鸞ト己テリモ積モ塵   作:サボテンダーイオウ

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必然に抗おうとした男の話。

自分の結末を知ってしまったとしたら?

死に様がいかなるものかを教えられてしまったら?

 

人はどうなるのだろう。絶望するだろうか、それとも残少ない命を懸命に昇華するだろうか。人の数だけ様々なストーリーがある。

その内の一つ。限られた者だけが知ってる隠されたストーリーがあった。

これはある男が全てを捨てる覚悟で願ったある話である。

 

◇◇◇

 

 

何ものにも代えがたいものができてしまった。それは男の命さえも惜しくないほどのもの。

今まで生きてきた中で、大切なものをあえてつくろうとせず、避けてきたもの。それを男はつくった。別に男はつくろうとしてつくったわけではない。

 

いつのまにか、大切になっていたのだ。

そのもの自体が。男の中で大きな存在となっていた。

 

悩みに悩んだ末、一度は手放した。そのものの幸せを願ってだ。

男の手は血と泥で汚れていて、真っ白であろうそのものを汚してしまうだろうからと。

だがそのものが、いざ己以外の男と共になろうとした時、男が取った行動があまりに突拍子もないもの。まさか、あのような大胆不敵な行動を思いついたものだと、男は後から思い出しては苦笑いしていた。

 

それは今まで築き上げてきた地位と名誉、そして国を敵に回すという赤の他人から見れば滑稽なことで、確かに捨てるにはもったいないほどのお宝と男は思った。だがそんなものがどうでもいいと思えるほどの衝撃が走ったからだ。

 

アイツが笑っていない。いつも、俺の前で笑っていたアイツが。

 

男は後悔した。そのものが笑うのは、己がいるからだと痛感させられたからだ。共に過ごし時間を共有することで互いの良い所悪い所、様々な面を知ることができた。

 

アイツを、アイツを手放しちまった。

俺がアイツを追い込んじまったから。

 

だとしたらどうする?今のアイツは俺の面すら見たくないだろう。

いやそもそも俺にアイツの心配する権利すら微塵もないはず。ただ黙って見守るしか術はない。

 

自問自答をしては出るはずのない答えを模索する。

 

刻々と時間だけが迫る。そのものが男以外の者の手を取り共に進む道が開けてしまう。

いつか男の父が言っていた言葉が脳裏を掠めた。

 

『後悔ならいくらでも後からできる。だが、今は、今しかない』

 

と。まさに言葉通り。

ぐだぐだ悩んでいたのが嘘のようにスッキリと靄が晴れた。

 

男は脱兎の如く駆けだした。

 

◇◇◇

 

『その婚姻の儀、待ったァァアアーーー!』

 

腹の底から響く声は場を騒然とさせ、警備にあたる兵士たちの格好の的となる。向けられる敵意も突き刺す勢いで襲い掛かる槍の雨も男にとって脅威ではない。

何より男が怖れるのは、そのものの笑顔が奪われること。

笑わなくなることであった。そのものが、自分以外の男の隣で呆然と男を見やった。

そして、

 

『…  …』

 

自分の名を形作ったのを、男は決して見逃さなかった。

俺にもう一度機会があるのならば、今しかない。後悔ならいつでもできる。

罵られてもいい、今更何様のつもりだと蹴られても叩かれてもいい。

今は何があっても、アイツを救いだす。

 

並々ならぬ闘志に湧き上がる男に怖気づく兵士たち。障害となるそのものの父親との一対一の対決。仕組まれた婚儀を気に入らないという理由であえて、花嫁を男に放り投げ渡す婿。目まぐるしく変わる場面についていけなかったりもしたが、なによりも優先すべき相手が目の前にいた。男はそのものの名を慈しみを込めて呼んだ。

 

『…っ……』

 

男の声に返すかのようにそのものは男の首に両腕を回し、離れまいと身を寄せた。さきほどまで仮面を被っていたかのように表情がなかったそのものに、初めて感情が現れていた。

微かにすすり泣く声が男には聞こえた。

 

『すまなかった』

 

男も離してやるものかと、そのものの背に手を回し己の中に抱き締めた。

迫りくる追手や刺客も怖くはなかった。

これから待ち受けるであろう苦難の道も共に進むのならば、恐れなどない。

 

 

男は幸せだった。その者と共に歩める人生に陰りあろうとも、からなず光差す時が来ると信じていたから。その幸せは突如として崩れ去った。

全てを知る者だと告げる怪しげな男から宣言されたのだ。

 

『お前はあの娘の為に生きながらえさせた。私がそう仕組んだのだ』

 

と。つまり男は愛しい娘の成長の為に今まで生きてきた。

赤ん坊の頃に息絶えるところであった命の楔を別の命で補い繋ぎ合わせた。だからその命には終わりがある。

 

その終わりこそ、娘が成長するために必要な過程。

決められた筋書きであって、その舞台の上で役者としてのお前は終わる。

抗うことはできない、どのみち娘の手で終わらなくてもお前の命は尽きる。

 

幸せのまっただ中、男はなぜ今この時に現れた!と怒鳴った。なぜ、出会わせたのだと!?血走った目で迫り口走った。

そして、膝から崩れ落ち、ぽろぽろと女のように涙を零した。

 

なぜ、なぜ……俺とアイツなのだと。

 

一緒にいられると思った。手放さずに済んだと安堵した。この先の未来に希望を寄せていたのに。

 

なのに、なんで!

