ファイside
天姫ちゃんのお馬鹿っぷり炸裂なお蔭で、オレたちは無事に町に入ることができた。しかも雪が降ってくる前に宿に泊まれることになったのも天姫ちゃんが頑張ってくれたお蔭。2階の部屋から窓辺に降る雪は止みそうにないなって感じた。
窓辺からふかふかのソファに移動してオレは感謝の意味を込めて向かい側にサクラちゃんと並んで座る天姫ちゃんに、
「天姫ちゃん演技上手かったねぇ~」
って褒めてあげたらギロッと睨まれちゃった。しかも睨むだけ睨んだらさっさと切り替えをしてサクラちゃんに甲斐甲斐しくお世話したり。
「サクラちゃん、疲れたでしょう?それに寒い中ずっと馬に揺られていたものね。ホラ、紅茶飲みましょ?どっかの奴は無視して」
「……ありがとうございます、天姫さん」
「いいのよ、気にしないで」
サクラちゃんはほにゃ~と首をこっくんこくん、とさせながらなんとか起きていようとする。目元をごしょごしょとやって見せても眠たいんだなと一発で丸わかりな訳で、
天姫ちゃんは案の定すぐにサクラちゃんの肩に腕を回して
「………眠そうね、もう寝たほういいわ。行きましょう?」
「………でも、……大丈夫で、す……」
と促すがサクラちゃんはまだ起きていたいらしい。
優しい眼差しでサクラちゃんの髪を撫でつつ、子供に言い聞かせるような風に言う彼女。
「無理しないの、ね?」
「……はい……」
なんだか、仲のよい姉妹のようでクスッと笑えてしまうほど微笑ましいと思った。小狼君もオレと同じ気持ちなのか、表情が優し気だ。モコナも「サクラが寝るならモコナも寝る」と天姫ちゃんの肩に乗っかった。天姫ちゃんはさして気にした様子もなく限界に近いサクラちゃんの手を引いてソファから立たせると、
「それじゃあ、私たちは部屋に戻るわ。さ、行きましょう?」
とドアへ向かって歩き出す。オレは一言声を掛けた。
「眠れなかったらオレが添い寝「永眠させてやろか?」オヤスミ~」
「おやすみなさい」「おやすみ~」
「おやすみなさい、サクラ姫、天姫さんとモコナ」
「ああ」
それぞれが声を掛けて天姫ちゃんたちは部屋を出て行った。
あの霧の国での出来事。今になって思い返してみるとやっぱりおかしい。
天姫ちゃんはあの出来事を覚えていないのだ。一応尋ねてみたが本人にアノ出来事の記憶がないらしい。覚えているのはオレだけ。
そういえば、なんでオレ真剣に考えてるんだろ。
投げちゃえばいいんだ。スルーして笑ってればいいんだよな。そうやって距離を作っておけば楽なのに。そう、楽なのに、ね。
でもできない。その投げ出せない明確な理由がわからないのが困ってるポイントなんだけど。あの子の事だからできないのか、それともあの子だからできないのか。オレは未だ自分の心が掴めない。読めないとも言う。
ああ、オレ面倒事は背負わないって決めてるんだけどな~。
どうしてか、気になる。すると黒鋼からズバッと訊かれた。
「アイツとなんかあったのか」
なんかあった。そうなにかあった。けど、
「黒黒は鋭いねぇ~、でも言えない♪」
にへらを笑い返せば、フン!と鼻先で笑われた。
あれ?
「案外お前も分かりやすいな」
「オレ?そうかな~、表情に出てる?」
「視線で追ってる時点でバレバレなんだよ」
「……あれ?…オレ、見てた?」
「丸わかり」
これには言葉を失った。まさか、こうも露骨に出してたなんて。
無防備になることなんて、ほとんどなかったのに。ホント、
「………なんか、調子狂うねぇ……」
どうやらオレは自分でも気がつかないうちに彼女をじっと見つめていたらしい。
しかも天姫ちゃんがサクラちゃんを連れて部屋を出て行くまでずっと。
「……ホント、参ったな……」
自然とため息が漏れた。それを疲れかととった小狼君が気遣わしげな言葉を掛けてきた。
「ファイさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫。アリガトー心配してくれて」
彼は人の心に敏感で、あるいみ要注意かもしれない。
オレのような人間にとっては。
にへらと笑い返して大丈夫だと言えば彼は少し口元を緩めて頭を振った。
「いえ、当然のことですから。……前の霧の国で俺が湖に潜ってる間天姫さんがサクラを見ててくれた時、丁度俺が湖の探索を終えて戻ってきた時に、その言ってくれたんです。「お帰りなさい』って」
「天姫、ちゃんが?」
「はい……。なんだか、不思議な感じがしたんですけど、嫌じゃありませんでした……。普段の天姫さんと違う感じでこう、優しい雰囲気で迎えてくれたっていうか……スイマセン、その俺よくわからなくて……」
小狼君はうまく言葉にできないとすまなそうに謝る。普段はサクラちゃんで一杯な彼だけど、少しだけ天姫ちゃんの隠れた面に触れたことで少し理解が深まったのかな。
それは良い証かもしれない。天姫ちゃんは普段の接し方だけ見れば、結構勘違いされやすい性格かもしれないから。
「………ううん、アリガト。そっか」
うんうん。やっぱり小狼君には優しいな~。いや正確にはサクラちゃんと小狼君には、かな。ちょっとジェラシーなんて感じたり。ってのは嘘だけど……。
嘘じゃないような気がする?
