ファイside
『白詰草』【クローバー】に無事見つけ出すことができたオレたち。お店の前でドンパチしてたらお店のバーテンダーさん、半身共和国の人みたいな独特の喋り方をするカルディナちゃんが文句言いに出てきただけなんだけどね。まぁ結果オーライかな。オレの怪我は少し擦り傷数か所と左足を挫いただけで済んだ。うーん、少し腕が鈍ってるかもしれない。これは仕方ないね。少し照明が薄暗い店内のカウンターに並んで座ったオレたちの前に、「当店自慢のオリジナルカクテルどうぞ」とカルディナちゃんのウインクつきで出されたカクテル『四つ葉』は綺麗な緑色をしていた。四葉のクローバーも添えられてますます幸運がありそうな気がする。カルディナちゃん曰く、オレたちが知りたい情報を知っているのはここのオーナーで歌い手でも織葉さんという黒髪の綺麗なおねーさん。
彼女に『四つ葉』のカクテルを一杯奢ることで教えてもらえることに。
どうやら話の内容によると新種の鬼児っていうのは『男の子のカタチをしていて、それはそれは美しい鬼児だった』らしい。何とも意味深な内容ではあるけれどこの場でこれ以上考えることでもないし、情報収集はこれでおしまいに。
ゆっくりしていってと笑みを残して他の客の元へ去って行った織葉さんの言葉に甘えてオレたちはしばしゆっくりさせてもらうことに。黒鋼はバカバカ飲んでるし、天姫ちゃんはゆっくり静かに先ほどとは違うカクテルに手をつけていた。それもあっという間に空になる。ふぅ、と息を吐いてじっと空になったグラスを見つめている。雰囲気にでも酔ってるのかな。柄にもなく。それぞれが自分の世界に入りつつ、オレもちょっと前の記憶を遡ってみることにした。
『ファイ!』
『え』
いつも後生大事にしている刀の存在すら忘れてオレまっしぐらに駆けてきた天姫ちゃん。それこそ必死な顔してオレの傍に膝をついた。
彼女はオレが知る彼女だろうか。一瞬同一人物かと疑った。でも今にも食って掛かろうとする黒鋼とのやり取りでオレが知る天姫ちゃんだと感じた。
『ボケッとしてないでよっ!黒鋼!』
『怒鳴るな、キーキー娘が』
『なんですって!?』
さっきのはきっとオレの聞き間違い。攻撃を喰らったりしたから一時的なショックでも起こっているのかも、なんて思った。けど、
『ああ、コイツはどうでもいいのよ……ファイ!』
どうやら聞き間違いではないらしい。良かった、ボケたかと思っちゃった。いや、それどこかペタペタとオレの体を触ってきて怪我がないかどうか確かめる仕草までする。果てにはオレの頬にそっと手を伸ばしてきたり。その温かな感触にこれはもう夢かもしれないなんて馬鹿げたことまで事を考える始末。それくらいにオレが知る彼女ではなかったのだ。
『……………』
『ちょっとファイってば!?なんか言ってよここが痛いとかなんか言ってってば』
今にも泣きそげな顔をする天姫ちゃんにオレは何とか声を絞り出した。
『……………うん、…驚いた……。痛いけど…』
でもちゃんと回答になってなかったかもしれない。それほどにオレにはビックリで信じられなかった出来事なんだ。何が違うかって、普段と全然違う印象で戸惑うばかりだ。その時のオレの言葉を違う意味でとらえた天姫ちゃんは何度も頷いては一人であたふたしてテンパっていた。うん、可愛い。
『驚いた?そう、そうね。確かにそうだわ……。立てる?ああ、でも私じゃファイの支えにならないわ』
『天姫ちゃん』
『え?何よちょっと後にして。黒鋼!アンタ、ファイに肩貸してやって』
『天姫ちゃん』
『ああ?だから後にしなさい!』
『えへへへ』
『こんな時に笑うな!馬鹿ファイ。……こっちはヒヤヒヤしたんだから……』
『うん。ゴメンね』
しおらしい天姫ちゃんも新鮮味があっていいかんじ。彼女を心配させている要因がオレだってことも気分を良くさせる理由かもしれない。
カルディナさんに手当してもらっている間、オレは始終ニッコニコだった。天姫ちゃんはオレを怪しい者でも見るかのような視線を向ける。今だ気がついていない。だって。天姫ちゃんがオレの事を名前で呼んだ。その時の流れか雰囲気でなんとなく出たものだとしても彼女が『アンタ』とか『ちょっと』とか、いつも名前で呼ばずにいるものだからそれが彼女とオレとの距離なんだってずっと思ってた。
