『その時はたまらなく欲しくて我慢できなくて、無理して買ったお人形。袋から取り出すのが惜しくて、毎日袋越しに熱く見つめては触れずにいる日々。けど徐々に新たな欲望が産まれる。このお人形以外にもまた新しいお人形が欲しい。この子一人だけなんて可哀想じゃない。お友達が欲しいはずよ、きっと。理由をつけてまた新しいお人形を買う。一時的に満たされる気持ちはまたきっとしぼんでしまうはずだ。そう、私はあきっぽいの。この空っぽの心を満たしてくれるモノなんてきっと存在しない。だから私は同じことを何度も繰り返してしまう。何度も、何度も。飽きるまで。ああ、気がついたら、私の居場所はぎゅうぎゅうに溢れてしまった。これほどまでにないというくらい部屋は満たされているのに、どうしてかしら。溺れかけている私がこんなにも、息苦しいのは』
三角屋根のアパート二階の角部屋の少女。
※
眠気さと格闘し気がつけばもう授業を終える音が鳴り響いていた。
先生が最後にここテストに出すぞとかなんとか叫んでいたような気がするが、それは後で友達に聞こうと開き直り教科書やノートを鞄にしまう。すると後ろから肩を軽く叩かれ振り向くと友達が立っていて、
「―――、ちょっと帰りに買い物付き合って!」
「うん、了解」
私も毎度おなじみの回答を述べる。
どうせいつものアレだ。アレとは買い物と称しお店のイケメン店員を眺めに行きたいだけなのだ。その彼がモロ友達のタイプなので毎日といっていいほど通い詰めて、もう常連と言ってもいいくらいなのだ。鞄を肩にかけながら椅子から立ち上がる。
「あ、わたしも行く行く!」
珍しい、今日は道連れが増えた。ちょっとおっちょこちょいで天然気味なのがクラスの男共に受けている友達。見ていて危なっかしいのでいつもハラハラさせられているが悪い気はしない。こう小動物みたいで可愛いから。
友達を例えるなら何になるだろうかと思いつつ、廊下へ出てて歩き出した時ハッと重要な事を思い出し友達にマジ顔でお願いした。
「後でテストの範囲教えてね!?ノートに書き写すの忘れてた」
「また寝てた訳?呆れた…」
「失礼な!襲い掛かる魔の手と勇敢に戦ってたと言って欲しいなぁ」
軽いジョークのつもりで言ったのだが、もう一人の友には本気でとられた。
「寝る子は育つっていうから―――ちゃんは健康だね。さすが!」
「アンタ、それは違うと思うわよ」
ナイスツッコミ。
私の周りにいる人はなんて個性的な人ばかりなんでしょう。
こんな素敵な環境にいながら、まったく新鮮味を帯びていたあのころよりあっという間に季節は巡ってもうすぐ冬になります。私が私であることに違和感を感じられなくなってから初めての冬。今考えると、あのざわつくような気持ちと、どこかしっくりこない違和感は一体なんだったのだろうかと思う。きっとアレは日頃のストレスとかの影響で一時的に気持ちが不安定になっていただけだと思うんだ。両親の名前も友達の名前、それに仲のいい親戚の兄弟とか、今ではバッチリ認識できているし、自分が誰なのかちゃんと理解できているし。もう悩む必要もない。
晴れて悩み事とはさようなら、日常生活を楽しむ日々となったのだ。玄関で靴を履きかえて完全に外へ出れば北風が容赦なく吹き付けてスカートからむき出しな生足に堪える。
寒い、早くバス乗りたい。切実に願いつつバス停までの距離をクラスの友達二人と歩きながら向かう。
「二人はクリスマスはどうするの?」
友達と他愛のない会話の中、話題は一大イベントとも言えるアレに話が盛り上がる。
「私ー?勿論、家族と過ごしますよ。ええ、家族。とっても素敵な家族。……来年こそは彼氏と彼氏と……」
「―――ちゃんは?確か年上のしかも外国人の彼氏だったよね」
呪詛でも呟いているのかと言うほど怪しくブツブツと呟く一人と、ぽややんと微笑みながら羨ましいと言う一人。温度差激しすぎるが気にしてはいけない。こういうものなのだ。
さて私ですか。私は生憎とフリーです。
それはなぜか。ウチの両親は私が呆れるくらい仲が良く今年は夫婦水入らずで過ごしたいから後よろしくねとハート飛ばしながら言われ、年上の大学生の友達、あかねは彼氏と食事に行くみたいだし、蘭はクリスマスこそ稼ぎ時だとバイトに精を出すみたいだし友達が言う超羨ましい私の年上の彼氏は、仕事の関係上海外で過ごすことになっている。私はイベント事は大事なんだからさっさと仕事終わらせて帰ってこい!と可愛くお願いしたら、こう電話で言われた。
『どうせこれから先、嫌でも一緒にいることになるのだから少しは我慢しろ』
確かに一緒になることは決まっているが、嫌でもと強調しなくてもいいじゃないか。
まるで仕方なく付き合ってるみたいで嫌な感じだ。お互いやっと自由な生き方を選べる立場にいるのだからもっとこう、ねぇ?