うーん、わからないなぁ~。
悩めば悩んだ分だけ、答えが遠のいていく気がした。
【自分なのに自分がわからない。でもオレはファイじゃないといけない】
※
天姫side
私は基本、作り笑顔を浮かべる人種を信用しない。というか最初から信用していない。
自分に害があるかないか、自分にとって有益か否か、
見極めるというのは大変なことであろうが、昔から自分と狗楽の身を守るため自らそう学んだ結果なのだ。最初から人を疑ってはいけない、とか訊いたことあるけどそれって相手が完璧な善人だったらの話だろう。そんな者、本当に人間であろうか?
善の心だけを持ちえる人など、私は訊いたことがないし出会ったこともない。悪いが言葉だけで信用できるなら最初から私はここに存在していないだろう。
その勘がただいまドンピシャである。他人から善人に見える人間ほど私にとって疑わしい対象となる。彼もまたその対象だ。言っとくが作り笑顔見破る方法なんていくらでもある。
私は嫌というほどその類の人間を見てきてウンザリしているくらいだ。ようは、揺さぶればいい。頭の良い人間はまず観察をする。じっくりとその対象のあらゆる情報を余すことなく探り出し頭に叩き込む。ミスが生まれないよう、入念に入念を重ねて。失敗しては意味がないからだ。だが、完璧を求める人間ほど不意打ちに弱いのだ。だって自分の中で計画的行動に予想外のアクシデントが発生したのだ。
少なからず動揺はするし、予定と違うことに対して慌てて対処するだろう。そうなると、かならず本人の知らぬところでボロが出る。そのボロに気づける人間がいるか、いないかで事態は面白いほど違う方向へ進むのだ。そのボロを発生させるのは、勿論私。
あの伝説の金の髪の姫を見たと言ったサクラちゃんが忽然と雪道の向こうで消えた。
だがサクラちゃんが黙って皆に何も告げずに消えてしまうほど薄情者ではないのはすぐにわかりきったこと。可能性としてはその子どもたちを連れて行ったという金の姫というのに連れて行かれた。
もしくは、もう一つの可能性が考えられる。
この衝撃の事実から数時間後、小狼君は見た目は取り乱した様子は見受けられなかったが、表情に出さずとも彼の心境は痛いほど伝わった。
すぐにでも見つけなきゃ、この寒さだ。
考えたくはないが最悪の場合、凍え死んでしまうという事もある。
サクラちゃんがいなくなった以上、こちらとしても急がねばいけない。
そう、私は行動を開始した。勿論、独断で、だ。
彼等を巻き込みたくないなんて考えは今の所ない。いちいち話している暇もないのだ。
これは時間との勝負。そして、疑わしい人物には要注意というのを、彼等に教える為でもある。
「ねぇ、先生?少しよろしいかしら」
「なんですか?」
いかにも善良そうな顔をした人間ほど、裏があるものだ。
果たして彼はどちらに属するのか、見ものだわ。カイル=ロンダート。
私はさも、困ったふうを装う。
「私、最近夜に眠れないことが多くて。それにサクラちゃんのこともあるから尚更落ち着けなくて。……とある人からある面白い話を聞いたのだけれど」
「面白い、話ですか」
ここまでは普通。
彼の表情に変わりはない。ここからだ。
私の揺さぶりは。さぁって、化けの皮を見せて頂戴な。
私はさも不思議な話だと大げさに言う。
「ええ。なんでも『催眠術というものをかけられた人物はその言葉通りに行動するっていう摩訶不思議なお話』ねぇ、先生。先生ほどの腕ならそのやり方を知っているかと思って。随分と町の方たちかた頼られているし、もし知っていたら『私にも』かけてくださらないかしら。ぐっすりと眠れるように。サクラちゃんが無事に見つかるように」
そう言って「ね?」と眼をスゥっと猫のように細め口元には笑みを讃えて。『私は知っている』という意味を含めて。
嗤う。表情には出さずとも。彼の瞳がわずかに動いた。
明らかな、殺意が生まれる。だが彼はそれを巧妙に隠し、困り顔を作った。
「……申し訳ありません。僕はそのようなものはわからなくて…」
そうすまなさそうに謝る彼に、私は大げさに驚いたリアクションをとる。