 

絶望という名の檻に閉じ込められそうだった時、全てを知る者はこう言った。

 

『ならば足掻けばいい』

『抗う事はできない。だがお前は足掻くことができる。この必然から逃れられはしないが、下準備しておくことだけはできる』

『選択するのはお前自身である』

 

そういって男は絶望の淵に立たされていた男に片手を翳した。するとそこから目も眩むような光がうまれ、それは次第に男を飲み込んでいった。

 

◇◇◇

 

魔女はある男へと問いかける。

 

「貴方の願いは?」

 

すると男はまるで自分がどうやってこの場所に移動したのかわからないと動揺した態度をとった。

 

「願い?願いとは何だ?というか、ここはどこなんだ?」

「ここは相応の対価を払って願いを叶える、店。あたしはここの店主」

 

魔女の冷静な受け応えに男は眉を顰めた。

 

「店……願い…」

「貴方は『彼』にここへ送られたみたいね。それも『彼』なりの優しさなのかしら。……まぁ、いいでしょう。貴方は強い願いをもってこの店に来た。この店に足を踏み入れられるのは願いがある者だけよ」

 

魔女にそう教えられは男はハッと我に返ったかのように早口で魔女に迫った。

 

「だったら……俺の、俺の!命を永らえさせることは可能か。少しだけでもいい!」

 

そう懇願するかのように男は必死に魔女に訴えた。だが男の願いはそうたやすいことではなかった。ある者が男に告げた必然を捻じ曲げようとしていたのだから。

 

魔女はゆっくりと首を横に振った。

 

「無理よ、貴方の寿命は定められたもの。永らえさせることはできないわ。そして、死者が生き返ることもない。それが可能なのは道を踏み外した者だけよ」

「だったら、どうすればアイツの傍にいられるっ!?」

 

男には死ねない理由があった。たとえ、それが愛しい者の為だとしても、だ。納得などできるものか。たとえ、それが少女の為の成長だとしても、だ。

 

魔女は男にとってそれほど価値ある人物を知っていた。だからこそ、こう尋ねた。

 

「それほどまでにあの子が貴方にとって大切な人?」

「……ああ、死ぬほど大切にしたいやつだ」

 

矛盾している。男はその少女の為に死ぬというのに死ぬことを拒んでいる。

愛しているはずなのに抗おうとしている。その矛盾こそが人の証だと魔女は思った。

 

「ならば貴方は今までの己を捨てなければならない」

「捨て、る?」

「今まで培ってきた己(おのれ)を捨てる。それは己ではないということ。今まで親しくしてきた友人、家族、恋人、全てを捨てて、貴方は新たな己(こ)となる」

「つまり、以前の俺は綺麗さっぱりなくなるってわけか」

「貴方が願いを叶えたいと望むのなら」

 

魔女はそう、言った。男に推奨することも強要することもなく男の意思で決めろと、ただ黙って男の答えを待つ。そして、男は。

 

 

「願う、俺は。どんな形であれアイツの傍にいられるのなら。憎まれたっていい。アイツを見守れるのなら」

 

男は願った。己の死の結末を受け入れ、新たな生を得る為。

そしれ、少女に己の死をまざまざと刻みつけ、なおかつ、己ではない己として少女を見守る事を決めた。

 

「ならば貴方の願いを叶えましょう」

「ありがとう、……えーと。今更だけどアンタ名前なんていうんだ?」

 

魔女は呆れた視線で男を見た。

 

「今更な質問ね」

 

そう返されて男は後ろ頭を掻きつつ苦笑いで謝った。

 

「ああ、悪い。俺から名乗らなきゃな……。俺は劉瑛李」

「あたしは、壱原侑子。『次元の魔女』とも呼ぶ人はいるわ」

「そうか……。本当にありがとな」

「礼はいらないわ」

「それで、……俺はどうやって戻ればいいんだ?」

「さぁ?」

「え!?おい!帰り方なんてわからねぇぞ俺!」

「それはそうね。その内、迎えがくるんじゃないかしら」

「………投げやりだな……。はあ……なんか腹減った…。何か食いもんあるか?」

「ないわ」

 

魔女はキッパリ言い切った。男は脱力して重苦しいため息をついた。

 

「ハァ~~~」

「肉まん作る材料ならあるわよ」

「……それは俺に作れって意味か」

 

男はジト目で魔女を見た。

すると魔女はわざとらしくニヤリと笑みを浮かべた。

 

「食べてみたいわねぇ~、絶品とされる貴方のに・く・ま・ん!」

「……いいぜ。…俺も腹減ったしな」

 

どうもはめられたような気がするような、しないような微妙な流れであったが、どうせ迎えなんたらがなければ戻れないのだと男は諦めて魔女に案内されるまま店に入った。

そこで男は魔女がいう迎えが来るまで、魔女にこき使われることをその時男は知らなかった。

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