。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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23『ちぐはぐの時計』

桜都国からドタバタと忙しなく移動した小狼一行。次なる世界は以前の世界とはガラリと景色が一変。見事な体躯の木々たちがおおいしげる大自然の世界でした。手を伸ばしてもきっと届かないであろう木の大きさもさることながら、伸び伸びと頭上の太陽を遮る勢いで成長している姿に圧巻されるもの。それが初めてみた景色ならなおさらかもしれません。目を覚ましたサクラが自分が知る世界が一変したことで、

 

「きゃ―――!」

 

と可愛い悲鳴をあげるとすかさず大きな葉をかき分けながら小狼君が「目が覚めましたか?」と登場。彼がサクラ姫の傍を離れるはずがありません。勿論、サクラの横で静かに昏々と眠り続ける天姫の護衛もかねて。サクラは周りを見渡してハッと天姫の異変に気がつき慌てて声を掛けますが彼女の意識が反応を返すことはありませんでした。

 

「一体、何があったの?どうして天姫さんが…」

「その、説明すると長くなるんですが」

 

小狼に問い詰めるような勢いで天姫の容体を尋ねると小狼からの衝撃的内容にサクラは戸惑いを隠せませんでした。以前の世界が仮想空間の中の出来事であり、プレイヤーとして参戦していた自分たちは情報【データ】として記録されていたがその空間から強制退去されると自動的に意識が現実に戻らされる仕組みになっているらしい。だけれども、天姫だけは強制退去された後にも意識が戻らないまま今の状態となってしまった。原因が分からず医療に長けた者もいない今、ただ逐一様子を見守ることしかできないと小狼は悔しそうに告げました。できるだけ体が冷えないようファイのコートを上から掛けているが気休め程度にしかなっていないかもしれないでしょう。

 

「お医者さん、この世界にはいないのかな」

 

天姫の手を取りぎゅっと握りしめ心配そうに見つめるサクラは零すように呟きました。

手の平から伝わる温かさに少しだけサクラの心は救われました。

意識はない、けれどちゃんと生きている。この温かさは嘘じゃないと。

 

「ファイさんと黒鋼さんが辺りを見てきてくれています。……できれば人が見つかればいいんですが……」

 

なんせ、このジャングルの中。そう簡単に見つかるとは小狼も思っていません。けれど諦めるわけにはいきません。まだまだ旅を続けて浅い関係なれど小狼やサクラにとって天姫は大切な仲間になっているのです。だからこそ、早く医療が整った場へと運んであげたい、そう強く思いました。ですがそんな願いとは裏腹に物語はどんどん進むのです。

ちょっちー、気を緩めたのが仇となりました。

 

がさっ。

「ッ!?」

「小狼君!」

 

何ものかの気配と共に頭上に遠慮なしに降り注ぐ木の実らしき物体複数。

びゅん、びゅんと落下してくるそれらを自慢の足で粉砕しながらサクラを庇いますが、

 

「あ!」

「姫!?」

 

なんと卑怯な。蔓で作られた罠が発動しサクラがかかってしまうではありませんか。

小狼が声を荒げサクラを助けようとした時!

 

ゴン!

「うっ」

「小狼君!」

 

小狼の後頭部に木の実がヒット!

サクラの悲鳴にも近い呼び声を最後に意識を手放してしまいました。その後ジンジンと後頭部の痛みから目を覚ませば、手足はしっかりと縛られた状態で目の前には二本足で立つふわっふわの毛並に暑苦しいコートを巻いたうさぎっぽい生き物たちがぐるぐると回りながら踊ったり喋ったりな世界でした。ドコドコ、ドンドンと軽快な太鼓の音に合わせて踊るうさぎ?達。雰囲気だけなら十分楽しめそうなんですが、状況が状況なだけにボケッともしてられません。とりあえず声を掛けてみることにした小狼。

 

「あのー」

 

すると一斉にうさぎ?達の注目を浴びました。

しばし視線を交わすこと数十秒、

 

「「「喋った―――!」」」

「うわっ!?」

 

耳に響くような大声を出しながらあたふたと駆け出すうさぎ?たち。反射的に驚く小狼をよそにうさぎ?たちのボルテージはヒートアップ。焚火からキャンプファイヤーする勢いでぐるぐる巻きにされている小狼の足元に木々を置き火を大きくさせていくじゃあーりませんか。

一体全体、うさぎ?たちの目的は?絶体絶命のピンチに陥った小狼!

