコールに四月一日はぷるぷると震え、そして我慢できずに叫んだ。
「女の子が突進するんじゃありません!」
くーはきょとんとした顔で
「え?まずそこなん?」
と突っ込んだ。
侑子は、心の内で感じていた。
もうすぐ、『アレ』を出す時だと。もうすぐ、『彼女』が来る時だと。
世界は小さく波紋を引き起こし世界は大きくうねりだす。全ては『必然』の内に。
◇◇◇
さっきからくーは寝ている侑子に話しかけてばかりいました。まったくと言っていいほど反応はありませんでした。ゆっさゆさと揺らしてもまったく反応はありませんでした。椅子にもたれかかるその姿は死人でした。
「ゆうこ~、暇だよ~」
「………」
「ゆうこ~、遊んで~」
「………」
「ゆうこ~、酒ばっか飲んでるから死んじゃうんだよ」
「死んでない、マルとモロで遊んでなさい」
即答で返してきたのでちゃんと生きてる。死人ではありませんでした。侑子はただ二日酔いで沈んでいるだけでした。マルとモロで遊んでも楽しいのですが、いかんせん二人は同じこと言うだけなのでつまらないのです。くーはもっと張り合いのある遊びがしたい様子。そんな時彼がようやくお使いから帰ってきました。
「ただいま~」
「あ!君尋帰って来た!お帰りー!」
タッタカとくーは嬉しそうに彼を出迎えに行った。まるで母親の帰りを待ちわびた子供のようです。
「ただいま、くーちゃん」
四月一日は自分の帰りを喜んでくれているくーをみて微笑みました。
ああ、なんかいいなぁ~。
ここは決して自分の『家』ではないのにまるで『帰ってくる家』のような気がするのです。自然にそう彼は思えていました。理由はまだよくわかっていませんでしたが、彼にとっては大きな変化といえるものでした。
四月一日は自分の腕に絡んで「遊んで君尋~」とせがんでくるくーの頭を撫でながら、侑子に頼まれていた液○べを彼女に渡しました。
「はい、どうぞ。少しは控えたらどうですか」
皆まで言わずともわかるはずと四月一日はそれ以上言葉にせず、視線で訴えることにした。しかし侑子は一蹴し
「あたしから至福の時を奪おうなんて1万年早いのよ」
と液○○べをぐびぐびと飲みほします。そして「うげぇ~」と言いながらシャキッとしだしました。
「ゆうこ、単純」
「くーも酒飲んでればわかるわよ」
「いらない、肉まんあればいいの。勿論君尋の作った肉まんが一番!」
そう言ってニッコリと四月一日に微笑みました。
「ありがと」
ホント、可愛くて仕方がないと四月一日は思いました。二日酔いから復活した侑子がズバリ言いました。
「さて、出かけましょうか!」
「え?どっか出かけるんですか」
四月一日はくーと遊ぼうかと思ったのですが、というか遊ぶつもりだったんですが侑子が無理矢理
「これもバイトよ」
と強制的に連れていくことになりました。しかもくーも同じようです。
「やったー!お出かけ~」
はしゃぎっぷりがすごいので四月一日は好奇心から聞いてました。
「そういえばくーちゃんは外にでた事ないの?普段家にばっかりいるよね?学校とか行かないの?」
くーはこてんと首を傾げ不思議そうに
「学校?どうして必要なの?」
と聞き返しました。
「え?だって必要じゃ」
『ないか』と続けようとした言葉は遮られました。凍てつくような抑揚のない声に。
「生きる上で学校は必要なの?知識としての事を言っているのならわたしには必要ない。知識はすでにこの体に備わっている。以前の記憶は消去されたけど知識だけは消去されていないから。必要なのはわたしが何で『生きてる』って事。何の為に『今』こうしているかという事」
「くー、ちゃん…」
まるで『人』が変わったようにガラリと印象を変えた事に戸惑いを隠せない四月一日。
すると侑子がタイミングよく声を掛けた。
「ホラくー、着替えてらっしゃい。置いていくわよ」
「ほーい!」
くーは固まる四月一日の脇を通り抜け自室へと走っていきました。
侑子は固まっている四月一日の背中に蹴りをいれました。
「えい」
「イタっ!?」
不意打ちだったが正気を取り戻すにはちょうど良かったみたいです。
「何ショック受けた顔してるのよ」
「何すんスかっ?!」
「言ったでしょう、あの子は『勉強中』だと」
「は?」
「あの子に必要なのは『生きる上での意味』。学校以前の問題なのよ」
それにくーは義務教育はすでに終えているわと侑子は付け足した。けどそれ以上くーの事を語ろうとはしませんでした。
四月一日は何やら、くーにとてつもない『何か』を感じました。
嫌な意味ではなく何かを捜す為に、くーは侑子の側にいるのだと思ったのでした。