時間には限りがある。それは全ての生き物に対しても平等に訪れるもの。死とは終わりと考えるものがある。だがそれは違うと思う。死とは始まりでもある。また別の何かへと転生をし形を得る。それが人間なのか他の動物なのか、はたまた植物なのかわからない。でももし、また人として生を受けられるならこれほど幸運なことはない。
『ねぇ、おねーちゃん?どーしてわたしたちにはおとうさんとおかあさんがいないの?』
『それはね、あの人たちがわたしたちを捨てたからだよ。でも大丈夫。おねーちゃんが必ず守るから、ね?寂しくなんかないよね?』
『うん!』
幼い妹は両親から捨てられた事を理解せずに姉の言葉を信じて嬉しそうに頷いた。本当は偽りだらけなのに純真無垢な妹は姉の言葉を全て受け入れる。姉は心底妹を愛おしいと思った。自分だけの愛情を受けてその愛情を拒むことなく全てを受け入れる妹を、愛した。
テレビのブラウン管から流れるアナウンサーが告げる誰かの死。毎日、毎日、淡々と告げられる情報としての言葉に妹はたまに訊いてくることがある。大きくなった妹は台所で夕飯の食器を洗う。
『おねーちゃんは死なないよね。わたしを置いていかないよね』
私は小さな二人用のテーブルの台を拭きながら冗談っぽく返事を返す。
『何言ってるの。私が大切な妹を残して死ぬなんて薄情な真似するわけないじゃない』
妹は低い声で呟いた。視線を少しだけ妹の背中へと向けた。
『そ、だよね……うん。そうだよね』
流し台の水がザァーと流れては排水溝へと流れ続けていく。妹は手の動きを止めていた。水を止めもせずに、残りの食器を洗うこともせずに。静止しつづけた。私はそんな妹の背中を見続けた。言葉に表すことはしなかった。けど、これは姉妹の絆の内なのだ。
相手が不安に駆られてすべらせた言葉に追及することせずに、だが否定することはしない。安心だけを与えて与えて全てを元通りに戻らせる。極々平凡でありきたりな、でも二人だけの日常へと。
気がついてはいけない。悟らせてはいけない。
この関係は強固に見えて実は何よりも脆く危険な関係なのだと。
永遠なんて存在しない。事実を知っているはずなのに蓋をして全てをないように振る舞う。ある意味、私たちは偽りの幸せの中で息づいていたのかもしれない。
※
パチパチと火花が散る音で私は瞼を開けた。しばし私は昔を思い出した。いや、昔だったのか、それともつい最近だったのかあいまいだ。だが確かにあった、ある姉妹の絆。
終わりまでのほんの余った時間を私は思い出として語りだしていた最中だった。この沈み切った雰囲気の中、一人私は語っては懐かしんでいたんだ。たとえそれが私なりの我儘なのかもしれないけど、何もしないまま終わるなんて嫌だったから。
だからファイもあえて私と同じように振る舞っている。いや、素振りだけかもしれないが私には何よりの救いだ。
「君はいつも自分で考えて自分一人で行動して全部背負っちゃうよね。あの時もそうだった」
「そうね、正論だわ」
ファイが言う『あの時』とはジェイド国での一件を指す。あの時サクラが消え数時間には私が忽然と消えた件は後々ひじょうに怒られてしまった。モコナからは往復ビンタなど喰らった。あの時はジンジンにほっぺが真っ赤に腫れて痛かった。今だから笑える内容だがその時は涙目でサクラに縋ったものだ。
……コホン!これは置いといて。
私が乗り込んだことで首謀者であるカイルの化けの皮を引っぺがすことに成功。あれよあれよと言う間に事態は急展開をみせ、遂に老朽化に耐えられなくなった城が一部崩れ始め金の姫から羽根を託されたサクラと私の身が危ない!なんて時に救いの王子様、小狼君が華麗に登場。でもお互いを阻む水の勢いは増すばかり。カイルの魔の手はすぐそこまでサクラに迫っている。
迷っている暇はないと私はサクラの軽い体を抱き上げ、ぐっと腕に力を籠め勢いをつけ小狼君に向かって思いっきり彼女を放り投げた。
『小狼君!ゴメン、受け取ってっ』
『へっ!?おわっ!』
『きゃあ!』
悲鳴を上げながらも見事サクラはしっかり小狼君に抱きとめられたわ。それはそれはもう内心ほっと息をついた。でも状況は差し迫っていた。轟音と響く今にも水の勢いに押し流されそうな場から二人を逃がしたかった。だから多少の無茶も仕方なかった。
『逃げなさい!私なら大丈夫だから』
『でも!?』
小狼君は危機的状況にも私の身を案じてくれたわよね。優しい子、心底思った。でも優先させるべき相手は私じゃない。小狼君が守るべき子は腕の中に在る。
『彼は私が止めるわ。貴方は貴方の守るべき人を守りなさい』
『……はい!!』
小狼君は私に促されて返事すると表情を歪めたサクラを抱いたまま水の中をバシャバシャと走っていった。これで一安心。たとえ自分の身が危うくても。
『天姫さん!?いや、小狼くん!!』
抵抗しながら私の名を呼び続けるサクラ。ホントゴメンって心の中で謝り続けながらとうとう濁流と化して私を覆いかぶさろうとする氷のような冷たい水の勢いに全てを任せて意識を手放した。カイル?どうなっったけって?ああ、全然覚えてないわ。すっぽり頭から抜けてたから。あの男も器用に復活しちゃってくれたりするわよね。しつこさに磨きがかかったというか……。あ、そんなことどうでもいいわね。
とにかくその後無事に回収された私は大風邪引いてベッドinってわけ。あの時の黒鋼の発言は『人生で忘れないワード10』に記憶されてるわ。
…なに、覚えてないですって?覚えてない、だと?あ、あの高熱に意識もうろうとしていた中でもはっきりと覚えているこの私とのやり取りを覚えてないですって!?
この!ってファイ!邪魔しないでよ!?私はね我慢に我慢を重ねてやってきたけどもう限界なのよ!ここで成敗しておかねば死ぬに死に切れねぇわ!!
「そんな事、言わないでよ」
……、冗談でも言ってはいけなかったかもしれない。私は気まずくて立ち上がりかけた腰を再び落ち着かせた。ファイの悲しそうな視線から逃げたくて両手をぎゅっと握りしめて肩を降ろして視線は再び焚火へ戻す。なんて凡ミスをしてしまった。また再び重苦しい場へと戻ってしまった。だが時間は無情にも刻々と過ぎていく。私は半ば焦りながらもまた語りだそうとした。物語の続きを。
「次は」
だが私の声は今まで沈黙を守り続けていた者によってさえぎられた。
「皆で」
それは膝を抱えて込んで座っていたサクラであった。私は思わず彼女の名を呼んだ。
「サクラ?」
すると彼女は少し緩む瞳で私を見つめては
「皆で、喫茶店やりましたね。……楽しかった…」
と小さく口元に笑みを浮かばせた。それに同調するかのように黒鋼やファイも同調した。
「ああ、アレな」
「そっか。そんな事もあったね~」
そう、確かに束の間であったけれど楽しかった。仲間との距離もあの場で少し縮まった気がした。それほど記憶の中に刷り込まれた大切な時間。色あせてセピアの中に染まったとしてもこの胸に留まり続けている。
「そうだね、楽しかった」
きっと過去には帰れない。帰りたい、けれどそれは無理な話だ。私たちは自分たちの道を見つけたから。けど今語ることでその時の気持ちを少しでも取り戻せたら、なんて願いも含めて私はまた語りだすことにした。残りの、時間まで。