黒鋼たちの助けはやってくるのだろうか!眠ったままの天姫の容体に変化が?

次回、君たちは新たな歴史の目撃者となるだろう。

(続きます)

 

ファイside

 

一通りの探索を終えて戻って来てみればなんとびっくり。罠に足を絡めて困ってるサクラちゃんと何の変化もなく眠ったままの天姫ちゃんの姿にオレは目を丸くした。

必死な顔で小狼君が連れていかれたと告げられ、オレたちはサクラちゃんの案内で小狼君を捜すことに。背中に背負った天姫ちゃんにできるだけ振動を与えないように慎重かつ足早に向かうこと数メートルぐらい。

 

「煙だよ!」

 

モコナの一声で前方に煙が上がっているのが分かり妙な緊張感が走った。もしや、小狼君に何かが――。

一抹の不安を抱いたのはオレだけじゃない。一番に不安になっているのはサクラちゃんだ。彼との絆も思い出も失ったはずの彼女だけど心の片隅に残っている想いだけはあの魔女でも消すことはできない。

さて、この世界にもサクラちゃんの羽根はあるみたいだね。

なぜそう思うか、それは彼から聞いたことだから。

背後から襲われて気絶して連れていかれちゃったはずの小狼くんが頭に大きいたんこぶこさえて仲良さげにうさぎ?達と談笑の所に突撃訪問したオレたち。

オレたちの存在に気がついた小狼君が場違いな笑みを浮かべながらトコトコとやってきて説明してくれた。

彼らなりに事情があってのことで詳しく尋ねてみた結果、サクラちゃんの羽根が関係しているかもしれないとのこと。うん、それなら仕方ない。

 

「サクラちゃんは行っておいで。オレはここで天姫ちゃんと仲良くお留守番してるから」

「ファイさん……はい!……あの。天姫さんのこと、お願いします」

「うん。お願いされちゃった」

 

おどけた口調に相変わらずのにへらと緩い笑みをつくってオレは彼らを送り出す。

今回活躍の出番はなさそうだ。張り切っているサクラちゃんに期待するとしようかな。

 

「いってらっしゃーい」

 

わざとらしく手をふりふりーっと。

オレは一通りうさぎさん達から情報を聞き出すだけ聞き出して腰を下ろした。膝には動かない天姫ちゃんを抱いたまま反応のない彼女を見やる。

こうして天姫ちゃんの寝顔をゆっくりと見るのはジェイド国で看病した以来かな。ほんの前の出来事なのにもう懐かしむ自分がいる。

さらさらと指通りの良い黒髪を撫でながらオレはまた同じ台詞を呟く。

 

「……天姫ちゃん……、目、覚ましてよ…」

 

なんどこの言葉をかけただろうか。

これだけ距離が近ければ以前ならきっとビンタの一つや二つ軽く飛んできているのに、現実の君は無反応の上眠りこけ。

 

『じゃないと、襲っちゃうよ』

 

こう耳元で囁けばあるいは起きるのではないか。馬鹿げた行動で確証もない。ただの独り言で終わる可能性も高い。希望が薄いことは重々承知。

だが起きて欲しい、もう一度オレをファイとその声でその瞳で見つめて呼んでほしい。一瞬、脳裏を掠った選択肢。

 