昔よりも言葉が刺々しいというか、本音がストレートと言うか。その方が分かりやすいのだけど私だって傷つきやすい乙女。もっとオブラートに包んで言って欲しいものだ。
「ねー。―――ってば。―――はどうする?」
「……え、あ!わ、私に聞いてる?」
「―――ちゃん、もしかして急に眠たくなったの?どうしよう、道路で立って寝たら邪魔だからとりあえずコンビニ入る?」
「アンタはとりあえず黙ってなさい」
どうやら私に話を振られていたようだが、私のことなどそっちのけで二人の漫才が始まってしまう。会話に張り込む隙がないのでしばらく黙って歩くことに。しばしの間二人の話を聞きつつようやく終わりかけた時に話しかけた。
「でー、再度お伺いしますけど。私に聞いてたんだよね?」
「そうだし、ってかなんで今更?」
おい。それはアンタの方が方から振ってきた話題だし、とは言い返さなかった。
「それは二人のキレの良い漫才に単身ツッコめるほどスキルがないからです」
「何言ってんだか……。それでアンタはどうするん?」
「もうどうでもいいよ。……まー、いいじゃないですか。彼氏は彼氏で予定があるし私は私でクリスマスをエンジョイしてやると決めたのだ!」
ぐっと手袋をした手で拳を作り声高らかに宣言してみせる。
「―――ちゃん、頑張って!わたし応援してるから」
応援しなくてもいいのだが、それが心にグサッとくるのはなぜだろうか。
いや、彼女の場合100%悪気はない。だが純粋な好意で言ってくれているから余計痛い。
気にしない気にしない、気にしたら負けだと己に言い聞かせてバス停へ足を動かすことに専念させる。
ふと、ある音が微かに聞こえた。それは雑音混じりあうこの都会の中ではっきりとしたもので、私の足は自然と歩みを止めていた。
急に立ち止まった私を不思議に思ったか、前方で止まった友達が振り返りながら声を掛けてきた。
「どうしたの?―――ちゃん」
「置いてくよー」
友達の声が遠く聞こえる代わりに、その音が鮮明に私の内に入り込む。
私はポツリと小さく呟いた。
「何か、聞こえない?」
「何が?」
何が、何だろう。これは。
ちりん。
――ちりん。
聞こえる、知ってる、この音を。
これは……鈴?
「鈴が、鳴ってる」
ちりん――。
鈴の音が――まるで私を呼んでいるかのよう。
でも友達には聞こえていないようだ。首を傾げて耳を澄ます素振りをするが、
「そう、私には何も聞こえないけど」
「気のせいじゃないかな?」
「そうか、な……」
「行こうよ、バス時間になっちゃうから」
「うん」
友達に急かされ、後ろ髪引かれつつも私はまた歩き出した。
懐かしい、感じたその鈴の音。
ちりん、ちりん。
私に語り掛けてくるかのように、その鈴は何度も鳴り続けていた。
でもバスが来て乗り込んで揺られている内にその音は聞こえなくなっていた。周りの雑音に混ざって消えてしまったかのように。
でも、ふとした時に耳を澄ますと聞こえてくる。
ちりん、ちりん。
まるで帰って来いって言っているみたいにも思う。
変なの、私が帰る場所はここにちゃんとあるのに。そう思っているはずなのに、騒めく心がある。一旦は静まった感情がまた蘇ってしまう。
駄目、私は私なんだ。惑わされちゃ駄目。しっかり自分を保たなくちゃ。
自分に叱咤しながら私は日常の波へ戻る。
いつもの私と、いつもの両親に友達、学校に通学路。年上っぽく見えないぽやっとしたあかねとのたまに毒舌なのが傷な頼りがいのある蘭。
昔出会った頃は歪な関係でお互いの利益だけが目的であったけど、今生では相思相愛(だと思う)捻くれた性格だけどそこが愛しい彼、アクラム。
これが、私の世界。
でも、なぜかその鈴の音が耳に残って離れない。