気がつけばオレはじっと天姫ちゃんを見つめていたらしい。鬱陶し気に視線を向けてくる彼女がいた。
「何よ」
「べっつに~」
「一人でニヤニヤして気持ち悪い」
「えへへへへ」
尚更表情がにやける。っていうか彼女はいまだオレの名前を呼んだことも気がついていない。こういう鈍い所って天姫ちゃんらしいと思う。ボケてるわけじゃないし計算として演じているわけでもない。本当に自分が気がつかない行動をとってしまった。つまり、無意識だけどそれなりに意識はしてもらってるってこと。オレはなおさら緩む笑みを止められない。
天姫ちゃんはわかってない様子でオレとしてはちょっと不満もあるけど、それよりも嬉しさの方が勝っていた。
「名前で呼んでくれたよね」
「ぶっ!は?誰が?いつ」
飲みかけのカクテルを吹きそうな勢いで天姫ちゃんがぎょっとオレを見やる。
「さっき。オレの名前。天姫ちゃんが」
「嘘おっしゃい、誰がアンタの名前なんか…………」
どうやら思い当たる節があったらしい。三杯目のカクテル口元に持って行こうとした途中で言葉をとぎらせ固まった。
「思いだした?」
「………………フッ、私はね過去は振り返らない女なのよ!もうすでに終わったことendよend!」
ちゃんと思いだしたらしい。良かった、ほんの数十分前のことを忘れているようだったらちょっと頭の方が心配だったから。なら攻めてもなんの問題もない。オレはさっそく天姫ちゃんをイジることにした。
「呼んだよね、何回もオレの名前」
「は、はぁ!?そうだったかしら!?い、一回しか呼んでないような気がするわ激しく!」
視線があっち向いたりそっち向いたり見るからに挙動不審だ。図星だね。本当に表情を作るのが下手だなぁ。まぁそれが彼女の良い所なんだけど。時折暑いのか手でぱたぱた扇いだりしている。大分酒がまわっているみたいだ。
オレはさりげなく距離を近づけた。天姫ちゃんはまだ気がついていない。
「呼んだ呼んだ、何回も呼んだよ。必死な天姫ちゃん、可愛かったなぁ」
「べ、別にあれは咄嗟の出来事で呼びたくて呼んだわけじゃないから。するっと滑り出たのよ。そ、そう!アンタの名前呼びやすいからこう、するっと!バナナの皮に滑ってしまうようにね」
「へぇ~、じゃあ。今オレの名前呼べるよね?するっとするする呼びやすいんだから」
「今!?ななななんで私が呼ばなくちゃ」
「呼べないの?オレはずっと天姫ちゃんの名前言える自信あるけど」
負けるのが怖いのかな~と冗談交じりに挑発をかけると天姫ちゃんは案の定、カチンとキタらしく眉をつり上げては早口でまくし立てきた。
「なんですって!?馬鹿にする気?私だって息継ぎしないくらいにアンタの名前連呼できるわよ!舐めないでちょうだい」
うんうん。乗ってきた。もうちょっとだよね。
「オレだって」
「私だって!」
「じゃあやってみせて?」
「いいわよ、特と聞くがいいわ」
「うん」
オレはカウンターに肩肘ついて天姫ちゃんを見つめた。
「ファ、ファ、ファ………」
「ファ?」
もうちょっと、ファイトと心の中で静かに声援を送る。この瞬間待っている間、心臓が早く鼓動してた。余裕ぶってる素振りだけど実はオレも緊張してます。
「…………ィ……」
「うーん、小さすぎて聞こえないよ」
「くぅぅぅ………ファイっ!ファイファイファイファイっ!!」
「よくできましたー」
オレは彼女の後頭部に手を伸ばして良い子良い子と撫でてあげることに。でも天姫ちゃんは違う風にとらえたらしい。悔しそうに涙目になった。しかも上目遣いにオレを見上げてくる。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。これは、ちょっと目に毒だ。
「馬鹿にしたー!絶対馬鹿にしてるこの顔はしかもアンタ私の名前言ってないじゃない!」
いつもの彼女では絶対言わない台詞。レアだね。
うーん、役得かな今日は。怪我の功名って言うのかな?