【魔法】を使う。

オレの魔力ならあるいは、彼女の精神に影響を与えられるかも。

だけどオレは頭を振って無理やりその考えを消し去った。そんな行動は台本に存在しない。自分で決めたことを覆すなんてオレらしくない。

自分があくまで偽者として生きていることを自覚しなきゃいけないのに、どうにも天姫ちゃんの前でだと正真本物、【ファイ】になりきっている。

ファイでいていいのだ、と愚かにも錯覚してしまうんだ。

君は、危険すぎるよ。オレに想像以上の影響を与えてしまうんだ。天姫ちゃんの自覚云々なしに。

 

獲物になっちゃったってた可能性は高いけどね。

それにしてはモコナが羽根の位置を正確に読めないのが少々引っかかる。その証拠にモコナの目が【メキョっ!】となることはないし。それに目の前の可愛いぬいぐるみみたいな生き物にも疑問が残ってるし。この世界の気候とはそぐわない見た目が怪しさ爆発中。

意気込んでいるサクラちゃんのやる気を削ぐのも悪いし何より眠ったままの天姫ちゃんを一人放っておけない。なんせ、この世界は気が緩めない場所だしね。

オレの考えが正しければ――きっとこの世界は。

監視されている。

あくまで推測に過ぎないけど用心するに越したことはない。うさぎ?さんたちの話の出どころである魔物を調べるためにサクラちゃんも自ら同行を願い出た。うさぎ?さん達は皆で行くとイケニエがいなくなるからダメー!と言うのでオレは居残り組に。

 

「困った子だ」

 

オレの決心を揺るがしてしまうほどの君の存在が、奴らにとって目障りな対象とならなければいいが。己の目的のためならば手段はとわない冷酷な男。見ず知らずの少女の命など邪魔だと思ったら即消すはずだ。今は気にするほどでもない、けれど今後旅を続けていく上で必ずぶつかり合う日はくる。

その時、オレはどんな顔しているんだろうか。

そんな日が来なければいい、なんてすぎた願いかな。

 

「ね、天姫ちゃん」

 

オレの声が届いているのか、それともただの変な独り言となってしまうのか。結局、オレがやることは変わらない。泣き虫なお姫様の目が覚めるまで寄り添うことだけだから。

 

※※※

 

意味を知るのも時には残酷だ。

私達の元である彼女はすでに故人でオリジナルに近い存在は複数体しか存在しない。

その中のある欠陥品である私は命の制限があった。コピーした細胞レベルの段階で異常をきたした結果、寿命そのものの時間が欠落してしまったのだ。

私が死ぬのはいつだろうかと、ぼんやりベッドの上で膝を抱えて座り込みながら自分の終わりの時間をただひたすら待つ。いつかこの日記を書くことが出来なくなるのが非常に残念だ。できればこの日記を次の私へと送りたい。

私たちが創りだされた意味を。

生きる意味を、見つけ出して欲しい。今の私ができないことを次の貴方へ。

 

【19番目の少女の手記】から。

 

 

はて、私はいつの間にどこかのお店の片隅のテーブルに座り苺パフェに舌鼓していたのだろう。もしや私は寝ながら移動でもしたというのだろうか。うん、これは重大な問題である。ちょっと真剣に考えてみようか。スプーンを掴む手を一時止めた。

うん。美味い。

……はっ!?感想しか浮かんでこないではないか。これではいかんいかん。

首をふりふりしてもう一度なぜこのような状況にいるのか冷静に思い出してみよう。

だがなんとタイミングが悪いのだろうか。

 

「ちょっと!」

「あー!先においしそうなの食べてる」

 

今真剣に考え込んでいるのに誰かが邪魔をしてきたのだ。どうやら女子二人組のよう。

年齢は私よりもいくつか年上だろうか。大人びた顔立ちに洒落た格好。

彼女たちの視線は私が頼んだ苺パフェに注がれすぐに視線が私に向けられた。尚且つ、向かい側の席に勝手に座るではないか。

おいおい、勝手に座るとは何事だ。他にも席は空いているではないかと私の抗議が飛ぶ前にピンク色のボブショートヘアの女性が唇を尖らせて不満そうに話しかけてきた。

 