「あら!そうだったんですか……。それは大変失礼を。『子どもたちに随分と熱心に往診をしている先生』なら手をかしていただけるかと思ったものでしたので。ごめんなさい」
そう言って一歩下がって背を向けようとした。
だがわざとらしく思い出した様に「あ!」と声を上げる。彼はすぐに反応を返す。
どうしましたか?と。
「でしたらイイ『薬』ありませんか?心が落ち着くような…なんと言えばいいんでしょうか、まるでそう、操られているような感覚になる『お薬』。ありません?」
顔だけ少し振り向いて彼に続けてまた、言う。
単なる【思いつき】に見える、かどうか。
会話だけなら誰も疑う人間などいないだろう。
だが、今私達は激しい攻防を繰り広げている。
視線に含まれる2つの感情と腹の探り合い。
彼を見つめる視線は、決して、逸らさずに。
彼は一瞬、間を開けて軽く頭を振った。
「……いいえ。でも、そのような薬に頼らずとも僕がブレンドした紅茶を飲みませんか?町の人たちにも安心すると好評なんですよ」
とまるで人畜無害な笑みを浮かべて私を誘う。
私はまぁ!と軽く手を叩いて驚きつつ、頷いた。
「あらそうなんですか?それは是非。ええ、喜んで」
かかった。獲物は自ら食らいついた。あとは運んでもらうのを待つだけだ。
その夜、カイル先生とのお茶を楽しでいる最中、急に襲ってきた睡魔によって私は意識を手放した。なんとも予想通りの展開に呆れを通して感心さえしてしまう。
なんて単純な男なのかしら。そう、心内で毒づきながら。
そして次に私が眼を覚ました世界は一変して、
硬い感触に横にされていて、冷えきった地面、両手は手枷、片方の足首には見事に鎖をかけられて動くことすらままならない。
ご丁寧な招待の仕方。どうやら私がいるのは古い建物のようだ。
となると、姫が住んでいたお城だろう。所々石壁が崩れかかっているところもある。
もともと300年前の建物なのだ。辛うじて残っているのも奇跡ではないだろうか。
それにしても、
「よっぽど私の存在が疎ましいのね…、だが残念……よっと!」
私は体制を立て直し立ち上がると、両手を動かしてドレスの裾をひょいっとを持ち上げて太ももに装備していた短剣に手を伸ばす。
ははは、まさか花売り娘が武器を常備しているとは思うまい。
自称、花売り娘ではあるが。
まぁそんなことはどうでもいい。
もぞもぞ…もぞもぞ…カキン!
「……………よしっ!」
足の鎖は外すことに成功。
手枷は試行錯誤してなんとか外せた。
古ぼけたドアは施錠されていて開けようとしても、ガタガタと揺れるだけに終わる。
確認してみただけだが、別に問題はない。
開かないのなら開ければいいだけなのだ。
私はドアから一歩下がり、
「ハァぁあああ――――ー!」
と掛け声と共に強烈な回し蹴りを叩き込む。
するとドアはバキャアン!!と吹っ飛び無残にも壁に叩きつけられ粉砕する。
「サクラちゃん、待ってて」
こんな寒い中、サクラちゃんは防寒具もつけずにいるかもしれない。
もしかしたら、連れて行かれた子供たちもこの場に拘束か何かされているかもしれない。
今私は守りたい対象が遠くにいってしまっている。だからなのか、最低な考えかもしれないけど、サクラちゃんを狗楽と重ねて守りたいって思ってるのかも。
でもね。それだけじゃないような気がする。小狼君の気持ちを大切にしたいから。
サクラちゃんを身を挺しても守りたいっていう彼のひたむきな気持ち。
それがあまりに私と酷似している気がした。だから彼を応援する意味も含めて。
サクラちゃん。貴方が傷ついてしまうと悲しむ少年がいるの。だから彼の為にも貴方が傷つかないよう、貴方が傷ついてしまうその前に、私が守るわ。おせっかいかもしれないけど、そうしたい。そう、させて欲しい。
あの子が側にいない分、貴方を利用しているこんな私だけど。
貴方を、妹のかわりとして見ているこんな私だけど。
ごめんね、でもほんのすこしだけでいい。
私が死ぬまで、その短い期間だけでいいの。
どうか、その間まで、私を私でいさせて。私が存在する理由となっていて欲しい。
【狙うはサウダージュの鐘】