。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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22『仮想と現実の狭間に』

微睡みに揺れる意識の中、頬を軽く撫でられる。何度も何度も。時折髪に指を滑らせる。

そしてまた頬を撫でる。私に触れるその手は誰のもの。

 

「―――」

 

低い声が耳元で囁かれて吐息があたり少しくすぐったい。何と言っているのかぼやけた思考では聞きとれなかった。ただ、その声を私は知らないということだけ。

少し肌寒さを感じて自然と温もりを求めすぐ隣に存在する温かさに縋る為に身を寄せる。

誰かが呼ぶその声を、私は知らない。

 

「起きろ」

「………ん……」

 

まだ瞼が開けない。妙な倦怠感に包まれてまだ眠っていたいと体が言っているかのよう。

特に下半身が痛い。慢性的な痛みが続くのだ。激しい運動でもしたのだろうか?

その時、唇に軽く触れる感触がした。

何だろう、それは触れては離れてまた軽く触れるという行動を繰り返す。

嫌な気持ちはしなかった。

ぎゅっと拳を作っていた自分の手に平に誰かの手が絡んできて首筋にまたくすぐったさを感じた。自分のものではない触れる髪と熱くなる箇所。

 

「まだ目覚めぬか、寝坊助」

 

寝坊助?そうか、私は寝ているのか。だとしたらこの感触はベッドのシーツだろう。

淡々と認識していくと同時誰かが私の上に覆いかぶさった。

ぎしっ、とベッドが軋む音がする。

 

「そろそろ起きねばまた遅刻するぞ、それともズル休みでもするか。私はそれでも構わんが」

 

遅刻、遅刻。

それは駄目だ。何処に行くかは知らないがとりあえず起きねば。

それにしても直接背中越しにシーツの感触を感じるとは、私は裸で寝ているのか?

だから寒いわけか、納得。

では起きるとしようか、いやその前にこの重いのをどかさなくてはいけない。

絡まれていない手を動かして目の前の固い何かを押し上げようとする。だが片手だけでは押し上げられないらしい。びくともしない。

 

「起きる気になったか、つまらん奴よな」

 

声の主がそう言うと重さがフッとなくなってすぐ横に重さが発生する。

どうやら移動してくれたようだ。良かった、これで遅刻しなくてすむ。何処へ行くかはわからないが遅刻はよろしくないし。

よし、そろそろ瞼を開こうではないか。

私はゆっくりと瞼を開いた。白い天上の壁が広がっている。

見たことのない天上から顔を少し動かして横を見ると、すぐ傍上から私の顔をベッドに頬杖ついて見下ろす顔。

 

「お前はいつも朝が苦手なようだ。あの時より何も変わらぬな」

 

親しみを込めてお前と呼ぶ彼を私は知らないはず、だ。

彼との関係も、彼との経緯も、彼の名前さえも記憶を引っ張り出しても見つからない。

けれどこれだけは分かる。

彼との絆は確固たるものだと。一度切れかかりそうになった糸を手繰り寄せたのは彼で、その糸を再び結びたいと願ったのは私であると。

 

「………綺麗な、蒼ね」

 

黄金のような髪と一瞬で目を奪う整った容姿、何より一番目に入ったのは私の大好き蒼。

彼が慈しみを籠めて私の名を呼んだ。

 

「―――」

 

と。

ファイside

 

仮想【バーチャル】から現実【リアル】へ。

殺されたって思ったけど実は殺されてなくてゲームの中で死亡したオレはブザー音で目が覚めて、ああそういえばここって遊園地だったんだって思いだした。

あっという間の出来事だったけど外の世界じゃ皆楽しそうに過ごしていて変な違和感だけが微妙に残った。中々に出来ない貴重な体験だったかな。

そこが現実だと疑わなかった世界、桜都国という国は現実には存在していなくて、正確には桜花国【エドニス国】にある遊園地、妖精遊園地【フェアリーパーク】の中の人気アトラクション【夢卵】。そこにジェイド国から飛んできたオレたちがそれぞれ夢卵の中にたどり着いた。おねーさんの案内そのままにオレたちは仮想の世界へいらっしゃーい。

その時の記憶が仮想の世界で無くなっていたのはよりリアルなゲームの世界を楽しむ為に設定されていたんだって、千歳というこの妖精遊園地を造った管理者の女性が教えてくれた。でもって事態は悪い方向へ向かった。

オレを殺した星史郎君が操っている鬼児がゲーム世界だけでなくこの妖精遊園地、つまり現実のものへとなってしまったこと。

仮想はあくまで仮想であってそこで終わってしまえば夢と同じ。

でも仮想が現実へと変わってしまったら?

それは新たな悲劇を生むことに繋がる。何かの映像に映し出された見慣れた顔を見つけたオレは小狼君に報告した。すると草薙さんだっけ?彼に抱っこされて眠っているサクラちゃんを一目見るなり血相変えて部屋から飛び出していっちゃった。

よほど心配なんだろうね。オレも後を追いかけようとしたけど、よく見ると見慣れた顔ぶりの中にある子だけがいないのに気がついた。

 

天姫ちゃんだ。彼女の姿だけがない。

もしかしてあの中にいないだけで、別の所に行っているだけなのか。

鬼児が出現したことにより妖精遊園地内はパニックになる人たちでごった返す。オレがいる部屋も天井の一部が崩れてきたりと被害が出てきた。

これは急がなくちゃな。

 

「あの千歳さん、オレの連れの黒髪の女の子なんですけど何処にいるか調べられませんか?」

「え?ああ、ええっと、ちょっと待っててください。…………まだ、目覚めてないわ…。他のプレイヤーが現実に帰ってきているのにこの子だけの存在が確認できないなんて……」