「私も同じの頼も、蘭は?」

「私はパンケーキにするわ。あ、後であかねの頂戴?この子のもうすでに終わりそうだから」

「うん、いいよ。分け合いっこしよ」

 

どうやら蘭と言うらしいもう一人の女性は黒髪の清楚な印象を与える美人。一応メニュー表に視線を落としてはいるものの即決で決めたということは前から目をつけていたのかもしれない。確かにこのお店は若い女性客が多いようだ。

店内の雰囲気も女性に好かれるような内装であるからにメインは若い世代向けと言ったところか。

 

「ねぇ、今日の買い物だけどさ。新しい雑貨屋さんがオープンしたからまずそこ行きたいんだけどいい?」

「映画は午後からだから間に合うわね、いいわよ」

「うん。ありがとう」

「あ!そういえばあかねは夏休みの予定決まってる?」

「うーん、ぼちぼちって感じかな?蘭は?」

「私はバイト。来年ちょっと海外へ行きたいからお金溜めなくちゃと思って」

 

女子たちの会話が弾む中、私は黙々とスプーンを動かして見事パフェを完食した。次にやることは決まっている。

おねーさん!パンケーキ一つ追加でー。

 

「ちょっと聞いてるの?」

 

ほへ?どうやら私に話題が振られていたらしい。全然聞こえてませんでした。

ごめんなさい。

素直に謝れば黒髪美人さんはため息をついた。

 

「…まぁ人の話聞かないのはしょっちゅうあることだからいいけど。それで?夏休みは何処行くの?前に言ってた親戚のとこ遊びに行くの?」

「それって前に写メで見せてくれたイケメン兄弟のとこ?!」

 

目を輝かせてテンション上げてきたピンク彼女には悪いが私に親戚なんてものはいないはず。だって全部消したはずだもの。

……消した。消した?何をだ。今漠然と浮かんだこの言葉に私は疑問を抱いた。

だって何を消すって言うの?私が―――で―――なのはまぎれもない事実のはずだ。

だから、何も不安になることなんてない。そう、私は私だ。

二人の会話が続行されることに気がづかずに私は内なる不安と格闘する。

 

「また思考トリップしてるわね…。―――の悪いクセよ」

「そうそう。それにしてもなかなかの好青年だよね。お兄ちゃんの方は何となく雰囲気が天満君に似てるかも」

「お兄ちゃんに?……うーん、どうかしら。私は違うと思うけど」

「そうかなー?だって―――が前に言ってたけどこの兄弟、星の一族っぽいらしいよ?」

「あー、それね。前に聞いたわ。しかも隣の幼馴染の子が龍神の神子だって?中々に出来過ぎた話よね」

「信じがたいけど実際、私たちがあの世界に召喚されたから疑いようがないもんね」

「まぁね。今じゃ思い出話にできるけどかなーり!複雑だったからね。忘れたくても忘れられないわ」

「うん、私も一生忘れないと思う」

 

うんうんと感慨深そうに頷きあう二人を前に私はようやく落ち着きを取り戻すことができた。

その間どんな話をしていたのだろうか。気になるが今は運ばれてきたパンケーキに意識を持って行こうと思う。

 

「待ってました!」

「おいしそうね」

 

はしゃぐ女子二人に混じって私もフォーク片手にいざ!魅惑のパンケーキを頂きます。

この後、十分に満たされたお腹抱えて雑貨屋さんに流行の映画みてその後ショッピングやらなにやら二人に振り回されてくたくたになった一日となった。

はて、そういえば私の家って何処なんだろう?