「気のせいじゃない?それにナデナデしてあげたんだよ。『よくできましたー!』ってご褒美で」
「そんなもんで私が喜ぶと思ったら大間違いよ」
「だったらどうすれば喜ぶの?」
逆に尋ねれば天姫ちゃんは自らぐりぐりと撫で続けるオレの手に頭を押し付けてきた。
「もっと撫でろー!」
まるで構って猫ちゃん。あ、違った。構ってこぶたちゃんだ。
本人がそういうのなら普段やらせてもらえない分おもいっきりなでなですることに。
「そっかー。わかった」
本人は満足そうに一つ頷いて、とろーんと嬉しそうに笑みを浮かべた。もったいない、いつもこうだったら素直でいいのに。でも今回のような状況はめったにないだろう。だって
どうやら酔っぱらっているみたいだし。
どうりでおかしいと思ったんだ。彼女のテンションがアゲアゲなことに。
いつもよりもツンデレ度が増してるしね。その分オレとしては楽しめたけど。
ここでカルディナさんからの冷やかし発生。
「そこのバカップル、特に彼女の方。ちょっと声のボリューム落とさんかい!他の客に迷惑や」
確かに若干酒も入っているので普段よりも倍以上にはしゃいでいる天姫ちゃんは声がデカい。もうすぐ歌姫さんの曲が始まるようだ。これではカルディナさんも注意するだろう。だが酔っ払いの天姫ちゃんには関係ないらしい。不満そうに眉を険しくさせて
「バカップルじゃない!パインナップルだ!」
と文句を飛ばす。思わずオレもすぐに
「天姫ちゃんそれ違うよ」
と反射的に否定をかけてしまった。さすが天姫ちゃん。酔っぱらっていてもボケは健在だなんだね。カルディナさんは酔っ払いの扱いは慣れているようで大して気にした素振りもなく、逆に笑ってみせた。
「案外お似合いやで、アンタら」
「だろぃだろーあっははははは!」「褒められちゃったね」
褒められて上機嫌になった天姫ちゃんは今度は笑い上戸に。
コロコロと表情を変えてばかりの彼女は今度はサクラちゃん会いたいモードになった。
「ああ!今無性にサクラちゃんに会いたい!サクラちゃんに『はにゃーん』に癒してもらいたいわ!よしっいざ行くぞ!待っててサクラちゃぁ~ん!」
「天姫ちゃんそっちトイレのドアだよ」
オレの指摘は無視らしい。今オレは足が痛いから動けないし追いかけて止めることもできない。残念だ。今のオレにできることと言えばドタドタと走って行く彼女の後姿を見送るだけだ。
「違う!これは何処でもドアなのよこれであっという間に飛んでサクラちゃんの元へ!」
「ちょ、ちょいまち!そっちは男子用やで!」
カルディナちゃんが大慌てで天姫ちゃんの消え去ったドアへ走った。バタバタバタと慌ただしい店内の中、数秒後、
『………ぎゃぁぁああああああああ―――――!!』
天姫ちゃんだと思われる可愛らしい悲鳴が店内中に響き渡った。
どうやら何か見てはいけないモノをみてしまったらしい。後で慰めてあげよう。
呆れ混じりの黒鋼の一言。
「………アイツ、やっぱアホだな」
「えー?可愛いじゃん。天姫ちゃん。乗せやすいとことか素直なとことかドジなとことかもね」
「目が腐ってるぞ、テメェ」
「オレ?………そうかもね」
腐った世界から飛び出したくて手を差し伸べてくれる人を待ちわびた。
待って、待って、そしてようやくオレは出てこれた。でもオレの視界はもうその世界に染まってしまっていてみる者すべてが歪んで見えるんだ。でも、そんな中でも彼女だけは違った。
天姫ちゃんだけは、色が見えたんだ。
オレと似ているようで、似ていないまったくの違い色。
オレにないものだからこそ、憧れる気持ちは前よりも強くなった。
だからこそ気になった。彼女がどうしてこの『旅』に加わることになったのかを。
オレが自分の事を語らないのに彼女の事を気にするのはフェアじゃないと思う。
でもオレが自分の事を明かす時はきっと、終わりなんじゃないかって。どこかでそう感じてる自分がいる。寂しいって感情はあるけど、どこかで諦めきっている自分もいる。
所詮、他人同士。今は形としての仲間ってことになってるけど蓋を開けてみればなんてことはない。各々の願いの為に協力し合っているだけにすぎない関係。
いずれば終わりがやってくるはずだ。綺麗さっぱり別れるために情は捨てなくちゃいけない。
その時、もし、
もし、願えるのなら
この気持ちに名前をつけてあげたいと思う。今はただ曖昧な関係のままでいい。
仮に今、この気持ちに名を与えてしまったら、どんどん先に進んで行って戻れなくなることは見るから明らかだ。歯止めが利かなくなる前に冷静に冷静に。
この距離が一番安全圏なのだとオレは自分に言い聞かせ続けた。しぶしぶと言った風に黒鋼に俵担ぎされてトイレから出てくる天姫ちゃんを見やりながら。
『その後、喫茶店までの帰り道はファイと天姫一緒に黒鋼に連れてってもらいました』
(理由:彼女が白目向いて気絶してしまったから)