 

たくさんの夢卵が存在する場所の機械の映像に切り替えられた。

いた、天姫ちゃんだ。一目で分かる見慣れた顔にほっと安堵するけど事態は待ってはくれないみたい。所々建物の損傷が起こっているのが画面上からも見て取れる。

まだ中で瞼を閉じたまま眠りにつく彼女の姿が映る。確かにまだ目を覚ましている気配はない。オレが画面に集中している間に千歳さんが何やらカチャカチャと何かを指先で叩く。彼女の行動につられてオレもそちらに視線を変える。間もなく千歳さんの表情が一変した。

 

「仮想の世界ではとっくに【死亡】扱いされて強制退去になってるのに、情報がない!?嘘、なんてことに……」

 

死亡。その言葉はオレの意識を一時的に停止させた。だが立ち尽くしている暇はない。

半ば呆然とする千歳さんにオレは

 

「とりあえずあの夢卵開けてもらえますか、オレ行きますから」

 

と声をかけ彼女の返事を待たずに天姫ちゃんの元へ走った。全速力で向かった先に

ガランと誰もいなくなった夢卵の装置にポツンと一人寂しく取り残されている彼女の姿を発見。

 

「天姫ちゃん!」

 

プシューという音と共に入口が開閉された。きっと千歳さんが操作してくれたんだろう。

オレは入口から身を乗り出して天姫ちゃんの手や肩を揺さぶる。

だが駄目だ。いくら身体を揺すり声を掛けても彼女からの返答はなかった。起きる気配もない。一体彼女の身に何があったのか。

千歳さんは仮想世界の中で死亡したと言っていた。そこで一つの説が瞬時に浮かぶ。

天姫ちゃんはオレが殺された後で星史郎君に殺された?

だから死亡という情報扱いになった。

けど現実、彼女の意識は今だ戻らぬままだ。

 

「…天姫ちゃん…」

 

一抹の不安がよぎる。

力無く垂れる身体。いつもからかいがいのある分かりやすい反応をして楽しませてくれる彼女は、今はただただ静かに眠っているだけ。まさかこの眠りが永遠に続くんじゃないかって馬鹿げた妄想が一瞬頭をよぎる。拭えぬ不安を追い払うように彼女の体温を感じたくてぎゅっと己の腕に抱き寄せた。

くたりと寄りかかるがほんのりと温かい体温に、大丈夫だ彼女はすぐに目を覚ますと言い聞かせた。

天姫ちゃんは生きてる、ゲームの中では死んだけどちゃんとオレの腕の中で生きているんだ。そうでもしなければオレが耐えられなかったから。

外では一体どういう状況になっているのか、とにかく急がねばと彼女をしっかりと腕に抱いて小狼君たちの元へ目指した。

丁度星史郎君と小狼君が対峙しているタイミングでたどり着いた。サクラちゃんとモコナ、黒りんの姿も確認できたのは良かった。しかしドタバタな展開。

こうも次から次へと問題が起こるってのは仕組まれているっていうことなのかな?

どうやら彼と小狼君の間で戦いが一時的にあったらしい。

二人の関係性は深くは聞いていないから詳しくはわからないけど、きっと師匠と弟子っていう間柄だけじゃないんだろうな。いまは。

ん?そういえば最後に天姫ちゃんに接触したのは彼だよね。

だからだろう星史郎君の視線がオレが抱く天姫ちゃんに注がれているのは。

 

「少し可哀想なことを言ってしまったかな」

 

と同情するかのような一言を漏らす。オレは聞き逃すはずもなくすかさず笑みをつくって尋ねた。できるだけ穏便に穏便にと言い聞かせて。

 

「彼女に何を言ったのかなー。全然起きてくれなくて困ってるんだよね」

「少し、世間話した程度ですよ、ファイさん。そう怒らないでください」

 

にこっと朗らかに笑うけどそれは場違いすぎで浮くほどにも見える。表情を作るのは向こうも上手いらしい。その点は褒めてあげたい。けど、

 

「世間話程度で目が覚めないなんて、『よっぽど』の事言ったんだね」

 

オレにだって感情はある。ただ普段は出さないで誤魔化してるだけ。

だって面倒だからさ。色々と煩わしいんだよ。

でもこの時ばかりは違う。

平静を保っている風を装っているけど、久々に『怒り』という感情が込みあがっていたんだ。自分のことはどうでもいい。他人のことなんかもっとどうでもいい。

そんなオレが彼女に悪影響を及ぼした人物がいるとわかっただけでこんなにも憤りを感じるなんてね。絶対使わないと決めた魔法を使ってでも一泡吹かせたいって心底思った。

言い訳程度で許されるんだったら黒様の厳しいツッコミも許してるさ。

けどオレは許してあげない。

時間が許す限り問い詰めることも厭わないつもりだった。

けどその前に星史郎君の方が放棄したみたいだ。悪戯がばれて観念したかのようにこう説明した。

 

「……もともと彼女は不完全だったのでしょう。だからこそ【タイムリミット】も迫っている。その兆しですよ、その眠りは」

「タイム、リミット?」

 

何のタイムリミットだと尋ね返そうとした。けどある異変が起きてそれは叶わず。

 

「星史郎さん!」

「小狼、これは返せそうにないよ。僕に必要なものだから。また、会おう」

 

二度目の再会を約束するかのように言い終えると、彼の右目に宿した魔方陣が発動して星史郎君は掻き消えるようにいなくなった。サクラちゃんの羽根と共に。

そして彼の魔法陣に誘導されるようにモコナも異世界への移動を行った。

 

【桜都国の扉は閉じられた】

 

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