夕暮れ時携帯が鳴って、着信に映し出される見慣れぬ名前に首を傾げつつ。はいと出てみれば耳に慣れたはずの彼の声。

仕事の終わりついでに拾ってやるとありがたい申し出に私は待ち合わせ場所をスラスラと述べそっけない挨拶で通話を終えたのであった。

 

【彼女と彼女と私】

 

『水面にうつった姿は確かに自分のはずなのに、どうしてかしっくりこない。彼女は確かに私のはずなのに、私は笑っていないはずなのに。水の中の彼女は朗らかに笑っている。

私よりも楽しそうに嬉しそうに微笑む。彼女が私のはずなら私も笑っているはずだ。私は楽しくないのだろうか、嬉しくないのだろうか。私も彼女のように笑いたい。楽しみたい、余裕が欲しい、自由が欲しい、縛られたくない、命令されたくない、逃げたい、消えてしまいたい。様々な欲望が私の中から溢れてくる。それらがそっと耳元で囁く。

あの水の中に自分になりたいのなら、水の中に飛び込んでしまえばいい。そうすれば彼女は君になり、君は彼女になれるって。

ああそうね。それは名案だわ。幸い私には置いて行くものが何もない。持って行くものもない。この身一つ投げ込むだけで自由を得られるのならなんて素敵なんてしょう。』

 

少女が水面に身を投げ込むまで、24秒。

 

 

あー、クソ暑い。暑い暑いぞ。

どうしてだ?私はなぜ照り付ける太陽の真下で炎天下の中、コンクリートから伝わる熱気に地味に戦いながら立ち続けなければならないのだ。水だ、とにかく水が飲みたい。

喉がカラカラになってきた。頭を保護する目的で被っている白の帽子も蒸れて蒸れて逆に神経を逆なでる効果しか与えてこない。額から流れ落ちる汗の数が多ければ多いほど塩分が逃げていく。水、塩、水、塩。とにかく水分。

 

「おい、おいってば」

 

ピンピンと地肌が引っ張られる感覚がしたらなんと人の髪の端っこを引っ張っている男がいるではないか。なんだこの青年、うら若き乙女の髪をなんだと思っている。

私はジロリと睨み返し私よりも背の高い青い髪の青年の頬に手を伸ばしむぎゅっと抓る。

遠慮なしに。

 

「いで!」

 

決して暑さから苛立ってやったわけではない。大人な私がそのような子供じみた八つ当たりするわけがない。これはじりじりと紫外線を浴びせる太陽の所為なのだ。

あはは、痛いだろう痛いだろう。思いっきり抓ってやったからな。あー水の飲みてぇ。

コンビニとかないかな。あーなんか磯の香りがするような……近くに海でもあるのだろうか。ふと思考の海に沈みかけていたその時、仕返しはすぐにやってきた。頭に軽くチョップされて頬をむにーと伸ばされた。

 

「いきなり何すんだよお前は。……変なもんでも食ったんじゃねぇか?それとも暑さにやられたか?」

 

そうだよ暑いんだよ水分欲してんだよ涼しいとこ行きたいんだよ。アイスでも買ってこいよ。それにね最初の攻撃は君の方から仕掛けてきたのだ。やられたら倍返しが基本。……これだれから教わったんだっけ?

駄目だ、本格的に思考がヤバい。オーバーヒートしそうだ。

 

「兄さん、それはあんまりだろう」

「お前だってそう思っただろ、譲。コイツの性格知ってるなら」

「…………」

 

あれ、もう一人誰かいた。ゴメン全然意識してなかったよ。

おいそこの眼鏡君。なぜそこで沈黙してしまうのか。ジト目で睨めば眼鏡君は気まずそうに視線を逸らし眼鏡をくいっと上げる仕草をした。わざとらしい。

乱暴なおにーさんの方は「だろ?」と意地悪そうに目を細めて笑みを浮かべる。

まったく失礼な兄弟だ。あれ、でも私の記憶じゃ彼等とは初対面なはずでは?

ってか、誰だ?

 

「将臣君~、譲君~」

「お、望美じゃん」

「先輩…」

 

ここでまた誰かが登場。

 

「こんにちは!―――ちゃん、今日は楽しみにしてたんだ~」

 

今度は誰だ。戸惑う私をよそに腕を絡めてきて嬉しそうな顔で言う少女。

かなりの可愛い子ちゃんではないか。もしやこの兄弟どちらかの彼女だろうかと勝手に考える。暑い、できれば腕を離してもらいたい。可愛い子ちゃんの顔を曇らせるのは心苦しいがそれとなく距離を取る為に彼女から身を離そうとする。その際、彼女の胸が腕にあたった。他意はない。だがちょびっと悔しい。この子、私より胸デカい。

 

「望美、コイツ朝から機嫌わりぃみたいでさ。さっきもオレの頬理由なしに抓りやがって酷いのなんの」

「え?」

「先輩、原因は兄さんにあるんですよ。まったくいい年して餓鬼大将みたいなことするから。―――も兄さんのやることにいちいち突っかかったりするから反応するんだよ。たまには無視してみな」

「譲」

 

弟君の助言素直に実行してみよう。今度またちょっかいだしてきたり嫌味言われても無視無視してやる。

 

「もう!せっかくこれから皆で出かけるのに一体何言ったの。将臣君」

「オレを疑うか?ああ、これだから女ってのは疑り深くて嫌になるぜ」

「将臣くん!?」

 

幼馴染同士の口げんかが私の間で始まる。

ああ、余計イライラしてきた。私を挟んでやらないでほしい。クソ暑いのに私の周りの温度が3度は上がった気がするぞ。

結局、兄君が根負けして結果は幼馴染の勝利。

 

「とにかく今日は楽しもう!」

「「………」」

 

望美ちゃんとやらは結構強引なところがあるようだ。その勢いにこの兄弟も巻き込まれるペースなのか。やれやれと溜息をついている所をみるとしょっちゅうある出来事みたい。

季節はぎらぎらじりじりと照り付ける太陽がもっとも暑い夏。

夏休み、若者の青春の一コマ。

今日は海ではっちゃけるみたいです。私も強制的に連れてこられたみたいです。主に意地悪兄くんから。彼曰く、『泳げるようにしてやる、犬かき以外で』だそうだ。

悪かったな、犬かきでしか泳げなくて。大きなお世話だ。

それぞれ水着に着替えて顔合わせした途端、兄くんは人の体を見るなり一言。

 

「胸、ないのな」

 

ある胸だったら悩んでないわ!

貧乳を馬鹿にする奴には制裁を。

私は彼に頭突きかまして悶絶してる所をもってきたアヒルさん浮き輪を頭からかぶせてやった。見たか私の力を!

弟君の助言をすっかり忘れていた私でした。

その後海辺で二人しばらく追いかけっこ。クソ暑いのに。無我夢中で逃げまくることだけに専念してた。譲君と望美ちゃんは浜辺で砂のお城作って楽しそうに遊んでました。

結局何だかんだで泳ぎが上達することはなかった。でも楽しめたので良しとしよう。帰路の途中でようやく自分がいる場所の地名が判明した。鎌倉であると。

そして夏休み中、親戚の家に御邪魔させてもらっていること。

自分が高校生青春真っ盛りの時期にいること。

違和感なく受け入れられているのは、なぜだろうか。というか、どうして私はこの事実を認識できていなかったのだろうか。

だが、まぁ些細なことだ。これからちゃんと覚えていけばいいだけのはなしだ。

気づく前と気づいた後の違いにそれほど差はないのだから。

 

私は気がつかずに何かに身を投げた。深さもわからない水の中に。

溺れてしまうかもしれないのに、違和感を違和感を捉えることを、疑いもしなかったから。潜り込んで行く深さに気がつかずに、私は沈む。

 

【ある夏の一日。】

 

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